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【5月】赤ちゃんが欲しい女性達のために ― 生殖補助医療とバイオエシックス―

2004年に、タレントの向井亜紀さんとプロレスラーの高田延彦さんのご夫婦が、アメリカで代理出産した双子の子どもをわが子として認知してほしいと、日本で出生届不受理決定の取り消しを裁判所に求めた。しかし、残念なことに2007年「認められない」という決定が下されたのを皆さんもご存知であろう。今回は、こうした問題を考えてみたい。

 

愛するご主人との間で、自然の営みによって赤ちゃんを授かり産むことが出来ない女性のために、現在利用出来る技術を駆使してその目的を遂げさせてあげよう、というのが「生殖補助医療」である。

そもそもこの医療は、精子を人為的に子宮内に注入する人工授精法から始まった。社会がやっと明るくなったからであろうか、日本では平和になった敗戦後の1948年に初めて行われている。しかし、生命のバトンタッチには窺い知れない多くの因子が関与しているために、こうした方法でもなかなか上手くいかないものなのである。

そうした状況を解決するために、卵子と精子を体の外で人工的に授精させ、その受精卵を女性の子宮内に戻し、赤ちゃんを産む方法が考えられた。日本でそれに成功したのは1983年、人工授精法からこの体外受精法の技術の成功にたどり着くまでに35年もかかったことになる。ヒトの卵子を培養して受精させる、受精卵を子宮内に着床させるなどの技術の進歩にはそれだけの時間が必要だったのであり、その難しさは、この技術を利用しても成功率は20%前後、という現実からも理解出来る。

2004年には、この医療技術のおかげで生まれた子どもの数は約18,000人になり、5年前の1.5倍になったという。こうして生まれた子ども達の多くは問題なく育っているようであるが、女性の側に目を向けると、高齢である場合、妊娠中の問題なども少なくはないようである。

何らかの理由、例えば子宮を摘出せざるを得ない病気などによって子宮を失ってしまった場合には、体外受精で出来た受精卵を子宮に移すことは不可能である。こうした場合は、第三者の女性(代理母)にお願いして子宮を利用させてもらうことになる。これが「代理出産」である。向井さんの場合、代理出産が法的に認められているアメリカのある州で行ったのである。

このような生殖補助医療の進歩の裏には、畜産学の進歩・発展がある。良質の肉を作る牛、羊、豚、良質の羊毛をつくる羊、さらに足の速い競馬レースの馬というように、それぞれの目的にあわせ動物を生み出すとか増やすという研究において進歩してきた理論と技術が、われわれ人間にも応用されたのである。したがって、その歴史と伝統をもつイギリスやアメリカの産科医達が、生殖補助医療への道を開いた。また別の機会にふれようと思うが、イギリスで生み出されたクローン羊のドリーも、この畜産学研究の延長線上にある。

ここまでお読みになって、皆さんにも色々な思いがあるのではなかろうか。「そこまでして...」と思われる方や、「もっと研究を進めて...」と考える方もあろう。体外受精や代理出産において、夫婦以外の第三者の精子や卵子も使用しようと思えば可能な現在では、色々と考えざるを得ない。

それを反映して「生命倫理(学)」"Bioethics"(バイオエシックス) が、大きく浮かび上がってきた。1960年代から始まった生命科学や医療の倫理問題を解決するために、1970年代に入って活発になったのである。しかし、そもそもは有限な地球の中で人類がいかに生き延びるかを考える「生存の科学」の理念が出発点であり、それを倫理学、生命科学、そして医療問題に結びつけ、バイオエシックスが体系づけられた。生殖補助医療以外にも、人体実験は勿論のこと、尊厳死、心臓移植、遺伝子研究など、現在、バイオエシックスの立場から論じられている問題は多い。

2000年に入って、厚労省はバイオエシックスの立場から「生殖補助医療部会」を作り、代理出産について検討し始めた。2003年には精子・卵子・受精卵の提供や出自を知る権利を認める一方で、代理出産は禁止するという報告書を出し、日本産科婦人科学会も同様の考えを示した。しかし、代理出産については、倫理委員会で引き続き検討されていくことになっている。

方法や技術がすぐそこにあるという現実の中で、女性がどうしても子どもを欲しいと考えた場合、どうしたら良いのか。これこそ、女性が声を上げなければならない問題ではなかろうか。
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