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新型コロナワクチンについて(1)

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新型コロナウイルス感染症のパンデミックが世界を襲い始めてから一年が経過しました。世界全体で、すでに一億人以上の人が感染し、250万人の命が奪われました。日本は欧米に比べて患者数や死亡者数は少ないのですが、まだ予断を許さない状態が続いています。

しかし、先行きの分からなかった一年前とは異なり、少し光明が見え始めました。

新型コロナウイルスに有効なワクチンが次々と開発され、接種が始まったのです。日本での接種開始は、欧米より立ち遅れた感がありますが、いまだに国内での生産ができないために輸入に頼るしかないうえ、感染による死者数が少ないことなどが影響しているのだと思います。日本より感染者が少ないオーストラリア、ニュージーランド、韓国もワクチン接種がやっと始まったばかりの様です。

先行してワクチン接種を行った英国やアメリカから伝わってくる情報では、ワクチンは極めて有効であることが示されています。2021年2月2日付けのニューヨークタイムズ1)によると、アメリカで初期にワクチンを接種した75,000人を追跡調査したところ、接種後28日の間に1人も新型コロナウイルスによる死亡者が出ていない模様です。アメリカの新型コロナウイルスの感染率で計算すると、ワクチンなしでは28日間に75,000人のうち150人が死亡する計算になるそうですから、その効果は絶大といって良いでしょう。

しかしそのアメリカでさえ、世論調査によれば3人に1人が、副反応などを心配してワクチン接種を希望していないといわれています。

日本でも、ワクチンを待ち望んでいる人がいる一方、副反応、特にアナフィラキシーを恐れて希望しない人がいると思います。本稿では、新しく開発された新型コロナワクチンの特徴と副反応の実態について述べたいと思います。

新型コロナワクチンの特徴
新しいワクチンについて説明する前に、ワクチンが効く仕組みについて簡単におさらいをします。 ワクチンは、人が元々もっている自分の体の中に存在しない異種のタンパク質を分解して排除する能力(免疫)の力を利用した感染症の予防方法です。細菌やウイルスは人の体には存在しないタンパク質をもっています。そうした異種タンパク質が体内に入ると、特殊なリンパ球の一種(マクロファージ)がウイルスや菌あるいはその一部を取り込み(貪食)、その特徴をリンパ球内で分析し、菌やウイルスを効率よく分解できる特殊なリンパ球(キラーリンパ球)に伝えます。また、ウイルスや菌に付着して破壊するタンパク質(抗体)を産生するリンパ球(Bリンパ球)の増殖を刺激し、多量の抗体を作ります。

従来のワクチンには大きく分けて2つの種類がありました。一つは弱毒化生ワクチンです。例えば麻疹のワクチンは、増殖力の弱い弱毒化した麻疹ウイルスを懸濁(けんだく:液体中に個体の微粒子が分散した状態)した液体です。弱毒化した麻疹ウイルスのタンパク質は毒力の強い普通の麻疹ウイルス(野生株)とほぼ同じですので、ワクチンを接種すると、私たちの体内に普通の麻疹ウイルスが感染したとき同様に、瞬時に大量のキラーリンパ球や抗体が産生され、その後にウイルスに暴露されても、感染を未然に防ぐことができるのです。

もう一つのタイプのワクチンには、弱毒化したウイルス(細菌)ではなく、死んで感染力のないウイルスや細菌を構成する成分が含まれています(菌体成分ワクチン)。接種すると、生ワクチンの様に感染を起こすことがないものの、細菌やウイルスのタンパク質に反応するリンパ球や抗体がすぐに産生され、生きたウイルスや細菌の感染を防ぎます。インフルエンザワクチンや、三種混合ワクチンはこうした「成分ワクチン」です。

新型コロナウイルスに効果のあるワクチンには、従来の「成分ワクチン」と同じ方法で作成されたワクチン(中国のワクチン)に加えて、全く新しい仕組みで効果のあるワクチンが加わっています。その一つがファイザー社やモデルナ社によって開発されたmRNAワクチンです。

