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【ザンビアの子育て・生活事情】 第13回 子ども連れでのザンビア-日本間の移動

カエベタ 亜矢

2016年2月26日掲載

要旨:

ザンビアと日本の間の飛行機の移動は1日以上かかり、費用もかかる。経路は、いくつか選択肢があり、費用や乗り継ぎの便などを考慮して選ぶことになる。幼い子ども連れでの長時間の飛行の際には、色々な工夫をして準備しても、予期しない事態が発生し、冷や汗をかく事も少なくない。日本へ帰国する際には、日本製品の購入も重要な目的の1つであり、赤ちゃん用グッズに加えて、文房具やお菓子をまとめ買いして持ち帰り、ザンビアの生活で活用する。

Keywords:飛行機、経路、ハプニング、日本での買い物、日本の家族

今回は、ザンビアと日本の間を、子どもを連れて飛行機で移動した経験について書かせていただきたいと思います。私的な話題が中心になりますが、子ども連れで海外と日本を行き来される機会がある方には、共感していただける部分も少なくないのではと思います。ザンビアを生活の拠点とするようになってからも、私は1年に1回程度の頻度で日本に帰国していましたが、ザンビアと日本の間の移動は、飛行機で1日以上かかり、費用も1人20万円前後かかるため、気軽に行き来はできず、家族揃って帰国することができたのは数年に1回でした。

経路選び

日本とザンビアの間の飛行機での移動は、いくつか経路がありますが、大きく分けて、南アフリカを経由する南回りと、ヨーロッパ又は中東を経由する北回りがあります。ここ数年の間に、20時間を切る経路も出てきて、大分便利になってきましたが、それでも、日にちをまたぐことになるので、片道で2日間、往復には4日間かかります。

私がザンビアを拠点に生活するようになった当初は、専ら、より安価な南回りの経路を利用していました。南回りの経路では、日本からザンビアに行く際には、香港、バンコク、シンガポール等のアジアの都市で1回目の乗り継ぎをし、南アフリカのヨハネスブルグで2回目の乗り継ぎをすることになります。ヨハネスブルグからザンビアの首都のルサカまでは約2時間のフライトなのですが、あと一息のところで、乗り継ぎのために数時間待たされることになり、ヨハネスブルグの空港でルサカ行きの飛行機を待っている間は、それまでの長時間の飛行の疲れがどっと出て、時間が経つのがとても遅く感じました。南回りでもいくつか選択肢があり、飛行時間や費用を見ながら色々な経路を試しましたが、結局、大差はなかった気がします。

一度、他の経路よりも安かったという理由で、家族揃って日本に帰国する際に、3回乗り継ぎの経路(ルサカ→ドバイ→関空→羽田)を利用したことがありました。この経路では、関空で既に日本に入国するので、関空と羽田の間は国内線になります。私たち家族が使った便は、平日の夜のものだったので、乗客はビジネスを終えて東京方面に戻られる方が大半を占め、幼い子どもを連れてザンビアから来た我々は異質でした。ただでさえ目立つ中、当時1才4か月だった三女が、どうしようもない位にぐずり出して手が付けられなくなり、周りの視線が一斉に集まるのを感じました。冷や汗を流しながら最終地点の羽田までを過ごすことになり、疲れが倍増しました。最近では、中東経由で乗り継ぎが1回で済む経路も出てきて、費用が安価な経路でも3回乗り継ぎをする必要はなくなりました。

道中でのハプニング

長女がまだ幼かった頃には、その後の生活拠点をどちらにしようか決めかねていたこともあり、長女を連れて日本とザンビアの間を往復した事が何回かありました。幼い長女と2人だけで長時間の旅行を乗り切るために、色々と試行錯誤しました。乗り継ぎの空港で待っている間に遊ばせるために、折り畳み式の赤ちゃん用マットを機内荷物として持ち込んだのですが、かなりかさばって逆に大変になってしまったことがありました。また、十分以上と思われる数の紙おむつや着替えを準備したのに、途中で長女が突然、下痢になってしまい、紙おむつは乗務員の方に予備をいただいたのですが、着替えがなくなってしまい、(便が外についてしまうのを防ぐために)スーパーの袋を手で切り開いてシート状にして、その上に座らせて凌いだという事もありました。でも、この時本人はご機嫌だったので、おむつ替えと着替えの手間だけで済んだのは幸いでした。

赤ちゃんを連れていると、飛行機の乗務員の方に加えて、他の乗客の人も声をかけて下さることがあり、不安を抱えながらのフライトでしたが、周りの方々の親切な対応に、気持ちが癒されることも度々ありました。長女がまだ1歳になっていなかった頃(2歳未満の幼児は料金が1割で済みますが、その場合座席は確保されず、膝の上に乗せることになります)、ヨハネスブルグと香港の間の13時間半のフライトの便で、ほぼ満席の中、5人並んだ席の真ん中になってしまったことがあります。「どうしよう。これでは、私自身もトイレに立てないし、長女のおむつ替え、ミルクの準備もできない。隣の人も、明らかに困惑した顔をしているし・・・。」と、途方に暮れていた所、乗務員の方が、前の列に座っていた乗客に相談して、席を代わってもらえたことがありました。チェックインをする際に、通路側の座席を希望したはずだったのですが、私の英語が通じなかったのか、満席でやむを得ず真ん中の席になってしまったのかわかりませんが、最終的には、乳児同伴に対応できる席に座れてホッとしたのを覚えています。

