前回は、ドイツではその歴史や制度から地域間の差が大きいこと、そこから経済格差が生じていることなどをお伝えしましたが、今回は教育格差およびベルリンの教育事情について、ベルリンの新聞記事を元にご紹介したいと思います。
旧東ドイツの首都でもあったベルリンの経済状況が、旧西ドイツの都市と比べて悪いことは前回述べたとおりですが、ベルリンは教育においても遅れをとっているようです。昨年10月にベルリン新聞に掲載された図をご覧下さい。
「バイエルンの子どもたちはベルリンの子どもたちよりも多く学んでいる」
(Berliner Zeitung 10/12/2012付)
この調査は2011年にドイツ国内の1,300の小学校に通っている4年生27,000人を対象に、算数、ドイツ語の読解、コミュニケーション理解の3分野において行われました。ドイツ全国平均を500とし、国内全18州の結果をまとめたものが、上記の図です(図中央の青い線の左側が旧西ドイツ、右側が旧東ドイツ)。図下部にある黒で囲ったグラフのバイエルン州が全3分野で1位だったのに対し、同じく黒で囲った上部グラフのベルリンは、算数でドイツ最低の18位、その他2分野も最低から2番目の17位と、経済状況と同様に散々な結果に終わっていることが分かります。
ベルリンの結果の詳細をみてみると、ドイツ語読解に関しては調査対象となった児童の46%が学年レベルに達していない模様。さらに、算数に関しては半数以上の52%が学年レベルに到達していないだけでなく、そのうち26%の児童がこの学年で最低限つけておくべき能力を備えていないことがわかりました。
非常にショッキングな結果ではありますが、この新聞記事によれば「予想通り」だったらしく、よく言われているとおり、ベルリンはドイツの首都にして、最悪の経済状況・失業率、最低の教育水準の都市でもあることが確認されてしまったのです。
その一方で、ミュンヘンを擁するバイエルン州はドイツの経済を牽引し、教育レベルも最高という結果です。この差はどこから来ているのでしょうか?
前回の記事でご紹介したように、失業率に関しては「西低東高」というように旧東西ドイツではっきりとその明暗が分かれていましたので、上記のバイエルンとベルリンのように、経済的に裕福な旧西ドイツの子どもたちの方が、貧乏な旧東ドイツの子どもたちよりも多く学んでいるとも考えがちです。
しかし、教育の分野では、上記の図に赤い下線で示したように、旧東ドイツ6州のうち半分の3州(ザクセン州、ザクセン-アンハルト州、チューリンゲン州)は全国で学力レベルトップ5に入っている一方、旧西ドイツの州でもハンブルグ、ブレーメンのように最下位レベルの州があります。したがって、記事にも書かれているように、経済状況と学力の相関性は単純には認められないようです。また、親の教育歴や収入、職業と子どもの学力の関連性も明確には認められなかったそうです。
これらのことから、単一ではなく複数の要因が重なって、子どもの学力に影響が出ていること、そしてその要因とは子どもを取り巻く社会的環境および経済的環境の二点ではないか、とこの新聞記事では論じています。
ビスマルク像
まず、社会的環境の問題として度々あげられるのが移民問題です。第二次大戦後、ドイツは移民の受け入れに積極的だったこともあり、移民およびその家族が多く住んでいます。中でもベルリンの移入民人口の割合は、ドイツ最大(約12%)を誇っており、移民を背景とする人の割合は約30%ともいわれています*1。日本の移民率は1.1%、しかもその大半は帰国子女と言われていますから、その規模の大きさがわかると思います*2。
特にトルコ系移民はトルコ国外で最大のコミュニティを形成しており、ベルリン市内の地域によっては、トルコ人や彼らの経営する店で占められ、ここは本当にドイツか?と戸惑うほどです。
このように人種のるつぼであるベルリンですが、その結果、昨年の小学校新1年生のうち3%はドイツ語が話せない子どもたちでした。そのため、小学校では授業をカリキュラムどおり進行させることができず、学力レベルも下がってしまう、とのことです。
上記の新聞記事でも紹介されていましたが、ドイツ国内の30万人以上の都市を調査したところ、州によって程度の差はあるものの、両親ともドイツ人ではない移民の子どもの学力は総じて低かったとのことです。ただ、バイエルンにも移民はいますし、ドイツ以外の国出身でも優秀な子どもは多くいます。これだけが教育格差の原因ではないようです。
ベルリン大聖堂
私が留学していたアメリカ・カリフォルニア州では、当時、財政難のため公立学校の授業科目から「音楽」「美術」といった科目が消えていきショックを受けた記憶がありますが、州の予算が縮小されると真っ先にカットされるのが教育コスト。財政難のしわ寄せを受けているのはベルリンの学校も同様です。
例えば、ベルリンでは学校の先生がよく病欠するそうですが、その場合でも予算がないので、代理の先生を雇うことができません。従って、そのクラスは子どもたちの自習時間となります。友人の子どもが通う小学校では算数の先生が1か月お休みしたそうですが、その間、代講はなく子どもたちは「自習時間」を「謳歌」。心配した友人は1か月間、自宅で算数を教えていたそうです。しかも、算数の先生の次はドイツ語の先生が1か月お休み、というように次々に先生がお休みするものですから、彼女は辟易していました。
さらに、上記新聞記事によると、経済難から、ベルリンには障がいを持っていたり、特別なケアを必要とする子どもたちのための学校や先生が旧西ドイツの都市に比べて少なく、また上記のようにドイツ語が話せない子どもたちのための特別クラスを設ける資金もないため、全ての子どもが一般の学校に通い、同じクラスで同じ授業を受けているとのこと。また、先生方に特別支援教育など様々なトレーニングを提供したり、既に訓練を受けた専門性の高い先生を雇う資金もないため、授業の進行が遅れてしまうだけでなく、提供する授業のレベルにも影響が及んでいる模様です。
これら絶望的にみえる状況ですが、ベルリン市もただ手をこまねいてみているだけではないようです。
第一回でご紹介したとおり、小学校入学までに、子どもの社会・文化的背景に関わらず、皆がドイツ語を話せるようになるように、保育料の無料化を図りました。今までは3歳から無料で保育園に通う権利が発生していましたが、今年(2013年)からさらに年齢を引き下げて1歳からになる予定だそうです。旧西ドイツの都市では月に700ユーロ(約84,000円)程、保育料がかかるところもあるようですから、これはかなり評価できる点だと思います。
ただし経済状況がこれだけ貧窮している中、次の解決策をどのように立てていくのかが、これからの大きな課題です。
このような状況の下、ベルリンでは小学校によって特色が全く異なること、また学域外の小学校に通うことも可能であることをふまえ、息子が通う保育園の保護者たちは今から「良い小学校」を探すのに真剣になっています。確実に希望の小学校に入学するため、その近くにわざわざ引っ越す人も多いと耳にします。私たちも息子をベルリン市内のどこの地域で育て、どこの小学校に入学させるか、検討を始めなければならないようです。
公園のハンモックにて
参考文献
- 1) Statistischer Bericht Einwohnerinnen und Einwohner im Land Berlin am 31. Dezember 2011 Statistik Berlin Brandenburg
- 2) OECD諸国の移民人口比率