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【産科医の海外留学・出産・子育て記】第7回 ボストンで保育園探しに大わらわ Part II

要旨:

ハーバードに入学できることになり、子連れ留学にとって一番の懸案事項である子どもの生活環境を整えるため、入学式の1か月前から渡米して保育園を探しました。それは出産後1か月のことでしたから、授乳しながら、あちこちの保育園を訪ね歩き、近隣のあちこちのデイケアに、入園ができなければ母親が学業につくことができないことを訴え続けたところ、やっと3人まとめて預けられるところが見つかったのが、ハーバードの始業式の数日前でした。1人当たり月額20万円から15万円の保育料に悲鳴を上げつつ、出来るだけ条件の良い保育園に移れたのは渡米後1年近くが経過した頃でした。なぜこんなに高い保育料でも母親が働き続けていられるのか、周囲の働く親から聞く中で「働く姿勢」を考えさせられました。
始業式の数日前にやっと入園(保育園1つ目)

渡米後、近隣のあちこちのデイケアに、入園ができなければ母親が通学できないことを訴え続けたところ、やっと3人まとめて預けられるところが見つかったのが、ハーバードの始業式の数日前でした。

そこは自宅から路面電車でひと駅のデイケアで、日本の保育園のようなところです。パートタイム保育(週に3日、あるいは一日3時間、など、日単位、時間単位で預けられる保育)というものができたので、保育料節約のためにも最初は三女の授乳に通いながら子どもたちを週3日だけ預けることにして、大学院の授業をその3日間で集中的に受け、残りは私が自宅で子どもたちをみるつもりでした。週3日間の保育でも、子ども3名で約30万円、これでも相当大きな負担です。大多数の保育園のように、給食はないため、毎日お弁当を作る必要があります。土・日の保育はありません。

しかし、大学院の授業は、その講義の時間帯だけ教室にいればよいというものではなく、その何倍もの時間を予習と復習、宿題に充てなければとても理解・習得できないほどむずかしいものでした。未知の分野の、それも英語での勉強、そして膨大な量の課題図書と参考文献を読まなければなりません。ほぼ毎週のように宿題が出され、数週間おきに試験があり、合格点を取らなければ、高い学費が無駄になってしまいます。統計学、倫理学、社会学など一つの単位を取るために約10万円の学費が必要で、41単位を取って公衆衛生修士のコースを卒業できるという仕組みになっていました。子どもたちを預けない2日間は、家事や子どもとの遊びに追われてへとへとで、夜に起きて勉強するどころではありません。単位を取れず修士号も取れず、卒業できないとなれば、何のために留学したかわからなくなります。背に腹は代えられないから勉強の時間をお金で買おう、と夫が背中を押してくれました。授業が始まって1ヶ月後経ったころ、ついに毎日フルタイムで朝から晩まで3人の子どもたちを預けることにしました。

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ベビーカーや抱っこひもを使って子どもたち三名を保育園に送る毎日

生活を圧迫する保育料負担(保育園2つ目)

その合間にも、より安く、自宅から近い保育園にいくつか申し込みをし、空きが出ないかと問い合わせをしていましたら、運良く、1か月ほどの差はあったものの3名が自宅の目の前にある保育園に移れることになりました。2008年の8月から10月までは2か所の保育園に預けていましたが、11月頃からは近くの保育園に3人まとめて通えることになり、登校前の時間や手間が大幅に短縮され、本当に助かりました。が、経済的な面では、より負担が増えました。

そこの保育料は、子ども3名を週5日間通わせて、1週間に1168ドル(乳児430ドル、2歳児421ドル、4歳児317ドル)かかり、毎週小切手で支払うというシステムです。月額にして4672ドル、なんと50万円強でした。毎週、保育園の中に設置されている専用ポストに小切手を入れ、入れ忘れたらすぐに催促が来ました。

ボストンは家賃が高いことでも有名です。1LDKの家賃が月20万円、食費を含めた生活費が月10万円ほどの生活でしたが、その上、保育料に月50万円も余計にかかるというのは大きな誤算でした。しかし、大学の学生課やボストン市の福祉部門に電話で相談しても、よっぽどの低所得層であればまだしも、大学院の学費を払える家庭なら個人で解決すべきこと、という見解が返ってくるばかりで途方にくれました。

自分の勉学のためとはいえ、こんなに巨額の〝自己投資〟は受け入れ難く、一日2万円が保育料に消えていくと思うと、講義に出るだけで貯金がチャリンチャリンと音を立てて減っていくようなイメージを抱きました。経済状況が逼迫(ひっぱく)してくると心の余裕もなくなってきます。食費はできるだけ安く買えるお店に足を運んで切り詰め、洋服は人にもらって、倹約するようになりました。留学生なので就労ビザはありません。ドルに替えた日本の貯金は猛烈なスピードで減ってゆきます。外国人としての不便さも相まって、お金が無い、という状態はかなりのストレスでした。

