カナダのブリティッシュ・コロンビア(BC)州では5歳になる年にキンダーガーテンに入園することができます。義務教育ではありませんが、公立小学校にはキンダーガーテンが併設されていて、園児たちは小学生と同じスケジュールで動いています*1。
子どもがキンダーガーテンに入園するまでの過ごし方は各家庭でさまざまです。保護者がフルタイムで働いていて、子どもを朝から夕方まで預けなければならない場合は、コミュニティに施設を構えるデイケア(日本の保育園に相当)や個人(認可を受けた有資格者あるいは無認可の登録者)が自宅で行っているグループケア、またはシッターなどに預けることになります。保護者がパートタイムで働いている場合や家族親戚等が子どもをみることができる場合は、プリスクールに通ったりします*2。
福祉国家と呼ばれるカナダですが、日本と比べて幼児教育費用は高額で、たとえばデイケアにフルタイム(午前9時から午後5時まで)で子どもを預けようと思うと月に平均1,000カナダドル(83,500円)かかるともいわれています。幼児教育費が高い、幼児教育者の給与が安い、ライセンスを受けている幼児教育施設が少ないという声を受け、州政府は2018年から$10/day(1日10ドル)のチャイルドケアを提供するパイロット施策を実施しています*3。日本の保育園は長時間で安価、そして園内の食堂で栄養士さんによって作られる給食までが付いており、一時帰国した際に一時利用してみたところ、とても羨ましく思いました。
とはいえ、BC州では、日本の年長に相当するキンダーガーテンは公的資金でまかなわれていますし、同じように公立小学校に存在し、おやつの無料提供があり、幼児教育資格者がファシリテーターを担当している、0~5歳児向けのストロングスタート(Strong Start)というプログラムが存在します。日本の一時保育のような制度がないBC州では、週に2~4回、2時間程度のプリスクールに子どもを預けることを躊躇する家庭もあり、なかには、プリスクールやデイケアに通うことなく、このストロングスタートで5歳までの幼児期を過ごし、キンダーガーテンに入園するという子どもたちもいます。保護者同伴が求められていますが、幼児教育の資格を保持するファシリテーターがいて、公立の小学校という一定の場所で毎日開催されているという点が特徴的で、その他の単発の幼児向けプログラムとは異なります。
*すべて任意。義務教育は小学校1年生から。
ストロングスタートは2006年に州政府のパイロット事業としてBC州における16の学校で始まりました。評価が繰り返され都市部から離れた遠隔地では毎日ではなく週に数回というストロングスタート・アウトリーチも生まれ、現在BC州では300以上のストロングスタートプログラムが提供されています。その目的は、公的資金で質の高い幼児教育、および家庭支援センターとしての役割をもった場を、主には社会的に弱い立場の家庭に *4提供することでした。参加者の声には、社交性・学校へのレディネスや言語力の向上といった子どもに向けた教育はもちろんのこと、コミュニティや参加者同士のつながり、保護者への教育(子どもとの遊びへのヒントや、リソースの紹介)といった保護者に対する利点が掲げられています。特に遠隔地の場合、保育施設にも限りがあるため、ストロングスタート・アウトリーチは保護者にとって貴重な場所になっているようです。
以前、ビクトリア市在住時は徒歩や自転車で行ける距離にある小学校にはストロングスタートがなかったことから、娘と私が参加することはありませんでした。2018年に内陸に移り住んだ際、近所の小学校でストロングスタートが開催されていることを知り、娘と数回参加してみることにしました。
まず最初に行ってみたストロングスタートでは、校庭から小学校の敷地に入り、ストロングスタートの看板が表示されている建物を目指しました。当日私たちが到着したのはすでに10時過ぎで、8時半から始まっていた教室内には、10人近くの保護者と、赤ちゃんから就園前までの子どもたちが自由に遊んでいました。幼児教育理念として「遊ぶことで学ぶ」 *5と謳っているように、ブロック、工作、おままごとなどのいくつかの遊びコーナーが設置されており、そこで子どもたちが遊び、保護者はそれに目を配りながら、他の保護者とおしゃべりをしていました。
私たち見知らぬ親子が来たことに気づいた有資格者でもあるプログラムの責任者がやってきて、書類にサインをするよう促しました。正式に参加するにはパスポートや出生証明書が必要で、書類に必要事項を入力して次回身分証明書を持ってくるように言われ、簡単に当日のスケジュールを教えてくれました。とはいえ、その日に追い返されるようなことはありませんでした。しばらく室内遊びをした後、おやつの時間となりました。にんじんスティックやりんご、クラッカーなどが無料で提供されます。その後、学校の体育館を使わせてもらえる時間となり、全員で校内を通って体育館へ移動しました。小学校の体育館なので、学年ごとに曜日や時間が区切られています。ストロングスタートでは、その合間をぬって体育館を使用します。日本のように室内で遊べる施設があまりないこちらでは、特に冬の天気が悪く日照時間も少ない時期に、走り回ったりボール投げをして体を思い切り動かすことができる空間が無料で提供されているのは、非常にありがたいです。体育館で20分程度遊んだ後、ストロングスタートの教室に戻って解散しました。夏や天気のよい日には、体育館ではなく校庭の遊び場で遊ばせてもらえるとの説明がありました。
