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次世代リーダー育成に取り組むインド・ヒマラヤ発、インターナショナル・スクール

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はじめに

インドの首都デリーから北に約270キロメートル離れたヒマラヤ山間の町、マスーリーに、アジアの中で最も古い全寮制のインターナショナル・スクールであるウッドストック・スクールがある。マスーリーは、19世紀の植民地時代にイギリス人が開発したインド三大避暑地のひとつであり、そこには当時キリスト教徒が建てた学校が今なおいくつか存続している。インドではキリスト教系の学校の教育は質が高いという定評があり、ウッドストック・スクールに関しては、インドの教育専門誌、「エデュケーション・ワールド」の学校ランキングで全インドトップレベルと評されている。では、ウッドストック・スクールとは一体どのような学校なのであろうか。

基本情報

ウッドストック・スクールは、3歳から18歳の児童生徒を対象に、就学前から高校までの教育をおこなっている。 年間教育費は、授業料、教科書代、寮費、食費、課外活動費を含めて約160~200万円近くであり、生徒(約500人)の多くは裕福な家庭出身者である。富裕層や中間層を対象とするインターナショナル・スクールの中には、インド国籍の生徒しか在籍していないが、国際的に認められるカリキュラムを提供していることを理由に自らを「インターナショナル・スクール」と称する学校もある。一方、ウッドストック・スクールでは、生徒の約半数はインド国籍であるが、残り半数の国籍は多様で、3分の2が南アジア諸国(ネパール、バングラデシュ、ブータン、スリランカ)、東南アジア諸国(タイ、ベトナム、ミャンマー)、東アジア諸国(日本、韓国、台湾)などのアジア地域出身者で、3分の1がアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スウェーデンなどの欧米文化圏出身者である。教員(約60名)の出身は生徒ほど多様ではないが、インド、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、フランスなどからの出身者がいる。英語圏出身者が多いのは、学校の教授言語が英語であることが影響していると考えられる。ただし、ウッドストック・スクールでは、インド文化の理解促進のため、すべての生徒に対してインドの公用語であるヒンディー語の履修を第6学年まで義務付けている。

ミッション系のこの学校ではキリスト教徒が常勤教員として採用されている。ただし、生徒に関しては信仰にかかわらず受け入れており、約半数はキリスト教徒であるが、残り半数はヒンドゥー教徒、仏教徒、イスラーム教徒である。同校では、キリスト教徒の精神にもとづく道徳教育をおこなっているが、多様な信仰や価値に対する理解を深め、道徳性や倫理性の発達を促すために、生徒が自らの信仰や宗教的実践について自由に議論・再考できる環境を提供している。マスーリーはダライ・ラマ14世がインドに亡命した際に、行政機構の最初の拠点とし、インド初のチベット学校を建てた地でもあり、多くのチベット難民が居住している。こうした背景から、ウッドストック・スクールでは、ダライ・ラマ14世を迎えた招待講演を何度か開催している。このことからも同校が他の宗教を尊重していることがわかる。

教育目標

ウッドストック・スクールがその教育によって育成することを目指す人間像は、自己理解を深め、良い人間関係を築き、複雑な時代状況に対処し、自己鍛錬に取り組む市民である。これを実現するため、同校のカリキュラムでは、以下の点が重視されている。「思考、読書、祈りの時間を含む内省的な生き方を持続すること」、「多文化な学校の特徴に配慮し、多様な環境に適応すること」、「洗練された議論を実践するために、効果的なコミュニケーション方法を工夫すること」、「解決策を導き出せるよう、批判的に考え、パターンを分析すること」、「責任をもってテクノロジーを活用すること」、「社会正義の精神をもって行動し、自分より恵まれた者やそうでない者に対しても共感すること」などである。

とりわけ、最後の点に関しては、ウッドストック・スクールが奉仕の精神とリーダーシップの育成を目的として実施する地域奉仕と環境再生(Community Service and Restoration of the Environment:CARE)(注1)プログラムで実践されている。たいていの生徒は、卒業するまでに、何らかの形でCAREプログラムに25時間を費やす。生徒たちは、孤児院、特殊学校、病院、スラム、地元の学校、チベット難民支援団体等を定期的に訪問し、様々な活動に取り組む。たとえば、地元の学校で補習授業をおこなったり、トイレ設置を手伝ったりする。特殊学校では、ウッドストック・スクールのジャズバンドに所属する生徒たちが演奏する間、ほかの生徒たちは身体障害や知的障害のある生徒たちと遊んだりして過ごす。海外の卒業生ネットワークを利用して、CAREプログラムを実施するための資金集めをおこなうこともある。これらの活動の企画・運営の主導権は生徒にある。CAREプログラムに参加した生徒たちは、「活動を通じて社会のために何かできることが嬉しい」、「参加すればするほど周りの人たちに感謝するようになる」と述べ、同プログラムを「自己肯定感を高める活動」と評価している。感受性豊かな時期に、社会的責任、市民性、リーダーシップを発揮する感覚やその達成感を、奉仕を通じて身につけさせる教育活動は、生徒のその後の人格形成にも重要な影響を及ぼしていると考えられる。

