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女性のADHDは見過ごされやすい

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私が小児科医として発達障害に強い関心をもつようになったのは、1990年代です。発達障害の中でも自閉症(自閉症スペクトラム)は早くから知られていましたが、注意欠陥多動性障害(ADHD)については医師の中でもあまり知られていませんでした。今でも私がかつて勤務した大学の小児科医局の談話室で、先輩の医師と「欧米では子どもの7%が注意欠陥多動性障害という障害をもっているなんて論文がありますが、信じられませんねえ」と話したのをよく覚えています。7%の子どもが障害をもっているなんて、当時の常識ではまったく考えられなかったのです。しかし、その診断基準が明らかになり、日本にも注意欠陥多動性障害の子どもがいることが次第に明らかになってきました。最近の調査では4%位の子どもがADHDの症状をもっていると言われています。

ADHDについての知識と経験が深まるに従って、こんどは子どもの障害であると思っていたADHDが大人にも見られることが次第に明らかになってきました。ADHDについての社会的な認知が日本より進んでいたアメリカでも、大人にもADHDの症状のある人がいることはなかなか受け入れられませんでした。しかし現在では大人の4.4%にADHDの症状が見られることが分かっています。日本でも1.6%の大人にADHDの症状があることが報告されています。大人のADHDは最初は、子ども時代のADHDの症状が残存したもの、と考えられていました。大人でADHDが疑われる時には、子ども時代にADHDの症状があったことが大きな決め手になると考えられていました。しかし、最近の研究では、子ども時代にADHDの症状や診断がない大人にADHDの症状があることが稀ではないことも明らかになってきています。大人のADHDの治療には薬物療法が効果的であることも、アメリカや欧州の研究で明らかになっていました。私自身は大人のADHDの治療経験はあまりありませんでしたが、国際的な医学雑誌でそのことを知りました。日本で子どものADHDの薬物治療が医学会でも広く認められるようになっても、大人のADHDに対しては「クスリによる治療は副作用が強く行われない」といった記述が大人の発達障害の啓発書に書かれていた位です。

このようにADHDについての理解が徐々に進んできていますが、最近になってさらに新たな進展がありました。それは女性のADHDです。

もともと女児のADHDは男児とは様々な点で異なっていることは知られていました。まず女児は男児よりADHDの罹患率が低いことが分かっていました。ADHDを含む精神疾患の診断基準として世界中で使われているDSM(精神疾患の診断と治療マニュアル)の第4版(1994年)では、ADHDの男女比は2:1~9:1と書かれていましたが、最新版(2013年)ではそれが子どもで2:1、大人では1.6:1になっています。さらに第4版では、通常7歳までに症状が明らかになると記載されていたのが、最新版では12歳までに診断が可能である、と記載が変更されています。なぜこうした変更があったのでしょうか。それは、低年齢でもはっきり分かる多動が少ない女児では、不注意や集中の困難による症状は年長になるまではっきりしないことが多いからなのです。

ADHDの女児の特徴については以前から分かっていましたが、そもそもADHDの診断基準が多動や衝動性に重きを置いた男児の診断に合わせた内容であることが、女児(性)のADHD(ADD)の診断が少ない理由の一つだったのです。

これまで述べてきたことからの当然の帰結は、女性それも大人の女性はADHDの症状をもちながら、見過ごされる可能性が高いということになります。

現在、ADHDの治療や予後に関する調査研究が進み、上手にコントロールされた薬物療法によって、ADHDの症状を確実に軽減できるだけでなく、うつや不安障害といった頻度の高い二次障害を著明に軽減できることが分かっています。

男女共同参画時代と言いながら、日本では子育てや家事は女性が負担することが多くなっていますが、不注意症状のある女性にとって家事や育児は大変な作業です。

育児ノイローゼや産後うつの女性の中に、未診断のADHDの人がいるのではないかと心配しています。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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