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【発達障害児からみるやさしい世界】 第4回 漢字が覚えられないミサちゃん~学習障害/限局性学習症(LD/SLD)児を取り巻く世界

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はじめに

「発達障害児からみるやさしい世界」の第4回は、学習障害/限局性学習症(Learning Disorder/Specific Learning Disorder:以下、LD/SLD)児とその世界について取り上げます。この連載では"発達障害傾向のある子どものために周囲の大人になにができるのか"という観点を重視しています。なぜなら、発達障害は脳機能の偏りであり、治癒を目指すのではなく、環境との相互作用としての身近な大人を含む周囲とのかかわりこそが重要だと考えられるからです。障害名の分類を知っていることと子どもの視点に立って考えることとは違います。特性をもつ子どもの理解に基づくかかわりを行うために、筆者の研究およびスクールカウンセラー経験をもとに、LD/SLD傾向のある子どもについて一緒に考えていきたいと思います。

LD/SLD特性と二次障害

以前の「学習障害」という名称が、DSM-5(American Psychiatric Association, 以下APAと表記,2013)、DSM-5-TR(APA,2022)では「限局性学習症」に変わりました。知的な遅れがないにもかかわらず、基本的学業技能を獲得することが困難な状態を指します。具体的には、読字(文字を読むことの困難)、書字(文字を書くことの困難)、算数(計算や数学的な推論の困難)に分けられます。ここで注目したいのが「知的な遅れがない」という点です。つまり、IQなどで示される知的能力には問題がないにもかかわらず、読み・書き・計算等の1つ以上の領域において著しい困難が認められるということです。以下に具体的内容をお示しします。

読字の困難

  • 文字を一つ一つ拾って読む(逐次読み)
  • 単語あるいは文節の途中で区切って読む
  • 読んでいる内容の意味理解が難しい

書字の困難

  • 形の似た字を間違えて書く
  • 漢字を部分的に間違う
  • 考えを文字として正確に書くことが難しい

算数の困難

  • 数字の概念理解が難しい
  • 簡単な計算ができない
  • 数学的な考え方を使って問題を解くことが難しい

これまでお伝えしたように、周囲のかかわりを含めた環境がその子にとって不適切な状況であり続けると、二次障害が発現しやすくなります。二次障害を二次的問題と二次的疾患に分ける場合、LD/SLDでは特に精神面に関する二次的問題(抑うつ、意欲の著しい低下、不登校、引きこもりなど)が挙げられます。エネルギーが外に向く外在化問題ではなく内に向くような内在化問題がみられ、表面化しにくい悩みの深さが推し量られます。 子どもの思いを知り二次障害を防ぐために、LD/SLD児ミサちゃんについて一緒に考えていただければと思います。

漢字が覚えられない

当時小学6年生のミサちゃんは、小学校入学当初から漢字の定着が難しいことが学校で引き継がれていました。授業中は先生やお友だちの話も聞けて発表もしっかりできますし、家では保護者と一緒に宿題も頑張っていましたが、特に漢字の定着が難しい状態でした。

頑張ってもできない...ミサちゃんの視点

私は文字を書くことが苦手です。授業で黒板や教科書をノートに写すとき、他の子だったらすぐに書けると思いますが、私の場合、読んだ文章を覚えても文字にするときに漢字を思い出すことに集中してしまうので、途中で何の文章を書こうと思っていたのか分からなくなることが多いです。見た字をそのまま書けばいいと言われますが、それがとても難しいです。漢字を覚えていないので、一画一画見ながら確認して書く感じになります。何度も書いた簡単な漢字以外はなんとなく書いてしまうので、線が一本抜けていたり、形は似ているけど少し別の部分を書いたりしてしまいます。本を読むことは好きで、漢字も読めますが、書こうとすると難しいです。ノートも文章も漢字で書かないといけないので、時間がかかり、とても疲れます。字の形も取りにくく、枠からはみ出ることも結構あります。急いで書こうとすると平仮名が多くなり、しかも雑になるので、よく注意されます。頑張ってもできない自分が嫌になり、どうしたらよいか分かりません...。

