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ラオスにおける持続可能な未来への「担い手」づくり

永田 佳之 (聖心女子大学文学部教育学科准教授)

2011年12月22日掲載

要旨:

ヒト・モノ・カネ・情報がかつてないほどのスピードで国境を越えて移動していると言われる現代社会。ラオスでも経済優先の開発が急ピッチで進められ、人々の価値観は大きく揺らいでいるようです。そんな中、地元のNGOと聖心女子大学のチームが持続可能な社会づくりに向けた学習プロジェクトを始めました。
途上国を席巻するグローバリゼーション

一昔前までは、発展途上国と言われる国に赴くと、どことなくホッとした気分になり、ゆるやかな時間の流れに身を置くことができました。しかし、最近はそうした国々に行っても、せわしなさを感じてしまうのは筆者だけでしょうか。

いまや世界中いたる所でグローバリゼーションが席巻していると言われます。豊かな生活を送るために世知辛い競争社会を生き抜くのが先進国である一方で、途上国は貧しいながらもゆったりとした生活が送れる―このような二項図式をもはや描くことは困難なのかもしれません。先進国で貧困問題が指摘されるようになり、途上国でも格差が広がっています。そのせいでしょうか。どちらかというと先進国特有の病理として考えられてきた鬱病などが、途上国の若者に見られるという指摘もなされるようになりました。

かつてアジアの最貧国のひとつと言われたラオスにおいても中国や韓国、ベトナム資本が雪崩れこみ、都市部では建設ラッシュとも言える経済開発が、地方では大規模な収穫を目論んだ農業開発が進められています。首都のビエンチャンではより豊かな生活を夢見て、実用的な英語が学べる私立学校が中上流階層の親たちに人気だと聞きます。開発の進展と共に、人々の価値観も急速に変容しているのでしょう。

アジアのノーベル平和賞とも言われるマグサイサイ賞受賞者であるソンバット・ソンポン氏はこのような動向を懸念しているラオス人のひとりです。彼は、近年のラオスの情勢を次のような図に表しました。

report_02_135_1.jpg   report_02_135_2.jpg
図1   図2
(図はクリックすると拡大します)


図1はソンポン氏が描く理想的なラオス社会です。屋根の部分にある日常生活の幸福(Contentment)を自然・文化・教育(心と頭)・経済の4本柱が支え、その土台には「質の伴った教育」と「良き統治」が置かれています。タスキをかけているのは仏教僧であり、小さめの人は子どもを、大きめの人は大人を指しています。図中の誰もが持続可能な社会に必要とされているのです。

ところが、図2を見ると、いつの間にか屋根(生活目標)はGNP(国民総生産)という経済指標にすり替わり、自然と文化の柱は軽視され縮こまったかのようです。教育の柱はコンピュータ教育となり、大企業と政府のみならず親にも支持されています。しかし、その屋台骨はバランスが悪く、グローバルな外圧により今にも押しつぶされそうです。


「変化の担い手」としての高校生

こうした情勢に対して既存の社会のあり方を捉え直し、「もう一つの社会」のあり方と、そのための教育について考えようというプロジェクトが、ソンポン氏が代表を務めるPADETC(Participatory Development Training Centre)というラオスのNGOと聖心女子大学の大学院生を中心とするチームによって始まりました。ユネスコ等が推進するEducation for Sustainable Development: ESD(持続可能な開発のための教育)を未来の教育のあり方として注目し、そうした教育開発の手法として採用したのが「コンパス」と呼ばれる、アトキソン・グループ*1によって開発されたメソッドです。ESDは環境・経済・社会と文化がバランスよく発展するような持続可能な未来をつくるための教育であり、コンパスは、東西南北になぞらえて、東(East)のEはEconomy(経済)を、西(West)のWはWell-being(個人の幸福)を、南(South)のSはSociety(社会)を、北(North)のNはNature(自然)を指し、経済・幸福(ウェルビーイング)・社会・自然 の4側面から持続可能な発展のあり方を考えていくための学びのツールです。

プロジェクトの舞台として選ばれた地域は、ラオスの首都、ビエンチャンの北部にあるシェンクワン県であり、新たな教育開発のあり方を求めて若者を主体とする調査が実施されました。調査の詳細は、報告書やDVD*2に委ねることとし、ここではごく簡単にその概要をお伝えします。

