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【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】 第19回 緑を求めて (2)

前回は、『緑を求めて』と題して、富裕層のマンション内に人工的に作られたドバイの森についてご紹介しました。莫大な資金と労力をつぎ込んで作った、映画のセットのような美しい自然。その美しさに目を奪われますが、点滴かんがいシステムによって水を与えられて育つ木は、人間に飼われるペットのようなもので、水が与えられた範囲にしか根を伸ばすことができず、自力で生きていくことができません。砂漠に無理やり緑を作っても、資金が尽きたら蜃気楼のように消えてしまう持続不可能な森。砂漠には雨が降らない、地下水がない、海水淡水化はお金がかかる。すべては水の問題なのです。

その水問題を乗り越えて緑化に成功した例がアブダビにありました。
アブダビに広がる豊かな生態系をはぐくむ持続可能な森
森と言っても私たちが想像するような陸地にある森ではなく、海に生えるマングローブの森です。

砂漠の国UAEに豊かな水資源はないけれど、アラビア湾には無限に水がある。水がないなら、ある水を使えばいい。たとえそれが海水でも。

そんなコロンブスの卵のような発想で、この砂漠の国にマングローブの森が生まれました。 この長い年月をかけたマングローブによる緑化事業に、実はたくさんの日本人が関わっていました。 今回は、海の水を使ってマングローブの緑化に成功した、アブダビにある森のお話です。

アブダビのマングローブ・カヤック・ツアー

2018年夏、夫は4年にわたるドバイ駐在を終え、私たちはUAEを後にし、次の赴任地であるサウジアラビアに引っ越しました。転居前の2017年に家族で出かけたマングローブの森について、ご紹介します。

ドバイでは10月から3月までの半年間が外遊びの季節。40°Cを超える盛夏(6、7、8月)を屋内で過ごすのと、プールで涼むことで何とか乗り切ると、やっと外で活動をしようという気になってきます。 半年にわたる屋内生活を穴埋めするため、子どもたちに何かアウトドアの楽しいアクティビティがないか探していたところ、アブダビでカヤックができるという情報をゲットしました。2017年の12月、さっそくドバイからアブダビまで一泊旅行に出かけました。

ドバイから車で一時間半ほどかかるアブダビ市は、アラビア湾に面しています。アブダビ市を構成する一番メインのアブダビ島はサソリのような形をしていてアラビア湾に突き出しており、周囲をいくつかの小さな島が取り囲んでいて複雑な海岸線を形成しています。島と島の間には大きな川を思わせるような入り江が流れていて、アブダビ市内をドライブするときには、この入り江にかけられたいくつもの橋を渡らなくてはなりません。


今回の小旅行には、カヤック・ツアーにアクセス抜群のアナンタラ・イースターン・マングローブホテルを滞在先に選びました。

ホテルは波の静かな入り江に面しており、ホテル敷地内にありカヤックの船着き場があって、移動時間ゼロでカヤック・ツアーに参加できます。 私たちのお目当てのカヤックのツアーの名前は、マングローブ・カヤック・ツアー。 ツアーは二種類用意されていて、早朝出発して朝日を見るツアーと、15:00ごろ出発して夕日を見るツアー。私たちは夕方のツアーを選びました。 ホテルの部屋で水着を着て、ビーチサンダルで歩いて屋外に出ると、目の前には入り江が広がります。ここでライフジャケットを着用しフル装備で挑みます。

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張り切って参加する長女と次女。

ツアー参加者は全部で20名ほど。子連れグループは私たちだけで、あとは全員大人です。 5人家族の私たちは、議論の末、パパ・カヤックとママ・カヤックの2艘に分かれて乗ることにしました。パパ・カヤックには長女次女が、ママ・カヤックには2歳の息子が乗ります。陽気なフィリピン人ガイドの説明の後、ガイドの先導で一列になってマングローブを目指します。ちょうど満潮に近い時間帯だったため、海水は十分にありました。

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後ろにはマングローブの森が広がる。

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2歳の息子は見晴らしのいいカヤックの前座席を占領してご満悦。私は、さあ、出発! と勇んでオールを動かし始めました。ところが、全力で漕いでもカヤックは全く進まない。私がか弱いからか、息子というおもりを載せているからか、みるみるうちにみんなに引き離されます。

途中で、しまった! 息子を夫に任せて長女をこちらのカヤックに乗せればもっと楽できたのに、と人員配置を間違えたことに気づいても時すでに遅し。手の皮がむけようとも、オールが当たってほほが腫れようとも、カヤックを止めるな! 休むことは許されません。

