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【カナダBC州の子育てレポート】第13回 公立小学校の読書への取り組み

要旨:

BC州の公立小学校では読書に力を入れている傾向が見られます。このレポートでは、娘が通う小学校で行われているホームリーディング(家庭での読書)を中心に、英語が母語である児童がどのようにして初めて読書に取り組んでいくのか、公立小学校が読書に力を入れている背景であると考えられるカナダ国民のリテラシーの実態、そして、すべてのリテラシーの基礎になる読む力についてお伝えします。

keywords:
ホームリーディング、読書、リテラシー、音声、サイトワード、Guided Reader(レベル別リーダーズ)

日本では子どもの読書活動推進計画が進められて久しく、また、それに伴い学校での朝の読書運動がメディアでも取り上げられてきました。しかし、昨年、経済協力開発機構(OECD: Organization for Economic Cooperation and Development)が3年ごとに実施している学習到達度調査PISA(Programme for International Student Assessment)では、日本の子どもたちの読解力が年々順位を落としていることが話題になりました(2012年4位、2015年8位、2018年15位)。一方カナダは、2012年は9位、2015年は3位、2018年は6位と順位が大きく下がってはいません注1。読解力はPISAの結果だけでわかるものではありませんが、娘の通うBC州の学校の様子や公立図書館の動きを実際に見ていると、こちらでは子どもの読書に力を入れている傾向が顕著に見られます。

私も夫も読書が生活の一部であり、娘には本をよく読む人に育ってほしいという思いがはじめからあり、ビクトリア市在住時には近所の公立図書館に毎日のように通っていました。近隣にママ友もいない中で、無料で頻繁に出かけられ、雨をしのぐことができ(カナダ西海岸の秋冬は毎日のように雨が降ります)、1日2回の娘のお昼寝の合間をぬって、ベビーカーを押しながら歩いて行ける場所として、図書館は最適でした。訪れるのは、司書がファシリテーターとして行っている乳幼児と保護者が歌を歌ったり絵本を読んだりする「おはなし会」の時間(ベビータイム)。この時間に出かけ、娘は絵本コーナーでハイハイやお座りをし、本棚から本棚へとつかまり立ちをし、歩けるようになると、回転式の本棚でかくれんぼをするようになりました。

娘には、日本語を聞き、話し、願わくは、読んだり書いたりも多少はできてほしいという私の願いから、私は娘と日本語でコミュニケーションをとり、娘が赤ちゃんの頃から日本語の童謡を歌ったり、本を読んだりしてきました。そしてひらがなに興味を示し始めると、かなを読むことから書くことへと移行しました。語彙やフレーズの意味がわかり、ひらがながわかるようになると、娘はひらがなで書かれた本を自分で持ち出して読むようになりました。

このような過程が英語でもなされるのだろうかと、興味を抱いて学校での読書を見守っていると、あたりまえですが言語体系の異なる英語ではプロセスが異なり、それは外国語として英語を学んだ私自身の経験とも異なるものでした。英語ではABCをエイ・ビー・シーと読めてもappleが読めるわけではありません。それでは生まれた時からすでに英語を耳で聞き、英語で会話をして生活している子どもたちはどのようにして単語から文章、そしてまとまったお話へと英語で読めるようになっていくのでしょうか。娘の通う公立小学校のキンダーガーテン・クラスでは読むことに向けてフォニックス(発音と文字の関係性を学ぶ音声学習法)から入りました。使用されたのはanimated literacy注2(写真)と呼ばれるもので、絵や歌と体の動きを合わせて、それぞれのアルファベットやアルファベットの並びの音を声に出します。たとえばKkの音を習うプリントには、Ccやckといった同じ音をもつアルファベットの並びも書かれていて、投げキッスをしながらリズミカルに「クッ」「クッ」「クッ」と[k]の音を声に出します。また、カンガルーの絵が書かれたリズムプリントでは「K says [k], K says [k], kicking kangaroo, kicking kangaroo, k-k-k」と言った具合に歌に合わせて音を声に出します。カンガルーや、キックという語彙が入ってくることで、[k]の音が、単体の音としてだけでなく単語の中に入った場合にどう聞こえるのかもわかります。これがアルファベットの26音すべての文字に対して行われています。

