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【教育学者の父親子育て日記】 第28回 遺伝?それとも、環境?

北村 友人(東京大学大学院教育学研究科 准教授)

2013年7月26日掲載

要旨:

本を読むことが大好きな娘の姿をみると、本に囲まれていた自分の子ども時代を思い出します。そんな娘の読書好きは、本好きだった自分からの遺伝なのか、それとも環境によるものなのか、教育社会学や行動遺伝学の知見などを引きながら、つらつらと考えてみました。いずれにしても、娘は読書を積み重ねるなかで、言語習得の面でもどんどん成長しているのだなと感じる父親なのでした。

再開します!

昨年の10月に書いた日記を最後に、半年以上、開店休業状態でしたが、改めてこの「子育て日記」を再開したいと思います。私の友人や仕事仲間、学生さんたちなどから、いつ更新するのかと尋ねられていたのですが、なかなか腰を落ち着けて書くことができず、これほど長い時間が経ってしまいました。とくに、この4月から職場が変わり東京大学に着任したのですが、前任校である上智大学で取り組んでいた仕事をまとめたり、東大へ移るための準備などに追われ、日記を書く時間をみつけることが非常に難しい日々でした。

新天地にも慣れ、ようやく毎日の生活を見つめ直す余裕が少し出てきましたので、Child Research Netの方々からの励ましもいただき、子育て日記を再開することにしました。家族と過ごす日常のなかで起こるさまざまな出来事を前にして、驚いたり、感動したり、ときには大変さを感じたりする自らの思いを、「教育学者」といっても所詮は子育ての素人であるという立場から、綴っていこうと思います。それは、わが子が幼いころにしか経験することのできないこの貴重な日々を、少しでも記憶に残しておくための営みでもあります。

お読みいただいている皆さんにも、引き続き、お付き合いいただければ嬉しいです。


言葉を発明

5月25日(土)午前10時30分
「オヤジ、オヤバ、オヤコ!」

私と、妻と、自分の顔を、順番に指差しながら、得意げな顔で娘が叫んでいます。これは、何を意味するのでしょうか?

4月に6歳になった娘は、ここのところ急速に多くの語彙(ボキャブラリー)を身につけ、それらを駆使してかなり複雑な話をすることができるようになっています。しかし、ときに私には理解不能な言葉を発することがあります。先ほどの3つの単語も、「オヤジ(=親父)」と「オヤコ(=親子)」は分かりますが、「オヤバ」とはいったい何なのでしょうか。また、「オヤジ」で私を指差すのは分かりますが(と言っても、そういった呼び方をして良いなどと娘に言うつもりは毛頭ありませんが)、なぜそれに続く2つの単語のときに妻の顔と自分の顔を順番に指差したのでしょうか。謎は、深まるばかりです・・・。

そこで、娘の真意を確かめたところ、
「パパは『親のおじさん』でしょ、ママは『親のおばさん』で、サヤカは『親の子ども』だよ」
一瞬、何のことだか分からなかったのですが、ストンと腑に落ちました。ここで娘が言っている「親」というのは、「家族」を意味しているのですね。つまり、家族のなかのおじさん(=私)、家族のなかのおばさん(=妻)、そして家族のなかの子ども(=娘)を表す言葉が、「オヤジ、オヤバ、オヤコ」なのでした。

このところ、少々乱暴な言葉を使うことに凝っている娘は、私のことをからかうように「オヤジさん、オヤジさん」と呼んだりしていたのですが、それだけでは物足りなかったようです。その結果、新しい言葉が発明されたのですが、何だか意外に論理的で、思わず納得してしまいました。


娘の読書好き

言語学の研究でも、子どもは6歳ごろまでに基本となる言語(=母語)の根幹の部分を習得すると言われていますが、娘と接していると、「なるほど、そうだな」と思います。こうした子どもの言語習得のメカニズムを説明するために、インプット仮説、アウトプット仮説、相互交渉仮説、生成文法など、さまざまな学説があります。それぞれ異なる視点から言語習得の過程を捉えているのですが、第一言語(=母語)に関しては、おおよそ6歳ごろまでに発音の、そして10代半ばぐらいまでに文法の大方が身につくと言われているようです。

