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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第60回 欧州議会選挙~16歳から投票できるようになったドイツ

要旨:

今年6月、EU市民による欧州議会選挙が行われた。ドイツでは地方選挙で既に16歳から投票が認められていたが、今回から国政でも選挙権年齢の引き下げが行われた。その背景には高齢化社会における若者の意見反映の必要性などがある。元々当地の学校では政治教育が盛んだったが、今回の変更により、ドイツの政治に対する若者の関心が高まってさらに参加するようになり、若者の投票率向上も期待されている。

キーワード:

欧州議会、選挙、ドイツ、政治教育、若者の政治参加、選挙年齢引き下げ、環境問題、移民問題、住宅問題、ウクライナ戦争、イスラエル戦争、シュリットディトリッヒ桃子

今年6月にEU市民が直接投票を行う欧州議会選挙が行われました。1979年に始まったこの選挙は、5年に1度行われ、今年で10回目となります。ドイツでは、今年の欧州議会選挙から選挙権を16歳に引き下げることが決まっており*1、大きな関心を集めていました。

本稿では、この選挙にちなんで、選挙権年齢引き下げの背景、当地における若者の政治参加および政治教育についてお伝えします。

1. 欧州議会について

1.1 欧州議会概要
欧州議会はドイツを含む27のEU加盟国の国民4億5千万人弱から、直接選挙によって選ばれた議員で構成されており「世界で最も強力な権限をもつ立法機関の一つ」と言われています*2*3*4

現在の欧州議会の総議席数は720で、国の人口の割合によって各国の議席数が決められています。最小議席は6、最大議席は96ですが、ドイツは28か国中最多で、1か国の上限議席数である96議席を有しています*5

ちなみに、欧州議会では、議員は国別ではなく、政党別に行動します。各政党は、加盟国数の4分の1(7カ国)以上、25人以上の議員で構成されます*2

1.2 欧州議会選挙
上述のように、欧州議会選挙は5年に1回行われます。欧州27か国で行われる大規模な選挙ですから、その期間は4日間にわたります。今年は6月6日初日のオランダから始まり、最終日の9日にはドイツなど多くの国が選挙を実施しました*5

選挙規定に関しては統一されてはおらず、各加盟国の選挙法に委ねられています。例えば、ベルギー、ブルガリア、ギリシャ、ルクセンブルクでは、投票は義務となっていますが、その他大部分の加盟国では義務ではありません。

また、選挙権年齢は、ベルギー、マルタ、オーストリア、ドイツ(今回から)では16歳以上、ギリシャは17歳以上、他の国々は18歳以上と、ばらつきがみられます。

今回の欧州選挙でのドイツの有権者数は6,600万人、初投票者の割合は約13%となっています*6

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街中に貼られている各政党のポスター:
写真左上は緑の党、左下は現政権のSPD(社会民主党)
右上はMLPD(マルクス・レーニン主義党)、右下はDie Linke(左翼党)のもの

2. ドイツにおける選挙権年齢

2.1 ドイツにおける選挙権年齢の引き下げ
ドイツではベルリンを含む大部分の自治体において、既に地方選挙に関して16歳から選挙権を認めています。ドイツは連邦制をとっているため、州内の事柄に関しては、州に決定権があり、地方選挙に関する決まりは、国政選挙のものとは別となっているのです。

一方、国政選挙の選挙権は1970年以来18歳となっていましたが、2022年の連邦議会で、選挙権が16歳に引き下げられることが決定されました*1。これに対しては、賛否両論ありました。

2.2 選挙権年齢引き下げの背景
54年ぶりとなる、選挙権引き下げの背景には、どのようなものがあったのでしょうか?

まず、2011年ごろから始まった「Vote at 16(16歳で投票を)」というキャンペーンがあります。ミレニアム世代とその下のZ世代にとって、気候変動や社会保障、人権などは大きな影響を受ける問題です。しかし、各国の政治家はこれらの政策課題に取り組む際に、若者の意見に十分に耳を傾けていない、というように見えたのです*1

「全世界人口の約半分は30歳未満なのに、30歳未満の政治家はわずか2.6%。30歳未満の欧州議会議員はたった6人しかいない」という若者の声が全てを物語っています。

