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【保育フィールドノートにみる気まぐれな子どもたち】第6回 地域と共にある園と子どもたち

要旨:

ある園で、地域の文化と保育をつなぐ実践を見ることができた。子どもたちは、本物の職人、道具、技と出会う。顔のわかるまちの人と出会い、かかわり、どこに誰がいるか、誰に何を聞けばいいかを少しずつ知り、まちの中で人間関係の網の目を広げていく。そうやって、まちの一員として、まちに親しみ、愛着、所属感を感じていく。文化を受け継ぎ、新しいものをつくりだす一市民としての子どもと地域のつながりを考えていきたい。

キーワード:
地域、文化的活動、市民、まち、保育

保育現場に入らせていただくと、それぞれの園の保育はそれぞれの地域文化に根ざしていると感じます。子どもが遊ぶ環境のなかにあるものに目を向けると、大阪のある園では、おままごとの食べ物に大阪名物のたこ焼きに似せたものがあったり、静岡のある園では静岡名物のおでんに似せたものがあったりと、その地域特有のものが見つかることもあり、子どもたちがお店屋さんごっこをしたりして、真似して再現したくなるリアリティのあるものは、日常のなかで経験していることと強くつながっているのだと感じます。

奈良市のある園で、子どもたちの声を聴くことから出発し、地域の文化と保育をつないだ実践をみることができました。その園では毎年、年長組が遠足に行きますが、遠足に行ったらそれで終わりとなることが多く、遠足という非日常の活動のなかで、子どもたちがどんなことを思い、どんな発見をしているのかを、保育者はあまり聞いたことがなかったということです。そこで、遠足中、子どもたちのつぶやきに耳を傾け、何を思っているのかを子どもたちに聞いてみることにしました。すると、山のなかで倒れた木を見た子どもたちから「あの木はいったいどうなるの?」という心配と疑問の声が出てきました。子どもたちの関心は、単なる知的な興味というより、木への心配やいたわりなど情緒的な思いから生まれるのだと気付かされます。

園に帰った子どもたちに、保育者はもう一度「倒れた木や切られた木はどうなるんだろう?」と問いかけました。すると、子どもたちは、日常生活の経験から得た知識を寄せ集めて、「木から家や机をつくるんじゃない?」、「紙も木からできているらしい」、「木からできた紙で何ができるの?」と、どんどん話題を展開させていきます。すると、1人の子どもが、保育室の中にあったうちわを指さし、「これも紙でできてるんじゃない?」と投げかけます。すると、他の子どもたちも、うちわに関心を寄せ、うちわを囲んで、「うちわってどうやってつくっているんだろう?」と、うちわづくりの技術的なことや専門的なところにまで話が進んでいきました。

実は、この話し合いの前に、先生の頭の中には、"紙をつくる工程をみんなで体験できたら楽しそう"というアイデアがあったそうです。ですが、子どもたちの「?(ハテナ)」が「うちわってどうやってつくられているんだろう?」というところに移ったため、活動の方向を変えたそうです。保育者が自分の想定していた方向に子どもたちの活動を寄せていくのではなく、子どもたちの思いと自分の思いをチューニングしながら一緒に問いを探求していく姿勢が、子どもたちのうちわに対する興味の熱量を持続させたのだと思います。

そこから、保育者は、子どもたちとどんな活動ができるかを考え、創業170余年の奈良団扇(うちわ)専門店の職人さんのもとに、子どもたちとインタビューをしに行くことにしました。その職人さんが、園の卒園児であることも後押しになりました。緊張した面持ちで職人さんの話を聞く子どもたちは、園とは違う雰囲気の中で、本物の職人さん、本物の道具、本物の技に出会います。身近にあるうちわというモノを介して、奈良というまちに根付く文化に触れます。そして、自分と話している○○さんという職人さんが、まちのどこに住んでいて、どんなことをしていて、自分たちが頼んだらうちわづくりの技を教えてくれることを知ります。本格的なうちわづくりに触れた子どもたちにとって、うちわは、リアリティのある、真似したいもの・再現したいものになっていきます。

園に帰った子どもたちは、職人さんに教えてもらった技を使って、「私はこうしよう」「ぼくはこれつけよう」と言いながら、自分のうちわをつくります。真似から始まる自分なりの表現のなかで、試し、工夫し、自分にとっての「よさ」を求めてつくります。子どもたちは文化を受け継ぎつつも、自分の手をつかって新しいものをつくりだしているのです。 イタリア・レッジョエミリア市の幼児教育を牽引したローリス・マラグッツィは、保育者には「確かな知識を入れるポケット」と「不確かな問いを入れるポケット」があると言いました。自分たちの園はどんな地域にあるのか、その地域にはどんな文化が根付いているか、そこにどんな人が住んでいるか、身の回りのモノにどんな文化が埋め込まれ、どんな可能性が潜んでいるか、といったことは確かな知識となるでしょう。その一方で保育者には、子どもの声を聴いて、答えの決まっていない不確かな問いを抱えながら、活動の方向を子どもたちとチューニングしながら一緒に探っていく柔軟な姿勢が求められ、それは子どもたちの文化的活動を支えていきます。

子どもたちは、名前と顔のわかるまちの人とかかわり、どこに誰がいるか、誰に何を聞けばいいかを少しずつ知り、まちの中で関係の網の目を広げていきます。そうやって、まちの一員として、まちに親しみ、愛着、所属感を感じていくのだと思います。大人として、子どもたちを「か弱い守るべき存在」として見るか、文化を受け継ぎ、新しいものをつくりだせる「まちの一市民」として見るかで、子どもたちの地域の中での存在感が変わってくるのだろうと思います。子どもたちは、いずれまちを担う可能性豊かな人たちでありながら、今すでにここにいる市民でもあります。地域との交流をイベントのように行おうとすると、大人主導になりがちです。不確実な時代だからこそ、これまで守ってきた文化を子どもたちに再生産させるだけでなく、必要に応じて自分たちで新しくつくり出せるのだということを、幼児期から具体的なものごとを通して経験してほしいと感じた実践でした。

筆者プロフィール
佐川 早季子(さがわ・さきこ)

京都教育大学教育学部 准教授。
長崎市生まれ。一人目の子どもを生み育ててから、どうしても子どもに関わる研究がしたくなり、大学院に入り直し、今に至る。母親であり研究者であり大学教員。
著書に『他者との相互作用を通した幼児の造形表現プロセスの検討』(風間書房)、共訳書に『GIFTS FROM THE CHILDREN 子どもたちからの贈りもの−レッジョ・エミリアの哲学に基づく保育実践』(萌文書林)などがある。

※肩書は執筆時のものです

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