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【カナダBC州の子育てレポート】第16回 子どもの新型コロナワクチン接種について思うこと

要旨:

全世界において新型コロナワクチン の接種が行われていて、カナダBC州では5月頭より12歳以上の子どもも接種の対象となりました。ここでは、法律上、保護者の承諾がなくても12歳以上であればワクチンを接種することが可能であり、本人が許可しなければ、医療介入者が保護者に接種記録を共有することもありません。この点を中心に新型コロナワクチンについて思うことをレポートにまとめました。

キーワード:
新型コロナワクチン、12歳以上の子ども、法律、医療介入、承諾、ワクチン接種

ここBC州では2020年12月末から新型コロナワクチンの接種が始まりました。まずは今回のパンデミックの初期に感染者数および死者数が多かった高齢者施設に暮らす高齢者と従業員、次に医療従事者、基礎疾患のある成人と一般高齢者という順番でした。当初は電話での予約のみでしたが、一般の成人枠のワクチン接種が始まる4月頃にはオンライン上の予約も可能になり、健康保険番号を用意すれば2分ほどで予約ができるシステムが出来上がっていました。電話での予約受付も並行して行われているため、インターネットが使えなくても予約が可能です。

とはいえ、ワクチンの輸入量が少量で安定しなかったため、2021年に入っても、春までは州内での接種率は上がりませんでした。ワクチンの輸入量が増加し供給が安定してくると接種のスピードも上がり、5月末にBC州再開計画注1が発表されると、それまでは第1回目のワクチン接種を広く進めることが最優先だったものの、この頃には第2回目の予約も可能になりました。6月半ば現在、BC州では第1回目の接種を終えた接種対象者の割合は75パーセントを超えており、イギリスやアメリカのそれを上回っています。一定の接種率を超えなければ、BC州内の行き来ができない、つまり家族親戚や親しい友人に会えない、9月の大学やカレッジの対面式授業がままならないなど、4段階で発表された再開計画にワクチン接種率の目安が記してあることも、州民を接種へと促す動機につながり、接種率の高さと結びついているのかもしれません注2

BC州ではまた、感染者数の多い地域、先住民コミュニティ、カナダ北部に位置する準州など、いわゆるホットスポットに焦点をあてたワクチン接種会場を開くことで、一部地域では地域住民全員を対象にしたワクチン接種も行われてきました。また、最初から大型接種会場が用意されていたり、最近では保健所の出張所が州内を移動し、即席のワクチン接種会場テントを建てることで、予約がなくても飛び込みでワクチンが受けられるようにもなっています。

BC州は日本と異なり、パンデミックの最中に度重なる多くの規制を設けてきました。日本政府のような要請ではなく、行政令では財政面の支援があるものの、規則に従わない場合は罰金なども生じます注3。それは州民に閉塞感をおぼえさせ、社会に大きなメンタルヘルス危機を生み出しているというマイナス面もありました。しかし、感染者数を抑え、医療機関の逼迫を回避するためには、他民族や他宗教を背景にした多様な考えを持つ州民500万人全員に同じことをしてもらうための合理的な策だとも言えます。BC州だけでなく、カナダ全体、アメリカ合衆国やヨーロッパ各国、アジア諸国でも同じような動きがあります。ワクチン接種に関してもまた、接種を迅速に行き渡らせるためのシステムの構築から供給量の確保にいたるまで、やはり「高い接種率」という目標を合理的に達成しようとしているのがうかがえます。再開計画では、ワクチンの第1回目接種率が65パーセント以上であれば、第2段階としてBC州内の移動が可能になるなど、具体的な目安を図式化して州民に向けて表していることからも、これは明らかです。

接種のスピードが上がり始める5月初め、それまで接種対象が18歳以上だったのを改め、ファイザー・ビオンテック社のワクチンに限っては12歳以上へと接種の幅を広げる旨の政府の許可がおりました。ラジオから流れるこのニュースに耳を傾けていた私にとって、BC州保健局長であるボニー・ヘンリー医師が「BC州には未成年者法(Infant Acts)というすばらしい法律があり、12歳以上であれば保護者の許可がなくても子どもが自らワクチンを受けることができる」と言ったのがとても印象的でした。

