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論文・レポート

カナダBC州における一年遅れの就園(レッドシャーティング)

高井マクレーン 若菜

2019年1月18日掲載

要旨:

カナダのブリティッシュ・コロンビア(BC)州のキンダーガーテン(幼稚園・保育園)のほとんどは小学校(7年生まで)内にあり、入園する年の12月31日までに5歳になる児童が入園できます。ただし、必ずしも入園しなくてはいけないわけではなく、早生まれ(主に10月から12月生まれ)や事情のある児童の入園を1年見送るレッドシャーティングをすることもできます。筆者の娘は12月末生まれで、今年のキンダーガーテン入りを見送ることにしました。このレポートではレッドシャーティングについて、その背景とメリット・デメリット、最終的にレッドシャーティングをする決断をした経緯等を書きました。
Keywords:
レッドシャーティング、キンダーガーテン(幼稚園・保育園)、生まれ月、早生まれ、相対的年齢効果、一年遅れ

ここカナダのBC州では新年度は9月から始まりますが、1月生まれから12月生まれまでを一学年と区切ります。キンダークラス(日本の幼稚園や保育園の年長組にあたる)は小学校内に存在していることが多く、他学年と同じスケジュールで動いているため、キンダーガーテンに入るというのは「Big Kids School」に行く、つまり日本でいうところの小学1年生になるのと感覚が似ています。

その年の12月31日までに5歳になるのであれば4歳であっても9月にはキンダーガーテンクラスへの入園が可能です。BC州では子どもが6歳を迎える年に州のカリキュラムに沿った教育を受けていることが義務付けられていて、これは私立学校、モンテソーリやシュタイナー教育、ホームスクーリングそして公立学校どれでも可能です。よってキンダーガーテンは義務教育ではありません。 *1

学年を1年で一区切りにしている学校であればどこにも言えることですが、例えば同じ教室内においてBC州のキンダーガーテンでは4歳児と5歳児が混在することになります。1月生まれであれば5歳9か月、12月生まれであれば4歳9か月の児童が同じ教室で同じ内容の授業を受けます。この年齢における1歳差は精神的にも身体的にも大きいです。

BC州のキンダーガーテン登録は現在1月に行われています。さて、我が家の娘は、ABCを学びたい態度が見られるなどというキンダーガーテンレディネスの項目 *2がどれもあてはまるようだったこと、また通っていたプリスクールの先生から問題ないだろうという言葉をもらったことから12月後半生まれではあるものの4歳のこの年にキンダーに入れようと夫と話し合って決めました。

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背景には、これからも移民としてこの地に住み続けるのであれば私自身がもっと社会に出て、コミュニティに根を生やし、仕事を増やしたいという強い願いがあったこともあります。

9月、キンダーガーテンが始まると娘は楽しんではいるようでしたが、これまでプリスクールは週に2-3日、3-4時間程度しか通っていなかったのに、キンダークラスに入った途端、朝8時過ぎから午後4時近くまで家をあけるようになり、親子の触れ合いも会話も一気になくなりました。私自身がカナダの小学校へ通った経験もなく、日本の小学校のように担任の先生の手厚いケアがない中、娘が全校生徒450人の中で最年少かつ体格も一番小さい中で学校生活を送る様子を見ていて、親として不安を覚え始めました。子どもは学校内での出来事について多くは語らないため、学校内の様子もよくわかりません。このような状態でいいものか、と夫と考え始めました。

そんな折、近年キンダークラスに子どもを入れるにあたり、レッドシャーティング(Redshirting)する家庭が増えているというのを思い出しました。レッドシャーティングという言葉はアメリカのカレッジスポーツにおいて、大会出場のチャンスを増やすため学年を遅らせる選手が着る赤いシャツに由来し、キンダーガーテンへ1年遅れて入園することをキンダーガーテン・レッドシャーティング(Kindergarten Redshirting)またはアカデミック・レッドシャーティング(Academic Redshirting)と呼びます。

主に10月から12月生まれ(日本でいうところの1月から3月生まれ)の子どもたちのキンダー入りを1年見送るのです。実際、アメリカでは現在、毎年入園する児童の約10%がキンダーガーテン入りを1年遅らせているそうです。

最近の流行りなのかと思っていたら、レッドシャーティングは始まったばかりの現象ではないと多くの文献が指摘していました。アメリカでは1970年代ごろから始まり、1980年代に火がつき、1990年代にさらに広まりました。さらに2008年に出版されたMalcolm Gladwellの著書Outliersによってより一般に広まったと言われています。 *3その動向がカナダに北上してきたのだとか。

このまま娘をキンダーに通わせるか、それとも考え直して1年待つか、親として大変悩みました。気になって調べてみると、1年入園を遅らせる、または遅らせないことによる主なメリットとデメリットが見えてきました。

