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【発達障害児からみるやさしい世界】 第3回 友だちとうまくいかないタクヤくん~自閉スペクトラム症(ASD)児を取り巻く世界

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はじめに

「発達障害児からみるやさしい世界」の第3回は、自閉スペクトラム症(以下、ASD)児と周囲の世界について取り上げます。"発達障害傾向のある子どものために周囲の大人に何ができるのか"を考えることは重要です。なぜなら、大人から見える世界と子どもから見える世界が違うからです。子どもの視点に立ったかかわりをするには、各特性に基づいた子ども理解を深める必要があると考えています。このために、筆者の研究およびスクールカウンセラー経験にもとづきASD傾向のある子どもについて一緒に考えていきたいと思います。

前回お伝えしたように、周囲の環境がその子にとって不適切な状況であり続けると、二次障害が発現しやすくなってしまいます。最初に、ASD児にみられやすい二次障害の特徴、次にASD児をより理解するために、学校でのASD児の様子、周囲の子ども、保護者、教師の立場から1つの事例について一緒に考えていただければと思います。

ASD特性と二次障害

以前の「自閉症」「高機能自閉症」「アスペルガー症候群」を包括して、DSM-5(American Psychiatric Association,2013/2014)では自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害(以下、ASD)としてまとめられました。スペクトラムは、連続体という意味です。この言葉の示す通り、特性の有無は明確な基準によるものではなくなだらかな連続性があることが指摘されています(神尾,2017)。しかも、行動発現は、環境との相互作用(中西・飯田,2014)により異なってきます。遺伝子と環境との相互作用による発現様式は、「多因子疾患説(Neuman et al.,2007)」と呼ばれています。

診断基準にもなっているDSM-5によると、ASDの特性は以下2つに大別されています。

  • 社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の困難
  • 行動や興味や活動の限局された反復的なパターン

社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応の困難は、以下の特徴が挙げられます。

  • 相互の対人的-情緒的な関係を形成すること(たとえば、自然に話しかけたり、やり取りすること)が難しい
  • 非言語的コミュニケーション(身振りや手振り)を使うことが難しい
  • 関係性を理解し発展させていくことが難しい

行動や興味や活動の限局された反復的なパターンは、以下に代表されるような状態です。

  • 同じ行動や言葉の繰り返しや独特な言い回し
  • 同じ様式へのこだわり
  • 限定/固執された興味、音や光、感触などの感覚刺激に対する過敏または鈍麻

前回お伝えしたように、発達特性を一次障害とすると、二次障害は環境の中で後天的に生じるものであり、二次的問題と二次的疾患に大別されると考えられます。ASDの場合、たとえば二次的問題として、身体面(頭痛、腹痛、食欲不振、チックなど)、精神面(不安、抑うつ、不登校、引きこもりなど)、行動面(暴言・暴力など)に分けて示すことができます。二次的疾患としては、パニック障害、対人恐怖症、注意欠如/多動性症(ADHD)、限局性学習症(SLD)、うつ病、不安障害、発達性協調運動症 (不器用)、てんかん、睡眠障害、回避的-限定的摂食障害 (食へのこだわり)等が挙げられます。

二次障害ができる限り生じないようにするために、周囲はどのようなかかわりをしたらよいのでしょうか。それにはやはり、ASD特性をもつ子どもの物事の捉え方について、その状況とともに理解することが必要だと思うのです。それは、一見しただけでは難しく感じられます。特に他の子どもたちとの集団活動の場においては。

休憩時間の小さな行き違い

筆者が研究のため小学校5年生のクラスに伺ったとき、目の前で小さないざこざが起こっていました。

「もう少し移動してよ」
「いやだね!」

いざこざの発端は授業終了時に起こりました。3時間目の授業が終わって、次の道徳の授業までに、机を動かして班ごとに集まるよう、担任の先生から全体に指示があったときのことです。

「もう少し窓側に寄ってよ」

教室の半分から後ろの方で2人ずつ向かい合わせになり4人一組で班の形になっていたのですが、他の班の間に挟まれた1つの班の子どもたちの場所が狭く、2人の子どもは間に机を入れることができません。
このようにタクヤくんに訴えたのは、机を間に入れられないマキさんでした。私の目からみても窓側の班であるタクヤくんたちは明らかに全体に真ん中に寄っていました。マキさんは困って、すぐ近くにいたタクヤくんに、机を動かすように訴えたのです。先生の「早く班の形になって」という声も聞こえています。

タクヤくんが即座に返した答えは「いやだよ!」でした。もう一度マキさんは「え? 少しでいいから窓側にもう少し移動してよ...」と言いましたが、タクヤくんは「いやだね!」と断りました。小さな声で「なんで...。こっちに寄ってるくせに...」と言いながら諦めたマキさんは、廊下側の2つ班に移動を頼みました。廊下側の班の子どもたちは一瞬「なぜ、窓側の班が真ん中に寄っているのに自分たちが狭い場所に移動しないといけないの?」という感じで黙っていましたが、窓側の班を見るとなにか理解したようで、何も言わずに、ぎりぎりまで壁側に移動しました。
後ろの班は明らかに4班とも廊下側に寄っていましたが、先生は黒板の近くで授業の準備と子どもの対応に忙しく、このやり取りを見ていませんでした。

