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【カナダBC州の子育てレポート】第8回 過渡期を重視したBC州のキンダーガーテン

要旨:

日本で幼少期に保育園や小学校入学前の2~3年を幼稚園へ通うのと異なり、ここBC州では年長クラスに値するキンダーガーテンが小学校に含まれている。4歳児、5歳児が小学校に通う感覚でキンダーガーテンに行き始めることに違和感を覚えたものの、いざ筆者の娘が通いだすとその様子を見聞きしていて保育園や幼稚園から小学校への移行をスムーズにさせる過渡期を上手にとらえた制度のようにも感じられる。このレポートでは過渡期を重視したキンダーガーテンについて体験談を記した。

Keywords:
過渡期、キンダーガーテン、任意、小学校準備、年長

日本で「幼稚園」と聞くと、年少、年中、年長と3年間通い、保育園に比べると就園時間は長くなく、少し勉強らしいカリキュラムがある点でも異なる、という印象が一般的ではないでしょうか。ドイツのキンダーガーテンをもとに広まったとされるカナダ・BC州のキンダーガーテンの通園期間は1年間で、場所も小学校の中に存在しています。

BC州では、基本的には子どもが5歳を迎える年に初等教育を受けていることが義務付けられていますが、入学を一年遅らせることも可能です注1。キンダーガーテンは、BC州では義務教育の初学年と位置付けられており、ほとんどの公立小学校にKクラス(キンダーガーテン)と呼ばれる日本でいうところの幼稚園や保育園の年長クラスがあり、運営は公的資金で賄われているため、無料で受けることができます。BC州教員免許保持者である教員が担当しており、1年生から7年生までの小学生と同じ時間割で動いています。

カナダのキンダーガーテンはバンクーバーで1944年に始まり、1972年に制度化されました。そして、2010年にはそれまでの半日制から全日制に変更されています。これには諸々の理由がありますが、BC州政府発行のFull Day Kindergarten Guideによれば、全日制のキンダーガーテンに通った児童の方が半日制のキンダーガーテンに通った児童よりも、キンダーガーテン以降の学年においてより学業面で成果が高まるなどの評価が存在したためだと言われています注2

BC州の学校制度は下記の表のような順番をたどります。1年間のKクラスを経て、7年間の小学校と、5年間の中等教育学校です。町や市によってはミドルスクール(グレード8‐10)、 シニアハイスクール(グレード11-12)に分かれているところもあります。

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BC州の子どもたちは、年中の年齢までは、デイケアやナースリースクール(0~5歳児)、プリスクール(3~5歳児)やストロングスタートなど、それぞれの選択にもとづいた幼児教育施設などに通いますが、年長の年齢に達すると、公立学校内のKクラスに入ることになります。Kクラスは小学校や中学・高校と同じ教育法(School Act)の管轄下にあります。

私は日本で育ち、幼稚園に2年間通ったのちに小学校へ通いました。そのため、こちらでKクラスが小学校に含まれていることを不思議に思い、関心を抱き、「来年から本当の学校へ通うのね」と娘を見て声を掛けてくる人たちのコメントに新鮮さを覚えました。というのも、集団生活をしながら学習する場である学校(小学校)へ通うには、4歳、5歳という年齢は若すぎるのではないかという思いもあったからです。

日本では小1プロブレムや幼保小接続の問題が注目を集めていると聞きます。私自身、小学校の始まりの記憶が断片的にあり、教科書の配布、始業終業のチャイムなど、それまで通っていた幼稚園との大きな違いに対する嬉しさと戸惑いの感情を鮮明に憶えています。始まりや終わりといった節目を重視する文化があり、入学(園)や卒業(園)にもそれぞれ式が存在する日本と比べ、ここカナダでは日々の暮らしの中で、過渡期を重要ととらえることが多いのではないかと感じます。BC州のキンダーガーテンの位置づけとは、その過渡期であり、娘の様子や担任の先生から聞く話から、Kクラスでは小学1年生から始まる集団での学習への取り組みの準備を行っているという印象を受けています。