どうして漢字だけ...担任の先生の視点

学校では授業もきちんと聞いているし、色々なことに時間はかかりますが、頑張っています。穏やかで友だちと大きなトラブルがあるわけでもなく、特に困っているように見えません。ただ、テストでは前の日に保護者さんと一緒に練習していた漢字が次の日になるとなぜか書けないんです。理解力もあるし、宿題もしっかりしてきているのですが...。

もう1つ気になっていることは、ノートや自分の考えがなかなか書けないことです。すごく時間がかかりますね。漢字の一部が抜けていたり、字が間違っていたりすることもよくあります。よほど字を書くのが苦手なんだと思いますが、でもこれから字を書かずに過ごすわけにはいかないので、少しずつでも書けるといいなと思い、隣で個別に指導するとなんとか書けます。ですが、授業時間に毎回個別指導はできないのでとても悩んでいます...。

どうしてあげたらよいのか...保護者の視点

うちの子はいろいろ努力していると思います。帰ってからすぐ宿題もしますし、以前から漢字が書けないと先生から言われていて、親子で一緒に勉強したりもしています。前日に覚えていても、なぜかテスト当日になると書けないようです。記憶力が悪いのかと思いましたが、以前のことや他の勉強は結構覚えているので、記憶力の問題ではないと思います。もちろん、怠けているわけでもありません。何回やってもできない...と言うわが子を見ていると辛くなります。最近は、どうせ自分なんて...ということが増えてきました。何をやってもできないという思いをもっているようです。これからこの子にどうしてあげたらよいのか悩んでいます...。

周囲から分かってもらえない辛さ

知的な遅れがないのに、学習に困難がある...。このことが示す問題は大きいと感じています。周囲から気付かれにくいことも多く(伊藤・土田・川崎,2001)、もっと頑張るよう叱咤激励を受けることで心理的負担を高め(鳥居,2014)、"できない自分"に直面せざるを得なくなります。そのような状態が続くと、二次障害としてエネルギーが内に向かう抑うつなどの内在化問題や、やる気がなくなってしまう学習性無力感(Miller & Seligman,1975)などが生じたり、状況によっては生きることが辛くなることもあります。なぜなら、他の人が普通にできていることが、努力しても自分にはできないのですから...。そして、そのことを十分に分かってくれる大人が少ないことも問題点として挙げられるかもしれません。

知的に遅れがないことと一部の学習が努力では補えない困難さをもつ意味、そしてその中で先の見えない不安や辛さを抱えながら過ごす状態を、私たち大人はもっと大きく受け止めながら、その子にとって何ができるのかを考えていく必要があると感じます。


参考文献

  • American Psychiatric Association. (2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.(高橋三郎・大野 裕, 監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村 將・村井俊哉, 訳 )東京:医学書院.(American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. DSM-5 (5th ed.))
  • American Psychiatric Association. (2023). DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル.(高橋三郎・大野 裕,監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村 將・村井俊哉・中尾智博,訳)医学書院.(American Psychiatric Association. (2022). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. DSM-5-TR (5th ed Text Revision))
  • 伊藤斉子・土田玲子・川崎千里 (2001). 教師からみた児童の教育指導困難性と神経学的・神経心理学的背景に関する研究. 小児の精神と神経, 41(2), 157-168.
  • Miller,W.R., & Seligman,M.E. (1975). Depression and learned helplessness in man. Journal of abnormal psychology, 84(3), 228-238.
  • 角南なおみ (2022). 発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり. 今井出版.
  • 鳥居深雪(2014).LD児の理解.吉田昌義・鳥居深雪,新訂 特別支援教育基礎論放送大学教育振興会. 第1刷2011,第3刷. pp130-142.
筆者プロフィール
角南 なおみ

帝京大学文学部心理学科 准教授。専門は,教育心理学,特別支援教育,学校臨床心理学。公認心理師, 臨床心理士, 臨床発達心理士。子どもに還元する研究を目指し,“発達障害を含む多様な子どもと教師の関わり”について多方面から検討している。 好きな場所は,大学,図書館,カフェ。

著書に「発達障害における教師の専門性」(学文社),「発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり」(今井出版),共著に「教育相談:やさしく学ぶ教職課程」(学文社),「これからの教師研究:20の事例にみる教師研究方法論」(東京図書),「自己理解の心理学」(北樹出版)などがある。

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