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難しい気質の子ども:リスクからチャンスへ

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これまで数十年にわたり、扱いが「難しく」育児に手がかかる赤ちゃん(大体がストレスを感じやすく、よく泣いたりするため、なだめるのが大変な子ども)は、発達が乏しくなる「リスク」があると思われてきました。これまでの学説、また提示されてきたエビデンスによれば、発達過程にある子どものそのような行動傾向は、親の厳しいしつけや育児放棄を招きかねず、子どもの長期的なウェルビーイングを損ねるとされてきました。しかし、問題のある親子関係や発達過程は、両親または家族がすでに「危険な状態にある」場合に表出しやすいようです。つまり、たとえば親が鬱状態にある、教育を受けていない、または貧困状態にあるところに、乳児や子どもの高ぶった負の情動性や問題行動が、"最後の一槌"のように作用してしまいます。とりわけ、両親が経済的に豊かで、精神的に満ち足り、かつ行動が落ち着いている場合には、扱いが難しい乳児に起こるとされる発達の問題は、特に生じない傾向にあります。

乳幼児期の難しい気質と関連するリスクについてかなり研究されてきたにもかかわらず、これまであまり考慮されず、研究されてこなかった点は、恵まれない家庭環境において発達の乏しかった子どもが、親のサポートが得られる状況ではことさらに発達する傾向にあるという点です。難しい気質の子どもは、家庭環境が良好な場合、発達の悪さから「守られる」とされてきましたが、そのような家庭環境においては、乳児が難しい気質であることは実は利点であり、とりわけ良く発達し、平均以上の発達をすることさえある「チャンス」をもっていることは、考えられてきませんでした。

しかし、それこそがさらなる調査によって明らかになってきたことなのです。つまり、負の情動性が強い乳児は、問題のある状況下で育った場合に高いリスクを抱えているだけでなく、育児資源が豊かでサポートの手厚い家庭環境で育った場合、他の子どもよりも、その環境を活かすことがわかったのです。つまり、乳児期に難しい気質をもつ子どもは、逆境の負の効果に対して発達面で「負の影響を受けやすい」だけでなく、他の子どもと比べて、より「可塑的」だといえます。そのため、このような子どもたちは、育てられ方によって、他の子どもよりも「よくも悪くも」影響を受けやすいと考えられます。具体的に言えば、他の子どもたちと比べ、リスクの高い家庭環境で育つと発達がより乏しくなり、親のサポートが行き届いている家庭環境、または平均的な環境下であっても、発達がよりよくなるのです。

これはなぜでしょうか? 実際のところは、完全には明らかになっていません。しかし、一つの可能性として、難しい気質の子どもは、単純に過敏な神経系統を備えているため、経験がより強くそこに刻まれるのです。言いかえると、神経が過敏であるが故に、幼少期は困難なものとなり、結果、多くの精神的苦痛を感じるけれど、それにより多くのことを「吸収」しやすくなり、手厚い養育環境から受ける心理的な「栄養源」、および行動への「栄養源」に影響されやすいといえます。小児科医、看護師、心理学者やソーシャルワーカーは、いわゆる「難しい」子どもを育てるのはとても大変だ、と両親に警告するのではなく、次のように伝えるのが賢明かもしれません。あなたの子どもは、成長する過程で育児やしつけの質に大きな影響を受けやすい子どもです。子どもをキャンバスと捉え、芸術家であるあなたはそこに絵を描くことができる、と考えるとよいでしょう。無神経な育て方をすれば絵は美しくはなりませんが、手厚く細やかな対応で子どもを育てることで、魅力的な絵になります。難しい気質の子どもを育てるときの親の影響について、大げさにとらえるのは間違いであり、むしろ負の情動性が強い子どもを育てるには、そうでない子どもを育てるのに比べ、親としての育て方にかかるところが大きいということを、ありがたく受け止めるのが大切かもしれません。

筆者プロフィール
Jay_Belsky.jpg ジェイ・ベルスキー

カリフォルニア大学デービス校、人間発達学教授 (Robert M. and Natalie Reid Dorn Professor) 。子どもの発達と家族研究の分野の第一人者としてアメリカ国内だけでなく海外でも広く知られている。専門分野は、保育の影響、乳幼児期の親子関係、親への道のり、児童虐待の原因、親子の関係性の進化的基盤など。これまでに400以上の科学論文や章の執筆を担当、書籍も複数出版している。1974年にヴァッサー・カレッジ在学中の研究により心理学士号、1976年コーネル大学で子どもの発達に関する研究で修士号、1978年同大学院で人間発達と家族の研究で博士号を取得。その後21年間、ペンシルバニア州立大学に勤め、特別教授(Distinguished Professor)となった後、ロンドンへ拠点を移しロンドン大学バーベック校で心理学教授、また、児童家庭社会問題研究所を創設、12年にわたり所長を務めた。2011年より米国カリフォルニアにて現職。
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