1. はじめに
本稿では、台湾の情報リテラシー教育に関するカリキュラムについて概説し、初等教育における事例をいくつか紹介する。
2. 台湾の教育指標
台湾では、日本同様義務教育の期間が9年間であり、全国小中学校向けの新しいカリキュラムガイダンス(國民中小學九年一貫課程綱要)が2003年に頒布された。新しいカリキュラムは2011年度から施行された。2012年5月15日には、ガイダンスにおいて重大議題とされる6つの分野に修正案が加えられた。その分野とは「性別平等教育、環境教育、情報教育、人権教育、生涯発達教育、海洋教育」の6つである。 その中の教科のひとつである 『情報』(旧教科名『パソコン』)は、小学校3年生から中学校3年生まで、正式な課程として定められている。情報リテラシー教育で習得する基本能力と学習内容及び能力を測る指標の一覧は、表1に示した。
台湾において、表1の基本能力(5)に登場する情報モラル(Information Ethics)という言葉は1980年代から使用されるようになり、当初は、情報の信憑性、質と量、利用などの問題が中心に扱われていた。現在では、プライバシー(privacy)、正確性(accuracy)、所有権 (property)、使用権(accessibility)の問題も取り扱われるようになり、情報モラル教育の授業内容は、小学校5年から中学校3年までの5年間にわたり、『情報』の授業のカリキュラムに取り入れられている。台湾教育部が出版した教科書の中では、旧『パソコン』時代に比べて、インターネットの利用マナー、スパム防止、ネットいじめ防止、ネット交友の安全性、及びインターネット詐欺、依存症防止や著作権等の問題の取り扱いが格段に増え、重点化されるようになった。
情報モラル教育に重点が置かれるようになった背景には、台湾ではネット検索と人の手による情報収集力により、事件を解明したり個人を特定する「人肉搜索」と呼ばれるサイトにより、プライバシーが侵害される問題があったことが一因としてあげられる。また、学校や職場へ提出されるレポートにおいて、引用するのではなく、ブログや新聞記事、論文などから丸ごとコピーして自分のレポートに貼り付ける論文剽窃の問題も多くあった。まだ、これらの問題の解決には至っていないが、小学校から情報モラル教育を受けた世代が成長して行くに従い、徐々に解決の糸口が見えてくるだろう。
基本能力 | 学習内容 | 能力を測る指標 | ||||||||||
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(1)情報テクノロジーのコンセプトへの認識 | パソコンと生活 |
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パソコン利用に関する安全問題 |
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(2)情報テクノロジーの利用 | パソコン使用ルール |
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OS |
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中国語と英語のタイピング |
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ハードウェア |
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プログラミング |
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(3)データの処理と分析 | ワープロ |
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グラフィックス |
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プレゼンテーション |
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マルチメディア制作 |
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グラフィックスの制作 |
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データベースの管理 |
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問題解決と企画能力 |
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(4)インターネットへの認識と応用 | インターネットと通信 |
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インターネットソースの応用 |
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(5)情報テクノロジーと人間社会 | 情報モラル |
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情報に関する法律 |
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正しくインターネットを使う |
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インターネットテクノロジーを活用し、社会に関心を持つ |
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3. 初等教育における事例
(1)問題解決と企画能力の例表1の「(3)データの処理と分析」単元の項目のひとつとして「問題解決と企画能力」が挙げられている。そこで、1番目の事例としては、メディア報道の問題を認識し、メディア報道の問題に対して実行できる解決案を考え、問題を解決できるプロセスを企画し、発表するという事例を示す。
台湾には、明確に数字を出せないほどの数の「公共」メディアが存在する。特にテレビ局の数が多く、主な放送局は、華視(中華電視)/台視(台湾電視)/中視(中国電視)/民視(民間全民電視)/公視(公共電視)であるが、ケーブルテレビの人気が高く、日本で人気のあるテレビ番組はほとんどすべてカバーされている。チャンネル数は80~90局あるといわれているが、正確な数は公表されていない。また、ラジオ局の数も、市民放送局レベルのものが膨大にあり、許可未許可のラジオ局が乱立しており、いくつ存在するのか把握されていない。さらに、ラジオ局の局内をネット上でリアルタイム配信しており、バラエティー番組のような映像を意識した映像配信型のテレビのようなラジオ局もある。全国規模の新聞社は17社程度にとどまるが、コミュニティーレベルの新聞社も多数存在する。そのため、メディアの情報の信憑性を判断する力に対する関心が高い。情報を鵜呑みにしてはいけないと子どもに言葉で伝えても、十分には伝わらない。
