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【インドの育児と教育レポート~チェンナイ編】 第8回 インドの学校教育における国際デイへの取り組み

はじめに

今年も南インドのチェンナイに、灼熱の季節がやってきました。南インドの暑さは、北インドと比較しても言葉では説明できないくらい、とにかく「暑い」の一言です。外に出た瞬間にモワっとした分厚い空気に包まれて、一瞬呼吸が苦しくなるような感覚を覚えます。しかし、抜けるような空の青さと夕暮れのオレンジのまん丸の太陽の美しさは格別です。暑さを忘れて、自然の美しさにうっとりしていると、数分で喉がカラカラに乾いたり、日に焼けて肌がピリピリと刺されるような痛みに襲われたりします。野外だけでなく、エアコンのない室内でも熱中症対策が必須のチェンナイです。現地の方々は、路上で販売されているココナッツの実を、なたでカットして穴をあけ、そのジュースを飲んで暑い夏を乗り切っているそうです。

3月の上旬には「Holi」という色水をかけ合うヒンドゥー教のお祭りがありました。わが家のゲートソサエティー(戸建て住宅群のある地区:第1回参照)*1の公園内でも子どもから大人まで集い、みんなで北インドのお祭りを楽しみました。南インドでは、この「Holi」をお祝いする習慣はもともと無かったのですが、近年ではSNSなどからの情報や北インド出身の住民たちがお祭りを主導することで、みんなで楽しむ姿が年々広がってきています。最近では、環境や健康に留意してオーガニックのパウダーを使用することが増えてきました。化学品や工業用の着色料を使うと色がなかなか落ちないことがありますが、植物性の染料を使用すると石鹸で簡単に洗い落とすことができます。コロナの期間は、禁止されていたお祭りが完全に復活し、インドはすっかり以前の活気を取り戻しています。

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今回は、チェンナイ市内のインターナショナル・スクールの「国際デイ2024」への取り組みについて紹介します。前回は、昨年度のアメリカン・インターナショナル・スクールの様子をお伝えしましたが、今回はチェンナイ市内にある約30校のインターナショナル・スクールの「国際デイ」への取り組みをリサーチしました。それぞれの学校は、国連の定めた様々な国際デイの中から学校教育で取り組むことができるテーマを選択して活動しています。インドのチェンナイ市内のインターナショナル・スクールの多くは、数校を除き、ほとんどの生徒がインド人の学校です。英語で学習することがインターナショナル・スクールの使命と考えている学校も多く、多国籍の子ども同士が交流する機会は非常に少ないことが分かりました。その中で「国際平和」や「国際理解」をテーマに、どのような活動を行っているのか、特徴のある学校の様子を紹介します。

1.民族衣装を着て各国の文化紹介

チェンナイ中心部にあるインターナショナル・スクールでは、子どもの90%がインド人で、残りの10%は、インド人の親と、もう片方の親が外国人の子どもたちです。学年に数名の外国籍の子どもが在籍しているという学校がほとんどです。

インドの中でも、州により様々な文化があり、民族衣装も多種多様です。同じインドでも、別の州のことは全く知らない子どもたちがほとんどのため、国際デイには、諸外国ではなく、あえてインド国内の28の州ごとの学習をするという学校もあります。教員から振り分けられたインドの各州の文化についてグループごとに詳しく調べ、それを発表会で披露し、さらにその地区の民族衣装を着て、歌やダンスを披露するというものでした。

また、チェンナイ南部のインターナショナル・スクールでは、各国の文化を調べ、民族衣装を身に着けてパレードをし、その衣装を着たまま学校生活をその日一日過ごすという取り組みを行っていました。休み時間に、廊下ですれ違いざまに「それはどこの国の服なの?」「オランダだよ」「私は中国なの」などと会話が飛び交っており、楽しそうにお互いの衣装を見せあっている様子が見られました。また、授業中に担任の先生が「今日はフランスの〇〇さん」と指名すると「ボンジュール」とフランス語で挨拶を交わすなど、その国の人になりきって一日を過ごすという取り組みがとても興味深く、参観している筆者も「日本です。こんにちは」と挨拶を交わしました。

国際理解を目的に行われているこの活動は、子どもたちの外国への興味の一歩となることを願っているそうです。特に難しい学習内容を発表することではなく、楽しく一日を過ごすのがイベントの目的の一つだそうです。子どもたちの国際理解へのアプローチは、学校によって様々であることが理解できました。校長先生の方針や学校の伝統などにより大きく異なりますが、どの学校もインターナショナル・スクールという名称が単なる冠ではなく、国際理解に向けて学校全体で取り組んでいることが分かりました。