卒業生の進路

ウッドストック・スクールでは、アメリカのカレッジ委員会が運営するアドバンスド・プレースメント試験に向けた準備教育が実施されている。この試験の結果は欧米諸国の大学などで入学者選抜に用いられている(注2)。またウッドストック・スクールでは インドやオーストラリア、香港、シンガポールの大学進学に通用する修了試験も実施している。これらの試験制度を通じて、卒業生は世界各地の高等教育機関に入学しており、2010年の卒業生の半数はアメリカの大学に、残り半数は、インド、イギリス、その他のヨーロッパ諸国、カナダ、日本、韓国、ロシア、オーストラリアの大学に進学している。大学卒業後のキャリアは様々であるが、銀行員、エンジニア、医者、弁護士、研究者、国連職員、社会起業家などがいる。筆者が出会った韓国出身の卒業生は、アメリカの大学に進学後、日本の大学院で国際教育開発分野の博士号取得に取り組んでいた。またネパール出身の卒業生は、カナダの大学に進学後、ニューヨークの証券会社に勤務していたが、祖国における高学歴者の失業の問題を目の当たりにし、起業家精神の育成やスキル・ディベロップメントを通じて若者の就職支援をおこなうNGOを立ち上げていた。アメリカの大学に進学した卒業生の中には、世界各地の社会問題の解決に取り組む若き社会起業家の発掘・奨励を目的とするハルト・プライズ(アメリカのクリントン元大統領とスウェーデンの起業家バーティル・ハルトが企画)で、「都市スラムの疾患を解決する社会的事業の企画」というテーマに取り組み、150ヵ国以上の国々から参加する1万人以上の大学生の中から地区ファイナリストとして選ばれた者もいるという。

おわりに

経済のグローバル化を背景に、インドの富裕層・中間層の間では、英語で教育をおこなう「インターナショナル・スクール」に対する関心が高まっている。しかしこれらの学校の多くはインド国籍の生徒を対象としており、必ずしも国際的な学習環境にあるわけではない。また初等学校の大多数を占める公立学校が適切な教育を提供できていないインドでは、初等教育の段階から経済的階層による教育格差が生じており、学校が階層間の断絶を助長する事態が生じている。こうした教育格差の問題は、インド国内に限った話ではなく、世界的にみられる現象である。このような中、ウッドストック・スクールの生徒たちは、親元を離れ、貧困や難民といった世界規模の問題を身近に感じるマスーリーの環境の中で、多様な国籍・宗教の児童生徒たちと社会的責任や市民性について学んでいる。グローバル時代の次世代リーダー育成の方途は、英語教育に重きを置くインターナショナル・スクールや、モノや情報に溢れた都市部のインターナショナル・スクールなどではなく、ヒマラヤ山間にあるウッドストック・スクールのような学校に見出されるのかもしれない。


注)

  • (1) CAREはスタッフ・アドバイザーの助言のもと、生徒会によって運営されている。1学期の間に実施されるCAREの活動は8~9種類ほどで、毎年、約100人の生徒と12人のスタッフ・ボランティアが1つの活動に参加している。
  • (2) アメリカでは試験結果に応じて、進学先の大学やカレッジで単位認定を受けられる。アドバンスド・プレースメント試験を入学選抜に用いている大学は世界に60ヶ国以上ある。この点については、以下に詳しい。 http://international.collegeboard.org/programs/ap-recognition

参考文献

筆者プロフィール
小原 優貴

東京大学大学総合教育研究センター・特任研究員。博士(教育学、京都大学)。専門は比較教育学。途上国・新興国の教育に関心をもち、インドをフィールドに、教育の私事化・国際化の動向、子どもの教育権の保障、教育の質保証の問題について研究している。単著に『インドの無認可学校研究―公教育を支える「影の制度」』(東信堂、2014年)、共著に『トランスナショナル高等教育の国際比較』(東信堂、2014年)、Low-fee Private Schooling: Aggravating Equity or Mitigating Disadvantage? (Symposium Books、2013年)、『激動するアジアの大学改革―グローバル人材を育成するために』(上智大学出版会、2012年)ほか。
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