前回は小学校1年生の学校生活をご紹介しましたが、本日は、教科の中でも最も注力されているドイツ語の授業と、息子の言語状況(ドイツ語および日本語)について記したいと思います。
時間数と授業形態
日本の小学校では国語の授業数が最も多かったと記憶していますが、ベルリンの小学校でも同じです。時間割を見ても、日本語の国語にあたるドイツ語が週8時間と、最も多くの時間を割り当てられています(前回の時間割参照)。1日1時限以上行われていること、毎日宿題が課されることからも、ドイツ語に重点が置かれていることがわかります。
といっても、宿題の量は今のところ、1日につき、アルファベット1つ(大文字と小文字)と数個の単語を書く練習を練習帳に3-4行する位です。基本的に宿題は学童保育で終わらせてきますが、学童の先生は内容まではチェックして下さらないので、我が家では息子の学力を把握するために、宿題や学校で行った学習部分の確認を毎日行っています。
また、息子のクラスはベルリンの小学校では珍しくない「1-2年生合同クラス」なので、児童の学力も様々です。ですから、ドイツ語と算数の授業では、先生が黒板の前で話すのを、児童が一斉に聞いている、という授業形態ではなく、個別指導の形をとっているそうです。
教科書はなく、入学前に購入した学校指定のワークブックおよび先生が準備したプリントを用いて、各児童のペースで課題をこなしており、進み具合には個人差があるとのことでした。
就学前には勉強しないで!
さて、ドイツ語の授業ですが、日本の国語の勉強がひらがなから始まるように、アルファベットから始まります。ちなみに、日本では幼稚園や保育園でひらがな学習を進めているところも多いようですが、ベルリンでは、就学前のアルファベット学習は推奨されていません。「自分の名前を書くことができれば十分」と、入学前の説明会でも先生がおっしゃっていました。保育園にも市からその旨の通達があるので、息子が通っていた園でも、読み書きに関する勉強はほとんどしていませんでした。
これは移民が多いため、様々な言語背景をもつ児童が同じクラスに通うことになった時に、できるだけ全員を同じスタートラインに立たせたい、という行政・教育現場の意向を反映してのことだそうです。
我が家でも、「入学してからの授業が退屈にならないように」というドイツ人の夫の意見で、入学前には全くアルファベットの学習はしていませんでした。それに、日本語補習校幼稚部(保育園編第9回参照)の宿題が毎週膨大で、それをこなすのに精いっぱいだった、ということもあります。ですから、小学校入学時に息子はひらがなの読み書きはできても、ドイツ語の読み書きは自分の名前以外はほとんどできませんでした。
学習内容
息子のクラスでは、ドイツ語のアルファベット*1や、音の組み合わせの最小単位を、形や発音の難易度順に1-6のグループに分けた下記の表を元に、グループ番号順に学んでいます。形が比較的簡単な子音(L,Tなど)や、5つの基本母音は早い段階で学習しますが、2つの音が続く音(Ei, Stなど)、複数のアルファベットで表す音(Schなど)、そしてÜ、Ä、Öといったウームラウトがついた母音などは後のグループで学ぶようになっています。後に詳しく述べますが、ドイツ語の綴り(Sch、Auなど)と発音の関係もここで学ぶことになります。
1つのグループを学ぶのに、対応したワークブック1冊を使用しますので、全てのアルファベットを学ぶ頃には、6冊のワークブックを終えることになります。息子は8月の入学からクリスマス休暇前の正味3か月ほどで、この「グループ1」の学習を終えました。ちなみに、以前は筆記体も教えていたとのことでしたが、最近はブロック体のみの勉強だそうです。
ドイツ語アルファベット・綴りの学習表:グループ番号順に学習していく
グループ1 | L, O, I, A, M, T, S |
グループ2 | E, N, D, U, P, K |
グループ3 | B, F, R, H, W, Ei |
グループ4 | G, Z, Au, Sch, Eu, Ch, ie, |
グループ5 | J, St, Sp, ng, V, Ü, Ö, Ä |
グループ6 | X, Y, Qu, C, nk, ß |
赤字で書かれた先生のお手本どおりに練習していく
このように、ドイツ語の読み書きは当然重要視されていますが、言語学を専門としている身として私が興味深く思ったのは、「音節」と「押韻」といった「音」に関する学習も重んじられていることです。音節とは単語中の音の単位で、1音節には母音が1つ含まれます。日本語の音は基本的に「子音+母音」で構成されているので、拗音(きゃ、きゅ、きょ等)を除き、通常「ひらがな1文字に対し1音節」すなわち「ひらがなの数と音節数は同じ」という比較的単純な構造になっています。ですから、日本語話者は普段、音節を特に意識することはあまりないと思います。