たとえば、小学校の一員としてKクラスの児童たちは月曜日の朝行われる全校朝礼に参加します。日本のように気を付けをして整列はしなくとも、自分たちより上の学年の児童と同じ体育館で、校長先生や他の教員の話を聞いたり、その週の大きなイベントについて説明を受けたりします。朝礼がない日に何かお知らせがある場合は、校内放送が響き、その日の重要事項やイベント、休み時間の担当の先生の名前などに教員、スタッフ、児童全員が耳を傾けます。また、午前中20分程度とお昼ごはん前の40分の休み時間には、気温がマイナス11度以下にならない限り全校生徒が同じ校内の校庭で遊びます注3。外遊びは学年を飛び越え、男女の入り混じった交友関係に広がります。娘の通う学校では、主要教科は担任が教えますが、実技などのその他の教科については状況が異なります。図書の授業では図書室へ移動して司書の方が担当し、音楽の授業は音楽室で音楽の先生が、体育の授業は体育館または校庭で体育の先生が担当しています。体育の先生は小学3年生の担任を掛け持ちしているため、「〇〇ちゃんの先生が体育を教えてくれる」というようなことを娘から聞きます。

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学校の前に整列するキンダーの子どもたち

給食はありませんが、週に1~2度ホットランチと呼ばれるお昼ご飯を事前にオーダーするシステムがあります。例えば、ピザを事前に申し込んでおくと、ピザ屋さんがまず学校に届け、それをボランティアとして手伝いにくる保護者が教室ごとのオーダーに振り分け、さらに上級生たちがボランティアとして教室に運んでくるので、名前を呼ばれたら、頼んだピザを子どもが受け取れます。12月に行われる大きなイベントのクリスマスショーは、全校生徒でステージを作り上げますが、Kクラスもその演劇の一部にダンスや歌で参加しました。その他にも、学校主催で音楽の先生がDJをするハロウィンダンスパーティー、ファンフェアという活動資金を集めるイベントなど、全校生徒が集結するイベントにもKクラスは参加します。また、Kクラスの人数は少なめでも、教室は他の学年に比べて広くとられていて、子ども一人一人が体を動かしやすいように配慮されているそうです。

このように、Kクラスの児童は小学生の仲間である反面、いくつかの措置から特別な存在である印象も受けます。9月に新学期が始まると、KクラスはGradual Entryといって、2週間かけて慣らし保育のような形態をとりながら、担当教員が担当クラスを決めていきます。娘のキンダーガーテンでは、初日に1時間、その後は1日置きに登校し、2時間から4時間、6時間へと学校での滞在時間を増やしていきました。また、Kクラスの子どもたちに上級生が付いてお世話をしたり、共にアクティビティや勉強をするBig Buddy制度があります。娘のKクラスには小学4年生がパートナーとして付き、そのうち2人の児童がKクラスの児童1人を担当します。毎週金曜日に一緒に本を読んだり、工作をする時間があったり、一緒に遠足でかぼちゃ畑へハロウィンのかぼちゃを採りに行ったことがありました。校庭で声をかけてもらったり、かぼちゃ畑でおやつのお世話をしてもらったり、自力では持てないような大きなかぼちゃを運ぶのを手伝ってもらったりと、特に一人っ子の娘は大きなお姉ちゃんができたようで、うれしそうにしています。Big Buddyの子は校庭で娘を見かけると駆け寄ってきて、「困ったことがあったら私に言うのよ」と声をかけてくれたり、私も校庭で娘のBig Buddyを見かけると「いつも見てくれてありがとうね。」と話し掛けたりしています。時々校庭でもめ事などが起きても「Big Buddyが助けてくれた」と娘から聞くこともあります。

Kクラスの児童にとって時間管理は難しいですが、たとえばお昼休みのチャイムを聞き逃し、お昼ごはんを食べる時間が短くなってしまった場合でも、Kクラスでは子どもたちがもう少し食べる時間をもてるように柔軟に対応してくれたりします。

