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新型コロナウイルス対策に翻弄される海外駐在員たち

森中 野枝

2020年6月26日掲載

新型コロナウイルスの影響で先が見えない生活が続く中、皆様いかがお過ごしでしょうか。

『国際都市ドバイの子育て記』連載中の筆者ですが、2017年夏に夫が転勤になり、ドバイから、私たち家族5人(筆者・夫・娘2人・息子1人)にとって4か国目の駐在地であるサウジアラビアのジッダに引っ越しました。

サウジアラビアでの生活で経験した貴重な体験については、また改めて連載で書かせていただくことにして、今回はサウジアラビアに住む私たち家族や世界各地に駐在する周りの友人たちが、このコロナ騒動でどのように翻弄されたかをご紹介したいと思います。

決めた、サウジアラビアから日本に帰ろう!

新型コロナウイルスをめぐる状況に入る前に、我が家の状況をお話しします。
新婚の頃(2004~2008年)に中国の北京に住んでいた私たちは、その後いったん日本に帰国。そして2011年9月に日本を離れてから9年間、私たち家族はずっと海外に住んでいました。最初はカナダのトロント、そしてアラブ首長国連邦(UAE)のドバイ、最後の国はサウジアラビアです。

カナダでは小学校1年生だった長女も、早いもので今や高校受験生。日本で受験することを視野に入れ、長女が小学校6年生の時から、毎年夏休みに日本に一時帰国する度に、あちこちの学校見学に行き、様々な選択肢を考えました。夫がカナダに転勤になったときも、ドバイの時も、そしてサウジの時も、自分たちの意思では決められなかった引っ越し時期と引っ越し先。長女の高校受験を目的とした今回だけは、自分たちで決めることができるとあって、時間をかけて綿密に準備をしました。何度も家族会議をした結果、日本の高校に進学したいという長女の意思を尊重し、日本への帰国を決断。夫1人をサウジアラビアに残し、3人の子どもを連れて、私は日本に帰国しました。

2019年12月末、手持ちの夏服をすべて身に着け、ちぐはぐな格好で関西空港に降り立った時のことは忘れられません。灼熱の中東暮らしが長く、冬の記憶がほぼない11歳の次女と7歳の長男は、空港の外に一歩踏み出し、木枯らしがピュ~ツと吹いただけで大興奮、スキー場にでも行ったかのような大騒ぎでした。それも無理のないことで、いわゆる本物の冬を過ごすのは、2013年にカナダを離れて以来、実に6年ぶり。日本の冬は9年ぶりです。カナダ生まれ、中東育ちの長男にとっては憧れの冬、日本でお正月を過ごすのも初めて。そんな子どもたちですから、持っている冬服はほぼゼロ、下着、靴下から上着まですべてのラインナップを揃える必要があり、帰国後は、私も含めて4人分の冬服準備におおわらわでした。

最初の敵はインフルエンザ

12月に帰国した当初、最大の関心事はインフルエンザをはじめとする冬の感染症でした。
6年にわたる長い中東生活で冬のウイルスにさらされていないこと、寒い気候に慣れていないこと、日本の冬の過ごし方を知らないことなど、冬の感染症に無防備な我が子たち。
帰国してまず準備したのは、インフルエンザ対策のグッズでした。高齢者施設に勤めるお友達からのアドバイスに従い、マスク、除菌グッズ、ウイルス予防に効くかもしれないと言われたマヌカハニー、梅エキスなどなど、首にかけるだけでウイルスを除去することができるウイルスブロッカーなるものまで、考えつくものをすべて購入しました。

そして、日本の冬を知らない子どもたちへの生活面での教育。一年を通して気温が高いサウジアラビアでの入浴は、基本的にシャワーのみです。冬に湯船につかるのも初体験の子どもたちには、「湯冷め」という感覚がありません。お風呂上がりにパジャマの上に一枚上着を羽織るとか、濡れた髪の毛でうろうろすると風邪を引くので乾かすようにとか、裸足で寒い寒いと文句を言う前に靴下を履こうとか、一つ一つ教えていきました。

