1.放課後ケアへのニーズの高まり
学齢児童のケアに関する日本の政策は、児童福祉法第六条に基づいて、 厚生労働省の所管による「放課後児童健全育成事業」を中心に行われてきた。 一般には「学童保育」という概念のもと、「放課後児童クラブ」や「学童クラブ」などの名称で実施されている。 放課後ケアに対するニーズは年々高まり、平成27年4月からは「子ども・子育て支援新制度」が始まった。 従来おおむね10歳未満であった学童保育の対象は、小学6年生までに拡大された。 利用登録をしている児童は全国で102万人を超えている。 一方、希望をしても利用できない「待機児童」はおよそ1.6万人と発表されている(2015年5月時点、 全国学童保育連絡協議会)。
量的な拡充に加えて、学童ケアは「放課後の学び格差」問題などを背景に、 関係行政が一丸となった総合的な施策への質的な転換も求められている。 平成26年6月には、閣議決定によって「放課後子ども総合プラン」が策定された。 これまで、「放課後児童クラブ」を実施してきた厚生労働省と、 「放課後子ども教室」を実施してきた文部科学省とが協力し、 全ての児童を対象として学習や体験・交流活動を行う事業が始まりつつある。
放課後や週末の子どものケアや教育をどうするかという問題は、 日本だけでなく経済先進諸国で共通の課題となっている。 OECDの学習到達度調査(PISA)による学力への関心や、 経済的な要因による教育格差への課題意識から、 各国が放課後や授業時間前のプログラムに力を入れるようになっている。 小論では、カナダのフランス語文化圏であるケベック州の「学校内ケア」 (日本の学童保育に相当)の概要と特徴を考察し、日本への示唆を得ることとしたい。
2.カナダにおける学齢児童のケア
カナダでは、教育や保育は州政府の所管事業となっている。 いずれの州でも、幼児教育は教育に関する法律に、保育(学齢児童のケアも含む)は福祉や地域に関する法律に依拠して政策が進められてきた。 しかし、幼保段階では行政の一元化が進み、保育行政を教育行政に移管する州が増えている。 そのなかで、ケベック州だけは他州と異なる政策展開をしてきた。 1990年代後半の制度改革によって、0~4歳のケアは家族省、 就学前教育(幼稚園)を含む5歳以降のケアは教育省と、子どもの年齢によって保育の所管を分割している。
図表1は、カナダ各州における学齢児童のケアについての2007年の統計である。 6~12歳人口に対する定員比は、ほとんどの州で10%に届かない状況である。 一方、ケベック州の対象人口に占める定員は抜き出ており30%に近い。 同州の定員数は、カナダ全体の半数以上を占めている。
州名 \ | 学齢児童人口 (6~12歳) | 学齢児童ケア 定員数 (6~12歳) | 対象人口に占める 定員比 |
ニュー・ファンドランド・ラブラドール | 37,300 | 735 | 2.0% |
プリンス・エドワード・アイランド | 11,500 | 859 | 7.5% |
ノバ・スコシア | 69,400 | 2,688 | 3.9% |
ニュー・ブランズウィック | 55,700 | 7,162 | 12.9% |
ケベック | 553,700 | *162,992 | 29.4% |
オンタリオ | 1,071,200 | 81,292 | 7.6% |
マニトバ | 97,300 | 7,574 | 7.8% |
サスカチュワン | 80,500 | 999 | 1.2% |
アルバータ | 295,200 | 19,482 | 6.6% |
ブリティッシュ・コロンビア | 323,700 | 28,233 | 8.7% |
カナダ全体 | 2,607,585 | 312,857 | 12.0% |
*就学前教育クラス(5歳児)の学校内ケアは含まれていない | |||
図表1 カナダにおける学齢児童人口とケア定員数(2007年) Beach et al., 2009年, pp.177, 183より筆者作成 |
同州では、学齢児童のケアは「学校内ケア・サービス」(services de garde en milieu scolaire, SGMS) という名称でよばれている(以下、「学校内ケア」と表記)。 州の教育法に規定をもち、教育省・教育委員会が管轄し、基本的に小学校内で行なわれる。 利用料は、世帯の所得に応じて一日7.3~20カナダドル(1カナダドル=83円/2016年2月)となっている(注1)。 通常は一日5時間まで、特別な行事の日は10時間までケアの提供が行われる。 遠足など特別な費用が発生した場合は利用者が実費を負担する。
3.ケベック州の学校内ケア―保育行政から教育行政へ
