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【ニュージーランド子育て・教育便り】 第10回 ニュージーランドでの妊娠・出産 (4)

村田 佳奈子

2019年5月10日掲載

要旨:

ニュージーランドで出産した場合の産後のことについては、不勉強だったのかもしれませんが、昨年第二子となる息子を出産後、母乳育児に対するプレッシャーの大きさに衝撃を受けることになりました。その実態をご紹介します。

現在8歳になる娘(第一子)は日本で生まれ、最初は病院で母乳と粉ミルクの混合育児からスタートしました。出産後の入院中は、母体の体力の回復を優先させてもらい、娘には適宜粉ミルクを与えてもらいました。ところが、数ヶ月後から娘が粉ミルクを全然飲まなくなってしまい、仕方なく母乳のみの育児になってしまいました。そのため、息子を出産した今回も、自分の身体の回復を優先させて、あとは適宜息子の好み次第で柔軟に対応しようと思っていました。強いこだわりをもたず、子どもに応じて柔軟に対応することの方が、大事だと信じていたのだと思います。

また粉ミルクについては、家のすぐ近くのスーパーで簡単に入手できることは知識としてはもっていました。そのため、必要があれば退院してから買おうと考えていました。ニュージーランドの粉ミルクは、抗生物質などの投与が極力抑えられている、広い土地で放牧された牛から絞られたお乳であり、世界中の粉ミルクの原料に使われているほど良い品質であることも知っていました。

ところが!! そんな私の意思や知識に反し、出産直後から助産師によるスパルタ式母乳育児を強いられることになりました。産後の回復が思わしくなかろうが、全く寝ていなかろうが、「母乳が第一」と言われ続けます。病院の壁にも、「母乳が第一」「母乳の奇跡」といった類のポスター。特に産後数日の母乳はコロストラム(colostrum: 初乳)と呼ばれ、絶対に飲ませなければならないとのこと。2日目の夜は、息子は常にお腹が減っていたのか一睡もしませんでした。4時間以上抱っこしていたら、私は息子を落としそうになること10回以上、覆いかぶさって寝てしまっていたこと数回。このままでは息子の安全に関わると思い、看護師に「少しでいいので見ていてほしい」と頼みました。しかし「本当に母乳を何時間もあげるように努力していたとは思えない。赤ちゃんは明らかにお腹が減っているでしょ」という叱責を受けるのみ。その後少なくとも30分は授乳にトライし続けるよう指示されたのですが、この30分、私が息子を落とさずに抱えていられたことは奇跡だったと今でも思います。

日本では一般的であるものの、ニュージーランドでは病院からは粉ミルクのサンプルがもらえないどころか、粉ミルク(formula)の字すら院内ではどこにも目にすることがありません。病院の母乳講習に参加するよう病院の壁に書いてあったので、その講習に行ったところ、もう1人の参加者は双子のお母さんでした。「双子でも完全母乳にすべき。もし、完全母乳で育てることが不可能なら、双子は自然の摂理で大きくなってはこなかったはず。それでも過去に生まれてきた双子が大人になっているということは、大昔から、双子を産めば自然に双子分の母乳が出るということを意味する」などという、はたして研究に基づいているのかどうか、疑問符がつくようなことを力説しており、双子を産んだわけでもない私など、当然のことながら、完全母乳以外の選択肢はないようでした。

退院後、ニュージーランドでは助産師が家に来ることになっていますが、これも考えものです。毎日家に来ては、「母乳が第一」と言い続けます。助産師は、私の体調を気遣うことなど一度もなく、赤ちゃんの体重だけをチェックし「体重は増えていない。でも数パーセントの減少なので問題なし。ここで粉ミルクを与えたら、もう完全母乳に後戻りはできない」と母乳プレッシャーだけをかけて帰っていきます。3回目くらいの訪問からは、彼女が来ることが憂鬱でしかありませんでした。産後のサポートをしてくれるどころか、内心、これは母乳ポリスの取り締まりだなと感じていました。しかも私が「酷い睡眠不足だし、身体の負担を減らしたいので粉ミルクを足そうと思う」と伝えると、この母乳ポリスは、「母乳に近いものなんて、この世の中に存在しない。あなたはヤギの乳で犬を育てたりする? 動物を育てるつもりなの? あなたのしていることはそれと同じ」「一度粉ミルクをあげたら最後。もう二度と母乳には戻れない可能性があることを十分にわかっているんでしょうね」「WHOが言っているんだから母乳を推奨して当然でしょう。あなたはそれに反することをしようとしているのよ」などなど、必死に粉ミルクをあげないよう、説得を試みてきます。