ウイルスや細菌、そして私たちの体を形作っている細胞は、遺伝情報をDNAあるいはRNAという高分子の配列にして蓄えています。DNAやRNAはタンパク質を細胞が作るときに鋳型として働きます。そのときに元の鋳型(DNAあるいはRNA)をmRNAという鋳型のコピーに移し取り、それを元にタンパク質が作られます。新型コロナウイルスのmRNAワクチンは、新型コロナウイルスが人の細胞に侵入する際に人の細胞の表面にひっかけるスパイクというトゲのタンパク質を作るときの鋳型(mRNA)を成分にしています。mRNAはそのままでは人の体の中にある酵素によって簡単に壊されてしまうので、特殊な脂肪の膜(リポソーム)で人工的に覆ってあります。リポソームの膜は、筋肉細胞の表面に付着しますが、そのときに中に入っているmRNAが筋肉細胞中に入ります。mRNAはウイルスではなく化学物質ですので、そこで増殖したりしませんが、人の筋肉細胞はそのmRNAを自分の作ったmRNAと認識して、筋肉細胞中に新型コロナウイルスのスパイクタンパクを合成します。スパイクタンパクは人にとっては異種のタンパクですので、それに対してリンパ球がちょうど新型コロナウイルスのスパイクに対するのと同じ様に、キラーリンパ球や抗体が産生されるのです。ここから先は、弱毒生ワクチンや成分ワクチンと同じです。

mRNAワクチンの利点はたくさんあります。第一に生ワクチンや成分ワクチンを作成する時のように、手間暇かかるウイルス(細菌)の培養をする必要がないことです。mRNAは現代の遺伝子工学手法で人工的に合成することができるので、成分ワクチンのように不純物が入ることがなく、またウイルスが変異した場合には、変異した遺伝子の配列情報をもとに即座に新しいワクチンを作ることができるのです。こうした技術は1989年から知られていましたが、今回の新型コロナウイルスのパンデミックで、一気に実用化が加速したのです。mRNAではなくDNAを使って新型コロナウイルスのスパイクタンパクを人の細胞内で合成させるワクチンも、ジョンソン・エンド・ジョンソン社によって開発されています。

アナフィラキシーについて
生体内に入ったタンパク質などの異物に対して、人の免疫反応が過剰に反応してしまい、全身の血管の拡張などによってショック状態になることがあり、アナフィラキシー反応と呼ばれています。従来の麻疹などのワクチンでもまれに起きていましたが、全く新しいタイプのmRNAワクチンでアナフィラキシーがどのくらい起こるのかがわかっていないだけに、不安を感じる人も多いと思います。

mRNAワクチンによるアナフィラキシーについては、先行して接種が始まったアメリカからすでに報告がなされています2)。ファイザー社のワクチンでは、9,943,247人が接種を受け、47人(0.00047%=100万人につき4.7人)に、モデルナ社のワクチンでは、7,581,429人が接種を受け19人(0.00025%=100万人につき2.5人)にアナフィラキシーが起きています。ファイザー社ワクチンによるアナフィラキシーを起こした47人中、以前にアナフィラキシーの既往があったのは16人、モデルナ社ワクチンでは19人中5人が以前にアナフィラキシーの既往がありました。アナフィラキシーは何も処置をしなければ命に関わりますが、治療(アドレナリン注射など)で容易に対応ができます。上記の報告ではその90%が接種後30分以内に起きていますので、接種後に接種会場に30分程度とどまるという現在の対応策で十分に対応できます。新型コロナウイルス感染による人口あたりの死亡数が欧米よりずっと低い日本(アメリカ1/640 日本1/16,000)でさえ、アナフィラキシーの危険率より、新型コロナウイルス感染で死亡する率の方がずっと高いことは知っていて良いと思います。




筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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