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キンダーの子どもたちが使う教室

BC州の小学校では、日本のようなランドセルはなく、体操着も存在しません。学校で必要な用具にかかる費用はすべて教材費として年度初めに学校に納めます(今年度キンダーガーテンは年間50ドル/4,000円程度)。筆記具などは同じクラスの児童全員が共有します。教科書も存在しません。キンダーガーテンに行くにあたり、用意したものはレターサイズの大きさの用紙が入るリュックサック、教室や体育館で履く運動靴(普通のスニーカーを室内履きにします)だけでした。そのため、自分の持ち物に名前をつけるような作業も最低限で済みます。日本と比べて、良くも悪くも学校へ行く準備という心構えが、保護者にも児童にもあまりないかもしれません。

日本の保育園や幼稚園では、集団環境の中で遊びを通して学び、それを保育者が見守ることに重点が置かれているのに対し、小学校へ上がると、教科書が導入されて学びの目標が生まれ、教員が児童に教えていきます。ここBC州でも、Kクラスは遊びを通して学ぶとガイドラインで謳われていますが注2、小学校のカリキュラムの中にKクラスの内容も含まれています注4。一見、子どもたちは遊んでいると思っている活動も、リテラシー、算数、ADST(Applied Design, Skills and Technology)やSTEM(Science, Technology, Engineering and Math)といった項目に分けられている活動だそうです。ただし、いずれにせよ教科書は存在しないため、クラスの在り方や授業の進め方というのは、教師によって大変異なります。

こういった点を見ていくと、Kクラスが小学校に併設されていることは、園児から児童への過渡期を円滑に過ごす上で、理にかなっているのではないかと考えられます。Kクラスが小学校に組み込まれることで、小学生とキンダーガーテンの児童の物理的な距離が近くなります。Kクラスの子どもたちは、始業や終業、休み時間、昼休みのチャイムに慣れて時間割を意識するようになります。そして、全校のイベントに参加することで小学生との一体感が生まれます。過渡期を受け入れ、おおらかにとらえることによって、子どもたちにはかえって精神的な負担が少ないのかもしれないと感じました。義務教育の場に存在しながらも入学は1年遅らせることができ、遅らせた場合にどの学年に入るかは各校の校長に委ねられていることや、小学校と同じようにカリキュラムが存在しながらも小1からの準備に重点を置くなど柔軟性を感じます 。始まりと終わりにけじめをつけることも大事ではありますが、こと子どもの成長に関しては過渡期を受け入れ、それが制度になっているのがまさにBC州のキンダーガーテンの特徴ではないかと思いました。



取材協力:J.G.教諭


  • *注1:カナダ・BC州においては、学校教育法(School Act)により、5歳~16歳の子どもは教育を受けることが義務付けられているが、親の判断で入学を1年遅らせることもできる。(BC州教育省法律・政策・運営管理担当)
  • *注2:Full Day Kindergarten Program Guide Government BC
    https://www2.gov.bc.ca/assets/gov/education/early-learning/teach/fulldaykindergarten/fdk_program_guide.pdf
  • *注3:https://www.cpha.ca/recess
    休憩時間に校庭で遊ぶことのできる気温の限度は州によって異なるだけでなく、学区によってもまちまちのようである。先日娘の通う学区でもマイナス20度以下を記録した中で、学校側が児童の外遊びを許可しただけでなく、勧めたことで保護者の間で問題になった。風が出れば体感気温はさらに下がり、皮膚が10分間外気に触れていると凍傷になりかねない寒さである。当然外にでることはないだろうと、防寒具を持たせなかった保護者が児童の安全性を懸念 したため、SNS上で多くの保護者の間で物議をかもした。
  • *注4:豊かなテクノロジー、スピーディなコミュニケーション、いつでもアクセスできる情報にあふれた現代社会に合わせ、BC州も新しいカリキュラムへと移行している。その中にキンダーガーテンクラスのカリキュラムも含まれている。
    https://curriculum.gov.bc.ca/curriculum-info
筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へ、2018年には内陸オカナガン地方へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)]として 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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