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【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】 第11回 ドバイの公共交通事情

北京でバスに乗っていて席を譲られたことがあります。ちょうど15年前、中国に住んでいた時のことです。

私は最初の子を妊娠していて路線バスに乗っていました。バスはそれほど混みあっていたわけではなく、すぐに降りるつもりで握り棒につかまって立っていた所、後ろから声をかけられました。振り向くと小柄な70歳くらいの中国人のおばあさんがニコニコとほほ笑んで手招きをし、「ここにお座りなさい」と自分の隣の席をポンポンとたたきます。私は恐縮して、すぐに降りるからと固辞しました。おばあさんは諭すように優しく言いました。

「今のあなたの仕事は、席に座ることなのよ。たとえ一駅でもいいからお座りなさい」と、私の手を引いて席まで連れていき座らせてくれました。嬉しくて涙が出そうでした。

意外かもしれませんが、北京は誰もが妊婦に優しい街です。満員の地下鉄で素早く妊婦の私を見つけて、照れながら席を譲ってくれた高校生くらいの男の子もいました。出産した後も、赤ちゃん連れで地下鉄に乗ると、老若男女問わずあれこれ世話を焼いてくれます。北京では、子どもは水戸黄門の印籠なのです。 *1

そんな経験もあって、海外での子育てが長い私は、時間の許す限りバスや地下鉄といった移動方法を好んで利用しています。駐在妻で専業主婦、しかも子育て中となると、狭い日本人コミュニティにどっぷりとつかりがち。せめて子どもと移動中くらいその国の空気を感じたいなんて思う切実な時期もありました。
自家用車やタクシーで無駄なく移動する快適さと、公共交通機関を利用してその土地の人々を観察しながら移動する楽しさとを天秤にかけながら、状況に合わせて交通手段を選びます。子どもがまだ小さく私の子育ての黄金期を過ごしたドバイ。今回は、子どもたちと利用したドバイの公共交通をご紹介いたします。

ドバイ・メトロ

ドバイは典型的な車社会です。道路は車専用に作られているため、歩道や歩行者用の信号、陸橋などがほとんどなく、目の前に見えているビルでも歩いていくと思いのほか時間がかかることもあります。

その車王国ドバイに2009年に誕生した、まさに庶民の足たるドバイ・メトロ。湾岸諸国初の地下鉄で、大林組を始めとする日本企業4社とトルコの会社の技術を集結して建設されました。売りはドバイらしく「世界最長の全自動無人運転鉄道システム」で、ギネスブックに登録されています。

写真の近未来的建物は、ドバイ・メトロの駅舎です。1970年代までドバイで真珠産業が盛んだったことから真珠貝をモチーフにしており、どの駅も同じデザインで統一されています。

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グリーン車ならぬゴールド車

路線は、レッドライン(全長52.1km、全29駅)とグリーンライン(22.5km、全20駅)の二本 *2。ドバイの端から端までを横切るレッドラインは、ドバイのメイン通りであるシェイク・ザイード・ロードに並行して走っています。グリーンラインは旧市街であるドバイクリーク周辺をめぐります。

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メトロの路線図。メトロ駅の看板を撮影


運賃の払い方はやや複雑で、利用頻度が少ない人用のノル・レッドチケット(Nol Red Ticket)という紙ベースの使い捨てチケット(チャージは10回のみ)と、利用頻度が高い人用のノル・カード(Nol Card)というSuicaのようなプラスチック製のプリペイド式カードあります。ノル・レッド・チケットはノル・カードに比べてやや割高です。

ノル・カードには、普通車両用のノル・シルバー・カード、特別車両用のノル・ゴールド・カード、ノル・ブルー・カードなどがあります(ブルー・カードについては後述) *3 。メトロだけでなく、路線バスなどを利用する場合も使えます。

ドバイ長期滞在者は、たいてい普通車両用のノル・シルバー・カードを1枚は持っていて、私は自分の家族用と日本からのお客さん用に、シルバー・カードを5枚、ゴールド・カードを1枚持っていました。

特別車両用のノル・ゴールド・カードというのは、いわゆる日本のグリーン車にあたる車両に乗るためのカードのこと。レッドラインでも始発駅から終点まで1時間弱しかかからない近距離列車にも関わらず特別車両が用意されています。ドバイらしく特別車両の名前は「グリーン」ではなく、「ゴールド」。「ゴールド・クラス」の運賃は普通車両の倍で、ファーストクラス感覚で混雑を避けることができます。この特別車両に乗るには、改札を通る際にノル・ゴールド・カードをかざす必要があります。

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足元に「ゴールド・クラスの乗り口」と表示されています。


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ノル・ゴールド・カードを改札で通してない人が
この車両にいた場合は100AED(約3000円)の罰金。


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ゴールド・クラスの車内。座席も広く、ラグジュアリーな作り。


メトロ利用者は、ほぼ出稼ぎ労働者である外国人が主ですが、ゴールド・クラスでは、カンドゥーラ(男性の白い民族衣装)やアバヤ(女性の黒い民族衣装)を着た地元の人をみかけることもあります。