それでも一度でいいから粉ミルクをあげて、数時間でよいからまとまった睡眠をとって少しでも元気になりたいと、息子に粉ミルクを飲ませる決意をしました。その時の私は睡眠不足に加えて、自分の意思に反する母乳の強要で、ほぼ思考能力はなくなっていました。粉ミルクのサンプルは、通常は助産師が自分の車に携帯しているそうですが、我が家に通う助産師は「サンプルは切らしていて持っていないから、好きにすれば」と言うのです。仕方がないので、メーカーを指定して夫に頼んで買ってきてもらおうと思い、ネットで検索。すると、粉ミルクメーカーのサイトを見た瞬間、長い警告文が飛び出してきました。「母乳が一番です。もし粉ミルクを使うのなら、まずヘルスケアの専門家に相談してください。一度粉ミルクを与えると母乳育児に戻ることが難しくなります。粉ミルクを与える場合には指示通りにつくり与えなければ赤ちゃんが病気になる可能性があります。...『同意する。』...(筆者訳)」これに同意しないと粉ミルクの情報すら見ることができません。私は、この時点で「タバコ? 薬物? 私は赤ちゃんに毒をあげようとしているとでも?」「もしかしてニュージーランドの粉ミルクには問題があるのか?」と、不安と共に何とも言えない感情で涙があふれ出しました。日本にいる友人に「産後の疲労で倒れそうだけれどニュージーランドの粉ミルクには毒が入っているのかも」と伝えたところ、心配した友人が、ニュージーランドの粉ミルクの安全性を調べてくれました。そしてようやく、ニュージーランドの粉ミルクは安全だという確証を得ることができました。

ニュージーランドの母乳推進運動とでもいうのでしょうか。どう考えても常識的な範囲を超えていて、多くの母親を追い詰めているように思えてなりません。後に知りますが、6ヶ月未満の赤ちゃんに与える粉ミルクの宣伝は禁止されているのです。また、母親から問い合わせを受けない限り、産科医(おそらく助産師も)は、粉ミルクの話題に触れてはいけないとのこと。

結局、寝ないと身体も心ももたないと思い、息子には粉ミルクを飲ませたのですが、母乳ポリスと化していた助産師には深いため息をつかれました。粉ミルクのあげ方について質問しても、「あげ方なんて勝手に説明書を読めばいいでしょう。熱くもなく冷たくもない温度であげなさい」との答えが返ってくるだけ。そして助産師が毎回来るたびに、完全母乳にしているかを聞かれるのですが「一回でも粉ミルクを与えたら完全母乳にはチェックが入れられないから」などと言われます。考えてみればチェックが入らなくてもどうでも良いのですが、それがまるでニュージーランドにおいては母親失格であるかのような言い方をされることは、悲しく思いました。

アジア人女性の傾向

ニュージーランドでは、母乳をあげている母親の統計をとっているのですが、それによると、アジア人女性は出産後すぐの時期は完全母乳の率がパシフィカ、マオリと並び低い傾向にあります(注1)。そして、この低い率を改善することを目標としている助産師もいるようです。担当の助産師による私に対するひどい対応は、アジア人女性の母乳率向上への貢献を自分の成果としたかったせいもあるのかもしれません。これだけ完全母乳で授乳しない母親を助産師が責めるような言動をするにもかかわらず、赤ちゃんが4ヶ月くらいになると、多くの女性たちはさっさと母乳をやめてしまいます。そして宣伝が解禁されている生後6ヶ月以降の子ども向けのフォローアップミルクに堂々と切り替えていくのです。これだからアジア人は...という態度で強要される完全母乳は、不快以外のなにものでもありません。

