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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第38回 子どもの交通費の無料化

シュリットディトリッヒ 桃子

2020年1月31日掲載

要旨:

給食の無料化とともに、昨年8月から子どもがベルリン市内を移動する際の交通費も無料化された。これにより子どもたちは16歳の誕生日を迎える学年が終わるまで、市内ABゾーン内のSバーン、地下鉄、バス、路面電車をいつでも無料で利用することができるようになった。無料化の背景としては、「市民の経済格差が広がる中、全ての子どもが適切な日常生活を送ることができる環境にいるべき」というベルリン市議会の主張が元となっている。賛否両論あるようだが、筆者の周辺では概ね好意的に受け入れられている。

Keywords:
ドイツ、ベルリン、小学校、ギムナジウム、給食無料化、交通費無料化、住宅難、経済格差、シュリットディトリッヒ桃子

前回の記事では、昨年8月からベルリンの公立学校で、1年生から6年生を対象に給食が無料で提供されることになったことをお伝えしましたが、同時期から子どもを対象に市内を移動する際の交通費も無料化されました。今回はこのことについてお伝えしたいと思います。

ベルリンの公共交通システム

本題に入る前に、まずベルリンの公共交通システムの概要を説明しましょう。市内にはSバーン(日本のJRのような中距離列車)、地下鉄、バス、路面電車などの交通網が、東西南北に発達しており、非常に便利です。中でもリングバーンと呼ばれる電車は、Sバーンの一部で東京の山手線のような、市中心部を走行する環状線電車です。路線図(https://sbahn.berlin/en/route-map/)を見ればわかるように、市内はAゾーン(路線部中心部のリングバーンの中)、Bゾーン(リングバーンの外)、Cゾーン(お隣のブランデンブルグ州の州都ポツダムを含むベルリン寄りのエリア)に分かれています。ちなみに、東京の山手線とそれを貫通する中央線という鉄道モデルは、当時ベルリンのそれを模倣して作られたと言われています。

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ゾーン分けの概略図


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Sバーン
 
地下鉄


一方、日本の電車との違いは、改札がないことです。その代わり、車内にて抜き打ちで乗客のような恰好をした検査官が、乗車券チェックを随時行っています。ですから、事前にきちんと乗車券を準備しておく必要があります。チェック時に有効なチケットを持っていないと、60ユーロ(約7,200円)の罰金を払うこととなります。バスの場合は、乗車時に運転士に有効なチケットを見せるか、運転士からチケットを購入します。

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路面電車

            

乗車券は各駅に設置してある自動販売機で買うことができます。(路面電車、バスの場合は車内での購入となります。)ABゾーン、BCゾーン、ABCゾーンというエリアごとに、2時間有効チケット、昼間のみ有効なチケット、1日もしくは1週間有効な乗車券、4枚つづりの回数券など豊富な種類から選びます。この他にも、1か月および1年有効乗車券もエリア毎に販売されていますが、こちらはオンラインもしくは窓口での申請となります。これらのチケットはどれも適用エリア内であれば、どこまで乗っても同一料金ですが、近場への移動のために、割安価格で短距離チケット(Sバーン、地下鉄は3駅まで、バス、路面電車は6駅まで利用可能)も自動販売機(路面電車、バスの場合は車内)で購入できます。また、1か月および1年有効乗車券は磁気カードですが、それ以外のチケットは紙製で、乗車直前に各駅(路面電車、バスの場合は車内)に設置してある打刻機に通して打刻し、有効化する必要があります。

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短距離チケット(紙チケット;乗車時に打刻が必要)
 
打刻機


             

また、上記全てのチケットに割引料金が設定されており、生活保護受給者や障がい者、学生などに適用されます。さらに、ベビーカーは勿論、犬や自転車も一緒に乗せることができます(ただし、自転車は有料で、路面電車およびバスには乗車不可、犬は一日券および月間/年間チケットを持っている限り無料)。

私は普段から公共交通機関での移動が多いので、ABゾーンの年間チケットを使用しています。こちらの料金は1年間に約700ユーロ(約84,000円)ですが、この磁気カードのチケットは乗車前の打刻も必要なく、ベルリン市内をいつでもどこでも自由に行き来できるので、日々活用しています。

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年間チケット(磁気カード)

                    
子どもの乗車券の無料化

さて、子どもの乗車に関しては、昨年7月末まで0~5歳児は無料、6~14歳児は前述の割引料金、15歳以上は原則大人料金を払うこととなっていました。しかし、冒頭で述べたとおり、ベルリン市は昨年8月1日から小学生、ギムナジウム生など全ての児童、生徒を対象に、交通費を無料化することに踏み切りました。これにより子どもたちは16歳の誕生日を迎える学年が終わるまで、市内ABゾーン内のSバーン、地下鉄、バス、路面電車をいつでも無料で利用することができるようになりました。また、彼らに限っては自転車や犬も無料で電車に持ち込むことができるそうです。ただし、自動的に無料化されるわけではなく、ベルリン交通局に学校の在学証明を提出し、無料チケットの申請をすることが必要となります。