一方、ゲルマン語派の英語やドイツ語には子音で終わる単語が多く、また単語内で子音が複数続くこともあり、アルファベット数=音節数というわけではありません。わかりやすい例を挙げると、英語の"milk"はアルファベットは4つ、ドイツ語の"Milch"は5つで表記されますが、母音が1つしかないので、それぞれ1音節しか含んでいません。一方、日本語の「ミルク」は3文字で表現され、音節数も「mi」「ru」「ku」と文字数と同じになっています。
実際の課題例としては、各単語を音節で区切り、下線を引いていくものが挙げられます。下記の例では、1-3番では"Ma-ma","La-ma","Man-tel"と、全て2音節となっています。このようにドイツ語では音節を学ぶことにより、単語内の区切り方がわかるようになり、ひいては表記と音のルールが理解できるようになるのです。
例:ワークブック内の音節の課題:単語を音節で区切って下線を引く
1) Mama(母) → Ma ma
2) Lama(ラマ) → La ma
3) Mantel(コート) → Man tel
4) Melone(メロン) → Me lo ne
5) Muschel(二枚貝) → Mu schel
次に、押韻に関する課題もこのワークブックには含まれています。押韻とは「韻を踏む」こと、簡単に言うと「同じ箇所で同じ音を使用する」ことです。
例えば、ワークブックでは"Wal(クジラ)"と"Schal(襟巻)"とLöwe(ライオン)の絵がかいてあり、子どもたちは共通の音の語尾[al]である"Wal(クジラ)"と"Schal(襟巻)"を線で結びます。この種の課題によって、単語内の母音と子音の組み合わせといったドイツ語の発音のルールが理解できるようになります。
これらの音節と押韻を含めた読み方と綴りのルールおよびその学習法は「フォニックス」と呼ばれ、表記と音の規則を理解するために重要です。
息子の場合
ちなみに、入学前には自分の名前しか書けなかった息子ですが、アルファベットへの理解が深まるにつれ、街中で見かける看板などを積極的に読もうとするなど、ドイツ語への興味および能力が高まっているようです。特に、目にする単語を読むことができると、とても嬉しいようで、それがさらなるモチベーションにつながっている模様。また、日本語に関しては、継続して補習校および通信教育の課題に取り組みながら、ひらがなの読み書き学習を進めています。
そんな息子ですが、現地小学校に通い始めて、ある壁にぶつかりました。それは算数の時間で二桁の数が導入された時のことです。それまで順調に計算問題を解いていた息子でしたが、急に課題に空欄が目立つようになってしまいました。どうしたのだろうとじっくり話を聞いてみると、どうやら二桁の数字の読み方に原因があることがわかりました。
例えば、日本語や英語では「21」は「にじゅう/twenty」と「いち/one」で「にじゅういち/twenty-one」と左から読みます。ところが、ドイツ語だとその反対で、「21」は「Ein(1)」と「Zwanzig(20)」で「Ein und zwanzig(いちとにじゅう)」というように右から読むのです。ですから、「12」と「21」、「23」と「32」などで混乱してしまい、ひいては計算問題にも影響がでるようになってしまったようです。
この差異については、毎週通っている日本語補習校でも認識しているようで、半年以上にわたり、日本語での数え方訓練を行っています。お蔭で日本語での読み方はマスターできていたのですが、今度はドイツ語の読み方で混同してしまった模様...。実は、私も未だにこの違いに慣れておらず、買い物のお勘定ではレジのモニターを実際に見てチェックしないと、いくら払えばよいかわからないことが多々あります。
その後、息子はドイツ人である父親にドイツ語での数え方を数日間にわたり、毎日特訓をしてもらい、以前ほど混乱することはなくなったようです。「モノリンガルで育っていれば、このような問題が生じることはなかったね」と、親の私たちも驚いた出来事でした。今後も注意深く学校の課題や息子の様子に目を向け、バランスのとれた多言語教育を進めていきたいと思っています。
*1 ドイツ語のアルファベットはラテンアルファベット26文字にウームラウトの付いた3文字(Ä, Ö, Ü)及びエスツェット(ß)を加えた30文字である。