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animated literacyを自宅で試す娘

その次に現れたのがsight word(サイトワード)注3と呼ばれる単語のリストでした。アルファベット26音の音声がわかっていても、英語の単語にはその文字の音声通りに読まないものが数多くあります。音声のルールに従っていない並びの単語を目で見た瞬間に声に出して読んで記憶していくための頻出語彙を並べたのがサイトワードリストです。Dolchサイトワードリストは300単語を含み、これを学ぶことで子ども向けの本は8割が読みこなせるといいます。DolchのリストによるとBC州のキンダーガーテンでは50程度のサイトワードを理解することが目標とされています(書けるようになることは含みません)。音声と最低限のサイトワードを組み合わせることで、娘は簡単な文章が読めるようになりました。

これに加えて、キンダーガーテンの後半になると、ホームリーディング(家庭での読書)が宿題として加わるようになりました。フォニックスの考え方と数十個程度のサイトワードを理解するだけでは、普通の絵本を読むには歯が立ちませんが、guided reading(Leveled booksというレベル分けされた本を使用した読書)注4であれば、レベルに合った本を自分で読むことができます。自宅で音読をして保護者に聞いてもらう(あるいは一緒に読む)作業が宿題として出ました。読書は楽しいものと感じさせ、読書をすることで理解できるサイトワードを増やすことがこのホームリーディングの目的でした。保護者が気をつける項目として、本の挿絵は言葉のヒントであることから、読む際には隠さない、読めない単語は頭の音を一緒に口に出していってみる、長い単語ではわかる部分(例えば、Readingであればing)を見つける、どうしてもわからない単語は飛ばして文章の最後まで読んでからまた戻る、文脈から意味を想像する、繰り返し読む、など注意点が書かれた用紙が先生から配られました。また、読んだ本は保護者がブックリストに記入するように言われ、私自身が宿題を与えられているような気分にさえなったものです。これ以外にも教室内では先生による読み聞かせ、パソコンを使ったデジタルブックの読み聞かせ等が行われていました。

1年生になると、スペリング(単語を書きだす)が本格的に始まりました。娘のクラスではアルファベット用のペンマンシップの罫線を用い、それぞれのアルファベットの特徴を活かして、上の線は天井、次が窓、床があってその下が地下室として、アルファベットの書き方を習っていきます。(たとえば、yは地下室に足が飛び出している、dは天井まで届くなど)単語と単語の間には1つミートボール(隙間)をはさみ、繋がらないようにするなど、娘が断片的に話してくれる学校の様子から子どもにとって憶えやすい工夫が伝わってきます。サイトワードは数が増えました。またホームリーディングは読めるようになるごとにレベルが上がっていきます。これまで会話の中で使っていた、また本で読んでいた単語を書くことで、聞く、話す、読む、書くという4技能がそろい始め、子どもの頭の中で英語という言語の基礎が築かれていく様子が、こちらが見ていてもよくわかります。4技能がそろい始めることでそれぞれに相乗効果があり、娘は単語が書けるようになってきて、読むことにもさらに興味を示し、guided readingのレベルが上がっていくことを喜んでいます。

