カナダからドバイへの引っ越し作業をしている時、娘のお気に入りだった『おふろだいすき』という絵本が、引っ越し荷物としてUAEに送ることができませんとはねられて しまったことがあります。
その絵本の表紙には、裸の男の子が大きなカバの体を石けんで泡だらけにしてゴシゴシ洗っているという、誰が見てもほほえましい絵が描かれていました。日系の引っ越し業者の人曰く、その全裸の男の子が、UAEの検閲に引っかかる可能性があるというのです。イスラム教的事情から、わいせつな本やDVD、肌の露出が多い写真などが掲載されている雑誌などはNGと事前に言われていましたが、まさか、このかわいらしい絵本がダメだとは夢にも思わず泣く泣く引っ越し荷物に入れるのをあきらめました。
他に、イスラム教以外の宗教の本やグッズもNGと言われ、カナダで購入した立派なクリスマス・ツリーやオーナメントなど、クリスマスグッズをあきらめ、アルコール、豚肉NGで、食品送付には原材料をすべて表記する必要があり、手間がかかるためこちらもあきらめ、あれもだめ、これもだめで、一体どんな生活になるんだろうと不安に思った覚えがあります。
いざ、ドバイに行ってみたら、水着のような姿の外国人女性が普通に歩いているし、クリスマス・シーズンのホテルやモールは日本よりもにぎやかにクリスマス・デコレーションされているし、いったいどうなっているのだろう?と正直混乱しました。
この時期はクリスマス関連のイベントが多数行われる。
人口の8割が外国人で、年間1,500万人以上の観光客が訪れる観光都市に成長したドバイ。その背景には、非イスラム圏からの住人や観光客に配慮しつつ、イスラムの国としての文化・秩序を守るための柔軟でしたたかな戦略があるのです。今回と次回の2回にわたって、ムスリム(=イスラム教徒)のタブーである「アルコール」と「豚肉」に注目してみたいと思います。
「ハラル」と「ハラム」
ムスリム(=イスラム教徒)が「アルコール」と「豚肉」を避けるというのは多くの方がご存知だと思います。ムスリムに「なぜアルコールと豚肉は禁止されているの?」と聞くとほとんどの場合、「コーランに書いてあるから」との答えが返ってきます。では、なぜコーランで禁止されているのかというと、諸説ありますが、アルコールは酩酊し精神と身体に悪影響を及ぼすから、そして豚肉は不浄であるからと遠ざけられます。
イスラム教では、食品は「許された」という意味の「ハラル」と、「禁止された」という意味の「ハラム」の2種類に大別されます。豚肉、アルコールそのものだけではなく、豚肉エキスやアルコール成分が入ってる醤油などの調味料もNG。豚肉を調理した調理器具を共用することも避けます。また、牛肉や鶏肉もイスラム教徒の手でコーランの定める正しい手順によって処分された肉でなければ正式な「ハラル」にはなりません 1。
UAEを初めとした西アジア諸国や、エジプトなどイスラム教徒が多数を占める国では、当然のことながら出回っている食品はすべて「ハラル」です。「ハラル」でない食品は一般市場では流通することができないようになっています。一方、東南アジアでは豚肉やアルコールを調理によく使う中国系の住民が多いため、ムスリムのハラル食品への意識が高いといわれます。「ハラル食品認証マーク」が生まれたのもマレーシアです。
近年、外国人観光客が増えている日本でも「ハラル食品」への関心が高まっており、ムスリムの観光客が安心して食事ができるようにと体制が整えられつつあります。 今回は、ドバイのアルコール事情についてご紹介したいと思います。
ドバイでのアルコール入手方法
アルコールの取り扱いは、建前上豚肉より厳しくなっています。ドバイ市内では、普通のお店で自由にアルコールを買うことはできません。簡単に安く手に入れるには、飛行機でドバイに到着して税関を出る前に、空港の免税店で購入するのが一番です。
ワイン、ウィスキー、ブランデーなど様々なお酒がずらりと並ぶ。
市内で購入したければ、煩雑な手続きをして約200AED(=6,000円)もする「リカー・ライセンス」を取得し 2、市内に数軒しかない政府の管理するリカー・ショップ 3でアルコールを手に入れます。ライセンスがないと購入できません。では、出国する機会がなく、ライセンスも持っていなければ、アルコールは手に入れられないかというとそうではありません。
UAEを構成する7つの首長国はそれぞれアルコールに関する法律が異なります。UAE北部に位置するアジュマーン首長国とウンム・アル=カイワイン首長国はアルコールの規制がかなり緩く、ライセンスなしでも購入できるリカー・ショップがあります。
By Pqks758 (talk) - File:UAE en-map.png。map of the United Arab Emirates published in Wielki Encyklopedyczny Atlas Świata (The Great Encyclopedian World Atlas), vol. 10 Azja Południowo-Zachodnia (Southwest Asia), Polish Scientific Publishers PWN, Warsaw 2006, p. 76-78, CC 表示-継承 3.0, Link
