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【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】 第18回 緑を求めて (1)

毎年、ドバイ日本人学校の理科の先生を悩ます単元のひとつが、一年生の生活科で出てくる「たねをまこう」という授業です。

日本で小学校教育を受けた人なら、学校で自分の植木鉢に朝顔の種をまき、観察日記をつけながら、芽が出るのをどきどきして見守った記憶があるのではないでしょうか。支柱につるが巻き付いてつぼみをいくつも付けた朝顔の鉢を抱えて家に持って帰る子どもの姿は、夏休み前に必ず目にする光景でした。

ドバイで同じことをしようとすると大きな困難が待ち受けています。
ちょうどこの単元が教科書に出てくるのは、一年生の一学期。そのころドバイは真夏に向かってどんどん気温が上がる時期で、6月には40度近くなることも珍しくありません。 理科の先生は毎年試行錯誤してこの授業に挑みますが、子どもたちから「芽が出たのは○○ちゃんだけだった」とか「今年は全滅」など残念な報告が届きます。涼しくなった冬にリベンジしても、なかなか花を咲かせるところまではいかないようです。

日本とは、気候も、土も、水も異なるドバイ。
植物や木を育てるのにどのような工夫がされているのでしょうか。
今回は、ドバイを中心にUAEの植物、緑にスポットを当ててお話ししていきたいと思います。

原油がもたらす緑

前回「水はどこから」というテーマで、砂漠の国UAEがどのように水を確保しているかというお話をしました。UAEの一人当たりの平均水消費量は年間約740m³。世界の平均が500m³ですから、UAEでは約1.5倍の水を使っている計算です。

世界平均を240m³も上回る水が何に使われているのかというと、植物への水やりです。
水やりといっても、じょうろやホースでちょろちょろとという貧乏くさい話ではなく、充実した灌漑システムでじゃんじゃん水を使って植物を育てています。その水の量は、植栽木一本あたり平均45.5リットル使われているとも 。それが水消費の数字に表れているのです。

今は亡き建国の父、シェイク・ザイード前大統領は先見の明のある指導者でした。

ただの漁村だったドバイを世界のトップレベルの商業都市に引き上げたのは、石油に依存しない数々の戦略を立ち上げた前大統領のおかげだと言われています。 彼は緑化政策にも早くから目をつけて、「石油によって得られた地下からの利益を土壌に還元する」 という方針に基づいて、建国前の1969年から早々と植林事業に手を付けています 。

その政策が功を奏して、ドバイの道路には街路樹が、道路周辺には多くの植栽があって、有料の公園には広大な芝生が広がっています。 その緑を支えているのが、徹底した灌漑システム。
ゴルフ場や公園の芝生は、一年中青々として枯れているのを見たことがありません。それもそのはず。スプリンクラーが1、2メートル置きに設置され、朝晩、徹底して散水が行われているからです。

しかし、スプリンクラーの散水は60%の水が植物に届く前に蒸発してしまい 水効率が悪いと言われています。 街でよくみられるのは、点滴灌漑システム(drip irrigation)で、その名の通り点滴で人に水分を補給するように植物に水を与えます。排水チューブを地表面、または地下に埋め込み、ピンポイントでゆっくり灌漑水を与えて水の消費を最小限に抑える方法 で、経済性が高いことで知られています。

海水淡水化施設から遠い内陸部では水の輸送費がかかるため、主に地下水が使われています。 UAEの地下水には塩分が含まれており、塩濃度が0.3%までなら葉菜類、果菜類の栽培が可能、ナツメヤシは耐塩性が高く塩濃度1%でも生育することができるそうです。 防風や防砂のための植林には、耐乾性、耐塩性が高く水分要求度の少ない在来種が選ばれています。

ドバイに森がある

ドバイ駐在員に人気の隠れ家的レストランThe Farmは、私がドバイで訪れたレストランの中でも特に印象深いレストランです。 ビーチ沿いにある人気エリアの反対側、内陸の砂漠エリアに位置するこのレストラン。車は荒涼とした砂漠エリアに向かっているにもかかわらず、The Farm に近づくにつれ、道の両側にはうっそうとした森が見え始め、こんもりとした木々が細い道に迫ってきます。

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この緑のトンネルのような道に目を奪われていると、レストランの入り口を見落としてしまうので気を付けなければなりません。 レストランに一歩足を踏み入れるとそこは別世界。

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レストランの入り口
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石の大きさ、形、水の色、植物の配置まで細かく作りこまれた、自然に見える人口庭園

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レストラン内部

あふれんばかりの木々に空気はピンと澄み渡り、さらさらと涼しげに小川が流れ、BGMのように小鳥のさえずりが響き、モネの絵を髣髴とさせる水辺の風景に目を奪われます。ここはバリのリゾートホテルのようでもあり、ヨーロッパの庭園のようでもある。自分がどこにいるのかわからなくなってしまうような感覚を覚えます。 驚くのは、温度が40度を超える真夏でも、ここに広がる風景は変わらないこと。 食事はオーガニックの多国籍な料理が提供され、2012年のオープン以来、毎年必ず人気レストランアワードを受賞している人気店で、週末は予約必須です。

実はこのThe Farmは、ドバイでも屈指の超高級レジデンス、アル・バラリ(Al Barari)の敷地内にある住民のためのレストランで、一般の人にも開放されています。 このレストランに来るときに通った道から見えた緑は、その敷地にある広大な森だったのです。

アル・バラリの緑の多さはドバイトップクラスで、東京ディズニーランド 約3個分の敷地 の60%を占めているのは、うっそうと茂る森林。居住エリアには、ルネサンス、バリ島、地中海など6つのテーマに沿った庭園があり、20ヶ国から取り寄せた300種類の植物が植えられ、5.4kmの小川は湖や滝に姿を変えながら、庭園と庭園をつなぎます。レジデンス内の建物はすべて低層階で贅沢に作られており、共用の25mプール、プライベート・プール、おしゃれなジム、テニスコート、これまた毎年賞を受賞しているラグジュアリー・スパがそろっている上、モスク、図書館などなんでもあります。

人間だけでなく、植物にもスペシャルケアが施されます。世界各国から取り寄せた植物ですから、放っておいて育つという類のものではありません。敷地内には、世界各国から取り寄せた苗を管理する専門のガーデンセンターがあり、苗を育て、植え付け、灌漑、手入れなど、途方もない費用と手間がかかっています。The Farmの写真を見ての通り、庭園の緑の配置、水の流れ方などはアートそのもの。設計やデザイン、ガーデニング技術の高さも一流であることがわかります。 また、ここの草木は、日本の秋や冬のように萎えて、落ちて、枯れたりしてしまうことがありません。まるでポスター写真を張り付けたように、一番よい季節の風景がほぼ一年中キープされています。アル・バラリのオーナーの「緑の天国を作りたかった」という言葉通り、ここは天国なのです。

このコミュニティに居を構えることができるのはドバイの中でも高所得者だけ。市の中心地を離れた辺鄙なエリアにもかかわらず、アパートの物件価格は230万AED(約7,000万円)から、一軒家の価格は990万AED(約2億9,700万円)からとなります。 日本ならだれでも平等に楽しむことのできる緑も、ドバイでは富裕層のみに与えられた特権なのです。

筆者プロフィール
森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。2013-2017 アラブ首長国連邦ドバイ滞在。現在はサウジアラビア、ジッダに住んでいる。
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