ホームリーディングの宿題には、児童のレベルに見合った本を保護者に読むだけにとどまらず、保護者が子どもに読みきかせる、または一緒に読むことも加わりました。読書は月曜日から木曜日までの毎晩、1日15~20分は行う、学校から配られるレベル別の図書だけでなく、その他の読みたい本を自由に組み合わせるというものです。読書に関する注意事項は前年度とだいたい同じ内容ですが、児童が読めない文字に困ったときにヒントとして使えるような「reading strategy(読書ストラテジー)」がイラスト付きのしおりとなって渡されました。7つのヒントが動物のキャラクターになぞらえて書いてあります注5。たとえば、changeという単語の読み方がわからず意味がつかめない場合、"Lips the Fish"(発音しやすい口の形をした魚)のヒントを使ってまずはchの音をフォニックスを思い出しながら声に出します。同様にa,n,geと進めていくことで、changeという単語を読んで意味を理解することにつなげます。こうすることで、保護者が正すだけでなく、児童が自分で読書のヒントを身に付けることができます。教室内でも、やはり先生による読み聞かせ、自分の読書時間、クラスメートと並んで座ってお互いに読み聞かせるパートナー・リーディング(現在、新型コロナウイルスの影響で、少し異なる方法で実践)の時間があるようです。

学校では、読書が苦手な児童に対して対策もとっています。担任の先生が見て、授業内で読書に苦戦している様子の児童は、学校時間外に地域の読書推進団体と協力してマンツーマンで本を読む指導を行っています注6。予算の都合上、毎年すべての学年に対応はできないようですが、たとえば今年であれば、小学2年生と3年生が学校時間外指導の対象になっています。

読書に力を入れている背景には、BC州の公立小学校には教科書がないことも関連しているのかもしれません。日本の学校には、学校や学年で統一して使用する教科書があり、その中には厳選された読み物が掲載されています。単語の意味を調べ、新しい漢字を習い、お話の意味を読み取りながら読み進めていきますし、同じテーマに関連する図書を読むだけでも、読むという行為が、授業の中で精読を行っていることになります。一方で、カナダには教科書が存在しません。そのため、普段からレベル別の本を用いた読書や、読み物として楽しむ絵本(児童書)などを授業や宿題に組み込むことで、多読を促しています。そうなると、読書が宿題となるため、保護者の働きかけが子どもの読む力に関わってくるともいえ、保護者の責任が大きいと感じます。

また、州政府によるリテラシーへの注力というのも理由の一つとしてあげられます。日本でもリテラシーという言葉が頻繁に使われるようになりましたが、「リテラシー」は、読むこと、書くことだけにとどまらず、材料を読み、情報を解釈し、それを活用することという大きな範囲を含みます。PISAの結果によると、カナダの子どもの読解力は問題がないかのように見受けられますが、実は、カナダ全体としては、大人の半数に十分なリテラシーがないという調査結果があります注7。また、移民を多く受け入れているこの国では、英語を母語としない移民が英語を使いこなせないことから、リテラシーが低下する懸念も抱えています。リテラシーが上がることで、国全体の経済力が高まると考えられますが、社会の高齢化や移民のさらなる増加にともない、近い将来、職業に必要なリテラシーを備えていない人々がその仕事を担うことになるのが心配されており、カナダ全体でリテラシーを高めようとする動きがあるのです注8

リテラシーの多くのもっとも基礎となる力が読むことだと私は考えており、読書で育まれる力は、多岐に渡っていると思います。読むことを通して、語彙力が増え、読解力が深まることは言うまでもありません。本を読むことで培われるのは、まず想像力。ストーリーを追っていくことで次に何が起こるのかを想像したり、出てくる場面を予測することで想像力が訓練されます。そして思考力。登場人物の気持ちを想像するには、物事を筋道立てて考える思考力が必要です注9。ホームリーディングの際に、自分に合ったレベルの本を読むことで、駆使できる語彙を増やします。保護者と物語を読むことで想像力や思考力がさらに育まれ、読解力が深まるのは確かです。そうやって培われた力は、決して学習面だけでなく、人間関係を構築したり、スポーツで次の動きを予測して反応したり、問題が起こった際に状況を把握して決断したり、新しい場面に適応したり、といったさまざまな分野での力と深く結びついているのだと考えます。