また、別の日には同じ市内にある別の小学校のストロングスタートにお友達ファミリーと行ったことがありました。プログラムの体制や構成はほぼ同じでしたが、その日はちょうど夏休み前のプログラム最後の日だったため、「今日でストロングスタートを卒業して秋からはキンダーガーテンに通う」という親子が数組いて、ストロングスタートの担当の先生と一緒に記念写真を撮り、別れの挨拶を言い合っていたのが印象的でした。
周囲の保護者にたずねてみると、ストロングスタートを利用している家庭は多く、プログラム構成はどれも似通っていました。どの保護者も、ファシリテーターの作り出す雰囲気で行きたいか行きたくないかが決まると言っていたのも、同じようなプログラムだからこそ担当する先生の運営の仕方や参加者との交わり方が大きく影響するのだろうと感じさせられました。
ストロングスタートを就園前に通う幼児教育の場として見た場合の、メリットとデメリットを挙げてみます。
デメリット | : | 保護者同伴でなければならない(シッターでも可) |
単発制であり、混んでいたり、参加者が日によって異なる | ||
メリット | : | コミュニティとのつながりの場となる |
保護者にとって学びの場となる | ||
子育て情報を紹介してもらえる | ||
有資格者がファシリテーターをしている | ||
公立小学校との一貫性がある | ||
学校のように時間割にそって子どもが過ごせる |
こういったメリットの中でも、私は一貫性があるという点に興味をもちました。私は娘をカナダのBC州で出産しましたが、妊娠期から産後まで保健師、産前産後プログラム、マタニティドクターが一貫してサポートをしてくれた点で大きな安心感を抱いたことを鮮明におぼえています(第1回参照)。育児という、長くしばしば困難な道筋において、同じシステムが長い目で子ども(と保護者)の成長を見守ってくれるのはやはり安心です。
もしも子どもの幼児期に引っ越しなどせず、公立小学校のストロングスタートに数年通い、そこのキンダーガーテンに入園することになると、子どもにとっても馴染みのある場所に通うこととなり、おそらく馴染みのある顔も増え、同じ校内にストロングスタートの先生もいるという安心感が生まることでしょう。キンダー入りすることは、大きい子たちが通っている学校に行く、日本でいうところの小学校入学のような大きなステップなので、その転換期のショックを和らげるのに役立つかもしれないと感じました。
また、同じ学校に兄弟、姉妹がすでに通っている場合、保護者にとっては上の子どもを学校に送ったついでに *6そのまま下の子どもを連れてストロングスタートに参加できる利便性があります。上の子も、妹や弟が敷地内にいる嬉しさ、保護者が近くにいる安心感も生まれるかもしれません。下の子も、成長したら同じ敷地内の大きい子たちが通っている学校へ通うんだという期待や楽しみにつながります。
何よりも保護者にとって、学校でクラスメートになるだろう子どもたちやその保護者との横のつながりをキンダー入園以前から築くことができ、何か困ったことがあったときのネットワークが出来上がります。家族だけでは手が回らないときに、横のつながりを通じて助け合えるのは、保護者にとって強みとなります。
デメリットにあげた保護者同伴については、子どもが2、3歳と小さいうちは実はメリットにもなり得ると思いました。ストロングスタートに数回参加して、以前通っていた保護者参加型プリスクール(第4回参照)の概念に似ている部分があると感じました *7。プログラム中の小さな子ども社会の中で、自分の子どもの人や物事への対応が見られたり、遊びコーナーやプログラム構成(外遊び、体育館遊び、サークルタイム)などにおける様子が見られます。また、資格をもった幼児教育者の参加者への対応を目にすることで、保護者として学べることも多いだろうと感じました。これはストロングスタートが子どもにとっての場所だけではなく、家族にとっての教育の場でもあるという点と結びつきます。
また、子どもを預けることで自由な時間が生まれれば、保護者が病院へ行ったり、買い出しに行ったりする時間が生まれるだけではありません。子どもにとっては、親の目から離れた場所で社会性を育む時間が生まれます。特に就園間近の5歳児の子どもにとって、こういった時間が必要ではないかと私は感じました。
我が家ははじめ、3歳半の娘を保護者参加型プリスクールへ週2~3日、午前中の3~4時間のみ通わせました。その後、普通のプリスクールに週3回2時間半通わせました。これには意図があったわけではなく、引っ越しをして新しい土地に移り住み、年度途中で就園遅れ(第5回参照)をすることにしたために、入れるプリスクールが限られていたことが主な理由ですが、この9月から公立学校に併設するキンダーガーテンへ通い始めた娘にとって、そして私にとっても、これは賢明な選択だったと今になって振り返ると、感じます。たかが、2時間半でしたが、娘には娘だけの時間ができ、私は娘のいない2時間半を過ごすことになりました。