BC州では19歳以上が成年とされていますが、さまざまな法的権利を有することが可能な年齢にはばらつきがあります。たとえば自動車免許取得は16歳からですが、保護者の許可が必要です。選挙権は18歳から、飲酒や酒類の購入は19歳から、家で一人で留守番をしたり公共の場に保護者の同伴なく出かけられたりする年齢は法律で定められてはいませんが、だいたい11歳、12歳ぐらいからです。未成年者法という州の法律には、「12歳以上の子どもは保護者の許可がなくても、ワクチンを含む医療的介入に対し自ら承諾することができる。医療提供者(Health Care Provider)が、その医療介入の対象となる子どもにとって最良の介入であると判断し、かつ、子どもが医療介入について十分に理解していると判断した場合、子ども自らが医療介入を希望すれば、保護者の承諾なくして、その医療を提供することができる」注4とあります。英語では、未成年はMinorと表現し、「成熟した」という意味でMatureが使用されますが、この承諾を法律では「成熟した未成年の承諾(Mature Minor Consent)」と呼んでいます。そして今回の新型コロナワクチンの接種は、「成熟した未成年の承諾」が適用される医療的介入に含まれるといいます。また、12歳以上の子どもが自らの意思でワクチン接種をした場合、その記録は本人の承諾がない限り、保護者と共有することはないとも書かれています。

BC州では一般のワクチン接種は生後2か月から始まり、キンダーガーテン入学直前の、俗にキンダーブースターと呼ばれる接種まで定期的に続きます。その後、小学6年生と9年生(日本の中学3年生に該当)に、学校で集団接種を受ける機会が設けられています注5。一般的に学校の集団接種においては、6年生では保護者の承諾を得る、9年生では自分の意思で決めるということが多くなされているようです。

12歳以上の子どもの新型コロナワクチンの予約もまた、オンラインで可能ですが、ここでも合理性を高めるため、大人がすでに予約済みである場合、その子どもは予約をとる必要がなく、大人の予約日に一緒にワクチン接種の場へ出向き、ワクチン接種を受けることができます。複数の子どもがいる家庭では、一人の予約をするだけで、同日に複数の子どもが接種できます。家族でなくても、12歳以上で、友人と連れ立って行ったとしても、その中の誰かが予約を取っていれば、保険証を提示することで、全員接種が可能です。ただし、BC州では、学校での新型コロナワクチンの集団接種は、現在行っていません。その理由は、コミュニティにおいてすでに接種会場が十分に設定されており、人員の設置も十分であるためだと言われています。このように、多くの融通を利かせることで、若年層のワクチン接種を少しでも多く行おうとしている印象を受けます。6月半ば、30万人ほどいると言われている州の12~17歳人口のワクチン接種率は女子が44パーセント、男子が42パーセントとなっていて、接種率は今のところ日々上昇しています注6

たいていの場合、9年生(14歳、15歳)であれば親の承諾書を持っていなくても、学校での集団接種で問題になりませんが、多くの場合、保護者が反対しているのに子どもが接種を希望するケースは少ないようです注7。たしかに、高校生以上では自己判断ができそうな気がしますし、12歳から15歳くらいの子どもが保護者の反対を押し切ったり、保護者と相談せずに自ら接種を希望したりするケースはまれなのかもしれません。何歳になれば自ら医療介入について十分に理解し、自分の意思で判断することが可能なのかについては、認知科学や心理学上の指標はあっても、個人差もあります。心理学上では、具体的な論理的思考は13歳くらいで成人のレベルに達し、抽象的なそれもまた10歳を過ぎると現れ始め、年々深まっていくと言われます注8。実際に医療介入について医療従事者が説明をした場合に、12歳以上の子どもは保護者が想像している以上に理解ができるという医師もいます注9。ですが、子どもに十分な判断力があったとしても、説明をする側の医療従事者が、何をもって「子どもが十分に理解し決断した」と結論づけるのでしょうか。そのような判断力を試す検査があったり、説明する側が資格を有していたりするのだろうかという疑問も抱いてしまいます。 こういったことからも、12歳以上のワクチン接種については多岐の分野にわたる複雑な要素が絡み合っていることがうかがえます。

しかしながら、たとえ世界的危機であろうが、ワクチンがパンデミックを終息へと向かわせる切り札であると科学者が訴えようが、ワクチン接種を強制することは倫理にそぐわないとされ、新型コロナワクチンの接種はあくまでも任意となっています。また、この倫理性は新型コロナワクチンの接種証明に関しても同様に働き、証明をすることで個人情報の漏洩になるとか、接種できない人にとって不公平であるなどという理由から、BC州政府がワクチン接種の証明を示す手立てを認める動きは、今のところまだありません注10。とはいえ、カナダではワクチン接種済み人口が増えるにつれ、接種済みの人々の権利、たとえば接種終了者には規制を緩めるべきで国レベルでそのガイドラインを発表すべきだという声も大きくなってきています。

