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体罰禁止法だけでいいのか?

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連日報道される児童虐待の痛ましい事件に、胸を痛めておられる方も多いと思います。児童相談所への通報件数は、毎年うなぎ上りに増えており、ほんの数年前に年間5万件を突破したと思っていたら、瞬く間に12万件に達しています。虐待によって命を奪われた子どもの数は、通報数ほど増加していませんが、それでも親子心中を除いて50人くらいの子どもが犠牲になっています。

こうした事態を受けて、ある放送番組で児童虐待の専門家による討論会があり、私も視聴する機会がありました。短時間で児童虐待に関わる諸問題全体の議論は無理だとは思いますが、主に児童虐待の恐れのある家庭への児童相談所の関わりの体制の改革と、警察の介入に話が集中していました。そしてつい最近になって政府が、体罰の法的禁止と児童相談所の組織改革を骨子にした法制化を行う方針を打ち出しました。

体罰禁止を法制化した国は、80カ国程度と言われており、日本もその仲間に入ること自体は歓迎すべきことと思いますが、今一つすっきりと喜べない気持ちがあります。その理由に、体罰禁止法の制定だけでは、体罰や虐待の減少にはすぐには繋がらないというこれまでの諸外国での経験があります。最初に体罰禁止法を制定したスウェーデンでも、それだけでは虐待件数の減少には繋がらず、国民の体罰や虐待に関する姿勢が変わって初めて実効が得られたのです。放送番組の討論会で強調されたのは、児童虐待を行なっている家庭への介入を強化することであり、児童虐待が起こった後の対策に偏っており、いかに児童虐待が起こらないようにするかという議論がほとんどなされていませんでした。虐待にあたる体罰をすでに行なっている家庭では、体罰禁止法の制定によって、隠れて体罰を行うようになってしまう危険性もあります。

さて、虐待の多い年齢である乳幼児の多くは保育園あるいは幼稚園に通っています。日本の保育は以前にブログでご紹介したTobin先生によれば、「見守り」という姿勢が特徴であると言われています。日々の保育活動の中で保育者さんや幼稚園教諭は園児の様子や親子関係から、虐待の兆候に気がつくチャンスが多い立場であると思います。保育関係の団体の中には、保育園の役割の一つに虐待の早期発見をあげているところもあります。しかし実際の対応は、個々の保育者さんに任されていることが多く、虐待の兆候のある子どもに対する対応を組織だって行う体制は不十分のように思います。超多忙な保育業務の中で、虐待の恐れのある保護者に個人的に対応することは容易ではありません。

先日ある大きな保育団体の会合で、虐待防止に保育園の役割を期待する旨の発言をしたところ、保育者の研修項目の中に虐待がすでに入っており、一人一人の保育者が虐待に対する認識をもつことが重要だ、という返事が返ってきました。一人一人の保育者の認識を深めることはもちろん重要ですが、私は保育団体が組織として対応するべきだと言いたかったのです。例えばその保育団体に加盟している園で、保育者が、ある園児に虐待がある可能性を感知したときに、保育者あるいは園だけで対応するのではなく、保育団体の担当部署が児童相談所などと連携を取りながら対処するといった「組織的」対応を期待したのです。保育団体では、保育者のカウンセリングの資質の向上のプログラムを準備したり、あるいは園が関わる裁判案件への支援などの事業は行なっています。今こそ、保育団体の事業として、虐待の防止に向けた組織的な取り組みをより強化すべきではないでしょうか。なぜなら保育園にはもともと子どもの擁護という使命があることを考えると、近年の虐待の急激な増加は、保育園のせっかくの使命が十分に果たされていないことを示唆しているようにも思えるのです。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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