そのため、グループ毎に、関心を持った事件について、複数のメディアの情報を比較し、信憑性が高いと判断した情報を再構成し、自分たちが発信者となるという授業が行われていた。その学習の様子を示したのが図1である。情報の表現方法も子どもたちの問題解決の企画次第である。いずれのグループもプレゼンをすることは用件として求められているが、どのソフトウェアを使いどう表現するのかについては、子どもたちにゆだねられていた。模造紙にまとめて発表するグループもあれば、プレゼンテーションソフトを用い発表するグループ、動画作成ソフトを用いて発表するグループもあった。
図1 新聞の比較をする子どもの様子
(2)マルチメディア制作の例
表1の「(3)データの処理と分析」単元の項目のひとつとして「マルチメディア制作」が挙げられている。単にお手本通りのマルチメディアを制作する授業でなく、考えながら学ばせる授業事例を本節では紹介する。
マルチメディア制作の授業例としては、グループ毎に、自分たちが報道者となり、クリップビデオを作成する学習が行われることがある。単にマルチメディアソフトや機器の操作を学ぶのではなく、テーマを決め、それについてインタビューをしたり、写真やビデオを撮り、それらをうまく構成し、情報を表現することを通して、マルチメディア制作を学ぶのである。図2は、つくった作品の発表会の様子である。
図2 マルチメディア制作の例
(3)サービスラーニングの例
日本と同様、台湾の学校現場には、「情報」を教えることのできる教員の数は不足している。そのため、大学生らが、情報モラルに関するビデオを作成し、小学校へ授業に赴くことはニーズが高いとのことであった。サービスラーニングの様子が図3である。小学校では指導者が不足しがちなスマートフォンやSNSなどの新しい情報機器に対応した情報モラルを、大学生のサービスラーニングを小学校教育の中に取り入れることにより、相互保管しているという例である。
サービスラーニング(Service-Learning)の概念は、米国の教育学者ジョン・デューイ(John Dewey)によって提唱された体験的教育理論がその素地とされている *4。米国では1960年頃から多くの大学のプログラムとして取り入れられている、知識として学んだことを体験に活かし、また体験から学んだことをもとに知識を深めていく学習活動を指す。サービスラーニングとボランティア活動との違いは、教育活動の一端として行われているか否かである。たとえば、米国のワシントン州の大学では、下記の6ステップによるサービスラーニングが浸透している*5。
- Discuss(問題把握,気づき)
- Investigate(調査)
- Address(目標の明確化)
- Plan(実践計画)
- Execute(サービス実践)
- Reflect(振り返り、新課題の抽出)
台湾の大学でも、この6ステップをたどる授業が展開されており、ネットいじめや、著作権の問題など、ディスカッションを通して学生らが問題把握や気づきを体験し、インターネットや文献を通して実態調査を実施し、グループごとに目標の明確化を行い、計画を立て、実際の小学校のサービス授業に出かけ、各自が振り返るという流れで構成されていた。
図3 サービスラーニングによる情報モラルの授業例
(4)「新聞大富豪の教材例」
図4は「新聞大富豪」と名付けられた、メディアの信憑性に対する用語や、原則や理由などを双六形式で学ぶ教材である。左上の起点からスタートし、サイコロを振り、止まったマスで問われていること(ニュースは鏡のように完全に現実の世界を反映しているか、理由とともに説明しなさい、ニュース制作の過程を簡単に説明しなさい、ニュースを比較して見る/読むときに注意する点は?など)に対し10秒以内に回答するのである。10秒以内に答えられなかったときは、3マス戻ることになる。
情報リテラシーの基本は、情報リテラシーに必要な言葉・用語を知ることである。単調な暗記ではなく、この教材は、楽しみながら言葉・用語を学ぶところにメリットがある。
図4 新聞大富豪の教材例
4.日本への示唆
我が国においても、誹謗中傷や不正確・不適確なことをネット上に書き込む大人が多数おり、情報リテラシーを学ぶ前の子どもの目に触れる状況にある。情報リテラシーは、学べばすぐに身につく力ではなく、発達段階に応じて徐々に培われていく力である。我が国においても、台湾と同様に初等教育段階から、体系的に情報リテラシーを学ぶカリキュラムが必要であろうという示唆を得た。
2020年から実施される我が国の学習指導要領は、2016年より全面改定がなされるとのことだ。小学校のカリキュラムに英語が組み込まれることは決まっているようだが、その他、情報リテラシーについてはどう入っているのかはまだ明らかにされていない。この全面改定により、我が国の義務教育段階のカリキュラムに情報リテラシーが組み込まれたならば、安定したカリキュラムの中で、すべての子どもたちが、情報リテラシーについて学ぶことができる。しかしながら現状では、各教科の中に組み込まれており、教師の温度差にゆだねられている。情報リテラシー教育に意欲的な教員が、正規の学習指導要領に示されていない内容を実践するに当たり、この台湾の事例は大変参考になるであろう。
- *1 フリーソフト・・・無料のソフトという意味ではない。無償のものが多いが有償のものもある。著作権を放棄した「パブリックドメインソフトウェア」とも異なる。フリーソフトウェア財団(FSF)の創始者リチャード・ストールマン(RMS)が、自由に利用し、改変し、再配布することができるという意味でフリーソフトウェアという語を1980年代初頭に作った。
- *2 シェアウェア・・・使用者と開発費を分担するタイプの有償ソフトで、例えば30日間は無料でそれ以降は料金が発生する方式をとっていたり、無償版では機能が限られていて有償版にするとフル機能が使えるような場合が多い。
- *3 ビジネスソフト・・・会計ソフトや業績管理ソフトなどビジネス全般で使用する広範囲のソフトウェアを指し、学校や企業ごとにカスタマイズしているソフトウェアなども含まれる。大半は有償であるが無償のものも含まれる。
- *4 ジョン・デューイ(市村尚久訳).2004,経験と教育.講談社学術文庫,p162.
- *5 中村知子、藤原由美、三浦 智恵子.2010, サービスラーニング授業の開発、JIYUGAOKA SANNO College Bulletin no.43、p18
- 加納寛子、長谷川元洋、古崎晃司、菱田隆彰(2013) 台湾における情報リテラシー教育,教育情報学会年会論文集
- 董芃妤(2013) 台湾における情報モラル教育-携帯インターネット端末にまつわる パブリックスペースの問題,加納寛子「携帯端末を用いた情報モラル教育システムの構築 科研費研究報告集 2010年度~2012年度 研究課題番号:22700784」,pp.10-14.
参考文献