長女はジッダ日本人学校に在籍したまま、日本で高校受験をするため、日本の中学校には通わず、中3の3学期は自宅学習と塾のみでの勉強。勉強は本人に任せて、私はもっぱら健康管理、インフルエンザ予防などの"啓蒙活動"にいそしみました。朝起きたらすぐに歯を磨いて風邪を予防する、手洗いうがいをリマインドする、手すりは触らないように教える等々。

振り返ってみると、このすべてが新型コロナウイルスに対処する上で、適切な準備になっていたのだなあと思います。

よみがえるSARSの記憶

そんな折、携帯のSNS上に春節休み中の北京から、現地の友人たちのこんなおしゃべりが流れてきました。
「春節の休みなのにどこへも行けない」「住宅の敷地内の公園に行くだけなのに何度も体温をチェックされる」
1月末といえば、日本では新型コロナウイルスの中国における流行が報道され始めたばかりの頃。ほとんどの日本人は、まだ気にも留めてなかった時期だと思います。

でも、武漢で猛威を振るっていた新型コロナウイルスにおびえる友人たちの様子を見聞きし、これは尋常ではないと思いました。

そう思ったのは、今から約17年前の春、中国発の感染症SARSに振り回された経験があったからです。
私たち夫婦は、2003年のゴールデンウィークに神戸で挙式をしました。夫は北京駐在、私は東京在住、挙式は神戸というちょっとややこしい位置関係で、北京からの来賓も多数予定されていました。SARS流行時、4月上旬までは、情報不足により感染者数が少ないと思われていた北京も、4月中旬に感染者数・死亡者数ともに大幅に上方修正され、そこからまるで私たちの結婚式の日を目がけたかのように患者数がどんどん増えていきました。

情報不足のため、感染源も治療法も予防法もわからず、酢で家の壁を消毒するのがいいだの、土鍋で煮込んだ漢方薬が効くだの、デマが飛び交い北京は一時パニック状態。果たして夫が帰国できるのか、北京からの来賓は参加できるのか、刻々と変わる状況の中、右往左往した記憶がまざまざとよみがえってきました。

長女の卒業式

今回の新型コロナウイルス流行にあたり、中国の状況を深刻にとらえたのには、もう一つ理由がありました。3月中旬、長女が中学の卒業式に出席するためにサウジアラビアに戻る予定だったからです。

長女は、少し早く合格が決まる第一志望の高校に受かれば卒業式に参加できる、というのを励みに猛勉強していました。12月にサウジアラビアを離れる時も、みんなに「またすぐに卒業式で帰ってくるから」と言い残してきたという経緯があります。無事に高校から合格をもらって、サウジアラビアに戻る気満々でいる長女に「サウジアラビアに戻るのは無理かもしれない」と、早々に伝えました。もう感染症に振り回されるのはごめんだ!という思いが強かったからです。

そんな中、驚きのニュースが飛び込んできました。
2月27日、サウジアラビア政府は、感染国からのサウジアラビアへの入国禁止措置を突然打ち出しました。新型コロナウイルスの感染拡大防止策の一つで、もちろん感染国に日本も含まれていました。

しかも、サウジアラビア政府の通達から1時間後には実行されるという、待ったなしの入国禁止措置で、空港は大混乱に陥りました。事前通達なしに、いきなり「今日からね!」というのは、サウジアラビアの得意技なのですが、この時点ではサウジアラビアの新型コロナウイルス感染者はゼロだったため、誰もが予想しない措置でした。もし私たちが卒業式に向かっているタイミングだったら...と思うとぞっとします。

ジッダに戻るためにドバイ空港で乗り換えを待っていた私の友人は巻き添えになり、サウジアラビアに入国できず、そのまま日本に泣く泣くとんぼ帰りする羽目になったそうです。

