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【6月】ES細胞からクローン人間まで ― 生殖補助医療は再生医療に何をおこしたか―

要旨:

前回の所長メッセージに引き続き生殖補助医療をテーマに、今回は体外受精が再生医療に与える影響について述べる。体外受精の手順や、最近よく耳にするES細胞、iPS細胞の特徴や相違点について分かりやすく説明しながら、今後の再生医療の進展とバイオエシックスの問題について提起している。

先月の所長メッセージでは、現在の生殖補助医療の光と影について述べたが、生殖補助医療の主流である体外受精は、最近話題になっている「再生医療(医学)」"Regenerative Medicine" に色々な意味でインパクトを与えている。今回は、それについて述べてみたい。

 

一般的に再生医療とは、細胞や遺伝子を用いて人工的に必要な組織・臓器を作り出し、それを移植して、身体機能を再生して患者を救うことである。

われわれの周りには、先天異常や病気、更には事故などにより、組織・臓器そのものを失ったり、その機能を喪失したりして苦しんでいる人も多い。組織・臓器の構造と機能を正常に戻し再生させるために、体が本来もっている自己組織力を高める治療法も考えられるが、多くの場合、他人の組織・臓器を移植して治療するしか方法はないのである。しかし、他人の組織・臓器を利用するには、適合性の問題ばかりでなく、その量にも限界がある。それを解決するのが、再生医療である。

具体的には、やけどなどの治療で必要な皮膚、白内障などに必要な角膜や、心筋障害に心筋、運動障害に骨・軟骨、神経障害に神経細胞、糖尿病にインシュリン分泌細胞などを作り出すことが試みられ、その一部にはすでに実用化されているものもある。

何故、体外受精が再生医療に役立つのだろうか。まずは体外受精の手順から話を始めよう。手術によって排卵直前の卵子を取り出し、培養器に移し、精子を加えて受精卵を作り出す。それを母親の子宮内に人工授精に準ずる方法で移して、妊娠を成立させ、わが子を出産させるのである。

自然の営みの中、女性の体内で行われる受精から子宮内膜への受精卵着床直前までのプロセスが、体外受精では女性の体外で行われる訳である。しかし、その成功率は約20%にしからならない。それはある意味で当然と言えるかもしれない。なぜならば、女性の体内で行われる生命のバトンタッチには、まだまだ不明の点がたくさんあるからである。

体外受精で出来た受精卵は、培養中であっても、早晩2・4・8と2?で細胞分裂を重ね、細胞増殖し、細胞塊としての胎芽になり、胎児に成長する道をとる。細胞塊の表面の細胞は胎盤になるが、内部の細胞は、やがて胎児になる体を構成する全ての組織・臓器に分化・成長する潜在力をもつ万能細胞である。このような細胞を「胚性幹細胞」、「ES細胞」 "embryonic stem cell" と呼ぶ。(以下、ES細胞と呼ぶ。)。

胚とは、受精卵が細胞分裂・細胞増殖して出来た、胎児になる前の細胞塊の状態で、英語では "embryo" と呼ぶ。このES細胞を培養して、その核の中にある遺伝子を何らかの方法で上手く操作して働かせると、必要な組織、あるいは臓器を作りだすことが出来るのである。

1920年代から、初期の胚には分化の方向を決める部位(原口背唇部)があることが知られていた。その部位から抽出された特別なたんぱく分子、アクチビンでES細胞を処理すると色々な組織・臓器を作り出すことが、現在、実験的に成功している。不思議なことに、アクチビンの濃度差や、更には有機酸などと組み合わせて処理することによって、腎、膵、筋、血球など、異なった組織・臓器が出来るのである。

さらに、初期のES細胞は完全な個体にもなり得る。これは、体外受精では一卵性双生児、さらには三つ子のように多胎児が多いことでも示されている。初期のES細胞が、おなかの中で一人前の赤ちゃんに育つからである。自然妊娠では一卵性双生児などの頻度は0.5%にしか過ぎない事実と考えあわせると、人為的操作にはまだまだ問題があると思われる。

上述のように、ヒトES細胞から再生医療に必要な組織・臓器を作るには、その細胞核のもつ遺伝子の中で必要なものをどう選んで働かせるか、その方法の確立が焦眉の急であることは、どなたも理解されよう。世界中の研究者が、それにしのぎを削っているのである。

ES細胞のような万能細胞は、昔は胎児・新生児にしかなく大人の組織・臓器には存在しないと言われていたが、われわれの体の各種組織・臓器にも存在することが、この10年来の研究で明らかになってきた。生命はいつでも、どこでも、緊急事態に備えて、こわれた組織・臓器を修復・再生出来るよう用意しているのであろう。それを「体性幹細胞」と呼んでいる。

その代表は骨髄細胞で、比較的多くの幹細胞があり、白血病の治療などで骨髄移植として大きな役を果たしている。また、皮膚、筋肉、血管などにも存在することが、それらの組織の培養によって証明されている。しかし、体性幹細胞は、ES細胞より分化が進み万能性が低いことも知られており、組織・臓器を作るには限界がある。

ヒトのES細胞を使って組織・臓器を作ることは、再生医療の主要技術である移植にとって極めて重要である。患者本人のES細胞を利用すれば、移植による拒否反応を防げるからである。しかし、現実にはなお様々な問題があり、再生医療はまだまだこれからなのである。

例えば、体外受精によって作られた受精卵のうち余ったものを使用すると言っても、受精卵を使う以上、「人間生命の萌芽」としてのバイオエシックスの問題は避けられない。そこで、受精卵を使わないで何とかヒトのES細胞を作れないか、と作りだされたのがiPS細胞である。ヒトの体細胞(例えば皮膚細胞)に、もともと細胞核にある4つの遺伝子を導入して過剰発現させると、未分化な状態に戻り(初期化)、幹細胞になって万能細胞が出来ることがわかったのである。これが、「人工多能性幹細胞 」"induced pluripotent stem cell"(iPS細胞)と呼ばれる幹細胞である。体外受精で余った受精卵を用いるよりもはるかに、バイオエシックスの問題は少ない。自分の皮膚細胞からでもiPS細胞はつくることが出来るので、再生医療に大きな道を開くことになると考えられている。

また、再生医療のある意味で極限的なものと言えば、「クローン人間」であろう。強い兵士や優秀な宇宙飛行士を増やすため、病気などで寿命わずかな人が自分を生かしたいという希望のためにも、理論的にはクローン人間が作れるのである。もちろん、こういった望みは人間としてタブーではあるが。

クローン技術の全ての始まりは、1997年のNature誌の表紙を飾った「クローン羊ドリー」の成功であった。ある羊のある細胞の核を取り出し、それを他の羊の卵子の核と入れ替えて培養して、代理の母羊の子宮内に移したところ、卵子は分裂し始め、胎羊に育って、クローン羊が誕生したのである。卵子の中にある原形質が、出来上がった成羊の核の遺伝子にスイッチを入れて活動させ、胎羊が形作られてクローン羊が生まれたと言えるのである。

人間の生命誕生を操作する生殖補助医療は、再生医療を進めると共に、人間のあり方を変えるような大きな問題もいま提起しているのである。

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