ケベック州の学校内ケアは、1979年の「保育法」 (Loi sur les services de garde à l'enfance)整備以降、同法下で監督されてきた。 その後、1988年に制定された「公教育法」(Loi sur l'instruction publique, R.S.Q., c.I-13.3) が1997年に改正された際、学校内ケアは教育行政に移管された。 改正された教育法は、第5章「教育委員会(Commission scolaire)」の第6部「機能と権限」第256条に、「学校内ケア」についての規定を設けた。 地域の教育委員会は、学校理事会(Conseil d'établissement)の要請がある場合、 理事会と合意した方法によって、学校構内、もしくは適切な場所がない場合は他の場所で、 初等・就学前段階の児童にケア(des services de garde)を提供することが義務づけられた。
同法施行規則(Règlement sur les services de garde en milieu scolaire, O.C.1316-98, October 14, 1998)は、 「学校内ケア」を「教育委員会の下、教育が提供される時間外に、初等・就学前段階の児童にケアを提供すること」と定義している。 同規則第2条によれば、学校内ケアの目的は次の通りである。
- ①児童の安全を見守り、学校の教育計画の枠内で、児童の興味とニーズに配慮した活動を行い、 学校の教育サービスを補足して児童の総合的な発達を促進する。
- ②児童の家庭に支援を提供する。特に希望する者には、授業の後、 児童が宿題をできるよう可能ならば適切な場所を与える。
- ③教育法第76条に基づき、学校理事会によって承認された行動規約と安全方針を遵守して 児童に健康と安全を提供する。(以上、筆者訳)
ケアを担うスタッフについては、過去3年以内に、 最低8時間の救急処置講座(既受講者は、最低6時間の再訓練講座)を良好に修了したことを示す公的文書を有することと定めている(同規則第5条)。 また、スタッフ一人につき児童の定員は20人までとなっている(第6条)。 以上は、州の定める最低要件であり、スタッフの採用については各教育委員会が独自の採用基準を設けている。
学校内ケアの内容は次のような活動で、朝7時から夕方6時までの間、授業のない時間帯に行われる。
- ①ルーティーン的活動(受け入れ、昼食、スナック、見送り)
- ②子どもの自由活動(個人、グループ)
- ③短期的な教育活動(工芸、音楽、実験、調理、ゲームなど)
- ④長期的な教育活動(指導員が推進役となる学校新聞、演劇、合唱、飼育活動など)
- ⑤クリスマスやバレンタインデーなどの特別活動(保護者も参加)
- ⑥宿題の時間(通常はレクリエーション的活動の前に、30分程度実施)
図表2は、学校内ケアに関する組織系統である。 教育省地域局は、教育委員会からの申請を審査して学校内ケアのための交付金と情報を提供し、 法律と規則の遵守を監督する。教育委員会は、スタッフの採用基準と手続きを整え、 資格、労働協約、児童定員数を考慮して雇用する。 学校内ケアの現場責任者は校長であり、教育委員会は校長を支援する。

図表2 学校内ケアの組織系統
Ministère de l'Éducation du Québec, 2004年, p.16. より筆者作成
4.学校内ケアの発展
ケベック州における学校内ケアは、1970年代末には40校ほどで行なわれていた。 当時の利用者は非定期的で固定せず、スタッフはボランティアが多く、 教育関係者として認識されていなかった。サービスの質とスタッフの労働条件改善のために、 1985年に非営利法人「ケベック学校内ケア協会」(l'Association des services de garde en milieu scolaire du Québec, ASGEMSQ)が設立され、 他の職能団体や行政機関との連携が行われるようになった。利用者数は、1980/81年度の5,130人から1989/90年度には19,902人へと約10年間で4倍に増えている。
1997年には、学校内ケアを含む公的保育利用料に対して、家庭の所得に関わらず一日5カナダドルの定額制が実施されるようになった(以下、ドルと表記)。 保護者から一定数の利用希望が集まると、学校理事会は教育委員会に申請を行う。 教育委員会は、保護者から徴収する利用料と交付金によってサービスを提供する。
定額制が適用されるためには、児童は一日2時間半、週3日以上利用しなければならない。 この原則にあてはまらない非定期的な利用には、教育委員会の定める費用を払う必要がある。 非定期利用の料金体系は割高であり、定額制が適用される定期的利用者が増えることになった。 図表3は、1997年の法整備後の利用者数の変化である。約15年間で、定期的利用者が約3倍に増えている。 協会のデータによれば、2011年ではケア利用者(5~12才)は約23万人であり、2000年代中頃以降は大きな変化はない。

図表3 学校内ケア利用者数(1997~2004年度)
出典: La confédération des syndicats nationaux, 2010年, p.21 より筆者作成
(注:公立小学校に付設された幼稚園5歳児の学校内ケアも含まれるため、
小学校段階のみを対象とする図表1の数よりも多い)