高額な幼児教育費、私の働き方、家庭の事情、何よりも私自身が望んだことから、娘とは生まれてからの5年半を非常に濃密に過ごしてきました。9月から始まったキンダーガーテンには娘は毎日6時間通っています。週に3日2時間半から週に5日6時間への大きなジャンプをする前段階として、娘がいない時間に慣れていく転換期が、保護者の私の心の準備期間として必要でした。
このようにメリットもデメリットもあるストロングスタートは、私自身が行ってみたいと以前から強く望んでいたプログラムでしたが、結局私と娘は数回参加したのみでした。娘は5歳当時プリスクールに週3日通っていたのですが、そちらに慣れていたこと、ドロップインではなく同じ顔触れの教室を好んだこと、仲のよいお友達がいる場合、保護者の私から喜んで手を離し、子どもたちだけで遊ぶのを楽しむくらい社交性があることなどに加え、ストロングスタートのプログラムが娘より幼い3、4歳を中心に作られている感じがしたことが理由だったかもしれません。ストロングスタートに参加した娘を私自身が観察したことから、0~5歳向けと年齢の幅をもたせて区切られることの多い幼児教育プログラムの場でも、それぞれの子どもの発達度合いに適した環境というのが存在するのだということをあらためて感じました。
家庭の事情はさまざまで、子どものニーズも生活スタイルもそれぞれ異なります。育児や仕事、家事で忙しいとはいえ、保護者である私たちが自分たちの住むコミュニティにどういった幼児教育プログラムが存在しているかを把握し、そのうちのどれがそのときどきの自分の子どもに適しているのかを観察する必要があります。何よりも個々の事情にあった幼児教育プログラムが、適時に手の届く範囲にある社会であってほしいと思います。
- *1.BC州は2010年、それまで午前(または午後)のみだったキンダーガーテンを小学校と同じ時間帯である午前8時半~午後2時半(それぞれの学校によって始業・終了時間は少し異なる)の一日保育にするパイロット施策を実施。今では公立のキンダーガーテンはほぼすべてが小学校と同じスケジュールで動いている。
https://www.leg.bc.ca/documents-data/debate-transcripts/39th-parliament/1st-session/20090916pm-Hansard-v2n5#461 - *2.BC州のチャイルドケアは、小学校に付随するもの(キンダーガーテンおよびストロングスタート)、認可を受けたもの(デイケアやプリスクール、個人の家庭で行われる保育など)、無認可の個人によるケアなど、多岐にわたる。
http://ecereport.ca/en/early-years-studies/2014/provincial-territorial-profiles/british-columbia/
詳細は、以下のサイトも参照。
https://www2.gov.bc.ca/gov/content/family-social-supports/caring-for-young-children/how-to-access-child-care/licensed-unlicensed-child-care - *3. https://www.10aday.ca/
- *4.この場合のVulnerable people(社会的弱者)とは、社会階級、経済背景に起因するとは限らないようである。難民などに始まり、移民、単身家庭、コミュニティに引っ越してきて間もない、人里離れた地域に住んでいるなど、育児をしていく上で困難を抱える人々を含むと考えられる。実際にストロングスタートに参加してみると、家庭環境やサポート状況などにかかわらず、地域の人々が集まってきている印象があった。
- *5.「ストロングスタートBCプログラムは、遊びを基本としたプログラムである。幼少期の子どもの学びは、遊びを通してうまれる」という考え。(Strong Start BC Early Learning Programs Operations Guide p37)
- *6.BC州には法律では定められていないものの、公の場で12歳以下の子どもが保護者に同伴されていないことは少ない。最高裁判所が10歳以下の子どもは自宅での留守番も認めないとした判例もある。子どもが一人でも行動できる年齢に近づくと、図書館やコミュニティセンターのような場所で留守番をするための知識を子ども自身が学ぶ「お留守番講座」のようなものに参加することも少なくない。通学も日本のように子どもだけのグループで登校することはなく、4年生/10歳またはそれ以上まで保護者が送り迎えをする家庭が多い。カナダでも州によっては子どもの留守番の年齢を法的に決めているところもあり、成人年齢もそれぞれ異なる。詳細は以下を参照。
https://cwrp.ca/sites/default/files/publications/en/144e.pdf - *7. 上記*4で示した学びの概念は、保護者参加型プリスクールの教育理念とも一致している。
http://www.vicpa.org/educational-philosophy/