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新型コロナウイルスによるサーキットブレーカー下のシンガポールでの自宅学習

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筆者は、2013年よりシンガポールに在住しており、現在、中学3年生の長女と、中学1年生の次男がローカル校でお世話になっております。新型コロナウイルスが問題となっている状況下(注1)の、シンガポールでの在宅学習の現状を、ご紹介したいと思います。

3月になり周りの国がロックダウンをはじめるなか、検査と追跡ができているシンガポールでは、学校は部活動や全校集会などを中止するだけで、授業は続けていました。しかし、欧米での流行を受けて帰国者から市中感染が広がったのか、4月7日に「サーキットブレーカー(隔離施策)」と呼ばれる措置が発動される状況になり、急遽自宅学習に切り替わりました。

この措置を受けて、シンガポールでは4月8日から自宅学習が始まりました。実はシンガポールの公立学校は数年前から、年に2回e-Learningと呼ばれる在宅学習の日を設けて、有事の際に自宅学習が出来るようなプラットフォームを用意していました。SARSなどの感染症やヘイズ(煙害)で登校が出来ない時を想定してのことでした。Times Publishing Group傘下の教育出版社が運営するオンライン学習のサイトが使われていたり、算数の時間には、2008年にAsia Pacific ICT Awardsを受賞したシンガポール式算数(注2)の学習サイトが使われたりしていました。この算数の学習サイトは、今はフィリピンでも利用可能なようです。

オンライン自宅学習が出来ない児童は?

今回のコロナ状況下に陥る前から行われていた、年に2回の自宅学習の日でも、家庭に保護者が不在の場合や、そのための環境を用意出来ない児童は登校し、学校で同様の内容を同じように学習していたようです。今回のサーキットブレーカーが発動されてからは、例えばある学校では、当初保護者の不在や環境が整わないために(全校生徒1,300人中)約60人が登校していたのが、環境が整うにつれて、20人ぐらいに減少しました。全国では小中高あわせて4,000人は登校していたと報道されています。環境を整備できない家庭に対しては、学校からPCの貸し出しもありますし、PCを300ドルぐらいで購入できるよう、政府からの補助金もあります。ちなみに次男の学校としては、BYOD(Bring Your Own Device:自分の端末を使いましょう)という方針(注3)で、9インチ以上のスクリーン、OSはAndroid, iOS, Windowsで、最低16Gのメモリがあればいいようです。

学習プラットフォーム

シンガポールの教育省(Ministry of Education: MOE)は2018年、試行錯誤を経て、Singapore Student Learning Space(SLS)と呼ばれる学習プラットフォームを、小学校から高校までを対象に作成しました。これは、シンガポール全土の小中高校で、宿題のアップロード・ダウンロードなどのプラットフォームとして利用されています。ここに至るまでに、民間企業のプラットフォームをいくつか試し、最終的にシンガポール政府製のSLSに落ち着いたようです。ただし、学校によっては独自に違うシステムを使っている場合もあります。

ビデオ会議システムのセキュリティ

世界各国で問題になったように、あるビデオ会議システムのセキュリティの脆弱性がシンガポールでも問題となりました。実際に子どもの目に触れさせたくない画像が共有された事例もあり、「利用しないように」と、4月9日に教育省が通達を出しました。その後13日には十分なセキュリティが確保されたので、利用再開を認める通達がさらに出されました。学習に有効なものを安全に利用するための、素晴らしいスピードでの対応です。ZoomやGoogle Meet、Microsoft Teamsなどを利用している学校もあるようです。次男が言うには、動画の再生がスムースだったり、ブレイクアウトルームというランダムに班に分かれて議論ができる機能があるため、Zoomの方が使いやすいとのことです。

参観可能

平日勤務だと行くのが難しい授業参観が自宅学習だと自宅で見ることが出来ます。長女のクラスメートがオンラインの宿題を提出しておらず、オンラインで怒られているのを聞くのはまるでこちらが怒られているような感じでした。朝の会は、クラスごとにビデオ会議システムを使って開かれます。児童は制服、もしくは学校指定のTシャツに着替えて、ビデオカメラをオンにして顔を出すのが原則ですが、インターネットの接続速度や安定性の問題があるのか、ビデオカメラをオフにして参加している児童も数名いました。テレビ会議システムの仮想背景機能を使うことは、推奨されていません。次男の学校はカトリックの学校なので、新型コロナウイルス感染症と戦う最前線で働く人々に感謝し、安全を祈ったりもします。シンガポールの公立校では、毎朝、「シンガポール国民の誓い」 の宣誓するのですが、自宅学習でもしていました。

シンガポール国民の誓い

我々シンガポール国民は
人種、言語、宗教に関わらず
共に一致団結し
我々の国の幸福、繁栄、発展
を達成するために
  正義と平等に基づいた
民主社会をつくることを誓います。


自宅学習中の時間割

中学1年生の次男と中学3年生の長女の自宅学習中の時間割を見ると、体育では、ビデオ会議を使って身体を動かすものもあれば、YouTubeの動画を真似て運動し、その様子を動画で撮って送るような課題もあります。英語の授業でも、プレゼンテーションを動画で撮影し、送らなければならないものもあります。オンライン授業と呼ばず自宅学習と呼ぶのは、オンラインでスクリーンを視聴する時間を1科目30分まで、1日4科目で合計2時間までに制限しているからです。発達期の学童のスクリーンタイムを、適度に制限したほうがいいだろうというのは、納得がいきますが、長女のクラスでは曜日によって始業時間が違うため、自宅学習中に学習リズムを一定に保つことがやや難しかったです。

睡眠に興味のある小児科医として

シンガポールは、かつて2部制だった頃の名残りや、親が出勤前に学校まで送迎するケースもあるからか、現地校は始業の時間がとても早く、朝7時30分には授業が始まる学校がほとんどです。バスで30分以上かけて通学している児童などは、まだ真っ暗な6時30分頃に家を出なければならないケースもあり、小児期発達期の睡眠不足の悪影響を懸念します。米国小児科学会は学校の始業時刻は8時30分以降を推奨しています(注4)
自宅学習では通学の時間がない分だけ始業までに時間の余裕があり、その分、睡眠をしっかりとれることはメリットになります。

日本やアジアでは

欧米で報告されているような、川崎病のような酷い新型コロナ感染症は、日本やアジア圏では報告されておらず、学校や保育施設の閉鎖は流行阻止効果に乏しいとされています。教育・保育・療育・医療福祉施設等の閉鎖が子どもの心身を脅かしており、「小児に関してはCOVID-19関連健康被害の方が問題と思われる」という意見もあります(注5)。シンガポールではコミュニティ内での感染は1けたになって1週間たち、6月2日から、試験のある最終学年を優先し、段階的に再開していきます(注6)


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ONE ASIA LAWYERS国際弁護士・森和孝氏作成




注記

筆者プロフィール
hayashi_keiichi.jpg林 啓一(はやし・けいいち)

医師。東京大学小児科研修を経てハーバード大学公衆衛生大学院卒。ユニセフブータンで勤務。上海で4年臨床を経験したのち、2013年からシンガポールのラッフルズジャパニーズクリニックに勤務。趣味の自転車競技では、3年連続グランフォンド世界選手権参加。Treknology3ブランドアンバサダー。3人の子どもは全員ローカル校。

※肩書は執筆時のものです

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