図表4は、法整備後の学校内ケア予算である。短い期間に大幅に増加している。 図表5は、1991年から約20年間の学校内ケア実施校数である。 この間、同州の初等学校数は大きな変化がなく2,050校前後で推移していた。 1997年の法整備前では全校のうち約40%の実施率であったのが、約10年後には約80%になっていることがわかる。

図表4 学校内ケア予算の推移
出典: Michaud, 2004年, p.10 より筆者作成

図表5 学校内ケア実施校数(1991~2008年度)
出典: La confédération des syndicats nationaux, 2010, p.21 より筆者作成
5.指導員職の専門化に向けて―ケベック学校内ケア協会(ASGEMSQ)の資料から
学校内ケアについての法・規則では、スタッフの名称を特に定めていない。 ケベック学校内ケア協会は、乳幼児段階のケアを行う保育者と同じく、 女性にはéducatrice、男性にはéducateurという語を用いている。 女性が多数派であるため、養成課程のテキストなどでも、女性形のéducatriceを統一して使う傾向がある。 日本は、「保母」から「保育士」への転換が行われたが、文法に性差のあるフランス語では統一は難しい。 なお、初等教育段階の教員については、教師に該当する語enseignant(e)が用いられている。 図表6は、学校内ケアの法整備後のスタッフの数である。5年間で約3倍に増えている。 協会のデータによれば、2011年では指導員は約12,600人であり、その後は大きな変化がみられない。

図表6 教育法改正後の学校内ケア指導員の数
出典: Michaud, 2004年, p.8 より筆者作成
時間 | 活動 |
---|---|
6時45分~8時 | 出迎え。児童のコンピュータ作業を見守り。 |
8時~11時45分 | |
11時45分~13時7分 | 昼食と昼休みの自由時間の見守り。 |
13時7分~14時25分 | |
14時25分~15時10分 | おやつの時間の見守り。 |
15時30分~16時30分 | 宿題の時間。その後、図画工作室での活動指導。 |
16時30分~18時30分 | 体育室での活動指導 |
図表7 学校内ケアの一日の例 Le cœur militant, 2009, p.9 より筆者作成. |
図表7は、モントリオール市の初等学校に勤務する指導員のある日のスケジュールである。 この学校では、授業時間前、昼食・昼休みも指導員が勤務している。 合計すると指導時間は6時間超であるが、早朝、昼食時、夕方に分断されている。 勤務形態や雇用状況は教育委員会や学校によって異なるが、平均給与は時給17~22ドルである(Le Devoir, 1 février, 2014)。
日本の場合、保育・就学前段階では「早朝保育」「延長保育」のサービスがあるが、 学童段階では放課後ケアが中心である。 ケベック州やオンタリオ州では、授業時間前も含めた学校内ケアが一部で実施されている。 一方、日本のようなしっかりとした給食制度や食育活動はカナダでは普及していない。 食堂での給食サービスを実施している学校では、月ごとや日ごとに個別に申し込むが、 弁当持参の他、自宅でとるのが基本になっているケースもある。学校教員が昼食時間を監督することは珍しく、 この時間帯はその他のスタッフが対応するのが一般的である。
ケベック学校内ケア協会の統計によれば、指導員の雇用形態で最も多いのは一時雇用であり全体の44%を占めている。パートタイム常勤雇用は32%、 フルタイム常勤雇用は24%である。全体に占める約76%が非正規雇用である。 ケベック州の年間授業日数は180日であり、継続して勤務した場合、 年間給与は平均22,700ドルである(Labonté2009 : 3)。
学校内ケア協会が加盟する「ケベック労働者連盟」(Fédération des travailleurs et travailleuses du Québec, FTQ)は、 指導員職の地位向上を求めて行政や専門職機関と調整を行ってきた。先述したように、法律では、 学校内ケア従事者の要件は救急処置講座の履修だけであるが、各教育委員会は独自の採用基準を設けてきた。 2011年までは、高校卒業資格と保育施設での1年間の実務経験が標準であった。 しかし2011年以降は、新規に採用される者には、「専門技能認定証」(Attestation d' Étude Professionnelle、AEP)を取得することが求められるようになった。 内容は、390時間の講義と11モジュールからなる実習である。 すでに雇用されている者は任意履修となっている(Le Devoir 2014)。
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学校内ケア指導員の専門技能講座があるシャーブルック大学(Université de Sherbrooke) <モントリオール中心から数分の地下鉄Longueuil駅と直結したサテライトキャンパスで、成人向けの講座が多数開講されている> |
