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【インドの育児と教育レポート】 第9回 インドで愛される日本の文化-2

日本語学習者のカラオケコンテスト

私の暮らすインドのマハラシュトラ州のムンバイには、いくつかの大きな大学があります。一つはIndian Institutes of Technology(IIT:インド工科大学)そして、国立の総合大学としてはムンバイ市内で一番大きな規模を誇る「ムンバイ大学」もあります。

このムンバイ大学には、日本語を専攻し学習している学生が数十名います。昨年の8月14日に、ムンバイ大学のカリーナキャンパスのホールで「日本の歌のコンテスト」が開催されました。私は、そこに審査員として招かれました。ムンバイ大学の学生以外にも、ムンバイ市内から多くの日本語学習者の若者や小中学生が集まり、自慢の歌声を披露したり、チームごとに揃いの衣装で踊りながら日本語の歌を歌ったりするなどして、競いました。

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彼らが、選曲した楽曲は、ほとんどが日本のテレビアニメやアニメ映画の主題歌でした。日本を離れて暮らしていると、あまり耳にすることのない日本の現代の若者の歌を、インド人が流暢な日本語で歌っているのを聞いて私もとても新鮮な気持ちで大いに楽しむことができました。

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また、沖縄民謡も披露され、「エイサー」のダイナミックな踊りと太鼓の演奏は、若さとパワーにあふれており、ステージと観客が一体となる盛り上がりを見せました。琉球衣装や服飾小物などを手作りしてステージに立った学生さんたちに演奏後にインタビューをすると、沖縄民謡の方が、日本の他の民謡よりも歌いやすく覚えやすかったとのことです。

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ここで、少しだけ両者の持つ音階の特徴について補足をします。沖縄民謡とインドの古典音楽は、音程や音の数こそ異なるものの、その奏法や歌唱法が似ています。沖縄の琉球音階は「ド・ミ・ファ・ソ・シ」の5音で構成されており、音程を少し揺らしたり、音と音の間にポルタメントをかけて2つの音の間を緩やかに繋いだりする演奏や歌唱が一般的です。また、「アー イヤー サッサー」などの掛け声が多く用いられる点も一つの特徴です。

 

一方、インドの古典音楽で用いられる「マールワ・タート」という音階は、「ド・レ♭・ミ・ファ♯・ソ・ラ・シ」の7音で構成されています。1オクターブに半音が3か所含まれる音階は珍しく独特のメロディーやハーモニーを生み出します。それぞれの音階に付与された音と音を繋ぐ際には、インドの古典楽器の「シタール」という弦楽器の特徴により、琉球民謡と同様に音の隙間を流暢に埋めていく「トローン」とした響きを残します。同じく掛け声が随所に入るところなどから、インドの学生たちが、両者の音楽がとても似ていると感じる理由ではないかと推察します。「沖縄の音楽に親しみを感じてとても気に入った」と他のグループの参加者からのコメントもありました。

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コンテスト入賞者との記念撮影

日本の映画

日本のアニメや漫画は、インドでもファンが多く、特に10代・20代の若者を中心に支持を集めています。先日は、新海誠監督の映画作品「天気の子」がインドの主要都市で、上映されました。これは、インドのアニメファンの若者が中心となり、映画の上映を求める署名活動がインターネットを通じて行われ実現したと大きな話題となりました。2019年9月27日には、新海誠監督が首都ニューデリーにいらして初の上映会が行われたそうです。

私たちインド駐在の日本人が、インドの映画館で日本語音声で映画を観る機会を得たことは、とても画期的な出来事でした。驚いたことに、映画館はインドの若者男子で満席でした。英語の字幕のない部分でも、アニメーションの中に描かれている日本語を読んで、歓声をあげたり、笑ったり、挿入歌を口ずさんだりするなど、興奮しながら賑やかに映画鑑賞しているインドの若者たちの様子に、私も日本人としてとても嬉しく感じました。

インドでは、ケーブルテレビやオンラインテレビなどでも日本のアニメが放映されているので、子どもたちの間でも、日本のアニメや漫画はとても人気があります。日本の有名なアニメのキャラクターが、水筒やお弁当箱やリュックサックなどにプリントされて販売されているのも、人気の表われです。母親同士が、「子どもがポケモンのカードを収集するのに夢中になって、勉強をしなくて困っちゃうわ」などと話すのを聞くと、隣で苦笑いすることもしばしばです。

また、日本のものではありませんが、最近公開されたディズニー映画は、前作の続きとあって、映画館の席は公開初日からキャラクターのファンの子どもたちで、埋め尽くされました。駐在の日本人家庭のみなさんも、子どもたちを連れて映画館に足を運びました。英語で意味が分からない部分があっても、アニメーションであれば何となく言っていることが想像できます。言語が違っていてもある程度理解できるところが、海を越えて「アニメ」が愛される理由だと思います。

インドの映画は大衆文化として人々の間に根付いており、特にムンバイは「ボリウッド映画」の発祥の地でもあるため、映画鑑賞者がとても多い街です。市内に30以上の劇場があり、毎日のようにヒンディー映画や、海外の作品が繰り返し上映されています。鑑賞料金もとても安価で、200円くらいから席を選ぶことができます。リクライニング付きのVIPシートでも700円程度です。我が家は、たいてい週末に映画館に出かけます。