そして、言うまでもなく、長女のサウジアラビア行きももちろん取りやめになり、卒業式参加の夢は打ち砕かれました。

もはや神レベル!サウジアラビアの新型コロナ対策

こうして万全の対策を整えていたサウジアラビアですが、3月2日には新型コロナウイルス感染者、第一号が発覚しました。

これを受けて、サウジアラビア政府はこの入国禁止措置に続き、矢継ぎ早にトップダウン式のコロナ対策を打ち出しています。しかも、初期のころはその多くが夜に通達が出され、次の日にはすでに実施されているという電光石火の技。神のお告げに近いレベルです。

3月10日にはすべての学校が休校(結局、娘の学校の卒業式自体が実施されませんでした)。
3月23日よりロックダウンが開始され、最初は午後7時から翌午前6時までの夜間外出禁止令だったのが、日中の午後3時から翌午前6時までになり、最終的には24時間の外出禁止令に延長(住民は食料品購入及び通院の理由に限り、午前6時から午後3時までの間は外出可能。食料品購入は近くのエリア限定)されました。違反者は、1回目の場合は約30万円の罰金、2回目の場合は60万円の罰金、3回目は逮捕されるという、非常に厳格なものです 。

24時間外出禁止の時期に、夫が朝6時に近くのスーパーに食料品の買い出しに行ったら、開店前からすでに多くの人が殺到していて大混雑だったそうです。普段は分散されている客足が集中したために、逆に「三密」状態だったと話していました。

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パンダスーパーマーケット。
入場制限され、入口には長い列ができている。
 
レッドシーモール内のスーパーマーケット、
ダヌーブの入り口で検温を待つ。

サウジアラビアの首都リヤドに住むお友達は、スーパーで一時品薄だった卵を手に入れるため、オンラインでお目当ての卵と、ついでにお野菜を注文しました。夕方の午後4時~午後8時の配達を希望していたのに、待てど暮らせどなんの連絡もない。諦めて寝てしまったら、なんと夜中の11時半に届けに来たと電話があったそうです。セキュリティの厳しいコンパウンド(外国人向け居住地区)だったため、ゲートまで車で運転して取りにいき、挙句の果てにお目当ての卵は欠品だったというのです。もう笑い話のネタにするしかありません。

4月24日から始まったラマダン期間中は、午前9時~午後5時までの外出禁止令が部分的に解除され、ある程度自由に外出できるようになっています。ただし、イフタール(断食明けの食事)などの際に家族以外が集まるのはNG。そして、ラマダンが終了すると、また24時間外出禁止令が発令となります。

気になる感染者数ですが、サウジアラビアは検査を積極的に行う方針で、ピーク時は一日に3,000人弱の感染者が出ており、その後、2,000人前後で推移しています(5月末時点)。

というのも、サウジアラビアは約278億円をかけて中国の企業と提携し、徹底的な新型コロナウイルス感染症状の検査を行っているのです 。国内に6か所の検査センターを設置(一部は移動型)して、1センター当たり1日1万件の検査を実施。中国企業との契約期間8か月の間に総人口の40%の検査を行おうとしています。感染者の受け皿として病院も増設しており、自国民のみならず外国人に対しても、治療を無料にすると早々に発表し、不法滞在者にすらも門戸を広げています。

これらの新型コロナウイルス対策が財政を圧迫していること、そして原油価格が急落していることに対応するため、サウジアラビアでは財政の緊縮策も発表しています。日本の消費税に当たるVATを7月から従来の5%から15%に引き上げると発表しています。

日本とは真逆に近い対策をとるサウジアラビア。今後も注目していきたいです。


参考文献

筆者プロフィール
森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。2013-2017 アラブ首長国連邦ドバイ滞在。現在はサウジアラビア、ジッダに住んでいる。
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