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【発達障害児からみるやさしい世界】 第2回 教室でじっとできないユウキくん~ADHD児を取り巻く世界

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はじめに

本連載では、「発達障害児からみるやさしい世界」というテーマのもと、"発達障害傾向のある子どものために周囲の大人になにができるのか"について、子ども理解を深めることを目指し、子どもを中心とした多様な観点を提示しながら、みなさまに問いかけていきたいと思います。第1回では、発達障害の2つの定義と私の心に残る大切なエピソードをご紹介しました。
第2回の今回は、筆者の研究およびスクールカウンセラー経験にもとづき、ADHD傾向のある子どもについて一緒に考えていきたいと思います。

最初にADHDの特性と二次障害についてお伝えします。その理解を踏まえ、ADHD傾向のある子どもの事例について、保育所や学校における子どもの様子、保護者、教師の立場からのそれぞれの思いを考察することで、これまでと違う視点で眺めていただけるとうれしいです。

ADHD特性と二次障害

診断基準にもなっているDSM-5(American Psychiatric Association, 2013/2014)によると、ADHDは子どもの約5%にみられます。男女比は約2:1、12歳以前から不注意や多動性-衝動性の傾向があり、2つ以上の状況(家庭、保育所、学校、課外活動など)で半年以上続いていることが挙げられています。

ADHDには「不注意」と「多動性-衝動性」の2つの特徴があり、具体的には以下のような行動がみられます。
不注意:忘れっぽい、気が散りやすい、うっかりミスが多いなど
多動性-衝動性:じっとしていることが難しい、質問が終わらないうちに出し抜けに答えてしまう、順番を待つのが難しいなど
多動性、衝動性は年齢が上がると少しずつ落ち着いてくることも多いですが、不注意は年齢が上がっても低減しにくいため(Biederman, Mick, & Faraone, 2000)、周囲からはさらに見えにくい困難さとなって維持される傾向があります。

このような特性に加え、その後二次障害が生じると、困難感がさらに大きくなってしまいます。ADHD特性を一次障害とすると、二次障害は環境の中で後天的に生じるものであり、二次的問題と二次的疾患に大別されると考えられます。例えばADHDに関して、二次的問題は、身体面(不登校やひきこもり)、精神面(うつ状態)、行動面(暴言・暴力)等が挙げられます。二次的疾患は、内在化問題(うつ病)、外在化問題(反抗挑戦性障害)等に分けられることもあります(齊藤・青木, 2010)。

二次障害に至る1つの影響要因として、失敗体験の蓄積や自己肯定感の低下が指摘されています(佐藤・赤坂, 2008)。これは周囲からの無理解や度重なる叱責により生じることが多いといわれ、二次障害を防いでその子らしく過ごすためにも周囲の理解は重要です。

それでは、ADHD特性のある子どもをどのように理解したらよいのでしょうか。
以下は、ユウキくん(仮名)の保育所と小学校入学以降の様子です。

保育所のころのユウキくん

現在小2のユウキくんは、保育所に通う頃からじっとできず立ち歩き、友だちと一斉に行う集団活動に取り組めない状態が多く見られました(4歳の時にADHDの診断を受けました)。身軽で、興味をもったものがあると、大きな声で話しながら近づき、手で触ったり、動かしたりします。保育所では担任の先生と支援の先生が連携して、ユウキくんが活動に気持ちが向くような声かけを何度もする中で、途中からなんとか活動に参加していました。

小1になったユウキくん

小学校に入学後、ユウキくんは1学期の最初のころは着席してとても頑張っていました。その後、個別支援の必要な子どもが他にも複数いるため、支援の先生が1日に数時間しか関われないこともあり、次第に活動に取り組めず、授業中に教室の中を歩き回ったり、消しゴムやちぎった紙でなにかを作ったり、お絵かきをすることが多くなってきました。しかし、やる気がないわけではなく、ユウキくんが分かった学習内容に対しては発言もします。ただし、質問が終わらないうちに大きな声で答えを何度も言ってしまい、先生から注意を受けることが増えています。お友だちとのトラブルや遅刻も増えていて、担任の先生は、お母さんに少しずつ現状を伝えている状態です。

ユウキくんからみた状況

注意を受けたときのユウキくんに、どのような思いが生じるか想像してみてください。
例えば...、その時は「今これ見てる/してるのに!」くらいかもしれません。ところが時間が経過して、自分ができなかった活動を目の当たりにしたときに、「あー、またやってしまった!」「ぼくもやりたかったのに...」ということもあるようでした。

年齢が上がるにつれて、注意を受けるユウキくんは、どのように感じるでしょうか。
度重なる注意に対し「またか、うるさいな...」と感じるだけでなく、反抗的な態度になることもあります。ADHDの子どもの一部にみられる過度に反抗的な態度や怒りっぽい状態として現れる反抗挑戦性障害は、その顕著な状態だといえるでしょう。先生方は、学校生活のルールを含め、ユウキくんができることが増えるようにと注意をしたり声をかけたりしますが、それが日々積み重なると"うるさく言われる""自分ばかり注意される"などと感じることが多いようです。

実際、私が直接お話を聞いたADHD特性のある高校生や大学生の方の多くが、「小さい頃からいつも注意されていました」と教えてくれます。そのくらい、ADHD特性のある子どもさんにとっては、家庭や保育所、学校、課外活動など、"どこでも、いつも"と感じるほど多くの注意を受けて日常を過ごしているといえます。