レッドシャーティングをすることで生まれる主なメリットとデメリット
メリット

  • 1年遅れて入園することで、クラス内で最年長となり、社会・情緒的発達が進んで様々なタスクやチャレンジに無理なく挑める。成績面で苦労しない。
  • 年齢が上になることで、クラスでリーダー的存在になれる。
  • 上記の点から子どもに大きな自信が生まれる。
  • できることが増え、自信につながり、さらに努力するという学習面・運動面での相乗効果が生まれる。
デメリット
  • 本格的な勉強が始まると物足りなさを感じてつまらない思いをするだけでなく、的確な学習スキルが身につかず、学習意欲が低下する可能性がある。
  • 1年遅れて入園することで、学校を卒業するのが1年遅れ生涯賃金が1年分少なくなる。

レッドシャーティングをしないことで生まれる主なメリットとデメリット
メリット

  • 高い幼児教育費を1年余分に払う必要がない。(キンダーガーテンクラスであれば授業料は無料。プリスクールやデイケアはここでは高額です。)
  • 周囲の子の影響で、年齢/月齢にしては早くできるようになることがあったり、向上心が養われる。
  • 逆境にも強くなる。
デメリット
  • クラス内で一番幼いことから他の児童に比べてできないことが多く長期間にわたって劣等感を抱くことになる。
  • 勉強で遅れをとり、その差がなかなか埋まらないことから学習面で成功しにくい可能性がある。

確かに、キンダークラスや小学校1年など、低学年では勉強面にも多少の差が生まれるかもしれません。これまでママ友達や学校の先生、インターネットの拾い読みなどで集めた情報では、「早生まれには学習面でも不利は生じるが、小学校4年生くらいでその差はなくなっていく」というものでした。ところが、「相対年齢効果は頑健に検出されるだけでなく、さらに永続的である」 *4としている論文もあります。Toronto District School Boardの2015年のデータは、レッドシャーティングをすることで明らかに学習面にメリットがあると発表しました。 *5また、このテーマを研究する際に数多く引用・参照されている米国の論文 *6は、学習面における相対的年齢効果を国際的に幅広く数値化したもので、一般的に消えると言われているその差は、実際にはなくならず、学歴、キャリアにも通じていくと述べています。そしてこの差は特に男子に顕著であるといいます。「自信が成長を促す」方式があてはまるというのです。ここBC州ではキンダークラス入りを先延ばしにする柔軟性はあっても、1月から3月生まれの子どもたちが前倒して早く入園することはできません。どこかで学年を区切らなくてはならないので単なるルールだといえばそうかもしれませんが、レッドシャーティングがあって逆レッドシャーティング(先取り)がないのは、やはり早生まれの子どもたちに不利な点を考慮しているのではと考えられなくもありません。

相対的年齢効果について、カナダBC州では1990年から10年に渡って、50,000人近くの子どもの調査をしました。この結果もやはり、前述の米国の調査論文を再確認するもので、相対的年齢効果はキンダーガーテンレベルで早生まれとそうではない子どもの間に顕著に存在し、特に読解、算数で大きな差があり、小学校3-4年あたりで差は徐々になくなっていくが、読解力の差は縮まらない。また、早生まれは高校未卒業者が多く、大学進学率が低く、これにより、最終学歴や職業にも差が生じるというものでした。 *7

BC州の学校では、同じ学年・教室内でも、読解に関してはできる児童にさらにチャレンジをすすめていく傾向があり、「明確なレベル分け」を行っていなくとも、結果として差がさらに大きくなっていくことが否めないのかもしれません。

読んだ論文の中には、保護者に対して「一時の感情からではなく調査を踏まえた上で就園に関する結論を出すべきだ」というのもありましたが、我が家の場合、最終的には母親としての勘で娘を一旦退園させ、レッドシャーティングさせる決断しました。 キンダーへ通う娘を見ていて、何かが違うとずっと赤信号がともっている気がしたのです。一度学校制度に入れば後戻りはなく、レッドシャーティングにメリットはあるとされていても留年にはデメリットしかないと聞きます。また、もしも学習面でつまらない思いをすることがこの先あったとしても、時間的そして精神的余裕があるのであれば、習い事や難しいことをするチャレンジの上乗せはできるかもしれません。教室内でもっとも幼いことが理由で、できないことが多く、フラストレーションを抱き続けることに関しては、親として解決策を提示できかねるのではと懸念しました。そしてレッドシャーティングをすれば、今とても興味を示し始めた日本語の習得にも、この1年で力を入れることができるのではという期待もありました。新しい土地に引っ越した、家の経済的状況も多少変化したなどという別の理由もあります。このまま通わせ続ける、またはレッドシャーティングをするという2つの選択に揺れ動く中、結局のところ決定的となった理由は、娘があと10日遅く生まれていたら、今年キンダーガーテンに通うことはありえなかったからです。

