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【ニュージーランド子育て・教育便り】第32回 ホームスクーリング(家庭教育)

要旨:

ニュージーランドにはホームスクーリング(家庭教育)の制度があり、保護者が教育省に申請をすることで義務教育の年齢の子どもたちでも家庭で正式に教育を受けることができます。また許可を受けると教育費の補助を受け取ることができます。今回は、ニュージーランドの約1%の子どもが利用しているホームスクーリング制度の申請方法、助成金の仕組みなどについて取り上げています。

ニュージーランドでは、この原稿を執筆している時点(2021年8月)で、デルタ株の市中感染者が1名確認されたことから、1年5カ月ぶりに全土で最も厳しいレベル4のロックダウンという対応がとられています。2020年末に、今回のパンデミックを機に過去にないほど利用者が増えたものの一つに、ホームスクーリングiがあるというニュースを目にしました。2020年7月時点での利用者は7,192人で、その前年と比べると619人も多い子どもたちがホームスクーリングをしていることになります。実際の利用には至らないまでも問い合わせに限れば急増したそうです。新型コロナウイルスの流行は、多くの人がホームスクーリングというものに興味をもつきっかけになったことが伺えます。今回は、再度のロックダウンを機に改めて詳しく調べてみた、ニュージーランドのホームスクーリング制度についてご紹介したいと思います。

ニュージーランドでは、6歳から16歳が義務教育年齢にあたります。ホームスクーリングについては、教育省の作成する保護者向けウェブサイト上で説明がされていますii。そこに案内されている情報によると、ホームスクーリングを行うためには、この義務教育年齢時期に学校に行かないことを許可してもらうために、保護者が「例外」として、自身が子どもに施す教育内容について詳細を説明し申請することが条件になります。この「例外」申請のためには、14ページほどの申請書を準備する必要があります。申請書には、義務教育の代わりに家庭で対象の子どもに教育を施す保護者の教育哲学、アプローチ、カリキュラム概要、教育領域、教育哲学を満たすためにどのようなリソース(インターネット、図書館、本など)を使うのか、目標やビジョンなど、かなりたくさんの項目があります。提出先は、教育省の地域事務所となり、審査には通常4-6週間ほどを要します。審査が行われている間は、義務教育年齢に当たる子どもは通学の必要があります。特別な教育的な支援が必要な場合もホームスクーリングが可能ですが、その場合、十分な支援を家庭で提供できることも審査されるため、許可のハードルは少し上がるようです。


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申請書内の、保護者が子どもに提供する教育の詳細を書く欄は、自由記述の部分が多い


ホームスクーリングが許可されると、教育にかかる費用の補助として、年間1人目の子どもには743 NZドル(約58,300円、2021年9月時点)、2人目は623 NZドル(約48,900円)、3人目は521 NZドル(約40,900円)、4人目以降は372 NZドル(約29,200円)が支給されます。補助金は1年に2回、1月と7月に6カ月分が支給されます。一度許可を受けると、その子がホームスクーリングを続けている限り、19歳になるまで補助を受けることができます。学校に通う年齢になる前から申請をし、最初からホームスクーリングを選択することも可能ですし、学校に通ってみてからホームスクーリングに移行することも可能です。逆に、ホームスクーリングから学校に移行、あるいは戻ることも可能です。またニュージーランドの高校で取得するような単位認定資格NCEAや、英国のケンブリッジ検定などは、ホームスクーリングを受けた子どもでも取得することができ、大学入学への道も開かれています。

更にホームスクーリングの専門機関や支援グループも複数存在し、ウェブ上のネットワーキング、オフラインで実際に会う、教育アイディアを出し合うなど、ホームスクーリングを実施している保護者同士が交流できる機会はあるようです。また、ホームスクーリングを選んでも教育省の管轄から外れるわけではなく、教育評価機関の審査を受けることもあるようです。2020年7月のデータiiiによれば、制度の利用者は7,192名と、義務教育年齢の子ども全体の0.9%にあたり、その65.0%が12歳以下、ホームスクーリングの継続期間は70.2%が5年以下とのことです。 人種別では、ヨーロッパ系ニュージーランド人が70.8%と圧倒的に多く、ジェンダーによる偏りはありません。

我が家の場合、娘が7歳の頃、仲良くしていたクラスメイトがホームスクーリングに切り替えたこともあり、ホームスクーリングを身近に感じていました。子ども同士が親しくしていたことから、私もその子のお母さんからは様々な話を聞く機会がありました。他のクラスメイトよりも群を抜いて理解力の高いそのお子さんが学校に通っている様子を見たお母さんは、家で教育してあげた方がもっと力を伸ばせるのではないかと考え、時間をかけて教育手段を探った末での決断だったそうです。小学校低学年なので毎日私も娘を教室まで迎えに行っていたのですが、その子が小学校に来た最後の日にも、担任の先生が「〇〇は、来週からホームスクーリングをすることになりました。みんなでうまくいくように応援しましょう。もしまた学校がいいと思ったら、いつでも歓迎するからね。」といった前向きな雰囲気で送り出していたことを覚えています。

「学校に行かない」ということではなく、正式に「ホームスクーリングで勉強をする」という選択をすることができること、書類準備や審査の過程を経て、保護者の考えや方向性が明確になった状態で移行できることは良いなと、当時も思いました。私たち親子の知るケースでは、たくさんのクラスメイトのもつ「どうして?」「いつまで?」「どうやって勉強するの?」といった素朴な疑問にも、きちんと計画ができていることで親子ともに堂々と答えていたから、尚のことそう思ったのかもしれません。当時は、我が家は弟となる赤ちゃんが生まれたばかりで、娘のホームスクーリングをすることは到底考えられませんでしたが、娘自身も「私もホームスクーリングしたい!」と言ったほど、自分のレベルに合う勉強内容をお母さんと一緒に自分のペースで学べるという、友達が説明したホームスクーリングは娘の目に魅力的に映ったようでした。

個人的に知っている他のケースでも、家で学習する方が、学習の進度を子どもに適したものに調整できるというケースが多いのですが、もちろん前向きに選ぶだけではなく、学校での嫌な経験を機にホームスクーリングに移行する子どももいるようです。また、申請書に記載した通りにはいかないようなケースがあることも推察されます。ただ、様々な理由から家庭で教育を受けることを選択することになった子どもたちに対して、できる限り質の高い学習を提供しようとしている意図は、制度の在り方や申請書の項目の随所からも感じられます。昨年、パンデミックを機に実際にホームスクーリングに移行した人々の多くは、もともと多少なりともホームスクーリングを検討していたところに、背中を押されたように決断に至ったケースが多いようですが、今回のロックダウンもまた、ホームスクーリングへの注目を高める機会になるのかもしれません。




筆者プロフィール
村田 佳奈子

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。幅広い分野の資格試験作成に携わっている。7歳違いの2児(日本生まれの長女とニュージーランド生まれの長男)の子育て中。2012年4月よりニュージーランド・オークランド在住。
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