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67. 脳を育てるために何が必要か?

要旨:

子どもの脳神経の発達には「遺伝子」と「環境」と「栄養」の全てが重要である点を強調する。脳神経は妊娠中・授乳中・幼児期・成長期を通じて生涯発達を続けるシステムなので、栄養に対する注意も必要である。その中で特に、脳神経のミエリン化に必要不可欠なn3系の不飽和脂肪酸を取り上げて、アラキドン酸カスケードとの関連から解説する。n3系の油脂を多く含む食品を摂取すると共に、妊娠中・授乳中・幼児期を通じて栄養に留意することが子どもの脳神経発達においても重要だと考え、今後の研究発展に期待すると結論づける。
子育ての脳科学の連載も終了が近づいてきました。今回はわかりやすい内容で子育ての興味の中心でもある、子どもの脳を育てるには何が必要かについて考えてみようと思います。

子どもの脳を育てる、換言すれば良い知能や運動神経機能を育む条件とは何かについて、小児科医の立場から提言するならば、私は遺伝子+環境+栄養が重要であると考えています。遺伝子につきましては未解明の部分が多く、遺伝子を持っていても遺伝子が機能を発現するかどうかについては、環境の刺激が重要な要素であることが現在多くの遺伝子で解明されています。つまり、遺伝子は環境と切っても切り離せないセットとして考える必要があるのです。 子どもの脳は生か育ちかという問いへの答えとして連載の初期、第8回の中で私は『脳は遺伝子に従って神経回路を作り、子育ての環境が作られた神経を壊してゆきます。脳はこの全部のプロセスによって子どもの人格を作ってゆきます。だから人生最初の6年間は何よりも大切ですが、その後の20年間も同じぐらい大切なのです』子どもの心を育てるのは生まれてから成人するまでの全期間を必要とする壮大な作業なのです。と解説しました。 そしてその後の59回にわたる連載を通じて、この内容を詳細に検討してきました。その結果、私は確信を持って同じ言葉を繰り返すことが出来ます。それと共に、第2回に述べた「脳は生涯成長を続ける」についても間違いない事実であると結論できます。 約2年半の連載を通じて結局最初の結論に戻ることになったのは、その内容が真実であることの最高級の証明だと思います。遺伝子と環境の相互作用の中から子どもの脳神経の機能が育ってくることと、その成長が生涯持続されることを長期間の連載の中で様々な方向から検討してこられたのは、何よりも多くの読者の皆様の熱心なアクセスが私を支えてきたことを皆様に感謝しなければなりません。

子どもの脳の発達にとって遺伝子と遺伝子を発現させる環境刺激の両方が不可欠であることを解説してきましたが、もう一つ忘れてはならないことが栄養についてです。出生時の新生児の脳重量は約400gで、その小さな脳が成人の脳重量では1200~1400gにまで増大します。大脳の神経細胞数は約140億個で、出生後1~2か月までは増加し、それ以降は増加しません。ですから脳が3倍以上の重量に肥大する理由は、シナプスが増加して脳細胞自身が大きくなり、脳のミエリン化が進んで細胞間のネットワークが密になるのが主な理由です。 この脳重量の増加は乳児であれば母乳とミルクから、離乳期以後は食事からとる栄養が全ての原材料であります。ですからシナプスとミエリン化に必要な栄養素を十分にとることが脳を育てる上では大切な要素だと思われます。脳神経のシナプスとミエリンの成長については、第36回でも解説していますが、ミエリンは神経繊維の絶縁体の役割を果たすグリア細胞の成長によるもので、主に不飽和脂肪酸という油脂成分が原材料になっています。シナプスの発育には神経細胞の材料となるコレステロール等の油脂やタンパク質アミノ酸が重要であります。 私は長く乳児のアレルギーを診療してきましたが、食物アレルギーで食事制限をする場合には乳児の脳発達を十分考慮した上での食事指導が必要であると思われます。脳のミエリン化にはn3系と呼ばれる油脂が必要で、n3系油脂の多い食物はアレルゲンとして除去される場合も多いので注意を要します。n3系の油脂とn6系の油脂は体内ではアラキドン酸カスケードと呼ばれる代謝経路で共通の分解酵素で代謝されています。そのためにn3系の油脂とn6系の油脂のバランスが大切で、n6系が多すぎると炎症喚起物質が体内で増えてアレルギー性炎症のみならず動脈硬化の原因の血管上皮炎症の増加を招くことが懸念されています。アラキドン酸カスケードと炎症性物質の詳細は他書に譲ることにして、結論としましてはn3系油脂とn6系油脂の比率が高い食品をとることが効果的な栄養方法といえます。

とはいえ、n3系油脂とn6系油脂が乳児の脳神経発達に与える影響については研究が十分進んでいないのが現状です。医学論文としては未熟児に対してn3系油脂を与えたところ脳神経機能の発達が良くなったという報告があります。*1

またその一方で、成熟出産児に対してはn3系油脂が脳神経発達に対して特に良い影響を与える証拠が無いという報告もあります。*2

次に示すのがn3系油脂とn6系油脂の比率が高い食品群で、乳児期にも母乳栄養であれば母親の食事で、離乳後は幼児食でこの比率に配慮した食事を取ることが理論的には良い結果を生むと私は考えています。

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  この表の上部に位置するナッツ類はアレルギーの原因になりやすいとして、授乳中の母親や乳児期には食べない方が良いとの意見がある一方で、脳神経発達のことを考慮すると必要以上の油脂類の制限は逆に好ましく無いとも考えられるので、食事アレルギーの生活指導は小児科医の悩みの種でもあるのです。今回は乳児の栄養について、その一端であるn3系油脂について中心に考えましたが、いずれにしても妊娠中・授乳中の母親の食事と乳幼児食の栄養のあり方が子どもの脳神経発達に与える影響については、今後のさらなる研究発展が期待される分野であります。



*1
"Neurodevelopmental Outcomes of Preterm Infants Fed High-Dose Docosahexaenoic Acid - A Randomized Controlled Trial" : JAMA. 2009;301(2):175-182. doi: 10.1001/jama.2008.945

*2
"Feeding preterm infants milk with a higher dose of docosahexaenoic acid than that used in current practice does not influence language or behavior in early childhood: a follow-up study of a randomized controlled trial." Am J Clin Nutr. 2010 Mar;91(3):628-34. Epub 2010 Jan 6.
筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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