この状況を把握したうえで、それぞれの立場からの見方を考えてみたいと思います。

マキさんの視点

「もう少し窓側に寄ってよ」と頼めば、間に机が入らない状況をタクヤくんが理解して、すぐ移動してくれるはずだと思ったのではないでしょうか。なぜなら、廊下側の班の場所はすでに狭くなっていて、その狭い場所に入るには、2つの班の8人全員が少しずつ移動しなければなりません。場所に余裕のある窓側のタクヤくんの班は3人なのでずっと動きやすく、移動してもらおうと考えるのは当然だといえます。
でも、タクヤくんは即座に2回とも断りました。マキさんの気持ちは、小さなつぶやきに表れています。「なんで...。こっちに寄ってるくせに...」。

納得いかない思いと不満が感じ取れましたが、その後マキさんは反論せず、廊下側の2つの班の8人に移動を頼んでいました。小さな出来事でしたが、周囲から見ると当然と思われる場所移動をタクヤくんが拒んだために、他の子どもの小さな不満と諦めのうえに、表面上は何事もなく済んだという状況に見えました。

タクヤくんの視点

近くの子どもからすると、「タクヤくんの班が真ん中に寄ってる」し、「3人班なのだから移動も早くできる」と考えるのが自然でしょう。
しかし、タクヤくんは明らかに怒っていました。なぜ怒っていたのかを、あとで考えてみました。
推測になりますが、タクヤくんからみた状況はこんな感じではないでしょうか。

「何言ってるの? もうこっちはちゃんと班になっているのに! 同じ頼むなら、こっちじゃなくて向こうの班に頼めばいいでしょ?! なんでこっちばっかり!」

マキさんの意図が読み取れないと、どちらかの班が移動しないといけない状況に対し、「自分ばかりに何度も言ってきた!」となってしまいます。タクヤくんからすると人の気持ちが分からないのは、むしろマキさんの方だということになるかもしれません。だから、即座に断ったのではないかと感じました。

担任の先生の視点

あとで担任の先生と話をする機会があり、上記の内容をマキさんとタクヤくんの両方の立場から伝えると、以下の内容について話してくれました。

「最近も小さなトラブルはいくつかあるのですが、どれも友だちの気持ちが分かりにくいところからきているようです。ただ、今は保育園から一緒の子どもたちも何人かいるし、またクラス全体の理解もあって周りの子たちはあまり気にしていないようですが...。本人にも、折をみて相手の気持ちを伝えるようにしていて、そのときには『分かりました』と言っていますが、その後も同じようなことが何度もあるのでどうしたらよいのか悩んでいます。また、この先中学、高校と進む中で周囲の理解が得られていくのかを心配しています...」

保護者の視点

担任の先生に伝えられた保護者の気持ちは以下の内容でした。

「これまでも担任の先生から何度か、うちの子が他の子の気持ちがわからずトラブルになっていると言われましたが、子ども同士はトラブルがあって当然だと思うんです。トラブルの中でそれぞれが学んでいきますし、そもそも喧嘩両成敗でどちらかが一方的に悪いということはないと思います。うちの子も悪いことはわかりますが、なぜうちの子ばかり言われるのでしょうか・・。もう少し公平に見ていただきたいです」

小さな出来事の積み重ねが、タクヤくんの友だちとのいざこざにつながっているように感じました。これまで私がカウンセリングでお話を聞いたASD特性をもっている方はほぼ全員が、"本当は友だちがほしい"、"気の合う友だちがいたらどんなにいいだろう"と思っていました。

今までのカウンセラー経験から、友だちとうまくいかない悩みはとても大きいと感じています。このような悩みに関して、まずは誰にも言えない気持ちを周囲の大人の誰かが聴いて、一緒に考えることから新たな方向性の第一歩が始まると思います。ここから少しずつ、他者への信頼形成が段階的に進み、その先にある関係性の構築につながると感じています。

その一人に誰がなれるのか。このことを私たち大人は問われている気がするのです。


参考文献

  • 神尾陽子 (2017). 自閉スペクトラム症の疫学―早期診断・支援に向けて. 精神科臨床 Legato,3(3),132-136.
  • 中西葉子・飯田順三 (2014). 注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害. 神庭重信(総編集),神尾陽子(編集).DSM-5 を読み解く1:伝統的精神病理 DSM-IV, ICD-10をふまえた新時代の精神科診断. 神経発達症群, 食行動障害および摂食障害群, 排泄症群, 秩序破壊的・衝動制御・素行症群, 自殺関連 (pp75-85). 中山書店.
  • Neuman, R. J., Lobos, E., Reich, W., Henderson, C. A., Sun, L. W., & Todd, R. D. (2007). Prenatal smoking exposure and dopaminergic genotypes interact to cause a severe ADHD subtype. Biological psychiatry, 61, 1320-1328.
  • American Psychiatric Association. (2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.(高橋三郎・大野 裕,監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村 將・村井俊哉, 訳)医学書院.(American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. Text revision DSM-5 (5th ed.))
  • 角南なおみ (2022). 発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり. 今井出版.
筆者プロフィール
角南 なおみ

帝京大学文学部心理学科 准教授。専門は,教育心理学,特別支援教育,学校臨床心理学。公認心理師, 臨床心理士, 臨床発達心理士。子どもに還元する研究を目指し,“発達障害を含む多様な子どもと教師の関わり”について多方面から検討している。 好きな場所は,大学,図書館,カフェ。

著書に「発達障害における教師の専門性」(学文社),「発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり」(今井出版),共著に「教育相談:やさしく学ぶ教職課程」(学文社),「これからの教師研究:20の事例にみる教師研究方法論」(東京図書),「自己理解の心理学」(北樹出版)などがある。

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