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【情報リテラシー教育の実際】 第1回 イギリスの初等教育における情報リテラシー教育

イギリスでは1988年まで、日本の学習指導要領にあたるような国定カリキュラムはなかった。各学校が、独自のカリキュラムを定め、学校ごとのポリシーで指導していた。しかし、それでは共通の学力をすべての子どもたちが身につけることができない。そこで、1988年にはじめて国定カリキュラムが制定された。

イギリスではその頃、ちょうどインターネットやパソコンが普及しはじめたこともあり、「ICT(Information and Communication Technology)」という科目が新たに作られ、キー・ステージ1*1(5歳児~)から、情報リテラシーを学ぶことになった。児童が教科ICTの中で学ぶ学習内容は、まずFinding things out、つまり、物事を見つけることである。人や本、データベースやCD-ROM、ビデオ、テレビなど様々なところから情報を収集し、様々な形式に情報を保存し、保存した情報を検索する方法について学ぶことを通して、必要な情報を見つける力を身につけていく。

このほかにも多くの学習目標が記されているが、パソコンやケータイの操作方法を学ぶことは全く目標には掲げられていない。教科ICTでは、主に、どのように情報を収集し、その情報を咀嚼し分析し、意思決定につなげていくかを、発達段階に応じて、5歳~16歳までの12年間継続して学ぶことになっている。イギリスの国定カリキュラムで学んだ第1期生、つまり、5歳の時から12年間学校でICTを学んだ世代はまもなく30歳になろうとしている。

また、キー・ステージ1より前の0歳~5歳までの年齢においても、政府によって原則として無償で提供されている幼児教育のカリキュラムとして、下記6項目の学ぶべき領域が明示されている*2。幼児教育は義務教育ではないが、無償で提供されている就学前教育のため、大半の子どもが受けている。

1) 人格・社会性・情緒の発達
2) コミュニケーション・言語・読む書く話す聴く能力
3) 問題解決・推論・数的処理
4) 周りの世界の知識と理解
5) 身体の発達
6) 想像力の発達

これら6項目の中にさらに細目が明示されており、「周りの世界の知識と理解」の内容として、情報(ICT)、発見と探求、デザインと工作、時間、場所、社会が、学ぶ項目となっている。すなわち、5歳未満の子どもたちにも、情報(ICT)を学ぶべき項目の一つとして掲げ、子どもが情報(ICT)機器を使うことを積極的に推奨しようというイギリスの姿勢は、これまでの日本のあり方とは大きく異なる。これまでの日本では、幼児や小学生にはパソコンやインターネットはまだ早い、早期に与える必要はないと、情報を教えるどころかインターネットを子どもに禁止したり、遠ざけようとする教師や保護者がいたからである。

確かに、未熟な状態でインターネットを利用することにはリスクをともなう。しかし、情報リテラシーは情報を読み解く力であり、未知の情報に出会ったときに、それを瞬時に判断し適切に取り扱う能力は、一朝一夕で身につく能力ではない。国語を小中高12年学んでも十分と言えないように、情報リテラシーも12年学んでも十分とは言えない。手足のごとく自由自在に情報を操るためには、身体的に情報感覚を身につける必要があり、小さいときから少しずつ積み上げていく地道な方法以外には存在しない。

さて、イギリスの子どもたちが、具体的にどんなことを学んでいるかを知るために、私は2012年4月~7月までイギリスに滞在し、いくつかの学校を訪問した。訪問して驚いたことの一つは、すべての授業でICTが使われていることだ。写真1は体育館だが、体育館で授業を行うときも、パソコンとプロジェクターを利用して授業を行うことが通常の風景であった。


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写真1 ICTを使った体育の授業


また、訪問した小学校の一つDean Oaks小学校では、8~9歳のクラスでDTPソフトウェア(チラシや挨拶状など特殊形状の用紙に、デザイン重視の文書作成をするためのソフトウェア)を使った三つ折り式のパンフレットの作成を行っていた(写真2)。パンフレットの内容は、ギリシャの歴史に関するもので、インターネットを利用しギリシャの歴史について情報を収集し、イラストと文字の配列を考えて作成する。誰が見ても不快に感じる表現はしていないかどうかなど、作品をつくりながら情報モラルについても学んでいた。さらに教室には写真3に示すインターネット利用に関する約束事が貼られていた。内容は、自分の個人情報を他人に教えない、誰の個人情報であっても書いてはいけない、他人に対するネガティブなコメントは絶対に書いてはいけない、誰かと会う約束をしてはいけない、不快なものを見たり、嫌なメールを受け取ったら、すぐに先生に報告すること等の内容である。


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写真2 DTPソフトウェアでパンフレット制作中の児童



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写真3 インターネット利用に関する約束事


さらに、11歳~18歳の生徒が通うWilmslow中等学校では、11歳からデータベースについて学んでいた。また、小中高一貫校であるCheadle Hulme Schoolでは、8歳の子どもたちの歴史の授業ではパソコンを使い、12歳の子どもたちのICTの授業ではタブレット端末を使うなど、場面に応じてICT機器を使い分けていた。学習内容も多彩で、動画編集ソフトウェアを使った、コンピュータの歴史に関する動画作成を5週間、グラフィック作成ソフトウェアを使ったグラフィックを3週間、アニメーション作成ツールを使った3Dアニメーションを4週間、Webオーサリングツール(様々なデバイスに向けたサイトやアプリケーションをデザインしたり構築できるソフトウェア)を使ったWeb制作を5週間など、多岐にわたる内容を学んでいた。

人格形成が出来た年齢になってから情報リテラシーを学ぶのでは、後付けの知識しか身に付かない。現時点では予測がつかないような新しい問題をITによって解決したり、今の社会には存在しない仕事にITを活用していく知恵は、イギリスの子どもたちのように5歳ぐらいから、読み書き計算と同時に情報リテラシーを学びつつ身に付けていく必要があるのではないだろうか。


  • *1 イギリスの義務教育は5歳児から小学校教育(primary school)が始まる。日本のように1学年ごとにクラス編成されるのではなく、2~3学年を人まとまりにしたキーステージ(Key Stage)によるクラス編成がなされている。キー・ステージ1(5~7歳)、キー・ステージ2(8~11歳)、キー・ステージ3(12~14歳)、キー・ステージ4(15~16歳)の分類となっている。
  • *2 DCSF Practice Guidance for the Early Years Foundation Stage,2008.
    本稿は、[加納寛子(2013) 「イギリスの情報教育」教育システム情報学会誌 ,30(1),Pp.128-129]に追記を行い、リライトしたものである。
筆者プロフィール
加納 寛子 (山形大学基盤教育院 准教授)

現在、山形大学基盤教育院 准教授。専門は情報教育、情報社会論。文部科学省委託事業「子どもの安全に関する情報の効果的な共有システムに関する調査研究」では、Mind Mapによる子どもの心の動きとGPS情報をリアルタイムに保護者に伝えることによる、犯罪を未然に防ぐ対策を推進してきている。また、科研費研究では「高等教育における情報リテラシー格差是正に資する研究」をテーマに、情報リテラシー格差と家庭環境や生活習慣、得意教科等との関連の調査を実施している。さらに、三菱財団研究助成を受けた「ニート・フリーターおよび不登校児童・生徒とITの関わりに関する調査」では、職業の志向性と家庭環境や生活習慣、得意教科等との関連の調査を実施した。東京学芸大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修士課程修了、早稲田大学大学院国際情報通信研究科博士後期課程満期退学。
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