日本では中学生以上から読書離れが見られると聞きます。これは学習面が忙しくなり、塾通いや試験対策が増えることで時間的な制約が大きくなるのが理由かもしれません。カナダでは9歳以上から少しずつ読書離れが見られ、それ以降は、読書に時間をさく傾向が見られなくなるそうです注10。言語の4技能の基礎が固まり、自分だけで読めるようになり、保護者とともに読書をする行為が減ることも一因かもしれません。BC州の娘の学校でのホームリーディングの宿題がいつまで続くのかはまだわかりません。毎年担任の先生が変わり、教科書もないため一貫した行程を辿れない、全体のゴールが保護者に明確に見えない、先生ごとにやり方が異なるといった心配もありますが、これから冬に向かって日照時間が減っていくカナダの地で、娘との読書を、ホームリーディングの宿題として、また親子で楽しむものとして、変わらず続けていきたいと思っています。


  • 注1 「OECD生徒の学習到達度調査 (Programme for International Student Assessment) ~2018年度調査国際結果の要約~」p.26, 表12. PISA調査における読解力の平均得点の国際比較(経年変化)
  • 注2 Animated Literacyはアルファベットを使ったお話、歌、ジェスチャー、塗り絵等で構成され、低学年の子どもたち(主にキンダーガーテン、小1)の最初の読み書きの勉強に使われることが多い。
    http://www.animated-literacy.com/Animated_Literacy_Home.html
  • 注3 Sight Wordsは読み書きのための暗記すべき単語リスト。アルファベットの音から学ぶ英語話者の子どもたちは、英単語をアルファベットごとに口に出して発音し意味をくみ取っていくが、英語には音声のルールに従っていない単語も多く、それらと合わせて使用頻度の高い単語も見てすぐに読めて意味がわかるようにする練習をサイトワードリストで行う。サイトワードには、主にDolchとFryのリストが存在するが、Dolchが使用されることが多い。
    https://sightwords.com/sight-words/dolch/
  • 注4 Guided Readingでは、Leveled Books(レベル分けされた本)から子どもが内容の90%程度を理解できるレベルの本を選び与え、子ども自身が読書ストラテジーを用いながら読み進める。児童に見合ったレベルを教員(保護者)が見極め、その児童が興味のある内容、ほぼ理解できても少しだけ困難で能力が試されるものを選ぶことが重要。また、レベル名はアルファベットや数字などさまざまあるので注意が必要である。
    https://www.scholastic.com/teachers/articles/17-18/what-is-guided-reading/
    https://education.scholastic.ca/category/GR_CHART
  • 注5 7つの動物キャラクターになぞらえた、知らない言葉を読むためのヒントとしての読書ストラテジー:
    Eagle Eye: 挿絵に注目
    Lips the Fish: 発音してみる
    Stretchy Snake: 言葉の音を分解してみる
    Chunky Monkey: 分かる部分に注目
    Skippy Frog: 飛ばして読む
    Tryin' Lion: もう一度読んでみる
    Helpful Kangaroo: 全部やってもダメな場合、大人に助けを求めよう
  • 注6 筆者が暮らすオカナガン地方北部には、リテラシー強化のための次のような団体が存在する。
    https://www.literacysociety.ca/
  • 注7 Canadian Council on Learningのレポート"Future of Literacy in Canada's Largest Cities"によると、国民の半数が近代社会に見合ったリテラシーレベルに達してないとされている。
  • 注8 Literacy BCにあるLiteracy promotes economic well-being参照。
    http://www.literacybc.ca/Info/literacyinbc.pdf
  • 注9 子どもと読書については脇明子著『読む力は生きる力』をはじめ、松岡享子、渡辺茂雄、石田桃子など、絵本作家であり、翻訳家であり、児童文学や図書館学を研究した人たちの関連著書が参考になる。
  • 注10 Scholasticが出版しているKids&Family Reading Report: Finding their story reading to navigate the worldより
    https://www.scholastic.com/readingreport/navigate-the-world.html
筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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