日本での買い物

日本に帰国した時には、毎回、重量制限いっぱいになるまで、日本で購入した日用品や日本食をチェックイン用の荷物に詰めて、ザンビアに戻りました。ルサカは、最近では大型スーパーがいくつもできて、必要なものはだいたい手に入るようになりましたが、それでも、日本でしか売っていない物はまだ沢山あります。娘達が幼かった頃には、ルサカでは紙おむつは非常に高価だったため、日本に帰国したときに、他のものとの兼ね合いも考えながら、運べる限りまとめ買いをしました。赤ちゃんグッズとしては、他にも前開きのロンパースやおんぶベルト等、ルサカでは手に入り難いものがいくつかあったので、帰国の機会を利用して購入していました。第6回でご紹介しましたが、日本で購入したベビーカーは、ザンビアで長女を連れて毎日散歩するのに大活躍しました。

最近、中国人観光客の爆買いが話題になっていますが、彼らの気持ちは非常によくわかります。中でも文房具とお菓子については、日本製品はきめ細やかな配慮や工夫がなされていて、他の国の製品にはない良さがある気がします。例えば、日本製のホッチキスは、あまり力を入れなくても何枚もの紙を留めることができ、針が詰まることも少ないですし、日本製のお菓子は、お菓子そのものに加えて、包装にも工夫がなされ、味も形も損なうことのないように考慮されていて感心させられます。

日本の家族の同行

次女を日本で出産するために、夫と長女と3人で帰国したのですが、出産後に、夫は仕事のために先にザンビアに帰国したため、長女と生まれて数か月の次女を連れて帰るのを手伝ってもらうために、兄にザンビアまで同行してもらったことがありました。私は、幼い子ども2人を連れて、どうやって長時間の飛行を乗り切るかという事に焦点を置いていましたが、兄は、初めてのアフリカ行きで緊張していた上に、私と娘2人の面倒を見なければならないという責務で、相当の重圧を感じていたそうです(これは、後から聞きました)。そんな兄の重圧も知らずに、娘2人だけでも大変なのに、日本で購入した日用品や日本食を沢山詰めて重量制限いっぱいになった荷物をチェックインする手続きもまた大変で、出発前に、兄も私も疲れてしまったという事がありました。それでも、無事にザンビアに到着し、兄にはルサカの市内観光やビクトリアフォールズ観光など、初めてのアフリカ旅行を楽しんでもらいました。

三女の出産の際にも日本に帰国しましたが、その時には、ザンビアに戻る際に母に同行してもらいました。私はそのままザンビアに残ったので、母は1人で日本へ帰国する事になりました。ルサカからヨハネスブルグに行く飛行機で、予約していたエコノミークラスの席が満席になってしまい、ビジネスクラスの席に切り替えてもらうハプニングがあったそうです。その際に、ザンビアの初代大統領のケネス・カウンダ(Dr. Kenneth Kaunda)と乗り合わせ、真後ろの席になったのですが、母は英語があまり得意ではないので、周りが話している事が耳に入らず、その時には、雰囲気から、「何か偉い人らしい。」というくらいに思っていたそうです。私と夫が、ニュースの報道で、初代大統領と母が同じ便だった、という事を後から知り、母から聞いた話と繋がり、「それは初代大統領だったんだよ。」と母に伝えたところ、とても驚いていました。

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(左)三女を帰国出産。生後9日に従妹と撮影
(右)家族揃って帰国時に到着ロビーで撮影(前列左から三女、次女、長女、後列、筆者、母、夫)


子ども連れでの長時間の飛行は、労力も費用もとてもかかりますが、1人での移動と比べると、幼い子どもでも、やはり誰かが一緒の方が心強い気がします。今では娘達も成長して、特別な準備は必要でなくなり、飛行機の中でも面倒を見る必要はなくなりましたが、幼いお子さん同伴の乗客の人を見ると、毎回ひやひやしながら幼かった娘達を連れて飛行機に乗った事を思い出し、懐かしい気持ちになります。

筆者プロフィール
aya_kayebeta.jpgカエベタ 亜矢(写真右)

岡山県生まれ。1997年千葉大学医学部を卒業後、東京大学医学部小児科に入局(就職)、東京都青梅市立総合病院小児科勤務を経て、2000年にJICA技術協力プロジェクト(プライマリーヘルスケア)の専門家としてザンビアへ渡る。その後、ザンビア人と結婚し、3人の娘(現在、小4、小5、中1)を授かる。これまでザンビアで、小児科医として、HIV/AIDSに関する研究、結核予防会結核対策事業(コミュニティDOTS)、JICAプロジェクト(都市コミュニティ小児保健システム強化)等に携わってきた。一方、3人の子どもの母親として、日本から遠く離れたアフリカ大陸で、ギャップを感じつつも、新たな発見も多く、興味深い子育ての日々を送ってきた。
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