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動物介在教育(Animal Assisted Education)の試み (5)

要旨:

子どもと動物に関する研究の中で、動物は子どもの発達に重要な役割を果たすことができるという意見がある。また教育の現場においても動物の世話を日常的に行うことで、子どもは人間が動物に責任を持つことの初歩を学ぶことができるといわれている。こうした動物からの恩恵、特に犬を学校に介在させることの教育的効果が最も顕著に表れたのは、学校犬バディの出産というチャレンジだった。「いのち」に対するリアリティが欠如しつつある現代社会において、子どもたちが「いのち」にふれる体験をした経緯についてまとめた。

新しい「いのち」の誕生にふれる

子どもと動物に関する研究の中で、動物は子どもの発達に重要な役割を果たすことができるという意見がある。また教育の現場においても動物の世話を日常的に行うことで、子どもは人間が動物に責任を持つことの初歩を学ぶことができるといわれている。動物との共生が子どもたちの情緒的な発達において、なんらかの効果があるということは研究者でなくても、動物と子どもの関わりを日常的に見てきた親や教師ならば、経験的に知っていることだろう。また動物と一緒にいることから受ける教育的効果や影響力がもっとも強い時期は、児童期中期(8~10歳)くらいともいわれている。

こうした動物からの恩恵、特に犬を学校に介在させることの教育的効果が最も顕著に表れたのは、やはり学校犬バディの出産というチャレンジだっただろう。「いのち」に対するリアリティが欠如しつつある現代社会において、子どもたちが「いのち」にふれる体験をした経緯についてまとめてみたい。

 

report_02_95_1.jpg出産と育児

犬の性成熟は1歳前後から始まり、ヒート(発情期・生理)期間中には陰部からの出血もみられる。通常、雌犬を介在活動などに使用する場合には、ヒート期間中に情緒不安定になったり、気が荒くなったりということから生じるトラブルを避けるためにも、安全対策としても施設などでの介在活動には使わない。しかし、バディの場合は言葉は不適切かもしれないが、子どもたちへの「生きた教材」として包み隠すことなく、あえて授業への参加を続けた。ある日、教室にバディの血が数滴落ちているのを見つけた子どもが「きゃあ、先生たいへん!バディがなんか怪我してるみたい!」と大慌てで訴えてきた。生理用のオムツをはくことを嫌がったため、そのまま教室へ連れて行ったため血が落ちてしまったのだった。どうして陰部から出血しているのか、「これは生理といって、赤ちゃんを産むためには必要なことで、病気や怪我ではないので心配しなくていいんだよ」と話しながら、犬の生理は6カ月周期であることや、妊娠期間が2カ月間であること、犬の寿命(ライフサイクル)についても教えることができた。

「動物介在教育」というプログラムの学内での認知度が高まり、プログラムが軌道に乗り始めた2006年4月、学校犬バディは初めての出産に挑戦した。 犬の出産では、交配日から約1カ月後に超音波検査によって胎児の心拍を確認し、妊娠を知ることができる。この検査の様子もビデオで詳細に記録し、全校の子どもたちに報告した。バディは妊娠中も出産直前(1週間前)まで出勤を続け、授業にも出席していた。子どもたちは、日々大きくなるバディのお腹を見守りながら、新しい「いのち」の誕生を今か今かと心待ちにしていた。バディはこの繁殖で12頭(うち1頭は亡くなる)を出産した。それぞれ生後3週齢と、早い段階から子犬も学校へ登校させ、バディ・ウォーカーの子どもたちを中心としながら、子犬育てを体験させることができた。また授業の中でも、クラス担任と一緒に、低学年の生活科や総合といった時間を利用して獣医師をゲストティ―チャーとして迎え、聴診器で子犬の心音を聞いたり、ワクチンの接種を手伝ったりする体験学習を行った。毎週のように大きくなる子犬の体重の変化を計測するのも子どもたちの楽しみの一つだった。


report_02_95_2.jpg子犬の出産という出来事は、子どもたちに、いくら言葉を尽くしても実感することの難しい「いのち」への感性を伝えてくれた。ぬいぐるみのようにかわいい子犬たちを抱き上げたときのぬくもり、重さ、母犬が子犬の授乳をする姿。母犬が子犬の肛門を舐めることで、排泄を世話をする姿。子犬の独特の乾草のような匂いと、排泄物の臭い...。愛くるしい子犬たちがバディのお乳を飲む姿を見て、日に日に成長する生命力の強さを感じ、排泄物の処理の大変さ、自由奔放に振舞う子犬たちに悩まされながらも、子どもたちにとっては「いのち」に触れるという忘れられない貴重な体験となったことだろう。学校犬バディの出産は、まさに「いのち」を実感する取り組みとなった。


report_02_95_3.jpg<子犬の世話を体験したバディ・ウォーカーの日記より>

20分休み、まず子犬たちを起こします。そしたら子犬たちはオシッコとウンチをします。そしてみんなが終わったかどうか確認します。ここからが戦いです。ウンチはもう強烈にくさいです。子犬たちをケージの中に入れて、掃除が始まります。ウンチをとってペットシーツを取って拭いて・・・、そして新しいシーツをしきます。そうしたら、子犬たちをケージから出して20分休みは終わり。子犬たちはバディのところに行ったらお乳を飲むのですが、バディは嫌そうな顔をするので、かわいそうだと思いました。