そういった意味では言葉の基礎をまさに形成する段階にある娘ですが、最近、言語能力をメキメキと向上させている様子を目の当たりにして、驚きつつも、確実な成長を感じて嬉しく思っています。とくに、絵本を一人で読む姿などは、なかなか堂に入っているのです。妻や私が家事や仕事で手を離せないときには、以前であれば一緒に遊んで欲しいと言って、私たちにまとわりついていたのですが、いまは違います。おとなしくしているなと思うと、一人で絵本を抱えて、小さな声で音読しながらお話を読んでいるのです。(これまでにも、娘の読書好きについては、この日記のなかで何度か紹介してきましたが、最近ますます読書量が増えているように感じます。)

思い返すと、私も子どものころから本が好きで、双子の兄と一緒に近所の図書館へ毎週のように通っては、2人で借りられるだけの数の本を借りて、むさぼるように読んでいました。地元の2つの図書館と、近所のお宅が開放していた子ども文庫で、2人合わせると毎週30冊ぐらいの本を借りていたように記憶しています。ちなみに、私は一卵性双生児なのですが、兄も私も幼いころから「本の虫」という表現がぴったりで、週末になると親が寝静まったころを見計らって夜中に2人で起き出し、昼の間に仕込んでおいた夜食(お菓子などを自分たちの部屋に隠し持っていただけですが)を食べながら、明け方まで本を一心不乱に読んだものです。

そんな私の血を引いたのか、娘も本が好きで、寝る前の読書は欠かせない習慣になっています。しかし、そもそも読書が好きになるには、どのような条件が必要なのでしょうか? 読書好きは、遺伝するものなのか、それとも外部的な環境にもとづくものなのでしょうか? そんなことを考えると、教育社会学で広く知られている「文化資本(cultural capital)」という概念を思い起こします。


わが家の文化資本?

文化資本とは、1970年代にフランスの社会学者ピエール・ブルデューが提唱した概念ですが、「言葉づかいや行動様式など身体化されたもの、絵画や書物など物として客体化されたもの、学歴や資格として制度化されたものの三つの形態をもち再生産される文化的所産の総称」(三省堂『大辞林』)のことをいいます。「資本」というと、私たちは通常、お金などの経済資本(economic capital)を思い浮かべますが、そうした金銭的なものではなく、学歴や文化的素養といったものも資本として捉える考え方です。文化資本は、その人が属する組織、家族などの社会環境のもとで伝達される知識、言語能力、その他のさまざまな要素(社会的に獲得される態度・性向・価値観などで、ハビトゥス(habitus)と呼ばれる)によって構成されています。この文化資本の多寡が、学校教育、職業生活、社交といった社会活動の場において、その人が有利な位置を占めることができるかどうかといったことに影響を及ぼします。

また、経済資本と同様に文化資本も個人が蓄積していく資産のようなものですが、経済資本と較べて一代で身につけることが難しく、世代を超えて継承されていく側面を色濃くもっています。それは、階層的な地位や職業的な地位が親から子へ継承されていく際に、文化的な諸要因が経済的な諸要因と並んで(あるいはそれ以上に)大きな影響をもっていることを意味し、「文化的再生産(cultural reproduction)」と呼ばれます。もちろん、ブルデューやその共同研究者たちが研究を行ったのは階級社会の伝統が根づいているフランスですから、そのままこうした理論を日本にあてはめるには慎重でなければなりません。ただ、日本でもこうした考え方にもとづく研究がさまざまに行われてくるなかで、ある程度は文化的再生産といった状況が起きていることは確認されています。

文化的再生産論で最も大切なことは、基本的に社会のなかで有利な立場にある人々が、そうした優位な地位を自分たちの子どもに継承していくことを、批判的に捉えるという視点だと思います。その意味で、「格差社会」と表現される近年の日本でも、人々の間で経済的な格差が拡大するとともに、たとえば子どもたちの学力格差なども広がっているなかで、経済資本だけでなく文化資本にも目を向けることが必要です。学校教育とより親和性の高い文化資本を有する家庭の子どもが、学業達成でも有利な立場にある可能性を踏まえたうえで、そうではない家庭の子どもたちが不利益を被らないような教育支援のあり方を考えていくことが欠かせません。

少々詳しく文化資本についてご紹介しましたが、この概念を説明する際に、「本に囲まれた家庭に育った子どもは自然と本好きになる」といったことが具体例として挙げられます。娘の読書好きが、何の影響から生じたものかを考えていて、文化資本のことに思い至ったわけです。もちろん、わが家の文化資本がどの程度あるのかといったことはわかりませんし、あまりそういった観点からばかり考えようとすると、偏った見方に陥ってしまうのではないかとも思っています。


遺伝? それとも、環境?