また、選挙権引き下げの動きは、高齢化が進む中で起きました。日本でもそうですが、高齢化は社会保障費の増加を通じて、若年層や現役世代に重い負担として、のしかかります。また、多くの有権者が中高年の議員を選び、高齢者に優しく現役世代に厳しい政策をとる、という図式になりがちです。この問題は「私たちの将来への道筋が、その影響をほとんど、あるいはもはや受けない人々によって設定されているという事実にうんざりしている」というドイツ社会協会青年組織の若者の声により顕著に表現されています*6

2.3 選挙権年齢引き下げに対する賛否両論
2023年に当地で行われた調査では、成人の半数は選挙権の年齢引き下げ案を支持している一方、回答者の年齢が上がるほど、反対する人が多くなっています*5。「政治に関心の低い若者が選挙権をもつようになれば、低い投票率がさらに下がるだけでなく、『選挙の質の低下(単なる人気投票になるなど)』につながる可能性がある」というものが多かった模様。

筆者の周りの選挙権のあるドイツ人に、本件に関する意見を聞いてみたところ、「成人しておらず、仕事も納税もしない、社会に対して責任のない子どもたちが、投票という権利ばかり主張するのはおかしい」「若者に人気の政党は票を得るために、選挙権の年齢を下げる決定をしただけで、実際に16歳では政治的決定をするのが難しいと思う」など、否定的な見方をしている人が多かったのも事実です。

一方で、実際に選挙権の付与年齢を引き下げている国では、16~17歳の投票率が高くなる傾向が明らかになっている、という近年の研究もあります*7。今年からEU加盟国で最大の経済規模をもつドイツとEU原加盟国のベルギーが16歳に選挙年齢を下げたことにより、新たな有権者は130万人となるそうですから、その影響は多大です*8

また、選挙権の年齢の引き下げが、政治への関心や参加の増加につながる可能性があることも指摘されています。多くの子どもたちは16歳になってもまだ学校に通っており、学校教育やキャンペーンによって、さらに政治に接する機会があるからです。実際、学校で投票方法などを教わるため、在学中に選挙権を獲得すれば、さらに政治的成熟度が高まるでしょう。高校生の時に投票を経験した人の方が、20代になっても、積極的に投票している、という調査結果もあります*1。また、心理学や神経科学的、政治学的な研究からも、16歳と18歳で差はない、という結果が出ているそうです*7

3. ドイツの政治教育~息子が通うギムナジウムの場合

ドイツ教師協会会長によると「政治に興味がない若者が多く存在するのは事実だが、学校で政治と歴史の授業を通じて、投票の準備をしている」と述べ、ドイツ学生代表のルイーザ・バスナー氏は「Wahl-O-matなど、特に青少年でも簡単に利用できるツールを活用する必要がある」と言っています。(Wahl-O-matについては後述)では、実際の教育現場ではどのような反応が起きているのでしょうか。

3.1 選挙に対する特別なイベントや授業
選挙年齢が引き下げられたことにより、今年から息子のクラスメートの多くが投票することができるようになりました(ドイツで早生まれにあたる息子自身は、今回の欧州議会選挙には16歳の誕生日が間に合いませんでした)。

既にベルリン州の選挙では投票できる生徒が多いこともあり、恒常的に政治のクラスで、民主主義について議論したり、学習したりしているそうです。しかし、今回、さらに上のレベルの選挙、すなわち国政や欧州議会への選挙権が与えられたことにより、学校でも今まで以上に積極的に、政治に関するアクティビティが行われているようです。

3.1.1 校内での特別展示
例えば、校内では写真のような展示が行われ、欧州議会の仕組みや役割、選挙についての説明や投票方法が説明されています。

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学校内の展示(左)とジュニア選挙のポスター(右)

3.1.2 ジュニア選挙(Juniorwahl)
また、ジュニア選挙(Juniorwahl)というものが、国政や自治体の選挙がある度に、ドイツ全土の学校で行われています。これは選挙権がなくても全生徒が投票を行うことができるもの。票は本物の選挙にはカウントされませんが、投票用紙などは本番さながらのものを使用、票は政府が集計し、ウェブで発表する、というシステムになっています。

このジュニア選挙は、今年は6月3日から9日までの「選挙週間」に行われ、息子が通う学校では6月5日に投票が行われました。彼がギムナジウムに入学して以来、過去5年間で1回だけ選挙があったので、その時は票を投じたそうです。しかし、投票時間が学年ごとに区切られている中、今回は大きなテストの日と重なってしまったこともあり、残念ながらタイミングを逃してしまったそう。来年以降は、ジュニアではなく本物の選挙で投票できますから、そちらに参加する、と言っています。

