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8. 子どもは生まれか育ちか?

要旨:

脳は遺伝子に従って神経回路を作り、子育ての環境がその作られた神経を壊していく。脳はこの全部のプロセスによって子どもの人格を作っていくのである。人生最初の6年間は何よりも大切ですが、その後の20年間も同じぐらい大切なのである。子どもの脳と心の発達には個人差が大きいことと、子どもの性格や能力を決めるのは遺伝的要因と子育ての環境の両方が重要であることが本節の強調したところである。

「サイレントベビーは今もいる」の中で書きましたが、笑いを失った赤ちゃんが増えてきているという臨床小児科医としての私の直感がもしも正しいとすれば、赤ちゃんが笑わなくなると言うこと、拡大して言えば、子どもの性格や脳神経の働き全体は、周囲の環境によって左右されていると言ってもいいのではないでしょうか?なぜならば、アレルギー病の場合と同じことで、確率的に考えて人類の遺伝子が多くの家系の人々で、短期間に一度に同じ方向に変化するとは考えにくいからです。

「ウチの子ども落ち着きがないけど心の病気なのかしら?成績が悪いのは親の育て方と関係あるのかしら?読み書きが苦手なのは学習障害という脳の病気なのかしら?」子育てを巡る親たちの悩みの種は、どうすれば頭のいい子どもに育つのか?素直で穏和な性格と、力強い判断力と行動力を持った理想的な大人に育てるには、子どもをいかに育てればいいのだろうか?と悩ましくも欲深い子煩悩が大部分を占めています。

ウチの子どもアトピーみたいなんです、と悩んだ末に私のクリニックに来る子どもの大半は実はアトピー性皮膚炎ではありません。かなりの部分に他の病気が混じっていて、なかには「子どもをアトピーと思いこんでいる」だけの場合も結構あります。脳と心の病気でも同じことが言えます。歯の生える順序と時期が子どもによって大きく異なるように、脳の発育の時期と順番も平均値の上下に広い正常範囲があります。言葉について言えば、1歳前で話し始める子もいれば、3歳過ぎに話し始める子もいて、どちらの場合も正常に育つのがほとんどです。子どもを脳や心の病気と思いこむ、「子育て不安」に陥らないために、一緒に子どもの脳の発達の勉強を始めましょう。 

"Nature or Nurture?"「子どもは生まれか育ちか?」と言う巨大な疑問は、1960年代から米国で始められたヘッドスタートと呼ばれる社会的弱者層への就学前教育プランの中で繰り返し論争されて来ました。ヘッドスタートという言葉を初めて聞いた方もいらっしゃるでしょうから、皆さんもよくご存じのテレビ番組『セサミストリート』がここで生まれました、と説明すればわかりやすいでしょうか。 "Nature or Nurture?" それは言い換えれば「生物の行動は全て遺伝子が決めるのか?」あるいは逆に「子どもの心は純白の石版か?」と言う論争であるとも言えます。両方の勢力の信奉者は自分たちの仮説を裏付ける実験結果を次々と世に送り出し、その度に「全ては遺伝子で決まるから無駄だ」あるいは「全ては3才までの環境で決まるからもう手遅れだ」という両極の悲観論から、「私に1ダースの健康でよく育った乳児と、彼らを養育するための私自身が自由にできる環境を与えてほしい。そうすれば、そのうちのひとりを無作為に取り上げて訓練し、私が選ぶどのような型の専門家にでも育てる事を保障しよう」という極端な育児至上論と、「文明の影響のない時代の人間はみんな素直で純白の精神を持っていたのだから、子どもは放ったらかしの方が上手に育つものだ」と言う楽天的ユートピア論の間を目まぐるしく右往左往してきました。論争が何度も揺れ動く度に、育児が思うように行かない親たちは「ヤッパリどんなに頑張っても無駄だ」と言う絶望の淵と、「頑張らない方が良い子に育つんだ」と言う天然放置主義の間を転げ回って来ました。そして私自身もこの極端な論議の中をグルグル回り、あちこち衝突して親子で青あざ赤あざだらけになりながら子育てを続けてきた父親の1人です。

子育てが上手く行かない親子の悩みの理由の大半は、心の問題のようです。養育者が子どもの心の成長で熱望する点は、「我が子を人間性の豊かな人格者に育てたい」と集約できます。「子どもは生まれか育ちか?」の問いに対する私の答えは、いきなりの結論ですが、『脳は遺伝子に従って神経回路を作り、子育ての環境が作られた神経を壊してゆきます。脳はこの全部のプロセスによって子どもの人格を作ってゆきます。だから人生最初の6年間は何よりも大切ですが、その後の20年間も同じぐらい大切なのです』というものです。子どもの心を育てるのは生まれてから成人するまでの全期間を必要とする壮大な作業なのです。このことを養育者に伝えるのが、私の今の使命だと思っています。ここまでの連載で「ヤッパリ難しくて理解できない」などと諦めないで、少しずつ噛み砕いてやさしく書き進めますので、ぜひ投げ出さないで最後まで読んでくださいね。それが私達小児科医の誇りと喜びにつながるのですから。

この節で強調したいポイントは、子どもの脳と心の発達には個人差が大きく、何歳何ヶ月になったら何ができるという平均値は、最低これは出来ないと異常だという基準とは同じではないということと、子どもの性格や能力を決めるのは遺伝的な素因と子育ての環境の両方が影響して、子育てへの養育者の正しい努力は、長い時間をかけて徐々に発達する子どもの脳のなかで必ず報われるだろうという2点です。


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(画像は本文とは関係がありません)

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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