そして、お昼休み。また子犬たちを起こします。そして作ったご飯をあげます。そしたら子犬たちは一斉にパァーと駆けつけてきて、手をお皿に突っ込みながら食べるので、「食欲あるなぁ」と思いました。そしてご飯を食べ終わると、子犬たちは体中、餌で汚れています。だから私たちは1頭ずつ、濡れたタオルで拭きます。私は子犬たちの食器洗いをしました。その後は・・・、ウンチとオシッコです。これも20分休みと同じように片付けました。バディは子犬たちがご飯を食べている間、小さなケージの中でご飯を食べていたので、またかわいそうと思いました。「バディこれからもがんばってね。お母さんって大変だね」(6年H.E)


report_02_95_4.jpg子犬育てに関わった子どもたちの多くは、子犬の成長を通して深い情緒的経験を得ることができたのではないだろうか。日記の最後が「お母さんって大変だね」という言葉で締めくくられていることも、それを示唆しているだろう.

「いのち」のバトンタッチ

エアデール・テリアの平均寿命は12~14年。バディも6歳となり犬の人生でいえばちょうど折り返し地点を過ぎようとしていた。高齢となる前に、後継犬のことも検討しようということになり、介在犬となりうる犬種の選定をはじめた。当初は訓練性能の高いジャーマン・シェパードや運動能力の高いオーストラリアン・シェパード、抜け毛の少ないスタンダード・プードルなど候補に検討していたが、教員や子どもたちからは他の犬種の犬をどこかから買ってくるのではなく、後継犬にはバディと血のつながった犬がいいという強い希望があった。

いろいろ思案の末、バディの後継犬を残すために二度目の繁殖に挑戦した。すべてのクラスの授業に連れて行き、全クラスの子どもたちにバディが授乳する様子などを見せた。6年生の授業では獣医師の協力のもと、実際に妊娠中には教室でバディの超音波検査を行い、お腹の中の胎児を見ることができた。また、出産直前の巣づくり行動、出産シーンでは子犬を包んでいる羊膜をはがし、へその緒を上手に噛み切って、産まれたばかりの子犬を舐めてやりながら呼吸を促す様子などをビデオ撮影し、「いのち」の誕生の瞬間を子どもたちと共有することがでた。

グビッグビッと音を立ててお乳を飲む子犬たちの懸命に生きようとする姿や、我が子を慈しむような眼差しで見つめる母親としてのバディから、彼女たちは多くのことを感じ、学んだことだろう。授業が終わり、教室を後にするバディと子犬たちに「バディ、ありがとうね!」と声をかける子どもたちの優しい声に、胸が熱くなった。

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<児童の日記より>
 
report_02_95_7.jpg今日は、せい書の時間にバディのあかちゃんをとくべつに見せてもらいました。バディがいつもせい書にくるバディではありませんでした。なんでかというとバディはあかちゃんをうんでせいいっぱいだからです。でもあかちゃんがうまれてバディはすごくすごくうれしそうなかおをしていました。それはみたこともないぐらいです。わたしは「おかあさんになったなぁ」と思いました。 そしてあかちゃんはくちをあけてあくびをしているときはとてもかわいかったです。「この中からバディのかわりになるこが出てくるんだなぁ。でも5人とも学校にいてほしいなぁ」と思いました。バディがあかちゃんをうんだところをうつしたビデオもみせてもらいました。バディがあかちゃんをうんだあとあかちゃんについたヌルヌルいっしょうけんめいなめているところをみて「バディはがんばったんだなぁ」とかんどうしました。バディがかえるとき、「おつかれさま」と心の中で言いました。バディのあかちゃんとってもかわいかったです。(2年生Y.N)

バディの後継犬

4頭生まれた子犬の中から、学校犬として1頭を選び出し、バディと一緒に登校し授業にも参加している。子犬の名前は全校の児童に呼び掛け、200件以上のアイデアの中から「リンク」と名付けた。

≪命名してくれた児童の応募用紙より≫

「わたしは『絆』という言葉が大好きです。Linkには、人々を結びつけるとか、つながり、きずな、などの意味があります。またとても覚えやすく、呼びやすい言葉なので、名前にはとてもいいと思います。」(5年生S.Rさん)

子犬の名前募集では、どんな名前が出てくるのか、楽しみと同時に人任せにすることに不安もあった。しかし、応募のあった名前はどれもかわいらしくて、それぞれに願いや思いの込められた素敵な名前ばかりだった。

その中で一番、心に響いたのが「絆」という言葉。バディを通していろんな人がつながり、結ばれて今がある。「たのしみ」「いのち」「ぬくもり」「愛情」そして「きずな」...。

これからの6年間はバディという犬の生涯では「老い」というテーマを、リンクにおいては成長していく「いのち」を子どもたちの教育環境のなかに組み入れていくことができるだろう。


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筆者プロフィール
吉田 太郎 (立教女学院小学校 宗教主任)

1973年京都に生まれる。同志社大学神学部卒業、同大学院歴史神学専攻修士課程修了。神戸国際大学付属高等学校宗教科講師を経て、99年より現在の立教女学院小学校に宗教主任として奉職。2003年よりエアデール・テリアのバディとともに新しい教育プログラム「動物介在教育(Animal Assisted Education)」を実践。
バディの学校生活の様子はブログで紹介
http://blog.livedoor.jp/schooldog/

著書
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子どもたちの仲間 学校犬バディ 動物介在教育の試み





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