さて、子どもたちがこの日に着用する多くの国の民族衣装は、どのように調達されるのかとても気になります。インド国内の伝統的な衣装であれば、通販サイトからでも簡単に手に入れることができます。しかし、海外の民族衣装となると、容易に手に入れることはできません。保護者の中には、学校から自分の子どもの担当国が発表されると、チェンナイ市内に住んでいる外国人を頼って、「子ども用の民族衣装を持っていないか」とSNSのコミュニティーサイトのグループに投稿したり、友人に依頼して探し出したりする人もいます。そして、見本として衣装を借りることができた人は、それをテーラー(仕立屋)さんに持ち込んで、同じものを自分の子どものサイズに仕立ててもらうのです。実物の衣装を手に入れることができなかった人も、ウェブサイトで検索した写真を見ながら同じような衣装を仕立ててもらいます。

生地は、チェンナイ市内にあるコットンマーケットと呼ばれる生地店が集まる市場やショップを巡って、同じような色や素材、柄などを探し出します。母親は、自身の子どものために労力を惜しむことなく、「晴れの日」に備えて万全に準備を整えます。

学校によっては、校内にテーラーさんが常駐しており、舞台衣装や合唱団の衣装などを子どもたちに合わせて、採寸し仕立てを行っています。筆者の娘がムンバイで通っていたインターナショナル・スクールでも同様の取り組みが行われていました。これらの費用は学費に含まれているため、親が生地を探して歩いたり、テーラーさんに頼みに行ったりすることは不要です。

今年は、担当国が「JAPAN」となった数組のインド人の親子がわが家にやってきました。子ども用の着物は持っていませんが、浴衣ならたくさんあるのでそれを貸し出すことにしました。この浴衣は昨年度のアメリカンスクールのインターナショナル・デイにおいて、浴衣の着付け体験で使用したものです。今年も出番が回ってきた浴衣の下準備として、おはしょりを縫い、腰ひもを取り付け、作り帯を使ってインド人のお母さんたちが簡単に短時間で子どもに着せることができるように工夫しました。イベントの前日には、筆者の家に集まった数組の親子のために、夕方から浴衣の着付けの練習会を行いました。どちらの襟が前に来るのか悩ましいのは、浴衣初心者の日本人でも同じです。「右手に扇子を持ち、それがすっと胸元に入るように合わせます」と言うと、とてもスムーズに着ることができました。「右前」という言葉を英語に直訳してしまうとかえって混乱して伝わりにくくなるため、なるべくシンプルな説明でお母さんたちに着付けの方法を伝えました。途中から、お父さんたちもやってきてスマートフォンで動画を録り、翌日の朝に備えました。そして、当日は早朝6時半ごろからインド人のお母さんたちから、SNSのメッセージで写真が続々と届きました。子どもたちが浴衣を着て、和傘や扇子を手にして微笑む姿が写っている写真を共有してくれました。インド人のお母さんたちは、自分で子どもに日本の伝統的な衣装の浴衣を着せることができたことをとても喜んでおり、子どもたちも大喜びで髪飾りやおそろいの和柄の手提げなどを持って登校していきました。その姿はとてもかわいらしく、私まで歓喜の声をあげてしまったほどです。

2.演劇による各国の文化紹介と平和への祈り

チェンナイ市内の北部に位置する伝統的なインターナショナル・スクールでは、衣装はもちろんのこと、子どもたちが3カ月前から練習に取り組んだ「演劇発表会」が行われました。この学校では、学校の特色ある教育として「芸術教育」に重点をおいており、年間を通して「ドラマ」の授業が行われています。前期には、「バラタナティヤム」という古典の民族舞踊による「ラーマーヤナ」の一部を子どもたちが演じて話題となりました。また、後期には、国際デイの取り組みとして、多くの外国人が登場するストーリーを教員が考えて、子どもたちが演じたり歌を歌ったりするミュージカル仕立ての舞台が行われました。劇中では、現在の時事問題には一切言及することなく、世界平和を祈る詩や歌が披露されました。子どもたちも保護者も初めて聞く国名や、行ったことがない海外の国々について知ることができる貴重な一日となったようです。

インドのローカル・インターナショナル・スクールは、多国籍の子どもたちが在籍しているわけではなく、単に教育カリキュラムがIB(国際バカロレア)やイギリスやアメリカなどと同じであることや、授業が全て英語で行われていることから「インターナショナル・スクール」と位置づけられているに過ぎません。このような「国際デイ」の取り組みを通して、親子ともに海外の諸外国に興味をもち、未知なる様々な人種や文化を受容する土壌を培っているように見えました。欧米人や日本人や韓国人が多く在籍するチェンナイのアメリカン・インターナショナル・スクールとは異なり、インド人主体の教育環境で、それぞれの学校が工夫をしながら国際化への道を模索している様子が伝わってきました。

