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動物介在教育(Animal Assisted Education)の試み (2)

要旨:

「学校犬」は、当初は前例のない取り組みであり、教育的な効果がどれほど期待できるのかさえわからない状況であったため、しばらくはトライアル(お試し)期間とし、なんとか学校への犬の受け入れの許可を取り付けた。AAE(Animal Assisted Education)プログラムの導入当初には、学校が犬を受け入れることに対して懐疑的な意見もあったが、トレーナーや獣医といった専門家の協力を多く得て,多くの保護者が犬を教育の現場に介在させることの効果を目の当たりにし応援をしてくれるようになっていった。

学校犬となるために

動物を通して生命のぬくもりを感じる。教育の現場に動物を介在させ、子どもたちの心の成長に寄与する。そんな目的から2003年より東京都杉並区にある立教女学院小学校では犬のバディ(エアデールテリア)が毎日登校し、子どもたちと一緒に学校生活を送っている。

当初は前例のない取り組みであり、教育的な効果がどれほど期待できるのかさえわからない状況であったため、しばらくはトライアル(お試し)期間とし、なんとか学校への犬の受け入れの許可を取り付けた。AAE(Animal Assisted Education)プログラム導入の第一歩は、実験的取り組みと位置づけることでスタートさせることができた。


「バディ・ウォーカー」

生後二ヶ月半の子犬は教員室の一角に専用の小部屋、通称「バディ・ルーム」を与えられ、学校という環境に慣らしていった。

犬の世話は6年生の中から有志を募り、当番制で朝の餌やりから排泄の世話、部屋の清掃などを分担して行っている。彼らは「バディ・ウォーカー」と呼ばれ、ボランティアグループとしてバディの学校生活のサポートを行っている。彼らの活動は「飼育」とは呼ばず、あくまでもバディが学校生活を送るための「お手伝い」をすることを目的としている。例年、学年の半数近く、30数名が在籍しているが、正式メンバーとなるためには、ドッグトレーナーによるハンドリング講習会を受講し、犬の扱い方や世話の仕方について学ぶことを条件としている。子どもたちは協力しながら大型犬のハンドリングを修得し、初めは悪戦苦闘しながらも、散歩中の排せつ物の処理やトラブルなどへの対処を行っている。また定期的にドッグトレーナーの指導を受け、簡単な服従訓練などにも積極的に取り組みながら、バディとの信頼関係を築いていっている。


ドッグ・トレーニング

一般的に犬の世界ではテリア種は攻撃性が高く、子どもの手には負えないといわれることが多い。ラブラドールやゴールデンレトリーバーなどの犬種ならば、概ね子どもにも友好的な犬が多く、扱いやすいと指摘する専門家も少なくない。あえて犬種的には難しいとされるエアデールテリアを採用するメリットは、外見上の愛らしさに加えて、「人間にいちばん近い犬」と評される個性的なキャラクターであった。また子どもたちとの生活の中で、犬は鎖でつないで庭で飼うもの、あるいは抱っこしてぬいぐるみのように愛玩するもの、という価値観ではなく、犬と人とが仲間としてともに生きるというモデルに、エアデールテリアのキャラクターが合致すると考えたからだった。しかし、その理想を実現するためには犬のトレーニングが最も重要となる。介在動物としての犬のトレーニングはどのように行ってきたのか。試行錯誤を繰り返しながらの犬育てであった。

まず、小学校の教室での授業にも参加する犬になるためには、好き勝手に動き回ったり、無駄吠えしたりしてはいけない。ましてや、子どもたちに噛みつくようではプログラム自体が成立しない。目指したのは盲導犬や介助犬など、人間社会の中で受け入れられている犬のレベルであった。

犬のトレーニング方法には現在様々なメソッド(方法論)が存在している。主流となっているのが「陽性強化」といわれるオペラント法で、クッキーなどの餌をモチベーションとして、よい行動をとることでご褒美がもらえることを条件づけ、犬に学習させるという手法である。優良な家庭犬を育てるという目的では効果的であるが、イルカの調教のように餌を多用する手法にやや違和感を覚えた。対極にあるのが、昔ながらの警察犬の訓練風景などで目にするような懲罰を与えて犬に従うことを学習させる方法である。どちらも「教育」の現場では最適な手法とは思えなかったので、両方の良い所を活かしたトレーニング方法を教わり、施していくことにした。 餌やご褒美がなくても、こちらの指示にある程度は従えること、リード(引き綱)を使わなくても犬が自分で考えて判断し、喜んで仕事をこなすようになることを理想とした。ただし、学校犬としてのバディのトレーニングは、完璧を求めるのではなく、多少の失敗は許容しながら、子どもたちがたのしく犬との信頼関係を築いていくことを重視した。