息子は習い事に行くのに電車を利用しているので、昨夏までは月17ユーロ(約2,000円)を支払って、市内ABゾーン乗り放題の年間チケットを持っていました。しかし、8月以降は交通費の銀行口座からの引き落としはなくなりました。月間・年間チケットを持っている子どもたちは特に手続きをすることもなく、自動的に無料化の恩恵を受けることができるようになったのです。これにて我が家では年間200ユーロ以上の節約になり、家計の助けとなっています。

ちなみに、この交通費の無料化のために、市は昨年度約2,000万ユーロ(約24億円)の予算を確保したそうです。ところが、昨年10月時点でベルリン市内の児童・生徒の92%にあたる33万人の子どもたちが、無料チケットを持っており、そのために2,900万ユーロ(約35億円)のコストがかかっているとのこと。無料化前の7月よりも25万人も多い子どもたちがチケットを持っていることになるそうですから、多くの子どもたちが恩恵を受けているのでしょう。次年度予算ではベルリン市はこの無料チケットのために、昨年の3倍の予算を確保する模様です。

無料化の背景

現在、ベルリン市議会は社会民主党(SPD:中道左派)、左翼党(Linke:左派)および緑の党(Grüne)の3党連立政権で成り立っています。2016年に組まれたこの連立政権のモットーは「ベルリンでは世帯収入の高低に関わらず、全ての人々が適切な日常生活を送ることができるべきである。また、ベルリン市は家族世帯に対してやさしく、より緑の多い街になるべきである。」というものです。特に「全ての子どもたちを貧困からのリスクから回避させるべきである」という彼らの主張は、交通費無料化と同時期に導入された給食の無料化の際にも、唱えられていました。

これらの市の新政策の背景には、ベルリンという街の急激な変化に伴う所得格差の拡大があります。元々は東ドイツという社会主義国の首都として、機能していたベルリン。当時は少なくとも建前上は全てが平等でしたが、一方で人の行き来が制限されていました。市内への移住者はベルリン市民と結婚した人などに限られており(市外出身者は離婚後はベルリン市にとどまることは禁じられていました)、その多くは旧東ドイツ人か外国人の場合は主に旧ソ連や東欧の国からの人々だったそうです。

それが壁の崩壊以来、人の往来が自由になり、30年に渡り劇的に変化したことは皆さんもご存知のとおりかと思います。筆者のベルリン生活も9年を迎えていますが、その間、欧州経済危機、難民流入や不動産バブルなどを経て、ドイツ出身者はもとより世界中から様々な人がベルリンに移り住んできました。その結果、人口が飛躍的に増加し続け、住宅難が進み、10年前に比べて不動産の売買価格は約3倍、家賃は2倍以上となっているそうです。現在も市のあちらこちらで新築アパートの建設が進んでいますが、いずれにしても高家賃の物件に引っ越してくることができる人たちの大部分は、ベルリン以外からの転入者となっています。ですから、元々ここに住んでいる市民の不満は増大しており、私自身も経済格差が大きくなっていることを感じています。

この状況を鑑みて、昨秋、上記のベルリン市連立政権は2014年以前に建設された住宅の家賃の値上げを今年から5年間凍結することを決めましたが、これとほぼ同時期に導入された給食や子どもの交通費の無料化は、上述の「ベルリンでは世帯収入の高低に関わらず、全ての人々が適切な日常生活を送ることができるべきである」という市の主張を反映したものと考えられます。

市民の反応>

さて、この新政策に対し市民は概ね肯定的に受け入れているようですが、中には否定的な意見も。例えば、無料チケットの適応範囲はゾーンABであるため、ベルリン市内でもブランデンブルグ州との境近くに住み、同州の学校(ゾーンC)に通学している子どもには適用されません。このことに、不公平感を募らせている人もいます。

また、徒歩圏の学校に通い、学校以外の場所へは両親の車で移動しているような子どもたちや、経済的に恵まれている子どもたちにも、一括して交通無料チケットを与えてしまうことに不公平感を募らせている人もいます。というのも、ベルリンの公立学校の中には、施設の老朽がすすみ、トイレなど学校生活における衛生状態に課題があるところが多く、これまでも度々問題となってきました。全ての児童・生徒が使用するこれら学校施設の改修に優先順位を置くべきだ、と主張する人が多いのも事実です。

一方、「通学のみならず、スポーツや市内の施設を利用したり歴史を知るために、公共交通機関を自由に利用できることで、フットワークが軽くなり、ベルリンという文化や歴史に満ち溢れた街について広く見識を深めることができるのは素晴らしい。これまでこのようなことは、経済的に恵まれていない子どもたちにはできなかったことであるから」という声もあがっており、賛否両論というところでしょうか。

少なくとも我が家では恩恵にあずかっているこの交通費の無料化。前回も記しましたが、収入の約半分を税金や社会保障で差し引かれてしまう当地ですので、筆者を含め、周辺の子育て世帯でもこれらの政策は大歓迎といったところです。


参考文献


筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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