前回まで、2回にわたって保育園プロジェクト「職業」について、その背景および社会科見学の様子をお伝えしてきましたが、プロジェクトレポート最終回の今回はプロジェクトの一環として行った「オペラ鑑賞」についてお伝えし、このプロジェクトの総括としたいと思います。
以前記載したように、園ではこのプロジェクト開始時に保護者に協力を募りました。すると、「パパは作曲家、ママはオペラ歌手」である保護者夫婦が「ベルリンには有名なオペラハウスがいくつかあり、子ども向け演目を昼間に上演している日もあります。スケジュールが合えば、子どもたちの引率もしますよ。」と協力を申し出てくれました。
ここで、ベルリンの文化事情について手短にご紹介しておきましょう。皆さんご存知のとおり、ベルリンには世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルや、多くのオペラハウス(ベルリン三大オペラハウスは、ベルリン国立歌劇場、ベルリン・ドイツ・オーパー、コーミッシェ・オーパー)があります。日本ではこれらの芸術はなかなか敷居が高い感がありますが、勿論、ベルリンでも正式な演目をたしなむには、高価なチケットを入手しなければなりません。しかし、その一方で、一般の人や子どもたちにも開かれた場であるのがベルリンの特徴だと思います。
例えば、ベルリン・フィルは毎週ランチタイムに無料コンサートを開いており、幼稚園児からシニア層まで幅広い客層に楽しまれています。また、オペラハウスも時にお手頃価格のチケットを提供しています。そんな環境ですから、息子の通う園でも二年前のモーツァルトの「魔笛」の観劇に続き、今年もオペラ鑑賞をカリキュラムに組み込もうとしていたところだったそうです。園長先生曰く「オペラやコンサートなど、本物の芸術に触れることは教育上、非常に重要なことです。だから、音楽家である保護者の申し出は、グッドタイミングだったわ!」とのこと。
というわけで、園児たちはコーミッシェ・オーパーにオペラ鑑賞に行くことになりました。コーミッシェ・オーパーは、オペレッタを中心に上演している約70年の歴史を誇るオペラハウスです。

作曲家兼引率者のパパさんを先頭に
今回の引率は、先生二人に加え、先述の作曲家パパさんと私。園から電車を乗り継いで30分ほどで会場に到着すると、この日は子どもたちを対象にした「子ども鑑賞デー」だったからか、既に入口には園児や小学生が長い列を作っていました。しかし、事前にチケットを入手していた私たちはすんなりと入場することができました。ちなみに今回のチケット価格は一人5ユーロ(約700円)と、オペラのチケットとしては破格値でした。

子どもたちが列をなすコーミッシェ・オーパー入口
いざ、オペラハウスに足を踏み入れると、そこはレッドカーペットが敷き詰められた本物のオペラ座!3階までの客席や上階のバルコニーを見上げると、天井にはまばゆいばかりのシャンデリアが豪華さを演出しています。1200席ある客席は4歳から10歳位の子どもたちでほぼ埋め尽くされていましたが、ちょっと緊張した面持ちで赤いフカフカの席に収まる子どもたちは何とも可愛いものでした。
さらに、私たちの席は前から2-3列目と、かなり舞台に近いところでした。「大きいステージだね!」「あそこでお歌を歌うの?」と目を丸くして、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる子どもたちと一緒に、引率者である私のテンションも自然と上がっていきます。
また、ここからは舞台下のオーケストラ席もよく見えます。作曲家のパパさんは子どもたちに「ここで舞台のお芝居に合わせて、音楽を演奏するんだよ」と教えていました。その説明を受け、園児たちは「あの楽器は何?」「(チューバを指して)あれは大きくてピカピカしているね」など、日頃見慣れない楽器に興味津々の様子でした。
程なくして開演のブザーが鳴ると、音楽が始まり、幕が開きました。この日の演目「アリババと40人の盗賊」の始まりです。
開演当初は歌声やオーケストラの迫力ある生演奏に圧倒されたり、暗闇に怖くなったり、ベソをかきだす子もちらほら。しかし、役者たちが舞台を降りて、客席の後ろまできて追いかけっこをしたりしているのを見るうちに、すぐにオペラの世界に引き込まれていった様子です。お決まりの「開け、ゴマ!(Sesam öffne Dich!)」の呪文を、客席の子どもたちが舞台と一体となって何度も唱えたり、「ロバ」が本物のパンを客席に投げるシーンでは、みんな手を伸ばして大騒ぎ!運良く、息子は大きなパンの塊をキャッチし、周りにいたお友達と喜びいさんで分け、嬉しそうに舞台上の「ロバ」と一緒になって食べていました。
「子ども鑑賞デー」ということで、演目は1時間ほどで終わると思っていたのですが、開園後45分程で「休憩」のアナウンス。30分間の休憩をはさんで、第二部もたっぷり45分となかなか本格的な内容でした。途中で飽きてきたのか、足をぶらぶらさせたり、落ち着きのない振る舞いをしたりし始めた子どもには、先生が「オペラ鑑賞中はじっとするものですよ」と、最後までしっかりマナーを教えていました。小さいうちからこうやってTPOに合わせたふるまい方を実地で学んでいくのだなあ、と感心しました。プロジェクト「職業」では、様々な体験をしてきた子どもたちですが、今回の課外体験は文化教養を身につける体験でもあったと思います。
人生の早い段階で進路を決めなければならないのは大変なことですが、その分、早期から様々な職業に関して実際に見聞を広め、将来自分が就きたい職業について考えることが重要だと思います。園の先生方もそれを重々承知しているようで、そのために社会科見学や課外体験の前後には必ず「予習・復習」を行っているとのこと。
例えば、上記のオペラ鑑賞前には、まず園で「アリババと40人の盗賊」の読み聞かせを行い、ストーリーを把握させたそうです。鑑賞後には園児が演目やオペラ座について感想を述べ合ったり、その体験を絵で表現する時間を設けたり、オペラ座で購入した同演目のCDを聴いたりしていました。さらに、夏には園児たちが「アリババと40人の盗賊」を演じるべく、これから練習を始めるということです!
また、各課外体験後に園児が何を学んだかについては、園児が描いた絵や発した言葉が1冊のノートにまとめられ、保護者も自由に閲覧できるようになっています。

パン屋さんのページ(「パン屋さんには何がある?」「パン屋さんはどんなところ?」などの質問について子どもたちが話し合ったこと、考えたことが、絵や言葉によって示されている)
最後にこのプロジェクトを通じて、子どもたちの就きたい職業や職業に対する意識に変化はあったのでしょうか?先生たちにはっきりと伝えている子どもはいないものの、保護者の方に「僕は消防士さんになることに決めた!」とか「私はパン屋さんで働きたいな」と言う子どもたちも出てきたそうです。「近い将来、本格的に自分の進路について真剣に考える時が来た時に、少しでもこの体験が役立ってくれれば」という園長先生の言葉が印象的でした。
数か月に渡るプロジェクトの取材を通じて感銘を受けたのは、子どもたちの将来を見据えて、様々な職種を実際に見たり経験したりするチャンスを与えている園のカリキュラムと、そういった園の要望を快く受け入れている社会の懐の深さでした。いずれは成人して労働力となり、国を支えていく子どもたちの職業教育に注力することは、国や社会全体にも有益となるのではないかと思いました。