PADETC職員が「コンパス」をシェンクワン県の公立学校に通う高校生25名に伝えるために開催したワークショップを皮切りに、プロジェクトは始まりました。インタビューを通して高校生は村人にとって重要な伝統や最近の問題などを聞き取り、その内容を経済・幸福・社会・自然という4つの観点から総合的に分析します。さらに、各々の領域にあげられた項目の中で関連性の高いもの同士が糸を使って結びつけられます。つまり、どの項目が一番多くのつながりをもっているのかが可視化され、村の優先課題として検討されるのです。

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実際に、若者たちは調査を通して色々な関係性(つながり)に気づき、開発の多様な側面について学びました。 トウモロコシを大量生産することで収入が増えた一方で、化学肥料の使用によって村の動物が減少している問題や、川にゴミ等を捨てるため水質が悪化し、魚が減っているという問題を共有することができたのです。一連の調査と分析を終えて、若者たちは報告会を開き、村の大人たちを目の前に模造紙などを使って開発の在り方について一緒に考えます。

今回のプロジェクトでは、若者は「チェンジ・エージェント」(変化の担い手)として位置づけられました。社会をより持続可能にするために物事を時には批判的に、時には創造的に捉え行動していく、いわば世直しの担い手です。普段の学校生活は伝統的な授業が中心ですので、こうした役割を担った若者は今回のプロジェクトのやり方に当初、戸惑ったようです。しかし、比較的短期間のプロジェクトでも、若者には自信がみなぎり、そうした若者を目の当たりした村人も誇らしげな笑みを浮かべていました。

一連の調査を通して、若者たちが多くを学んだことは確かですが、興味深いことに、村の大人たちも気づいたことは少なくなかったようです。例えば、ある村人はこう語っています。「子どもたちが村に来てこのような調査をしてくれてうれしいです。村の現状について改めて考えることができましたし、このような活動をこれからも続けて、子どもたちと一緒に活動していきたいです。また、うちの村の子どもたちを集めてこのような調査を行わせたいです。」自分たちの暮らしの現状を客観的に分析する機会を得たことにより、村の問題について新たな意識を持って取り組む意欲が見られた村民は少なくありません。「持続可能な開発」というと地球規模の課題のように受けとめられるきらいがありますが、その「はじめの一歩」は日常生活の中での「気づき」からであると言えるでしょう。


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*1 「アトキソン・グループ」AtKisson Group. 1992年に米国で設立された「持続可能性」に関する国際的なコンサルタント組織。世界10ヵ国に拠点をもち、環境政策や教育などの分野で活動している。代表はアラン・アトキソンであり、邦訳された著書に『カサンドラのジレンマ:地球の危機、希望の歌』(枝廣淳子監訳、PHP研究所、2003年)がある。
*2 http://www.u-sacred-heart.ac.jp/graduate/report/1104.html
筆者プロフィール
永田 佳之(ながた よしゆき)(聖心女子大学文学部教育学科准教授)

日本国際理解教育学会理事、開発教育協会評議員のほか、国際交流基金やユネスコ・アジア文化センター等で専門委員やタスクフォースの座長を務める。近年、ユネスコ本部(パリ)でESD(持続発展教育)の評価委員を務めるなど、持続可能な未来づくりに向けた教育の推進に国内外で取組んでいる。
同時多発テロ事件後の国際理解教育のあり方を論じた論文「国際理解教育をとらえ直す―グローバリゼーション時代における国際理解教育の再構築に向けて―」にて、第29回国際理解教育賞最優秀賞を授賞。教育学博士。

主な著書:
『オルタナティブ教育:国際比較に見る21世紀の学校づくり』(単著、新評論、2005年)
『持続可能な教育社会をつくる:環境・開発・スピリチュアリティ』(共編者、せせらぎ出版、2006年)
『持続可能な教育と文化:深化する環太平洋のESD』(共編者、せせらぎ出版、2008年)
『「私ならこう考える!」20年後からの教育改革』(共著、ほんの木、2009年)
『未来をつくる教育ESD:持続可能な多文化社会を目指して』(共著、明石書店、2010年)
『グローバル時代の国際理解教育:実践と理論をつなぐ』(共著、明石書店、2010年)
Alternative Education: Global Perspectives Relevant to the Asia-Pacific Region. Springer. (単著, 2006年)
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