プランケットナースとの出会い

赤ちゃんの生後6週目頃には助産師のケアを離れて、プランケットナース(【ニュージーランド子育て便り】第25回参照)という、地域の子どもたちの健診を請け負う看護師にケアが引き継がれます。6週目に引き継がれた我が家のプランケットナースは、もともとは助産師でもあった人でした。「どうしたの? あなた顔が真っ青よ」と声をかけられ、産後6週間目にして初めて私の体調を気にかけてくれる人に会うことができました。そして、このプランケットナースが「粉ミルク? もちろん問題なし」というスタンスの人だったため、より安心して粉ミルクで授乳できるようになりました。粉ミルクのメーカーについてや飲ませ方についてなども、堂々と相談できるようになりました。結局、その後息子は娘同様に、徐々に粉ミルクを飲まなくなってしまったのですが、私の身体のコントロール権を信頼関係のできていない医療者によって完全に奪われてしまった不快感は、長期にわたり授乳する度に思い出しました。

意外と仲間は多い模様

母乳育児に賛同して頑張っている人は良いとしましょう。しかし繰り返しますが、ニュージーランドでは、出産する病院の選択肢は多くありません。産科医クリニックでは、産後のケアを提供しますとはうたっていますが、母乳育児を推進します、とは書いてありません。もっと母親の体調や意見を尊重して、個別の対応をしてもよいのではないかと思います。私が時々「ニュージーランドの母乳プレッシャーちょっといきすぎていると思いませんか?」と問うと、賛同者の多いこと! 「イギリスでは勝手に病院がミルクをあげてくれて、出産した日は寝ていることができた」「ドイツでは出産したお母さんに、休みたいか母乳をあげたいかの選択肢を与えてくれる。こんなに妊婦の意見を聞かない、黒か白の母乳強要国は聞いたことがない。私は双子を出産して、上にも子どもがいて、母乳と粉ミルクの混合育児にしたいと決めていたのに、ニュージーランドでは双子でも病院でミルクを与えることが許してもらえず辛かった」などなど。とはいえ、公式に国が「母乳が一番です」と宣言しており(注2)、それに沿うサポートを推奨しているので、これに沿わない発言は大きな声では言えません。プランケットナースが主催してくれた小規模な集まりでは、あるナースが小声で「いい? 粉ミルクは使っていいのよ? それより身体が一番」と、全員に向けてささやいてくれました。参加者は5名ほどでしたが、みんな母乳プレッシャーへの不満を打ち明けることができました。「私は教員をしているけど、子どもが入学する時にその子が母乳で育ったか粉ミルクで育ったかなんて、聞いたことも考えたこともない。本当にこのプレッシャーはナンセンス」「私の子どもは双子なので、母乳だけで育児しようなんて、はなから思わなかったことが良かった」等々。

私自身の反省としては、日本にいた時のような「柔軟」な対応をすることこそが、自身の健康や赤ちゃんのために良いと信じていたことです。しかし、海外においては、私の柔軟な姿勢は粉ミルクを与えるという決意が弱い母親に見えてしまい、母乳を推奨する強い説得をされてしまったのかなとも思います。「私は粉ミルクを与えると決めているのです。」と強く宣言すれば、説得されず尊重されたかもしれません。笑ってしまうのは、30代後半、40代前半の私と同世代のニュージーランド人の多くは、粉ミルクを飲んで育っているということ。そして彼らは元気です。時代と共に母乳育児が推奨される風潮も変化するのでしょう。私の出産した病院は、WHOの「赤ちゃんに優しい病院」(完全母乳推奨)(注3)と銘打っていました。「赤ちゃんに優しい病院」が完全母乳推奨という意味すら私は知りませんでした。この「赤ちゃんに優しい病院」率も、完全母乳育児率もニュージーランドは増やしていく方針ということですが、私としてはいずれ今の強すぎる母乳プレッシャーも是正されていくといいなと思っています。


注1https://www.plunket.org.nz/assets/PDFs/Breast-feeding-Data-2010-2015.pdf
注2https://www.health.govt.nz/your-health/pregnancy-and-kids/first-year/helpful-advice-during-first-year/breastfeeding-perfect-you-and-your-baby
注3https://www.babyfriendly.org.nz/

筆者プロフィール
村田 佳奈子

日本で7年間企業に勤める。退社後、2012年4月よりニュージーランド(オークランド)在住。
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