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マングローブの森の中を抜ける。

海水より塩辛い海水

やっとマングローブにたどり着いたと思ったら、先鋒隊はマングローブの森を分け入り細い水路に入って行きます。 私は、「自然を楽しみに来たのに、カヤックを漕ぐのに夢中で風景さえも見られないなんてもったいない!」と、オールを投げ出し一休みすることにしました。 漕ぐのをやめると、マングローブの森からにぎやかな鳥のさえずりが聞こえてきます。息子は小さな魚の群れを見つけて歓声をあげます。 左右に迫るマングローブをじっくり眺めていると、改めてなぜこんなところにマングローブがあるのだろう? と疑問が湧いてきました。

延々と続くマングローブの森は、森というには野性味にかけていて、枝葉が単調でバラエティに欠けます。木の高さや枝の長さはほぼ均一で、まるで民家の周りを囲む生垣のように見えてきます。 私は手を伸ばして水につけて、ぺろっとなめてみました。
「塩辛い!」

水は完全なる海水です。しかも、この海水、ただの海水ではなく、「海水より塩辛い海水」と言われています。 アラビア湾の海水が、普通の海水より塩辛くなってしまう理由は二つあると聞きました。 一つは降水量が少ないから。雨が少ないUAEには川が一本もなく、海に水が流れ込まないのです。 もう一つの理由としては、水温が高いから。水温の高いアラビア湾は、水の蒸発が激しく、通常3.1%~3.8%といわれる塩分濃度は4.2%~4.5%まで跳ね上がります。 こんな「海水より塩辛い海水」でマングローブが育つのも、不思議でたまりません。

長男の「ママ~! カヤックを漕いでよ~」の声にはっと我に返り、慌ててまた馬車馬のようにカヤックを漕ぎ始めました。

マングローブを眺めながら頭をよぎった数々の疑問が気になり、その後時間をかけて細々とアブダビのマングローブのことについて調べてみました。 当時、私が抱いた違和感は間違いではありませんでした。このマングローブの森は自生したものではなく、植林によるもの。 そして、調べていくうちにこのマングローブの植林に何人もの日本人が関わっていたという事実を知りました。

代表的なのは、この「海水より塩辛い海水」にマングローブを植えることを思いつき、資金を集め調査をして実験を重ね、少しずつ植林をした探検家の向後元彦(こうご・もとひこ)さん。 そしてその後、マングローブを植林するだけではなく、そこに持続可能なエコシステムを作り出した玉栄繁康(たまえい・しげやす)さん。UAEの緑化に多大な貢献をした2人をご紹介します。

マングローブを育てた2人の日本人

最初にアラビア湾の海水でマングローブの森を作るアイデアを思いついたのは、探検家の向後元彦さん。 きっかけは、1977年に向後さんがクウェートを訪れたときに、緑を渇望するオイルマネーで潤う現地の人を目の当たりにしたことでした。野心家で破天荒な向後さんは「砂漠を緑にできれば、大金もうけができるかも」と妄想します。 しかし、すぐに水の問題にぶつかってしまいます。降水量が極端に少ないアラブの地では、地下水には限りがあるし、海水淡水化はコストが高すぎます。

そこで、冒険家ならではの自由な発想で、専門家もびっくり仰天するようなアイデアを思いつきます。 水がないなら、アラビア湾にある海水を使えばいい。無限にある海水をつかって、海で育つマングローブの森を作ろうと。

このコロンブスの卵的発想から、アラビア湾にマングローブ森を作る夢に取りつかれた向後さんは、会社を立ち上げ、友達から寄付金を募り、アラビア石油株式会社などの民間企業から支援をとりつけ、アラビア湾に乗り込みます。向後さんの血のにじむような努力は、著書『緑の冒険―沙漠にマングローブを育てる 』注1に詳しく語られています。向後さんは10年あまり様々な困難と闘って、3万本のマングローブを育てることに成功しました注2。当初の目標であった億万長者の夢はどこへやら、向後さんは地域貢献の使命に燃え、そのマングローブの植林活動は、中東にとどまらず、その後活躍の場をアジア太平洋地域に広げていきます。

もう1人、マングローブによる緑化に貢献した日本人がいます。水産専門家として30年以上UAEで活躍した玉栄繁康さんです。

玉栄さんは1980年代JICAの水産専門家としてUAEに派遣され、UAE水産養殖センター設立と現地研究員への養殖技術移転など、UAEの水産資源開発に取り組んできました。その功績を認められ、続けて当時の農水大臣にUAE砂漠沿岸の水産的な有効利用についての調査を依頼され、マングローブと出会います。

調査対象となったのはアブダビ首長国の砂漠沿岸一帯にひろがるサブカと呼ばれる塩湿地帯。 サブカは塩生植物さえも生きることのできない不毛の地と言われています。 調査中に玉栄さんは偶然サブカのぬかるみに自生するマングローブを発見し、このサブカでもマングローブが生え、豊かな水資源が育つことに驚き、これをヒントに、マングローブを植えてサブカをグリーンに変えるというアイデアを思いつきました注3

