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【ニュージーランド子育て・教育便り】第35回 ワクチンパスポート導入時の子どもの生活

要旨:

ニュージーランドでは、ワクチンの接種有無に基づく新警戒システムに移行しました(第33回参照) 。この制度では、ワクチンパスポートの運用に基づいて人々の生活の自由度が大きく異なることになります。比較的自由な生活を満喫できる人々と制約のある人々が分けられ、新制度への賛成派と反対派でニュージーランドが分断してしまったとも言われます。オミクロン株の流行拡大によって、この制度は遠からず終焉を迎えそうですが、子どもに与えてしまった影響を考えると子育てをする環境としてはあまり適していなかったように思います。

前々回のレポートで、ニュージーランドは新警戒システムへの移行を予定しており、「その実態を改めてお知らせします」としていました。新警戒システムのポイントを一言で表せば、12歳3カ月以上を対象にワクチン接種者にワクチンパスポートが発行され、それに応じて人々の生活の自由度が変わるというものです。ワクチンパスポートがある人々は新型コロナウイルス流行前に近い形での生活ができる一方で、ワクチンパスポートのない人々は生活の様々な場で制約を受けてしまいます。

こうしたワクチンパスポートを導入した国々で、市民が自由を満喫する映像をニュースで見た方も多いのではないでしょうか。そういった側面は確かにあり、特に制度導入初日などは大勢で喜び集う人々の姿に焦点があてられていたと思います。しかし、実際に日常を過ごしてみるとこの制度の実態というのは評価するのが非常に難しいものでした。その理由は、この制度が、自身や家族のワクチン接種の有無、家族構成などその人の置かれた立場によって、個人また仕事上の利益に繋がるのかといった、その人の置かれた立場によって全く違う評価になるということを目の当たりにしたからです。加えて、ワクチンパスポートを支持する場合もそうでない場合も、それぞれの価値観で人によっては強い感情を伴うものだとも感じています。そのため、今回のレポートはあくまでも「私」一個人が、母親の立場として見えることに限ったものあり、全く違う考えをする方がいることを先にお断りしておきます。また、私自身は、接種している人でも接種していない人でも、今まで同様の関係でいたいと願っていますが、その点に関しても、考え方は人により様々です。

我が家の子どもたちとは離れますが、新制度になり私が一番心を痛めていたことは、12歳3カ月から適応されたワクチンパスポートによって、未接種の子どもたちが図書館に行くことができなくなってしまったり、スポーツなどをはじめとした多くの課外活動に参加できなくなってしまったりしたことです。12歳から18歳の子どもたちには、保護者をはじめ周りの大人の考えが多分に反映されているはずです。多感な年ごろの子どもたちが様々な学びの場で不利益を被ってしまったことに関しては、政府も意図していたことではないようで、2月中旬には解決していく方針を示しました。しかし既に2月初めの新学年からホームスクーリングに切り替えたり、学校に行くこと自体をやめてしまった子もいます。ワクチンパスポートの対象外であったわが子2人の場合でも、保護者同士の人間関係にかなり気を使うのですから、12歳以上のお子さんのいるご家庭はもっと考えることが多かったのではないかと想像してしまいます。

新警戒システムに移行してからというもの、生活の様々な場でワクチンパスポートが必要になりました。外食をする時、コンサートへの入場時、図書館に入る時、美容室、映画館、ジムの利用時などです。また、職場で働く際の条件にしたり、専門医の受診時に提示を問われたり、スポーツチームへの参加時に所持が条件とされたり、政府の方針以上にワクチン接種の有無で、対応を分ける店舗や機関が広がり増えました。接種が義務とされた医療従事者、教育関係者、警察官、国境管理に携わる職種の方々などの中にも接種を拒み、職を失ってしまった方i)もいます 。こうした状況に対して反対の声をあげる人も多く、ほぼ毎週のようにワクチン接種の強制に対しての反対運動が繰り広げられることになりました。その規模は週を追うごとに大きくなり、2月から3月にかけて全国から集まった人々が23日間もの間、国会前の広場で声をあげ、警察に鎮圧されるという事態になりました。鎮圧後も、反対の声はニュージーランド各地で続いています。その一方で、ワクチンパスポートを導入して、以前に近い生活を取り戻したいと願う人もいますし、家族や自身の置かれた状況などから大多数にワクチンがほぼ強制されている状況を歓迎する人、ニュージーランドの脆弱な医療を守るために理解を示す人、政府の政策を支持する人もいます。報道や人々の声を見聞きする限り、現在人々は完全に分断してしまったと言われています。