3.1.3 Wahl-O-mat
ところで、ドイツでは極小政党を含む35もの政党から今回の欧州議会選挙に立候補しています。ですから、どの政党に投票して良いのか、大人でも混乱してしまう人が多いそうです。そこで、"Wahl-O-mat"というウェブサイトが役に立ちます。これは、38問の質問に答えていくと、自分の意見に近い政党がランキング形式で見ることができるのです。(Wahl-O-matウェブサイトはこちらです)

質問内容は、気候問題、移民難民問題、ウクライナやイスラエルの戦争、高騰する家賃問題、税金、EUの在り方に関するものなど多岐にわたりますが、どれも私たちの生活に密接に関わっている問題です。そのような問題に対して、はい、いいえ、どちらともいえない、の三択から選んでいくと、自分の意見に一番近い政策をもつ政党から、順に一覧が表示されるというもの。

私はドイツでの選挙権はありませんが、好奇心からこのWahl-O-matを試してみました。質問に答えた後、自分の考えに近い政党が、マッチング度の高いものから、ずらりとリストアップされる結果に驚いたものの、各政党の設立の経緯やその政策についても同時に読むことができるので、大変有用なサイトだと思いました。

息子の政治のクラスでは、このサイトを使い、自分の意見に近い政党を見つけることにより、各政党および政策について学んだそうです。

3.1.4 政党のポスター分析
さらに、上にあげた写真のように街中に貼られている各政党のポスターを観察し、彼らの主張、ターゲット層およびそれらのニーズの描かれ方とその背景や理由、ポスターにおける色の役割、メッセージが象徴しているものなどを細かく分析する課題もあったそうです。

3.2 通常の政治の授業
これらは今回特別に行われている課題ですが、週1回行われる政治の授業はディスカッションが中心だそうです。テーマは、NATOの変遷と役割、イスラエル問題、ウクライナとロシアに対するドイツの姿勢といった国際的事項から、最近ドイツで合法化された大麻の是非に関する議論など、身近なテーマでも議論が行われているとのこと。

息子によると、授業中は生徒が様々な対立する意見を表現できる雰囲気になっている一方で、先生は支持政党を含む政治的意見はクラスでは言ってはいけないことになっているので、あくまでも中立的な立場を保っているとのこと。政治の授業の目標は「民主主義に基づき、生徒が自分の関心によって政治に参加できるよう、自分で考え、自身の言葉で意見を発言できるようにしていくこと」とされているので、先生はあくまでも仲裁人の立場をとっているのでしょう。

4. 政治教育の効果

EU議会のユーロバロメーター調査では、15~24歳の91%が選挙に非常に関心をもっており、56%が選挙権年齢の引き下げに賛成しているそうです*4。記憶に新しいFridays for Futureの活動に参加している生徒も息子のクラスに数人いるそうですし、当地では日本に比べると、若者の政治参加度は高い印象があります。

上述のような政治の授業から学んだことについて息子に聞いてみると、「環境、移民・難民問題、ウクライナやイスラエル戦争など、僕たちの周りは問題だらけだ。政治の授業を受ける前は、それを肌で感じていても、どうしてよいのか分からなかった。でも、授業を受けるにつれ、だんだんそれらをどのように解決していけばよいのか、つまり、それらの問題に対する自分の意見を明白にし、16歳からはそれに近い政党に投票すればよいのだということが分かってきた。そういう意味で、とても役に立ったと思う」とのこと。

確かに、当地をとりまく問題は山積みで、私たちの日々の生活にも大きな影響を及ぼしています。だからこそ、学校での政治教育を通じて、子どもたちは、それらの問題を自分ごととして捉え、問題解決に向けての行動につなげることができるのではないでしょうか。その一歩が投票であり、それが民主主義の元になっている、ということを当地の学校で教わったことからか、我が家では食卓で政治の話題が上ることも多くなりました。

息子は「今回は投票できないけど、16歳になって初めて投票し、社会に参加できるようになるのが、今から楽しみ」と言っています。もちろん、クラスメートの中には、選挙権があっても投票に行かない、など政治に興味のない子どももいるそうですが、少なくとも我が家の子どもには、学校の政治教育は効果があったようにみえます。


  • *スウェーデンの高校生グレタ・トゥーンベリが始めた、学生など若者が中心となって気候変動対策を求める国際的な運動。


筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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