少し変わった習慣があるので、ご紹介します。
インドの映画館では、上映前に必ずインドの国旗がスクリーンに大きく映し出され、インド国歌が流れます。客席でおしゃべりしたり、ポップコーンをつまんだりしてにぎやかに上映を待つお客さんも、この国歌が流れると同時に、全員が椅子からさっと立ち上がり、スクリーンを見つめて国旗や国歌に敬意を表します。日ごろ、喧騒の中に暮らし、おしゃべりのマナーも決して良いとは言えないインドの人々が、子どもから大人まで、この時ばかりは、素早く静かに立ち上がり、静寂を保っていることが不思議でなりません。このように愛国心を育てる取り組みを国家が娯楽施設である映画館で行っている点は、日本とは大きく異なります。

空手教室から響く掛け声いち、にい、さん

家の近所を歩いていると、子どもたちの元気な声が音楽とともに聞こえてきました。マンションのお祭りです。特設ステージの上では、空手の道着を着たインド人の子どもたちが「いちっ! にいっ! さんっ! しいっ!・・・」と日本語で数を数えながら、型を披露していました。大音量のノリの良いボリウッド音楽をBGMに、夕暮れ時の暗がりの中、赤や青の照明がステージに当てられています。ミラーボールが回る中で、子どもたちは、身体を揺らしてリズムを感じながら、空手の型を次々に披露しています。中には宙返りをする子どももいました。果たしてこれが正しいのか間違っているのか、私には判断ができません。「空手」がショーとして演出され、お祭りのステージに立っているのではないかと思いましたが、その日だけでなく、日ごろのレッスンでも同じように賑やかに楽しんでいるそうです。インド人の先生ならではと笑ってしまうような教え方でしたが、空手を習う日本の子どもたちが見たら、さぞ驚かれることでしょう。

しかし、子どもたちは生き生きと、とても楽しそうに踊りながら身体を動かしていました。パフォーマンスの後に、びしっと「気を付け」をし、礼をして頭を下げる姿からは、日本の礼節を重んじる姿勢が伝わってきました。空手を通して、日本語で数を数えることができるようになったインド人の子どもは意外に多く、空手の道場も地区ごとにあるほど、インドでは人気のスポーツです。

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私が通っているインド舞踊の教室と同じ施設に、空手と古武道の教室があります。先日、偶然にもインド人の空手の先生とレッスン時間が重なったため、短時間ではありましたが、お話を伺うことができました。ひとくちに「空手」といってもたくさんの流派があり、流派によって指導する内容や「型」も異なるのだそうです。この先生は、沖縄の道場で修行をしてインドに戻って教室を開かれたそうです。ご本人いわく、「私たちは硬派な流儀なので、ミラーボールの下で音楽とともに型を披露することはしません」とのことでした。

その日のお稽古にはインド人の小学生から高校生までの男女7名が参加をしていました。帰りがけに、道着を着た小学生の男子とすれ違いましたが、「うっす!」と低い声で挨拶をしてくれました。先生は「ありがとう」「またきてね」「さよなら」と日本語で私を見送ってくれました。

このように、インドには日本の文化が少しずつ根付いてきています。私たち日本人が思っている以上に、インドの人々が日本の文化に興味をもって学んでいることがわかります。

日本とインドのお互いの文化交流の機会も、年に何度かあります。
公益財団法人の日印協会(https://www.japan-india.com/)という団体が、インド人のサポートを行いながら、日本の文化をインドに紹介しています。将来、日本の大学に留学したいと考える学生の支援を行うなど活発に活動しています。私たちは、インドの文化に触れながら日々の生活を送っていますが、言語や宗教が複雑で多種に及ぶインドのことは、ムンバイで暮らして得た知識だけでは、理解しきることができません。インド国内でも地域が違えば、その習慣や人々の物の考え方も異なり、一言でインドを語るのはとても難しいことだと感じます。

しかし、このように多くのインドの人々が日本の文化に親しみ、理解を示してくれることで、私たちもよりインドのことを学ぶことにつながり、相互の理解に努めていくことができると感じています。

最後に、私の個人的なエピソードを紹介します。
インドの女性の伝統的な民族衣装といえば有名な「サリー」です。つい最近、近所のローカルなショッピングモールに新進気鋭のインド人女性デザイナーの手がけたサリーショップがオープンしました。ふらりと立ち寄ったそのお店で一枚のシルクサリーに吸い寄せられるように、眼が釘付けになりました。

淡い若草色の無地に濃紺の朝顔の花と萌黄色の葉、そして桔梗色の縁取りのサリーです。華やかな色を好むインド人の文化とは異なっていることは誰の目から見ても明らかです。「これは、もしかして日本の着物ですか?」と質問すると、デザイナーであるオーナーさんは「まさにその通りです。私が日本の着物からインスピレーションを得て、日本の工房で特別にサリー生地として生産してもらいました」との返事でした。私は、迷わずその場で購入を決め、サリーの下に着用するブラウスは、着物の袖を模した形で注文してみましたが、日本とインドの日印折衷のサリーはどんな風に出来上がるのか、今からとても楽しみです。

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次回は、インド・ムンバイで日本人が活躍する「ボランティア」についてレポートします。


筆者プロフィール
sumiko_fukamachi.jpg 深町 澄子 静岡大学大学院修士(音楽教育学)。お茶の水女子大学大学院博士課程(児童・保育学)にて発達支援及び読譜を中心とした音楽教育の研究中。
約30年間、子どものピアノ教育及び音楽教育に携わり、ダウン症、自閉症、発達障害の子どもたちの支援を行っている。2016年12月よりムンバイに移住。
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