ヨーロッパの多くの国々では犬と人間との歴史や関係が深く、犬が社会に調和しているように見受けられるが、それはすなわち子犬時代からのしつけや、トレーニングによるところが大きい。

大型犬を学校に介在させるために、必然的に取り組まなければならなかったドッグ・トレーニングであったが、子どもたちは犬育ての中から、責任を持って「いのち」を預かることや信頼関係を築いていくことの大切さを学んでいる。


専門家による協力体制

学校に犬を介在させるためには「健康管理」についても忘れてはならない。狂犬病や伝染病などのワクチン接種だけでなく、屋外で活動することの多い犬の体調面や、アレルギー体質の児童への対応策など、獣医師や小児科医など専門家による指導や支援を得ることが重要である。

年に数回はドッグトレーナーによる動物行動学の講習を実施、その他にも獣医師が子どもたち向けに特別授業を行い、犬の生態や病気の予防、適切な飼育方法などについてレクチャーを行っている。

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ある低学年向けの授業では、「犬と生活するために気をつけたいこと」をテーマにし、「犬は鼻がいいことで有名だけれども、それだけではなく、耳も人間の数倍よく聞こえるんだよ」というレクチャーを受けた。子どもたちは、犬は嗅覚に加えて聴覚も優れていることを学び、バディと接するときには声の出し方にも注意が必要であるということを知った。その他にも、「犬は言葉はしゃべれないけれど、いろいろなしぐさを観察することで犬が感じていることや、考えていることがわかる」ことや、犬の出す「カーミングシグナル」についても学んでいった。

学校生活を一緒に過ごすバディのこと、犬のことを知れば知るほど、子どもたちにとってバディは「かわいい」だけの存在ではなく、大切な「仲間」として捉えられるようになっていった。

動物介在教育のプログラムの導入に際して、飼育費用や運営費用は個人的に負担をすることで実験的な導入を果たしたという経緯から、当初は医療費や訓練費用などは自己負担で行ってきた。前例のない取り組みであること、犬の所有者は学校ではなく、私個人であることなどから経費の捻出については現在でも課題の一つであるが、そういった現状を知った獣医師から申し出をいただき、バディの医療費は数名の獣医師に協力をいただいている。健康管理などについてもいつでもアドバイスを仰ぐことができる体制にある。学校外でのネットワークや協力者を得ることでプログラムを安全かつ効果的に実施することが可能となってきた。今後は、費用の面や実施にまつわる経費を個人の負担に頼らずにどのように工面するか、ということが課題となるだろう。


学校行事への参加

子どもたちの「仲間」として育ってほしいと名付けられたバディであったが、犬を学校に常駐させるだけでは、あくまでもペット、飼育動物という存在でしかなく、本当の意味で子どもたちの「仲間」とは認識されないだろう。

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子どもたちが犬のバディをもっと身近に感じられるようにするために、積極的に学校行事への参加を続けた。軽井沢への林間学校(キャンプ)や遠足に同行、運動会やクリスマス会などにも参加をするようにした。すると、親元を離れて生活するキャンプでは、ホームシックになりがちな子どもたちを支え、遠足では歩くのが苦手な子どもを励ますような働きがみられた。学校行事への参加によって、子どもたちとバディの関係がペットと飼い主の上下の関係ではなく、友達のような横のつながりを持ち始めていくことに気がついた。

プログラムの導入当初には、学校が犬を受け入れることに対して懐疑的な意見もあったが、こうした活動を地道に続けていくことで、多くの保護者が犬を教育の現場に介在させることの効果を目の当たりにし、プログラムへの賛同が集まり、応援をしてくれるようになっていった。


筆者プロフィール
吉田 太郎 (立教女学院小学校 宗教主任)

1973年京都に生まれる。同志社大学神学部卒業、同大学院歴史神学専攻修士課程修了。神戸国際大学付属高等学校宗教科講師を経て、99年より現在の立教女学院小学校に宗教主任として奉職。2003年よりエアデール・テリアのバディとともに新しい教育プログラム「動物介在教育(Animal Assisted Education)」を実践。
バディの学校生活の様子はブログで紹介
http://blog.livedoor.jp/schooldog/

著書
report_gakkokenbuddy.jpg
子どもたちの仲間 学校犬バディ 動物介在教育の試み






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