保護者からみた状況

保護者の立場では、この状況をどのように感じるでしょうか。多くの保護者は、家庭でも困っていることが多い印象です。
たとえば、ユウキくんの家庭はどうでしょうか。ユウキくんはゲームに熱中する時間が長いうえ切り替えが難しく、お母さんは前年生まれた弟に手がかかり、お父さんは単身赴任で育児はお母さんに任せっきりです。父方の祖父は教育に厳しく、ユウキくんの現状はお母さんの子育てがよくないからだ、と言われています。このような状況のとき、保護者の立場ならどう感じるでしょうか。さらに学校の先生からは、集団活動に取り組めない状況、トラブル、宿題の未提出、遅刻などについて何度も連絡があります。私なら、きっとどうしてよいか分からないと思います。

このように、努力しても特性により集中が続かず"できていないこと"が積み重なっていく経験の中で、ユウキくんは二次障害にも影響を及ぼす自己肯定感をどのように保つことができるのでしょうか。ユウキくん一人の努力ではとても難しい状況だと感じます。なにもしなければ、周囲の無理解・叱責から自己肯定感の低下を招き、それにより周囲の苛立ちと叱責を繰り返し受けて、さらに自己肯定感が低下するという悪循環が生じる可能性もあります。

教師からみた状況

担任の先生からみる状況はどうでしょうか。
たとえば、ユウキくんにできることを増やしてあげたい、なぜならそのことが友だち関係にも良い影響を及ぼすはずだから。また、ユウキくんができることは取り組ませてあげたい、そのためには保護者さんにも協力してもらう必要がある...。
"ユウキくんのために"という思いと同時に、
"学級の子どもたちみんながよい方向に向かうために"
という2つの方向性があるように感じています。
学級として捉えた場合、何度伝えてもできることが増えない、学級の中での対応が難しい、そして教師としては、これまでの信念が揺らぐ、経験年数を重ねても対応が難しい(角南, 2022)という多くの困難感が生じるようです。

ADHD傾向のある"ユウキくんを理解する"ということ

今の状況を周囲がどのように理解すると、ユウキくんやADHD特性のある子どもにとって、少しでもよりよい関わりができるようになるのでしょうか。
ADHDは上述した、不注意、多動性-衝動性のどちらか、あるいは両方の特徴がみられます。ユウキくんの場合、まず教師の指示を聞くことができていない可能性があります。集中力が続かなかったり、注意が散漫(実際は自身が関心のある物事に気が逸れている場合が多いと思います)になっていると考えられます。この状況は不注意に起因しており、この傾向こそがADHDの特性といえます。つまり、不注意によって説明が十分に聞けていなくて、その後にすることがわかっていない可能性が推測されます。また、物事を実行するには、何をするか理解し、それを記憶として留め、他に気が逸れるようなことがあっても実行する内容に注意を向け続ける必要があるのですが(Barkley, 1997)、ここでも不注意や衝動性により、最後まで物事を遂行することを妨げる状況が多くなってしまいます。

そのため、ADHD傾向のある子どもは、"頑張って認められたい"と思っても、特性に影響された結果として"頑張っていない(と見えるような)状況"が生じてしまうと考えられるのです。

カウンセラー経験から、どの子も心の底では、お友だちと仲良くして、周囲から認められて楽しく過ごしたいと願っていると実感しています。
ADHD傾向のある子どもについて、そう思っているにもかかわらず、"特性により努力が続かず、結果としてうまくいかない苦しみを抱えている子ども"というように、捉え方が少しだけ変わる経験をしました。すると、たとえ大人にとって困った状況であっても、"自分にできる範囲で努力しようとしている健気な子ども"というかけがえのない存在として、以前より温かく自身の中に感じられるような気がしています。


引用・参考文献

  • 1) American Psychiatric Association. (2014). DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.(高橋三郎・大野 裕、監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村 將・村井俊哉、 訳 )東京:医学書院.(American Psychiatric Association.(2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders. text revision DSM-5 (5th ed.))
  • 2) Biederman, J., Mick, E., Faraone, S. V. (2000). Age-dependent decline of symptoms of attention deficit hyperactivity disorder: impact of remission definition and symptom type. American journal of psychiatry, 157(5), 816-818.
  • 3) 齊藤万比古・青木桃子 (2010). ADHD の二次障害. 精神科治療学 25, 787-792.
  • 4) 佐藤正恵・赤坂映美 (2008). ADHD 児の自尊感情とそれに影響を及ぼす要因について. LD 研究, 17(2), 141-151.
  • 5) 角南なおみ (2022).『発達障害における教師の専門性』学文社.
  • 6) Barkley, R. A. (1997). ADHD and the nature of self-control. Guilford press.
  • 7) 角南なおみ (2022).『発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり』.今井出版.
筆者プロフィール
角南 なおみ

帝京大学文学部心理学科 准教授。専門は,教育心理学,特別支援教育,学校臨床心理学。公認心理師, 臨床心理士, 臨床発達心理士。子どもに還元する研究を目指し,“発達障害を含む多様な子どもと教師の関わり”について多方面から検討している。 好きな場所は,大学,図書館,カフェ。

著書に「発達障害における教師の専門性」(学文社),「発達障害傾向のある子どもの居場所感と自己肯定感を育む関わり」(今井出版),共著に「教育相談:やさしく学ぶ教職課程」(学文社),「これからの教師研究:20の事例にみる教師研究方法論」(東京図書),「自己理解の心理学」(北樹出版)などがある。

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