特筆すべきは、玉栄さんのアイデアがただ「サブカにマングローブを植える」だけではなかった点です。玉栄さんは養殖センターでの経験から、魚のフンが植物の成長を促すことを知っていました。そこで、植林と養殖を同時に行う「アグロ・フィッシュプロジェクト」と銘打って、魚を養殖しながらマングローブを育てるという農業(アグロ)と漁業(フィッシュ)を融合させた、一石二鳥プロジェクトを立ち上げたのです。

具体的な方法としては、まずサブカに掘った水路(例:長さ10km、幅100メートル、水深10メートル)に海水を導入。その沿岸にヒルギダマシ(grey mangrove)を植えます。ヒルギダマシは耐塩性がずば抜けて高く、アラビア湾で生き抜くことのできる唯一のマングローブです。その水路に放流した魚の老廃物を栄養源にマングローブがすくすくと成長注4。そして、マングローブの落ち葉(腐葉土)を栄養源に繁殖したプランクトンに魚介類が集まる。その魚介類の排せつ物でマングローブがさらに育つ。マングローブには無数の虫や鳥が集まり、フラミンゴなどの渡り鳥も立ち寄るようになります。緑を増やすだけでなく、水産資源も同時に増やすことができ、新たな循環型生態系を作り出す、まさに持続可能なエコシステムなのです。

冒険家という自由な立場で民間企業から支援を受けてアラビア湾でマングローブ活動をした向後さん、養殖の専門家でJICAやUAE政府を後ろ盾にUAEで活躍した玉栄さん。この対照的な2人の日本人が、国境を越え、次世代のために作ったアラビア版「鎮守の森」。私たちがカヤックで廻った森が、2人の手によるものだとわかったのはずいぶん後になってからでした。

非常に残念なのは、この2人のことはUAEでも、UAEに住む日本人の間でもほとんど知られていないことです。UAEのマングローブについて調べていた私も、この2人の存在に行き当たるまでにかなりの時間を要しました。砂漠の国で、夏は焼けるような暑さの中、冬は強風にさらされながら、まさに這いつくばるようにして海でマングローブを育てたお2人にもっとスポットライトがあたるといいなと思います。

小さな種が大きな森になる

2018年夏に私たちがドバイを去ってからも、UAEには多くの観光スポットが生まれています。 そのうちの1つに、2020年1月アブダビに誕生したマングローブの生態系が学べる教育型エコロジー・パークがあります。名前はジュバイ・マングローブ・パーク(Jubail Mangrove Park)。

この公園はアブダビ市郊外アル・ジュバイ島にあり、2㎞に及ぶ散歩道を歩きながらマングローブの生態系に触れ、親しむことができます。入園は完全予約制で、一般入場料は10AED(約290円)。他にもレンジャー(自然保護官)と一緒にマングローブの森を歩くツアー(85AED/約2,500円)、マングローブ・カヤック・ツアー(100AED~/約2,900円~)、マングローブ・サンセットヨガ(85AED/約2,500円)など色々なアクティビティが用意されています。

ウェブサイトで見ると、私たちが小旅行で訪れた2017年よりマングローブの森はさらに拡大し整備され大切に守られていました。そして、その意義を人々に発信する場にもなっていることを知り嬉しくなりました。UAEを再訪することがあったら必ず行ってみたい場所です。

2人の日本人が撒いた小さなマングローブの種。数々の困難を乗り越えて、芽を出し成長し、砂漠を覆う大きな森になろうとしています。 この持続可能な森は、虫を誘い、渡り鳥を招き、そして多くの観光客を呼ぶ、UAEの豊かな財産になっているのです。

次回からは、次の赴任先のサウジアラビアでの子育てについて、レポートしていきます。


  • 注1 「緑の冒険―沙漠にマングローブを育てる」向後元彦 岩波新書
  • 注2 向後さんが植林を行ったのは、サウジアラビアのカフジ(1万5,000本)、UAEのムバラス島(1万本)(1987年末)。
  • 注3 「アラビア湾のマングローブ革命~中東石油王国UAEに出現する緑のオアシス」山本春樹 p.210
  • 注4 魚のフンをエサにしない場合、ヒルギダマシの成長は年間5㎝。魚を放養して排せつされるフンを利用するとヒルギダマシの成長は19㎝に加速できた。「アラビア湾のマングローブ革命」p.259
筆者プロフィール
森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。2013-2017 アラブ首長国連邦ドバイ滞在。現在はサウジアラビア、ジッダに住んでいる。
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