6.学校を拠点とするケアの充実―日本への示唆
以上、確認してきたように、ケベック州の学校内ケアは、1997年より教育行政の一環として行われてきた。 初等学校の約80%で提供されており、6~12歳児童のうち約3割が利用している。 利用料は、乳幼児の保育料と同じで、世帯の所得に応じて7.3ドル~20ドルである。 子ども一人に対する保育者・指導者の人数比で考えると、乳幼児の保育料と比べて、 学校内ケアの費用は相対的に高い印象を受ける。しかし、授業前、昼食、昼休みの指導も行うため、 指導員は日本より長い時間子どもと接している。 今後の課題の一つは、指導員の養成・研修などの制度化と雇用条件の整備である。
ケベック州の学校内ケア制度の強みは、公教育法によって「学校の教育計画の枠内で学校の教育を補足する」サービスとして明確に位置づけられていることである。 日本でも、政府は新たな学童保育施設の約8割を小学校で運営する目標を掲げている。 厚生労働省は、平成28年度中に学童保育の定員を33,000人分増やす予定である。 用地賃借や移転を支援するために、学童保育を運営する市町村、NPO法人、企業などに資金を支援する。 「設備運営基準」の策定や、「放課後児童支援員」認定資格研修も始まっている。
学童保育へのニーズの高まりに答える国の早急な施策展開は歓迎したい。 しかし、現段階では、学校は「空き教室」を提供する「スペース」としての役割が中心である。 厚生労働省の学童保育と、親の仕事に関係なく校内で遊び場を提供する文部科学省の「放課後子ども教室」を一体的に運用する試みは、 東京や横浜の自治体などで始まったばかりである。 海外の学童保育についての比較研究によれば、各国で教育と福祉を一体的に議論する傾向が強まっている。 スウェーデンでは、学校のカリキュラムに学童保育が含まれ、学校教員と学童保育職員の養成制度が統合されている(池本2009)。
ケベック州の学校内ケア制度の特徴の一つは、4歳児までのケアは保育、5歳児以降は教育と、 年齢によって所管行政を区切っていることである。 このような行政制度を導入するか否かは別としても、 各国の取組や実践についての調査研究やそれらを踏まえた根本的な議論が必要とされている。 「教育と福祉」という複合的な概念を担う一部として、学校教育の役割を再検討し、制度設計を行っていくことが望まれる。
- (注1) 2003~2014年まで、家庭の所得に関わらず、 学校内ケアの利用料は、0~4歳の保育料と同じく、一日7ドルの定額制(フラット・レート)であった。 2015年2月より、世帯の所得に連動した利用料制度になった。 長い間、ケベック州の保育制度の特徴であった定額制については、 CRN記事 「カナダ・ケベック州の子育て支援―フラット・レートによる保育料―」(犬塚2014)を参照されたい。
文献
- 池本美香編(2009)『子どもの放課後を考える―諸外国との比較でみる学童保育問題』勁草書房.
- 放課後児童支援員認定資格研修教材編集委員会編(2015)『放課後児童支援員都道府県認定資格研修教材』中央法規.
- ASGMSQ (2002) Code d' éthique pour le personnel éducateur des services de garde en milieu scolaire.
- Beach et al., (2009) Early Childhood Education and Care in Canada 2008, (8th Edition), Childcare Resource and Research Unit.
- Le cœur militant (2009), Mai, 2009, FTQ.
- La confédération des syndicats nationaux (2010) Des Services de Garde Éducatifs de Qualité : Un doit chaque enfant.
- Le Devoir (2014)、 1 février.
- Labonté, Jean-François(2009) "Semaine de services de garde en milieu scolaire 2009", Le cœur militant, Mai 2009, FTQ.
- Ministère de l'Éducation du Québec (2004) Les Services de Garde en Milieu Scolaire è Document d'Information, Governement du Québec.
- Michaud, Céline (2004) Service de Garde en Milieu Scolaire, Ministère de l'Education.
- Musson, Steve (2014) Les services de garde en milieu scolaire, Les Presses de l'Université Laval.