3.アメリカン・インターナショナル・スクール・チェンナイの国際デイへの取り組み

コロナ禍が明けて二度目の国際平和デイのイベントが2023年9月に行われました。学校の野外グラウンドにはいくつものテーブルと椅子がセットされ、全校の子どもたちや保護者が集まり、歓談していました。実行委員会の生徒会が各国ごとに用意したBGMを流すと、広いグラウンドの四方に散らばっていた親子が、一斉に走って旗立台の下に集まります。そこにセットされているひな壇に全員が並び、国ごとの写真撮影が行われました。次はどこの国が呼ばれるのかと、ワクワクしながら待つことになり、とても面白い企画でした。大人たちも今か今かと待ち遠しく、音楽を聞きながら「この曲は? どこの国?」とテレビのクイズ番組に参加しているような気分でオープニングのセレモニーを楽しみました。

多くのインド人スタッフが働いているアメリカン・インターナショナル・スクールでは、このようなイベントの場で、日ごろの手厚いサポートに全校で感謝の気持ちを表します。全ての職員さんがその時だけは、自分の持ち場を離れて旗立台の下に集まります。風になびく大きなインドの国旗とともに満面の笑みで写真撮影を終えると、足早にもとの職務に戻っていきました。決して公平な社会とは言えないインドの暮らしの中で、地元のインド人のスタッフの方々と私たち保護者や学生たちが一堂に会し、ともに国際理解や国際平和について考え、活気あふれる国際デイのお祭りの雰囲気を味わうことができるのは、貴重な体験です。

さて、今年度のアメリカン・インターナショナル・スクールでは、日本の文化を紹介するブースで「能」の体験コーナーを特設しました。日本人の保護者の中に、「能」を学ばれた方がいらっしゃったことから、お面のプレゼントや能のデモンストレーションやポスターセッションが行われました。近年、日本だけでなく世界中で認知されている日本のアニメのキャラクターとの関連やその由来などについて説明すると、多くの外国籍の子どもたちは、驚きながらも興味をもってイラストの写真を撮り、お面を被って家族や友だちと写真に納まる様子が見られました。ボランティアの保護者の力を借りて、150面もの般若(はんにゃ)と小面(こおもて)のお面が製作されました。般若のお面を怖がって泣き出す幼児もいましたが、お父さんが自分の頭にお面をのせて、般若そっくりの顔真似をして子どもとじゃれて遊ぶ姿も見られました。

能のデモンストレーションは、各国の子どもたちだけでなく保護者からも人気が高く、高い評価を得ました。とても厳かな響きのお能の「うたい」の世界に観客が引き込まれていく様子は、一緒に観覧している日本人の私たちにとっても新鮮な場面でした。海外に暮らす日本人にとって、なかなか触れることのできない自国の伝統文化に、国際デイを通して触れることができたことは、大きな意義がありました。その後、半年が経ち、ハイスクールのイベントの学習発表会に出掛けた際に、思いがけず「能面」と再会しました。とある外国籍の学生が、芸術科目の創作課題に「自国のお面と日本の伝統文化の能面とのコラボレーション」というテーマで、国際デイで体験した日本の能のお面と自国の伝統的な仮面の特徴を融合させ、陶器で仮面を製作し展示していました。「能」の世界を、日本人ではなく、外国人の子どもが見せてくれたことに、とても感動しました。このように、私たちの文化は形を変えながら他国の子どもたちに受容され、世界に発信されていきます。国際デイがその日限りのイベントとして終わることなく、別の機会にも受け継がれ、より深い探求により、スパイラルな学びとなっていることを認識しました。

また、私たち保護者が学校や子どもたちから多くの体験の場を与えられていることや、イベントの度に新たな出会いがあることに気づかされます。

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手作りの般若と小面のお面
 
にぎわう日本のブース
最後に

筆者は、古巣のムンバイに2カ月に一度の頻度でボランティアに出掛けており、急速に経済発展をしているムンバイの変容には毎回驚くことばかりです。今回は、久しぶりに観光客の多いムンバイの南地区のベイエリアを訪れました。道路の整備も進み、日本と同じように車線が引かれた道を整然と通行する車のマナーの良さが目立ちました。周りからうるさく鳴り響くクラクションが消え、静かに海を眺めながらドライブを楽しむことができました。また、海底トンネルが開通したおかげで混雑していたエリアを回避し、渋滞することなく目的地に到着できたことも驚きでした。

ムンバイでは、スラムの幼稚園で音楽活動を続けています。筆者の研究の一つである西洋音階による歌唱指導の成果が表れてきました。今までインド特有のイントネーションで歌われていた「きらきらぼし」を西洋音階のドレミファソラシドの音程と正しい拍子で歌うことができるようになり、園内に響く子どもたちの声に、迎えに来ていたお母さんたちも目を丸くして驚いていました。子どもたちの笑顔や元気な歌声に励まされ、過酷なインド生活を乗りきるパワーを蓄えています。


  • *1 「ゲートソサエティ」とは、塀でかこまれた広大な敷地に約100世帯の真っ白な二階建ての住居が整然と建ち並ぶ戸建て住宅群です。

筆者プロフィール
sumiko_fukamachi_2023.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院(児童・保育学)にて南インドの教育研究及びインド舞踊の研究中。 約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月より2021年3月までムンバイ在住。2021年9月よりチェンナイ在住。
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