一方、BC州の接種率の動向を見ていると、根強いアンチワクチンの考え方をする層もあり、そうした人々は自分や家族がワクチンを接種することを断固拒否するだけでなく、ワクチン接種者への嫌悪感や政府を疑問視する運動を盛んに行っていて、その声高さは日本の比ではありません。日本では、子どものワクチン接種を開始した自治体に、抗議の電話が殺到したというニュースも注11ありました。

一方、SNS上で、「やった、ワクチン打った」というスレッドが誇らしげに掲示され、多くの人から「おめでとう」と称えられるようなフィードバックがいくつも見られたりもします。義務ではない代わりに、それでもなんとかして接種率をあげようと、接種者に無料の食事券を配ったり、州によっては宝くじや現金がもらえたりするなどというような報酬を設けているところもあります。

ワクチンに関する今わかる限りの十分な事実としての情報は、成人にも子どもにも必要ですが、アンチワクチンを街中で大声で叫ぶのも、ワクチン接種に対し消極的な人に接種すれば褒美を与える仕組みも、子どもへのワクチン接種を声高に薦めるのも、逆に接種したことを批判するのも、いずれも何かが違うと感じずにはいられません。こういった声は今回の新型コロナワクチンの一側面だけに注目して、その情報を肥大化させていることが多いのですが、12歳以上のワクチン接種については前述したように、実際には一言では片付けられない複雑さがあるからです。

今回の新型コロナウイルスによるパンデミックの中では、教育の格差や生活の格差が浮き彫りになりました。合理性は特定の目標を大勢で達成するのには適していますが、万人にとって幸福な結果を招くとは限りません。すでに分断を生んで、不公平さが感じられる社会の中で、ワクチン接種もまた社会を分け隔てつつある雰囲気があると私は感じています。

我が家の娘はまだ7歳で、ワクチン接種の対象には入っていません。11歳以下の子どもへの新型コロナワクチンの治験は今進んでいますが、いずれ接種対象になった場合に、さて接種させるのかと聞かれてもすぐに答えを出せないというのが本音です。これまでに子どもの感染者数は大人に比べて少なく、重症化するリスクも現時点では低いということから、大人の間で十分なワクチン接種が行き渡ることで、子どものワクチン接種の必要性がなくなるということも考えられます。一方で、例えば国境間の移動にはワクチン接種が求められるなどとなったら、私たちの場合、日本への一時帰国を考えると子どもにも受けさせる必要が出てくるかもしれません。医学上の理由はともかく、ワクチンを受けない理由に宗教上の理由や思想を掲げるのであれば、家族構成や在住場所、基礎疾患の有無など個々人の状況によって、大人の、そして子どものワクチン接種が決断されていくことも理解されるべきです。そしてメディアなどでは、受けない自由と、その周囲の倫理性に敬意を払うべきだと数多く取り上げられていますが、個人が受ける自由、子どもに受けさせる自由とそれに付随する権利、取り巻く倫理性も、同様に尊重されるべきだと思うのです。

もしかしたら自分は、思っている以上にコロナ禍で精神的に疲弊しているのかもしれません。BC州保健局長がパンデミックの始まりから使ってきたフレーズに「人に優しく、冷静に行動し、安全を第一に(Be Kind, Be Calm, Be Safe)」というのがあります。同じ規制のもとにあっても、その捉え方には個人差があり、たとえば旅行の規制があっても、自分だけは当てはまらないと思って、旅行をしてしまう人がいます。家庭環境によって規制の影響にも差があり、たとえば友達は親戚に会えるのに、自分はどうして日本の祖父母に会えないのかと7歳の娘から訴えられたりします。このような行動や言動が、相手を傷つける意図はなくとも、受け取る側は傷ついていることもあります。長引くパンデミックのなか、個々の意識が自分の意志とは関係なく露呈されてしまう環境のなかで、さまざまに異なる行動や言動に敬意を払い、他人に優しく接し、自分が冷静な行動をとり続けるのはやはり難しいと感じるのです。このようなストレスを多く抱えていたところに、ワクチンが登場しました。それは長いトンネルの先に光を照らすはずだったのに、終焉へ向けての大きな一歩であるワクチン接種に関する状況でさえ、周囲のコミュニティの中では否定的な意見が渦を巻いているかのように見えます。この疲弊から解放され、人々が和を取り戻すのにはどれほどの時間がかかるのかと、ワクチン接種一つをとっても、その複雑さの中に困難を感じずにはいられません。


筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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