CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 論文・レポート > 子育て応援団 > 【ドイツの子育て・保育事情~ベルリンの場合】 第8回 パパは女性?!

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

【ドイツの子育て・保育事情~ベルリンの場合】 第8回 パパは女性?!

要旨:

3歳の息子の言語発達は目覚ましく、渡独後4か月にしてドイツ語で寝言を言うほどになった。また複文、前置詞、冠詞の使用も始まったが、母語である日本語の影響を受けていると思われる発話も時折みられる。発音に関しては幼児特有のものがあったが、その都度、直すようにしている。ドイツ語習得を試み四苦八苦している母親とは対照的に、スポンジの如く新しい環境の言語を習得している息子に、大人と子どもの言語習得能力の違いを実感している毎日である。
今回は第4回に続き、3歳の息子の言語発達について述べたいと思います。渡独後1か月半でクラスメートとドイツ語で喧嘩したり、ドイツ語過去完了形を含む完全文を作成できるまでになった息子ですが、渡独後4か月にして寝言がドイツ語で出てくることがありました。

Guck mal, A! 「見て見て、A(先生の名前)!」
Zeig mal bitte! 「見せて~!」
Ich möchte Schokolade! 「僕チョコレート欲しい」

保育園で遊んでいる夢を見ていたのでしょうか?光景が目に浮かぶようです。私が初めてアメリカに留学した時に、語学学校の先生が「英語で寝言を言うようになったら、英語話者として一人前よ。」というようなことを言っていましたが、渡独後4か月にして既に、ドイツ語話者として一人前になっていたのでしょうか。今でもドイツ語習得に苦しむ母親としては、うらやましい限りです。

report_09_61_1.jpg
緑まぶしい公園をサイクリング


同じ頃、ドイツ語の前置詞も使用するようになりました。面白いのは文脈によって日本語の影響を受けていることです。
Ich bin mit Papa gegangen. (パパと一緒に行ったの)
*Ich bin Mama mit gegangen. (ママと一緒に行ったの)

「パパと一緒」だと"mit Papa"と「前置詞+名詞」の正しい語順なのですが、「ママと一緒」だと、なぜか日本語と同じ語順(「ママと」)の"Mama mit"となっています。保育園の先生に伺ったところ、園でも同様に日本語に影響されていると思われる語順でドイツ語を話すことがあったようです。

息子は日本で生まれ、3歳になるまでずっと日本で生活していましたので、渡独後ドイツ語習得中も日本語が母語となっているようです。話の内容によってドイツ語文法が日本語の影響を受けていても不思議ではありませんが、実際はどうだったのでしょうか?

渡独9か月頃になると、それまでは使用していなかった冠詞の使用が始まりました。ご存知のとおり、ドイツ語の冠詞は英語に比べて種類も多い上に、変化をしますので、学習者泣かせです。例えば、英語だと定冠詞"the"、不定冠詞"a(n)"とシンプルで、格によって変化することはありませんが、ドイツ語だとそれぞれ男性、女性、中性があり、さらにそれが格によって変化します。さらに、前置詞と動詞の組み合わせや意味によって、3格か4格か異なってきますし、形容詞も冠詞によって形を変えますから、もうこちらの頭の中は大混乱です。

大学院時代の恩師が「言語学的にはドイツ語は英語のお父さんです」と言っていましたが、個人的にはゴッドファーザー級だと思います。ドイツ語に比べたら英語は赤ちゃんのように思えてくるほどです。

そんな恐るべき冠詞を息子はずっと使わず、省いて文を作っていました。が、複文を作ることができるようになるなど、発話もだいぶ長くなってきたところで、冠詞(主格)の使用が始まりました。

例1: *Ich habe eine Auto. (ぼく、車持ってるよ)
例2: *Du bist die Papa. (あなたはパパね)

ここで面白いのは、なぜか全て女性冠詞を使用していることです。上記の例では、すかさずドイツ人の夫が、以下のように直していました。

1:"ein Auto"
2:"der Papa! Ich bin ein Mann! ("der"だよ、僕は男だからね!)"

保育園や遊び場での会話を聞いていると、他の親子も似たようなやり取りを行っているので、こうやってドイツの子どもたちは冠詞の性別や活用を覚えていくのでしょう。息子もこれからどのくらいの時間をかけて、どうやって正しく冠詞を使えるようになるのか興味深いです。

report_09_61_2.jpg
ベルリンの壁前でパパとサッカー


ところで、発音については幼児特有のものがありました。例えば、幼児にとって[s]という子音は発音が難しく、成長段階で最後にマスターする子音の一つでもあります。日本人は大人でも苦手なのか、英語の[th]のような弱い [s]音を発しているのを耳にすることがありますが、ドイツ語では子音が連続して起こる言葉も多く、各々の音を明瞭に発話することは、自分の意見を他人に理解してもらう上でも必須。ここでは日本よりずっと話し方が重視されるので、小さい時からの発話訓練は重要です。

息子も渡独当初は弱い[s] を発したり、"essen(エッセン:食べる)"を「エスネン」と言っていましたので、夫の特訓が始まりました。要はその都度、正しい発音で夫が言って、息子にリピートさせるというものでしたが、1週間もしないうちに、明瞭な[s]が言えるようになり、essenも「エッセン」と正しく言えるようになりました。

これは日本語にもあてはまり、当初はヘリコプターを「ヘリトクター」と言っていました。子音の[k][p][t]は発音する箇所がそれぞれ離れているので、連続して起こると幼児には発音するのが難しいのでしょう。舌足らずな感じで少し微笑ましかったのですが、これも練習して今では「ヘリコプター」と言えるようになりました。

これにより、息子は正しく音を認識する能力があり、またそれを自分で消化して、模倣・発する能力もあることがわかりましたので、今後発音しにくい子音連続音などの壁に当たった時には、同様の方法で乗り切ろうと思います。

report_09_61_3.jpg
ドイツ国会議事堂前広場でもサッカー


また、私がダメ出しをされることもありました。保育園の帰り道のこと。

私「ビンセント君って面白いよね」
息子「だれ?」
私「ビンセント君だよ、さっき一緒に遊んでいたでしょ」
息子「・・・(考えている) ビンセント君?」
私「そうだよ、(はっきりとカタカナ読みで)ビンセントくん!」
息子「ママ、違うよ、ヴィンセントゥ(Vincent)くんだよ(最初の音は下唇をしっかり噛んで強く発音し、最後のトゥは母音は発音せず、tの音を強く発音している)」

まさか3歳の息子に発音を直されるとは夢にも思っていませんでした。確かに、BとVは違う音ですし、最後は子音で終わっているので「ト[to]」ではなく、無声の[t]になります。外国人の名前を日本語風に読んでは、通じませんよね。

毎日ドイツ語学校に通い四苦八苦しているにもかかわらず、なかなか上達しない母親とは対照的に、スポンジの如く新しい環境の言語を習得している息子です。最も若い私のドイツ語教師であることは間違いありませんが、大人と子どもの言語習得能力の違いを実感している毎日です。
筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。
慶應義塾大学総合政策学部卒業。
英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

論文・レポートカテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP