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若者たちの育成と少年法

安倍 嘉人(弁護士・元東京高等裁判所長官)

2019年1月11日掲載

皆さんはご存じでしょうか? 18、19歳の若者が罪を犯した場合にどのような手続で処分を決めるかについて法律改正の議論がされていることを。

現在は、20歳未満の若者は、法律の上では「少年」とされており、その少年が罪を犯した場合は「少年法」という法律によって家庭裁判所で審理され処分が決まることになっています。他方、20歳以上の若者は、原則として地方裁判所で刑事裁判によって刑罰が決まる仕組みです。ところがこの枠組みについて、18、19歳は少年法によらないで普通の大人として扱うこととしてはどうかという問題提起があり、法制審議会で議論が続いています。

このような議論は、憲法改正のための国民投票法や国会議員などに関する公職選挙法で投票権を18歳以上に与えるとされ、続いて民法の成人年齢も18歳に引き下げられたことにその発端があります。

1 少年と大人としての扱いの違い

そこで、罪を犯した18、19歳の若者を少年として扱うことと大人として扱うこととの違いを、仮設の事例でご説明いたします。

事例:飲食店でアルバイトをしている18歳の若者が、夜間路上ですれ違った人に対して言いがかりをつけ、殴ってけがをさせた

このような場合、まず、その若者がやった行為、殴るに至ったいきさつ、殴ったときの状況、相手のけがの程度、被害弁償などについて警察、そして検察庁で取調べが行われます。

(1)少年としての扱い

その後、現在の制度では、少年が犯したすべての事件が記録とともに家庭裁判所に送られ、少年法に基づいて非公開の審理が始まります。家庭裁判所では、人間関係分野の専門家である家裁調査官がその少年及び親、中学・高校の先生、雇い主などに面接して、犯行に至った原因について、その資質や生い立ち、親子関係、日常の生活状況などの観点から調査した上で審判が開かれます。裁判官は、犯行の事実を確認し、その後少年から直に事情を聞きます。そして被害者のことを考えさせ、今後の生活の上で改めるべき点を指摘して具体的改善を考えさせるなどしながら、反省がしっかり深まっているかどうかを見極めて、先の調査結果も考慮に入れて処分を検討します。このような事件について、審判での検討の中心はその少年の立ち直りのための教育、指導の在り方であり、裁判官の審判廷での指導で十分か、保護処分として、社会生活をしながら専門的な指導監督を受けさせるために保護観察に付するのが適当か、問題性の改善のために少年院に送って集中的指導を受けさせることが必要かなどを考えて処分が決まります。

(2)大人としての扱い

これに対して、この若者を大人として扱うということになると、通常の刑事裁判の手続となります。この手続を貫く基本的な考え方は、行った行為についての責任をとらせるということにあり、ここに少年法による手続との根本的な違いがあります。事件の捜査の内容は先に述べたところと同様ですが、警察で微罪処分として終わるものがあり(年齢の近い20、21歳の者については約40パーセントがこれに当たる)、検察官に送られた事件についても、犯行の状況やけがの程度、被害弁償などを考慮して、比較的軽微とみられる相当数の事件(上記の年齢層の者については、約50パーセント)は起訴猶予となって、裁判所の審理もされないで手続が終了します。他方、検察官が事件を起訴しますと、地方裁判所での公開の法廷における刑事裁判となります。ここでは、その若者に対してどのように反省しているかが問われますが、その立ち直りのためにどのように生活を改善することができるかという視点よりは、犯した犯罪の結果に応じた責任をとらせるにはどの程度の刑罰が適当かを考慮して、例えば懲役1年という刑罰が科され、酌量の余地があると認められれば執行猶予がつけられます(上記の年齢層の者で約80パーセント)。そして、刑事裁判で有罪となれば、前科となって仕事上の様々な資格が制限されることになります。

2 年齢についての法改正の妥当性

それでは、罪を犯した18、19歳の若者の事件を少年法によって審理判断する仕組みから大人の刑事裁判として扱う仕組みに変更するための法改正をすることが相当なのかについて、考えてみたいと思います。

(1)「制度の横並びを考える」という意見について

改正を主張する立場からは、選挙権が18歳に引き下げられるなど18歳を節目とする法改正がされているのだから、少年法も18歳を節目とするよう改正するのが分かりやすい、という主張がされています。

しかし、このような選挙権などの権利を与えることと罪を犯した若者についてどのような手続で処分を決めるかの節目を同一に揃える必要があるのでしょうか。ほかにも飲酒や喫煙、賭博行為等の規制において20歳が節目と定められていますが、これらの節目を改正しようという動きが見えないことにも表れているように、法律の適用を決める年齢の節目はその事柄の内容によって個別に定めるのが適当であると考えます。さらに加えるなら、最近は少年非行が18、19歳の年齢層を含めて減少し、少年人口1,000人当たりの事件数も減少している上、凶悪事件も減少しており、この年齢層の若者に刑事裁判手続を適用してその責任を更に強く自覚させなければならないという状況でもないように思います。

(2)「少年法は甘い」という意見について

一方で、時々少年による事件がニュースに流れると、少年法は甘い、という意見が見られます。しかし、少年法による手続は大人の刑事裁判と比べて甘いとは言えないと思います。大人の刑事裁判では先に触れたように、警察で微罪処分となるものがあるほか、検察官が重くないとみた事件は起訴猶予となって、そこで事件の手続は終わり、指導をする余地もありません。これに比べ、少年法のもとでは、先に述べたように、犯罪を行った少年のすべての事件が必ず家庭裁判所に送られ、家裁調査官の調査があり、裁判官の教育的な指導を受けた上で処分が決められることになり、そしてその先には、保護観察や少年院送致という保護処分における教育の手続も備えられています。この手続を通して、家裁調査官や裁判官からは、少年が罪を犯すに至った経過、問題状況などについてかなり踏み込んで問われ、被害者について思いを巡らすことを求められ、いわばこれまでの自分と正面から向き合うことを求められることになります。それまで刹那的に生活してきた若者にとって、これはかなりこたえる場面となります。更に、保護観察になれば20歳になるまで日々の生活状況を確認しながらの指導監督があり、少年院においては20歳になるまで(収容を継続することもあります)ほとんどマンツーマンの教育的な指導を教官から受けることになります。このような一連の指導は少年たちが逃げ出すことができない重たい経験ですが、これを乗り越えることが立ち直りの原点であると言ってもよいと思います。また、少年がこのような過程を経て立ち直っていく姿を脇で見ながら、親にも、しっかりしなければという自覚が高まって、生活や親子関係を考え直すきっかけにもなっています。

他方、刑事裁判では、有罪となって実刑であれば刑務所に送られ、ここでは基本的には、刑期の間、配置された工場で、例えば木工品を作るなどの単純な作業に従事する毎日を送ることになります。このような生活では、いわば務めをするという感覚にもなり、もちろんこの間にも自分の過去を反省することがあると思いますが、なかなか深まらないというのが実情のようです。また、刑事裁判で仮に有罪とされても、上記のように20、21歳の若者についてみれば、その80パーセントが執行猶予となって社会に戻ってくるのが実情で、若者たちは刑事裁判を軽くみています。

このようにみてみると、刑事裁判の手続と比べて、家庭裁判所における少年審判を受け、保護処分に付されることは決して甘いものではないということがお分かりいただけると思います。

(3)「少年審判は過剰なかかわりである」との意見について

また、大人扱いをすべきだとする意見の中には、「現在の少年法による審判や保護処分の仕組みは保護教育一色であって、民法で成人として扱うことになった者に対しては過剰なかかわりである」という意見も見られます。しかし、18、19歳の若者は、精神発達の面から見てまだ未成熟で、以前に比べて成熟の度合いが遅れているという見方が定説であり、また可塑性を有しているのですから、この年齢層の若者には教育的働きかけの余地が大きく、その効果も期待できるということができます。また、現在の少年法のもとでも、結果が重大な事件については、家庭裁判所が少年院送致ですませることなく事件を検察官に送致して刑事裁判に付する処分を選択することができるようになっています。特に、殺人など少年の故意の犯罪行為によって被害者が死亡した場合には、家庭裁判所は原則として検察官に送致しなければならないと定められており、このような事件についてはまさに厳罰が課されており、少年審判が保護教育一色であるとは言えません。

(4)「現行のまま少年法を適用すべき」とする考え方について

上に述べましたように、18、19歳の若者を大人の刑事裁判に付すように法律を改正することについては、これを根拠づける理由がないと考えます。

これに対して、現在の少年審判とこれに続く教育の仕組みが、18、19歳の若者を立ち直らせるための手続と専門家を備えて十分に機能していることは明らかであり、この年齢問題を検討する冒頭の段階に法務省で行われた有識者による勉強会でも、有識者が同様に認めているところです。また統計の面でも、家庭裁判所に送られてきた少年の中に占める処分歴のある者の比率はこの10年間を見ても減少してきており、教育的な働きかけの効果が裏付けられていると言ってよいと思われます。

さらに、本年3月に法務省の法務総合研究所から発表された研究報告によると、少年院の出院者に対する調査の結果、少年院における教育が出院した若者の立ち直りにとっていかに大きな意味を持っていたかが実証的に明らかになっています。また、最近政府において犯罪者の再犯防止のための施策が実施されていますが、この中で、再犯防止のためにはその犯罪者のどこに問題があったのかを調査して個々の特性に応じた改善の取組が重要であると提言されているのも、現在の少年審判の仕組みの有効性を踏まえたものということができると思います。

以上に述べたところをみれば、大人としての刑事手続において、受刑して務めを終えればそれで終わり、反省が深まるかどうかは本人次第ということではなく、少年法による審判や保護処分によって、一度罪を犯して道を踏み外した若者を、経験豊富な専門家がある意味では多大な労力をかけて育て直して、健全な大人に再生させることの意義がお分かりいただけたと思います。

問題は、社会の将来を担うべき18、19歳の若者に対して、社会として何れの道を用意するのがよいのかということですから、そのような広い視点に立って議論が進むことを期待したいものです。

(注)詳しくは「家庭の法と裁判」16号(日本加除出版)に掲載された拙稿「少年法適用年齢の引下げについて考える」(共著)及び同誌7号の「特集:少年審判」をご参照ください。

筆者プロフィール
Yoshito_Abe.jpg 安倍 嘉人(弁護士・元東京高等裁判所長官)

私は、定年になるまで裁判官として勤務してきましたが、この間家庭裁判所との繋がりが深く、非行少年の事件や離婚問題など家庭に関する事件を担当したり、家庭裁判所調査官の研修や家庭裁判所に関係する法律改正にも関わってきました。現在は、弁護士をするかたわら、家庭問題情報センター(FPIC)の理事長をしたり、日本加除出版の刊行する「家庭の法と裁判」誌の編集代表を務めています。
日本子ども学会には、横浜家庭裁判所の所長時代に神奈川県にある「子どもの虹情報研修センター」のセンター長である小林登先生にお目にかかった際に、この学会に情熱をかける先生のお話に感銘を受けて加入しました。学術集会などで子どもをめぐる幅広い学際的な議論をお聞きしながら刺激をいただいています。
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