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【8月】周産期の医学と医療を考える

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第48回日本周産期・新生児医学会学術集会が、「すべての赤ちゃんとお母さんの希望を支えるコラボレーション-家族から国際協力まで-」と題して7月8日(日)から10日(火)に大宮で開催された。学術集会の会長は、埼玉医科大学総合医療センター小児科学教室教授の田村正徳先生である。田村先生は、私が東大小児科の責任者をしていた時代に学生として東大で医学を勉強し、卒業後は東大小児科で小児医療の研修を受け、今やわが国の新生児医学のリーダーとして国際的にも活躍している小児科医である。今回、田村教授のお招きでこの学術集会に参加する光栄を頂いた。東大小児科教室で私のもとで勉強したことから、私を恩師として招いて下さるというので、恐縮すると共に感謝して参加した。

皆さん方は余り御存知ないと思うので、今月のコラムはこの周産期医学について述べたいと思う。この学会は、今回第48回を迎えたので、48年前にできたことになる。私の記憶が正しければ、始めに日本新生児学会が、その後しばらくたって日本周産期医学会ができたと記憶しているが、10年程前にこの二つの学会が大同団結してひとつの学会になった。したがって書き出しのように2つの学術集会名が組合わさっているのである。

新生児医学会というと、新生児(生まれたばかりの赤ちゃん)の医学と医療を研究する学会であるが、周産期医学会というと、赤ちゃんが生まれる前から生まれた後の間に、母子におこる問題を医学的に研究する学会である。医学は簡単に言えば病気の原因を明らかにする学問であるが、医療というと患者さんに対応する医学をもとにした広い実践的な技術も含めることになる。新生児医学はもちろん周産期医学の中に入るし、しかもその重要な柱であることには間違いない。その上、生命を救うことが医学・医療の一義的な役割である以上、赤ちゃんの命ばかりでなくお産をするお母さんの命も救うことが大きな目的であることは、どなたにもご理解いただけよう。

幸いわが国の新生児死亡率(4週未満の死亡率)、乳児死亡率(生後1年未満)、周産期死亡率(生後1週未満の早期新生児死亡率+妊娠満28週以後の死産率)は、いずれも全世界で一番低い。1999年の生後1週間未満に亡くなった新生児は、生まれた赤ちゃん1,000人のうち1.2人、その後1ヶ月(4週)までの赤ちゃんで0.5人、それ以後生後1年までに亡くなる赤ちゃんは1.3人、合わせるとわずか3人である。すなわち生まれた子ども1,000人のうち1年以内に日本では3人しか亡くならないが、アメリカでは7.1人、イギリスでは5.9人で、日本よりはるかに多いのである。一方で、残念ながらわが国のお産によるお母さんの死亡率は、決して低くはない。わが国における2002年の出生10万に対して、お母さんの死亡(妊産婦死亡率)は7.3人で、カナダ、アメリカ、ドイツより多いのである。なお、最近シンガポールが乳児死亡率に関して追い上げを見せて、日本より低い年もあり、わが国につづいて健闘している。わが国の周産期医学、特に新生児医学は素晴しく、世界が注目しているのである。

新生児医療は、小児科医ばかりでなく、助産師、看護師などが関係するが、周産期医療になると更に産科医なども加わる。したがって、上述の統計はいずれも医療関係者のチームワークによる成果である。換言すれば、周産期医学という学際的な医学・医療学の成果といえる。生まれたばかりの新生児、とくに未熟児の医療では保温ばかりでなく、呼吸管理も重要なので、呼吸を補助する機器の開発やオペレーションにはさらに工学などの専門家も重要な役を果している。但し、母親が亡くなる原因は出血などいろいろあるが、妊産婦の死亡率の高さの要因は明確に示されてはない。

田村教授は、周産期医療の柱のひとつである新生児・未熟児の呼吸管理法、すなわち蘇生法の大家で、わが国ばかりでなく、国際的にも活躍し、よりよい呼吸管理や蘇生技術の開発研究に全力投球している。したがって学会では、それに関係するプログラムも多く、学会の柱になっていた。それ以外のプログラムでは、外国の研究者による「胎児・新生児の痛覚」に関する特別講演が注目を引いた。その昔、赤ちゃんは痛みを感ずる力が弱いので、麻酔などを考慮する必要ないという考えが支配的だった。しかし、そうではなくて、胎児・新生児にも痛覚はあり、それなりの麻酔技術も今は必要と考えるようになっているのである。

日本周産期・新生児医療には、関係する医学・医療の専門家が多職種にわたるので、今回の学術集会の参加者はゆうに2,500人を超えたという。 学会のプログラムの中には、医学・医療に直接関係ないテーマもあった。それは、柳田邦男氏(ノンフィクション作家)の「今こそ、すべての子らにまるごと抱きしめる愛を」という特別講演であった。東日本大震災の子ども達の話から、子どもの絵本の話まで、周産期医療の関係者に知ってもらいたい子ども達に対する愛のあり方を話された。大変感激的な話であり、出席者は多くのことを学んだに違いない。田村学会長が、柳田氏をスピーカーに選ばれたのも、彼の子ども達への優しいまなざしによるものであろう。また2回にわたり懇親会にもお招き頂いて、旧知の先輩、後輩にもお会いでき、楽しいひとときであった。

周産期医学・医療は、赤ちゃん誕生の場、母子関係構築の場に関係するものであり、ひいては家族や家庭の作り方、さらには社会のいとなみ方にも関係する重要な医学であり、医療である。そして、わが国の周産期医学と医療は世界をリードしているとはいえ、妊産婦死亡率のように、まだまだ改善の余地も少なくない。さらには、多くの問題をかかえている国々、特に発展途上国の周産期医学・医療を支援する責任も大きい。したがって、もっと多くの若者が、医学の道に進み、特に周産期医学・医療を勉強して頂きたいと、田村教授の学術集会に出席して切に思った。

参考文献
『わが国の母子保健』 (母子保健・家庭保健教育普及グループ) 2004
『母子保健の主なる統計』 (母子保健事業団) 2005
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