女性・子ども専用車両

ゴールド・クラスと並んでドバイらしいのは、女性・子ども専用車両です。日本でも珍しくなくなった女性専用車両。ドバイでは混雑時だけでなく、終日用意されています。

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女性・子ども専用車両の乗り口。


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「あなたは正しいキャビンにいますか?」と問う表示。
「このキャビンにいる男性は100AED(約3000円)の罰金が課せられます」とあります。


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左端に見える、ピンクのラインが普通車両と女性・子ども車両を分けるライン。普通車両がどんなに混雑していても、男性はこのラインを越えないように踏ん張ります。 女性・子ども専用スペースが用意されているのはイスラム圏特有の文化で、ローカル色が強いエリアには、病院の待合室に「ファミリー専用」があったり、スーパーにファミリー専用のレジがあります。路線バスの座席も前半分は女性・子ども専用席になっています。タクシーも、女性ドライバーが運転するファミリー用の「ピンクタクシー」というのがあり、一目で分かるようにピンクで塗られています。

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路線バスの女性子ども専用席。子連れでも安心して乗れる。
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ピンクタクシー
 
女性ドライバーが運転する


車両の分類以外にも、メトロでは細かいルールがあり、違反すると罰金が課せられます。飲食禁止、チューインガム禁止、居眠り禁止など、日本人には違和感のあるルールもあります。

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左側:飲食禁止。罰金100AED。右側:車内ではチューインガム禁止。


さて、どのように違反者を検挙するのかというと、メトロGメンなる車内検査員が抜き打ちで車両に乗り込んできて、有無を言わさず乗車カードの検査を行います。ゴールド・クラスに関しては、ゴールド・クラスにいるのに、ノル・ゴールド・カードを持っていない人、あるいは持っていても改札を通していない人は強制下車させられ罰金。男性の場合、ちゃんとノル・シルバー・カードを改札で通していても、女性・子ども用車両にいれば、やはり罰金の対象です。

私の知り合いに、発車間際の電車に慌てて飛び乗ったら、たまたまゴールド・クラスで、普通車両への戻り方が分からず、運悪くGメンに巡り合って罰金を取られてしまったという人がいました。

ノーストレスなメトロの使い方

私は一人の時も、子どもと一緒の時も、基本は女性・子ども専用車両を使います。出退勤のピーク時、体が密着するくらい混雑しても女性だけだとノーストレス。 スペースが必要なベビーカーを使うときは、奮発してゴールド・クラスを使うのがおすすめ。乗り込む時も並ぶ必要がなく、ベビーカーを広げたままゆっくり座れてこちらもお値段以上の価値があり、ノーストレスです。

末っ子の息子が4、5歳の時には、あえて混みあっている先頭の普通車両を目指して乗っていました。無人運転のドバイ・メトロには先頭車両に運転席がなく、見晴らしが抜群。バージカリファやエミレーツタワーズなどのドバイのランドマーク的な建物を見ながら、遊園地の乗り物感覚で楽しめます。

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気を付けないといけないのは、改札を通る前に、今日は普通車両に乗るかゴールド・クラスに乗るか決めなくてはならないこと。普通車両用のノル・シルバー・カードを改札で通した後に、普通車両が混みあっているからといってゴールド・クラスに変更することはできません。逆もしかりで、奮発してノル・ゴールド・カードを改札で通したのに、ホームに来た列車はそれほど混みあっていなくて普通車両で十分だった、ノル・シルバー・カードを通しておけばよかったと思うこともあります。 急いでいてカードを通し間違ってうっかり罰金の対象にならないよう、改札を通るときは慎重になる必要があります。

また、子どもが小学校高学年になってくると、塾通いなど一人で行動することが多くなります。在籍している学校に証明書を出してもらってRTA(Road and Transport Authority 道路交通機構)で手続きをすれば、ブルー・カードという写真入りの学生カードを作ることができます。

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上が普通車両用のノル・シルバー・カード。下が学生用のブルーカード。


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ブルー・カードは写真入りで本人しか使えない。


学生運賃は通常の半額。女性・子ども車両があること、治安がいいこともあり、子ども一人でも安心して乗ることができます。子ども同士で遊びに行ったり、友人の家を訪ねたり、メトロデビューすると行動範囲がぐっと広がります。

ドバイでは、小学校低学年の子でもバスや電車で席を譲ってもらえることが多く、満員電車でも子どもはあまり嫌な思いはしません。外国生活が長い我が家の子どもたちは「子どもは電車で席を譲ってもらえるもの」と思い込んでいてやっかいです。毎年夏休み、日本に一時帰国中、満員電車で席を譲ってくれる人がいないのに驚いて「どうして誰も席を譲ってくれないの?」と大きな声で聞かれて、恥ずかしい思いをします。最近は予防策として「日本の電車やバスでは、子どもが席を譲られることはありません。子どもがお年寄りに席を譲ることになっています」と事前に日本の常識をインプットすることにしています。


筆者プロフィール
森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。2013-2017 アラブ首長国連邦ドバイ滞在。現在はサウジアラビア、ジッダに住んでいる。
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