また、自分の留学によって家族をこんな不便な生活に追いやっているという自責の念でいっぱいになり、自分だけ昼食を抜くようなこともしました。空腹に耐えられず、興味もないのにお昼に大学構内で開催されるさまざまなグループの勉強会に顔を出し、参加者用に並べてあるピザやクッキーで空腹を満たしたこともありました。しかし、この時に出た勉強会は、組織の危機管理からジェンダー、研究発表から給料交渉など多様なテーマのもので、自分の勉強する分野以外の世界を見られたことが、後から考えると自分の視野を広げてくれる大きな副産物となりましたから、何が幸いするかわからないものです。

保育料の補助制度を見つけた!(保育園3つ目)

私は、低所得者向けの公的医療保険Medicaid(メディケイド)加入とともに、保育料の補助を受けられる仕組みがないかとあちこちの門をたたきました。所属する大学院はもちろん、あらゆるつてを使い保育園に子どもを預けている親にどのように高い保育料を支払っているのかを聞いたのです。

すると、夫の所属先の福利厚生団体直轄の保育園(デイケア)では、従業員向けにその団体から一定の補助金が出るシステムがあることがわかりました。私たちが払う保育料は、この補助制度を利用できたおかげで3人合わせて月額約12万円になったのです。

 自分が支払う分所属先からの補助金
4 歳児(長女)$338(3万6500円)$1,070(11万6000円)
2歳児(次女)$339(3万7000円)$1,336(14万4000円)
8か月児(三女)$404(4万4000円)$1,722(18万6000円)

こうして保育料問題に改善の兆しが見えたことで、私たちの留学生活にもやっとかすかな希望の光が見えてきました。子どもたちにとっては、やっと友だちができ、馴染んだ保育園から2度目の転園をすることになってしまいましたが、親の私たちはやっと人心地がついた気持ちで、ほっと顔を見合せたのでした。

その保育園は、朝6:45から夕方6時まで、子どもたちをしっかり預かってくれました。それまでの保育園は、預ける時間数によって金額が替わり、例えば、1日10時間預けるという契約にすると、朝早く預けたら夕方早く迎えに行かなければいけなかったのですが(例えば朝8時に預けたら夕方6時、朝7時半に預けたら夕方5時半、など)、そうなると、曜日によって朝早くから授業がある日や、夕方の講義がある日にフレキシブルに対応してもらうことができません。ここの保育園は、預かる時間内であれば時間数に関係なく保育を利用できたので助かりました。ここには帰国までの1年半、お世話になりました。

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保育園のお迎えの時に、保育士さんと長女、三女と

保育料が高くても親が働き続ける理由

日本人のアメリカのお母さんに対するイメージの一つとして、出産後も仕事を辞めず子どもを預けてバリバリ働くというものがあると思いますが、保育料のことを知ると、アメリカのお母さん方も選択を迫られたり、収入をほとんど保育料に当てたりといろいろかなり大変だと思いました。こんな思いをしてまでなぜ働き続けるのか、と、保育園のママ友達や、大学院のアドバイザーなどに尋ねると、

「保育料がこんなに高いなんて、間違っている(Ridiculous! Crazy!という言葉を使っていました)!」
とは言うものの、下記のような返答が返ってきました。

「一時的なことだから」
「自分の能力を活用するために仕事を続けるのは当たり前」

みな、「仕事をすべき」だから仕事をしているわけではなく、専門職だろうが事務職だろうが「仕事をしたいから」仕事をしているという雰囲気でした。男女ともに一生涯仕事を続けるのが当たり前だと思っており、高額の保育料があるからといって仕事を辞める理由にはならないようでした。

休日に公園で子どもを遊ばせている中で専業主婦である女性とも知り合いました。彼女たちは「これは一時的な状態(Transition)」ととらえており、いつかは仕事に戻るのよ、と、社会復帰を当たり前のように考えていて、そこに不安を抱くとか、専業主婦になることによって自分のキャリアが下がるというような憂いはあまり見られません。私にとっては、専業主婦になったらずっとそのまま専業主婦、というイメージが強かったのですが、アメリカの若いお母さんたちは、社会人と専業主婦とを、もっと軽やかに行ったり来たりできるような感覚を持っているようでした。また、専業主婦でも子育て自体がキャリアの一部であり、地域や学校のボランティアをすることも経験値アップの一つで、収入の多い少ないに関わらず履歴書の一部になるとでもいうような話し方でした。仕事と家庭を区別した(ある意味家庭内労働を差別しているような日本的な)考え方が染みついていた私には、新鮮なカルチャーショックでした。

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保育園の机には、とてもカラフルで創造性を刺激するものが並んでいます

筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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