また入園した9月以降、他の保護者や、見学に行ったプリスクールの先生方に話しても、多くの割合でレッドシャーティングを勧められました。中には実際にレッドシャーティングを自身で経験された校長先生もおり、今でも最良の選択だったと話され、「ぜひレッドシャーティングをして来年戻ってきてください」「失うものは何もないですよ」と温かく送り出されました。

家庭環境や経済環境に大きく起因するレッドシャーティングですが、レッドシャーティングをする家庭が増えたせいで、アメリカではキンダーガーテンの学習内容レベルが上がってしまったという報告もあります。相対年齢効果は個人差も大きく、娘は今年最年少組でキンダーガーテンに入っていても何も問題がなかった、またはその方がかえってよかったという結果が後年になって出てくる可能性もあります。そして、個人がレッドシャーティングをするのは自由ですが、同じ教室内に1歳差が生じるという事実に変わりはなく、これを修正するならば、例えば入園を春と秋の2回受け入れるといった教室レベル、学校レベル、学校制度レベルでの見直しが必要ではないでしょうか。 *8

娘をレッドシャーティングした結果はまだ見えてきません。あるいはその効果などはないのかもしれません。しかしながら懸念していたプリスクールへ戻る(以前とは違うところですが)ことに何の問題もなく、家族の時間が増えたことで皆が穏やかな気持ちで毎日を過ごすようになりました。時間が出来たおかげで、娘はいくつか習い事を始め、日本からの通信教育教材で日本語学習を楽しんでいます。また、私は就園前の残り少ない娘との時間を大切にしたいという思いが強まり、以前にも増して育児を楽しんでいます。子どもの将来に関わるかもしれない選択を迫られ、親としての責任を大きく感じた出来事でしたが、赤信号が消えた意味を信じ、家族が穏やかでハッピーに過ごせる道を今後の育児でも選んでいきたいと思います。

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References

  • *1 ブリティッシュコロンビア州の公的ウェブサイト https://www2.gov.bc.ca/gov/content/education-training/k-12/support/full-day-kindergarten
  • *2 Kindergarten Readiness, Unicef, School Readiness: A Conceptual Framework, 2012 New York. https://www.unicef.org/earlychildhood/files/Child2Child_ConceptualFramework_FINAL(1).pdf
    国際的に多く使用されているKindergarten Readinessは、以下の5点に注目。1-体が健康であること+年齢相応の運動技能が発達していること、2-心が健康であること、新しい体験に前向きであること、3-年齢相応の社会的知識と自信があること、4-言語能力があること、5-一般的な知識と認知技能があること。
  • *3 Malcolm Gladwell, Outliers-The Story of Success, 2008, New York.
    カナダのアイスホッケー選手に年度の初めの月生まれが多いことが指摘されている。初めは単に生まれ月の差が身体の発育、それに起因するプレーの差を生み出しているものの、この差がやがて増幅するという。スポーツが他児童よりもできることから、指導者の目に留まり、より高いレベルの訓練を受けることができ、さらに高いレベルでプレーするようになるという構図ができあがっていく。アカデミック・レッドシャーティングについてもKelly BedardとElizabeth Dhueyの調査を引用し、同様のことが学習面で言える、としている。
  • *4 川口大司・森啓明「誕生日と学業成績・最終学歴」『日本労働研究雑誌』, 2007. https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/12/pdf/029-042.pdf
    内山三郎「「早生まれ」と運動成績・学習成績」『岩手静物教育研究会会誌』2012. https://iwate-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=12643&item_no=1&attribute_id=36&file_no=1
  • *5 Toronto District School Board, 2015 EDI Results for TDSB https://www.tdsb.on.ca/Portals/ward3/EDI%20workshops_2017_Feb_PSSC.pdf
  • *6 Kelly Bedard and Elizabeth Dhuey, "The Persistence of Early Childhood Maturity: International Evidence of Long-Run Age Effects, Department of Economics," University of California, 2006.
    小4と中2で学習面のスコア比較をしたところ、同じ学年で年齢が上の児童たちの方が高スコアを取得。Dhueyはこれ以外にも、同じ学年で年齢が上の児童たちがより高等教育(カレッジ等)に進む、リーダー的役割を高校で担うなどという調査結果も発表。
  • *7 Jerry Mussio, Birthdate and Student Achievement: The Effects of School Grouping Practices in British Columbia, 2011.
  • *8 BC州の小学校内(キンダーガーテンから中学1年生まで)には、主に事務的な理由(クラスの定員の数合わせ)からではあるもののSplit Classというクラスが存在する。キンダーガーテンと小1、小1と小2といった、2学年混合のクラスなど。年齢差のための解決策として生まれた制度ではないが、キンダーガーテンで年齢が上の子を小1とのミックスクラスに入れる、学習障害をもつ児童を一つ下のクラスとのミックスクラスに入れるなど、結果として年齢差の救済措置にもなっている側面もあると考えられる。

筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)] 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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