前置きが長くなりましたが、一人の母親としてはワクチン接種の有無で生活の自由度が分かれていなかった頃の感染症対策の方が、子育てしやすかったように感じています。まだ4歳の息子は、何をするにも誰かと会うとなれば保護者がついて行くなどの計画をする必要があります。息子の子育てに関して言えば、行くことのできる場所が保護者の接種有無によって異なるため、気軽に誘いにくいという問題が起こります。例えば、映画館(ワクチンパスポートの提示があれば行ける場所)などに誘って頂くような時に、「うちの子どもが映画館に行きたがっているので、一緒に行きませんか。もし何らかの理由(つまりワクチンパスポートがない)で連れていけないなら、私が連れていくから」といった文面で誘って頂いたり、何をするにも保護者同士がお互いに非常に気を遣うのです。「ありがとう。一緒に行きます」と答えると、そこで相手の接種の有無を推定できるという感じでしょうか。接種の有無を直接聞く人もいると思いますが、私の周りではこんな調子の気遣いが感じられる文面を送ってくださる方が多い印象です。私の場合には、誘いたい相手の接種有無にかかわらず会える場所(公園などの屋外)を提案してみたり、そもそも会うこと自体を控えたりしがちです。子ども同士で遊ばせることのハードルが、かなりあがってしまいました。

11歳の娘に関しても、やはり保護者を含めて会うということになると、同じような気遣いが生じます。また、娘の小学校では偶然いませんでしたが、多くの小学校で接種をせずに教職を去った先生がいたり、信頼していた先生がやめてしまうという経験をした子どもも多かったようです。また、夏休みの間は、インターミディエイト・スクールに入るにあたり子どもの人間関係がどのように影響を受けるのかということがずっと気がかりでもありました。というのも、上述のように大人の世界が二分されている間に5歳から11歳の子どもたちのワクチン接種が開始されたからです。私は娘には、家族の事情もそれぞれ異なるし、友人がどんな選択をしていても尊重しあって欲しいということを伝えていました。私の心配をよそに入学後の娘から聞く限り、クラスメイトや友達は会話で誰も一切ワクチン接種のことには触れないのだそうです。娘が言うには、それが今適した話題ではないことはみんなわかっているから、とのこと。ワクチン以外の話で毎日楽しく学び、遊び、過ごしている様子です。その様子は、当初の新型コロナウイルスが流行り始めた頃のニュージーランドの対応に子どもたちが安心して「今ニュージーランドにいてよかったね」とオープンに話していた姿とはかけ離れていますが、大人の世界が分断してしまったと言われる中で、仲良く過ごそうとしている子どもたちの姿には救われる気がします。

先日、ジャシンダ・ア―ダーン首相は、「オミクロン株の流行がピークを越えた時点では、多くの人が実際にオミクロン株にかかることによってワクチン接種の有無が意味をなさなくなるため、ワクチンパスポートの撤廃やワクチン接種の義務が緩和されるだろう」と示唆しました。こうなると結局、新警戒システムの運用は短期間で終わりを迎える模様です。この数カ月を振り返ると、ワクチンパスポートに基づく新制度は、感染症対策や経済政策としては評価すべき点があったのかもしれません。しかし、子どもの視点で考えた時には、メリット・デメリットを省みる必要性を感じてしまいます。

追記:このレポートはワクチンパスポートが運用されている間に書いたものです。オミクロン株のピークを越え、2022年4月5日からワクチンパスポートは廃止されました。またワクチンパスポートの有無によって細かく行動が制限されていた警戒レベルの定義も、マスク着用条件や人数制限のみに焦点化した3段階の警戒レベルへと一気に簡素化されました。接種が義務とされた職種もより限定的なものになり、医療従事者、刑務所職員、国境管理に携わる職種の人々のみと変更されました。


    i)このうち警察官、国境管理関係者については、2022年3月初旬、最高裁判決が出され職を失うことはなくなりました。
筆者プロフィール
村田 佳奈子

東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。幅広い分野の資格試験作成に携わっている。7歳違いの2児(日本生まれの長女とニュージーランド生まれの長男)の子育て中。2012年4月よりニュージーランド・オークランド在住。
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