ここまで考えてきて、こうした文化資本の議論とは異なる観点からもみることの重要性を感じました。その意味で、人の能力に対して遺伝的な要素と環境的な要素のどちらがより影響を及ぼしているのかという問題に関する、行動遺伝学を中心とした多様な研究の成果は参考になると思います。とくに、私自身が双子であるため、双生児研究と呼ばれる双子の比較を通した研究の積み重ねには、とても興味をひかれます。この分野では、私自身が大学生のときにお世話になった慶應義塾大学の安藤寿康教授が、一卵性と二卵性の双生児を数多く調査するなかから、遺伝と環境がどのように人間に影響を及ぼしているのかについて検証しています。つまり、同じ環境で育った100%同じ遺伝子を持った一卵性双生児と、50%だけ遺伝子が同じ二卵性双生児の行動を解析することで、人間の知能やパーソナリティ、社会性などの心理的な側面に、遺伝や環境がどのような影響を与えるのかを明らかにしようとしているのです。

そうした研究を通して、同じ遺伝的素養をもっていても、環境によってその遺伝的な要素が出る場合と出ない場合があることがわかってきたとのことです。たとえば、問題行動を起こす遺伝的素質の差は、しつけが厳しすぎたり、一貫した教育を施さない家庭の方に強く出る傾向があるそうです。それに対して、しつけが厳しすぎず、一貫性のある教育をする家庭では、問題行動の遺伝子が発現しにくくなると言います。また、国際的な比較調査の結果、スウェーデンでは、親が自分の教育方針を強くもって子どもをしつけるため遺伝的影響は少なく、日本では子どもの気持ちに寄り添って育てるため、子どもの遺伝的な影響が大きくなるという傾向も出ているとのことです。これらの知見に関して、双子であるわが身を振り返りつつ、また娘に対する自らの態度を省みつつ、非常に興味深いなと感じています。(安藤先生の研究については、慶應義塾大学のホームページナショナルジオグラフィックのホームページなどをご参照ください。)

また、私が4月から所属している東京大学教育学部には附属中等学校があるのですが、ここでも長年にわたり双生児研究が行われています。同中等学校では、1954年から半世紀以上もの間、毎年、双生児の生徒たちを一定数受け入れることで研究を続けているのですが、こうした取り組みは国際的にもユニークなものであると言えるでしょう(東京大学教育学部付属中等教育学校ホームページ)。

遺伝か、環境か、といったことを議論しようとすると、どうしても優生学的な視点に陥ってしまうリスクがありますが、そうならないよう、気を付ける必要があります。そのためにも、慶應大学や東大附属中等学校をはじめ、さまざまなところで行われている研究の積み重ねのなかから、科学的根拠にもとづいた議論をしていくことが重要だと思います。


先にご紹介した娘の造語(オヤジ、オヤバ、オヤコ)ですが、もしかするとあれも身体化された文化資本なのかもしれません。娘を保育園に送っていくときや、一緒にお風呂に入る際などに、しばしば私はオヤジらしいダジャレを披露することにしているのですが、それが知らぬ間に娘に受け継がれていたのかもしれません。そうだとすれば、何とも複雑な気持ちです。

また、少々お恥ずかしい話なのですが、私はトイレで用を足す際にも、何かを読んでいないと落ち着かず、もはや活字中毒といっても良いような有様です。すると、先日、娘が読んでいた絵本を手にしたままトイレに行こうとするではありませんか。「こらこら、ご本を持ってトイレに入ったらダメだよ」と、自分のことを棚に上げて娘に注意したところ、案の定、娘から「パパだってやっているでしょ」と反撃を食らいました。よくよく考えてみると、私の行儀の悪い習慣が、文化資本として娘に継承されてしまっているのでしょうか。いや、それとも、単に遺伝だったりして。その場合は、「子どもの気持ちに寄り添った子育ての結果」と言って良いのでしょうか・・・。いずれにしても、娘のロールモデルになるには程遠い自分に、頭を抱える父親なのでした。

(それから、今回は私のことをお話するのに手一杯で、妻からの影響については触れることができませんでした。妻もよく本を読んでいますので、母から娘への影響についても考えてみなければいけませんね。)

筆者プロフィール
lab_06_27_1.jpg 北村 友人(東京大学大学院教育学研究科 准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。 慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。国連教育科学文化機関(ユネスコ)、名古屋大学、上智大学を経て、現在、東京大学大学院教育学研究科 准教授。
共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)、「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)、「激動するアジアの大学改革」(上智大学出版、2012年)等。
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