人気なのはウンム・アル=カイワイン首長国にある「バラクーダ」 4というリカー・ショップ。ドバイから車で1、2時間かかるにも関わらず、ドバイ駐在員が足しげく通います。一歩店内に入れば日本酒、梅酒、日本のビールだけでなく、世界各国のビールやワインが所狭しと置いてあるお酒天国。まるでお酒のアウトレットモールのよう。ここがイスラムの国であることを忘れてしまう瞬間です。
この制限されたイスラムの国で大量のお酒に囲まれ、お酒好きはテンションが上がること間違なし。手軽にお酒を購入できないプレッシャーとすぐに飲み干してしまう恐怖も手伝い、あれもこれもカートに入れてしまいます。
クリスマス前などは、パーティーに備えてアルコール買い出し客が押し寄せ、尋常でない量のアルコールを購入していきます。
ここで気を付けなければならないのは、ドバイ、アジュマーン、ウンム・アル=カイワインに挟まれているシャールジャという首長国の存在。シャールジャはイスラムの戒律が厳しい首長国で、7つの首長国の中で唯一お酒が全面的に禁止されています。お店でお酒を提供することも、自宅で飲酒することも、お酒を所持することも厳しく禁止されているのです。
地図でご覧の通り、ウンム・アル=カイワインやアジュマーンからドバイに帰るためには、必ずシャールジャを通らなければなりません。アルコールを持って禁酒国を通るスリル。行きはよいよい、帰りは怖い・・・。
私がドバイに住んでいた時、クリスマス前のアルコール買い出し客の車を狙って、恐喝事件が多発した時期がありました。バラクーダを出たアルコール満載の車の後をつけ、シャールジャ首長国に入ったらわざと車をぶつけ車を止め、アルコールを所持していることを指摘し警察に通報するぞと恐喝し現金を脅し取るという事件です。定期的に買い出しに行っていた私たちは、その噂を聞いて恐れおののき、そんなトラブルに巻き込まれたくないと、煩雑な手続きをして「リカー・ライセンス」を取得しました。リカー・ライセンスがあれば、たとえ恐喝されても対抗することができます。
シャールジャではもちろんのこと、ドバイでもアルコールを持ち運ぶ場合、場所によっては注意が必要です。外から見てアルコールとわからないようにして持ち歩いた方が無難です。
レストランやバーでのアルコール
このようにドバイでアルコールを手に入れるにはちょっとしたコツがいりますが、お酒が飲めるお店を探すのはそんなに難しいことではありません。外国人観光客が多い4つ星、5つ星のホテルや、ゴルフ・クラブ、乗馬クラブのレストランやバーではアルコールを提供しているところがたくさんあります。この場合、ホテルなどの施設がアルコールの提供のライセンスを取得して、施設内のレストランやバーがその許可を使用させてもらうという形をとっています。
ただ、のんべえにつらいのはその値段。お店で生ビール(大)を一杯飲むと50AED(約1,500円)前後。高級すぎてビールでさえちびちび飲んでしまいます。
久保田 千寿 吟醸 1800ml 1490AED(約44,700円!)
「レディース・ナイト」と「ドライデー」
お店で安く飲みたい場合、「レディース・ナイト」や「ハッピー・アワー」を利用します。平日の夕方など時間限定でアルコールが半額だったり、何杯か無料だったりする嬉しい企画です。
コツさえつかめば、アルコール・アクセスが自由なドバイ。でも、時々やっぱりイスラムの国なんだなと思う瞬間があります。その代表が「ドライ・デー」の存在。
「ドライ・デー」とは、断食明けの祝日 5や巡礼休暇 6などイスラム教の祝日の前日、飲食店で一切のアルコール提供が禁じられる(=ドライ)日のことです。
イスラム教の祝日は、月の満ち欠けを目視で確認して決定されるため直前まで確定しないことは以前も触れました(第7回参照)。祝日スタートがいつになるかばかり気にして、祝日の前日がドライ・デーであることをうっかり忘れてしまうのはよくあること。その日に飲み会を設定してしまい、直前になってお酒が飲めないことに気付いてがっかりするというのは「ドバイあるある」です。イスラム教の祝日前日ぐらいは、イスラムの国として本来あるべき姿にリセットしたいというムスリムの願いなのでしょうか。
アルコールが気軽に手に入り毎日パーティーのような華やかな場所もある反面、一切アルコールが禁止されるドライ・デーのような日も同時に存在するドバイ。
アルコールに関しては、TPOが大切で、今自分がいるところがどういうエリアなのか(外国人エリアか、ローカルエリアか)、同伴している人は誰なのか(外国人か、ローカルの人か)によって状況が変わります。公園などの公共の場所でお酒を飲んだり、許されている場所でも派手に酔っぱらったりするのはタブー。場所や場合によっては警察に拘束されることもあります。ここはイスラム教の国だと常に頭の隅に置いておくべきなのです。
- 1.「イスラムがわかる!」菊池達也 監修p123 「ハラールとハラーム」より
- 2. 居住者のみ。毎年更新が必要。
- 3. 「第81話ドバイで見かける、謎の閉ざされた空間」https://blogs.yahoo.co.jp/dubai1428/11396288.html(ドバイ千夜一夜より)
- 4. 「ドバイから車で一時間半、ウム・アル=カイワイン首長国のリカー・ショップ」https://blogs.yahoo.co.jp/dubai1428/17837231.html(ドバイ千夜一夜より)
- 5. 断食明けの祝日、2019年は6/3~6/6の予定。
- 6. 巡礼休暇、2019年は8/11の予定。