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フランスのシティズンシップ教育の活動

要旨:

フランスでは、1985年に小学校と中学校に「市民教育」科が導入されてから10年後に、市民教育を再活性化させるためにシティズンシップ教育が導入された。そして1998年にはフランス教育省がシティズンシップ教育の「3つの柱」を通達して、その理念と方向性を示した。本稿では、筆者がフランスの小学校、中学校、高校を訪問して見聞してきたシティズンシップ教育の活動を、教育省が示した「3つの柱」に沿って紹介しながら、取り組みや特徴について論じる。
はじめに

フランスでは1985年に、小学校と中学校(collège)でéducation civique、つまり市民教育が独立の教科として復活した。なぜ復活かというと、19世紀末に成立した第三共和制では、カトリック教会勢力が掌握していた学校教育を共和国の学校にするため聖職者を追放し、師範学校出身の教師によってしばらく市民教育(instruction civique)を行っていたからである。次第に共和国理念が伝統的価値として市民に浸透したため、学校教育から一旦姿を消したが、1970年代以降、教育の大衆化や移民子弟の増加によって価値が多様化し、伝統的価値とされてきた共和国の理念が自明ではなくなった。そうした状況で、再び市民教育(éducation civique)が学校で教えられるべき価値として復活したのであった。

その際、市民教育がinstruction civique とéducation civiqueと異なって表記されていることは注意を要する。一般的にはinstructionは知育、éducationは徳育、と訳されるが、その内容は大いに異なる。前者では授業で共和国や憲法、選挙制度など政治や社会の仕組みに関する知識を学ぶ。それがどのように機能するかは、家庭など学校外の場で生徒が学ぶことが期待されている。他方、後者では知識に加えて、政治・社会の仕組みがどのように機能するかについても学校の中で教える。これは、もはや学校で学んだ知識を生徒が社会で実践できない、どのように実践するか学校で教えないといけない状況になったことを示している。つまり、社会における市民教育機能の低下と同時に、社会と学校との間で価値が異なってきたため、生徒たちが市民の資質を育てることまで学校で担保しなければならなくなったことを意味している。そうした事態の深刻さをまず認識する必要がある。 こうして市民教育が復活してから10年後、1996年には、「市民教育の再活性」としてシティズンシップ教育(éducation à la citoyenneté)が登場した。その背景には、学校内外で生徒による他人への肉体的暴力や言葉の暴力の増加、喫煙・飲酒・麻薬の問題、妊娠中絶や自殺未遂などの深刻化がある。2001年秋以降は移民子弟やユダヤ系の生徒に対する人種差別も増えている。こうした社会的規範や道徳意識の低下から、incivilitéといった指摘が頻繁に教育現場でいわれるようになった。これは非礼とか、市民らしくない行為とか、文明的ではない行為といった意味である。こうした社会的背景が学校での市民教育を要請している。以下では、1998年に教育省によって示されたシティズンシップ教育の3つの柱の内容をあげて、それがどのように学校現場で実践されているのか、実際に授業で行われていた教育活動を紹介しながらシティズンシップ教育の実態をみていくことにする。


1. シティズンシップ教育の第1の柱――市民教育

フランスでは「市民教育」科がシティズンシップ教育の中心である。「市民教育」科は小学校の低学年(第1、2学年)では「ともに生きる」、高学年(第3~5学年)では「共同生活」という名称で、週0.5時間割り当てられ、「討論」を行っている。 学習指導要領では「ともに生きる」は、集団生活の規則を守ることや、同級生や大人と話すことを目的としている。

フランス東部にあるナンシー市のA小学校の第1・2年生のクラスでは、週1回30分の討論を設けて、先生と生徒がクラスで起こった問題を解決するために話し合いをしていた。教室には、「良いこと」、「良くないこと」、「好きなこと」に仕切られた意見箱が置かれ、生徒がクラスの中で起こったことについて匿名で紙に書いて仕切りの中に入れ、週一回の討論の時間にその中から皆で議題を決めて話し合っている。教師が司会兼モデレーターとなり、意見箱に入れられた紙に名前を挙げられた生徒の意見を聞き、それに対する他の生徒の意見を聞き、最後に生徒たちから出された意見を教師が解決策としてまとめていた。

学習指導要領では「共同生活」は、「学校生活への参加」や、市町村やフランスの市民となることが学習目的として挙げられている。同市B小学校第3学年のクラスでは、「子どもの権利:世界のすべての子どもは意見を言う権利がある」というテーマで討論をした。自由に発言できるように円形に机を並べて、司会者と書記のほか、発言者を指名する生徒たちの進行のもと、生徒たちが意見を述べる。教師は時々、議論を整理するために生徒に質問して、それに対して生徒は賛成や反対の意見を述べていき、授業の最後に司会者が討論をまとめた。

同校の第4・5学年のクラスでは、相違と寛容に関するテーマの映画をもとに「自分とは違う人を好きになれるか」について討論をした。まず、司会役の生徒の進行で、人間の異なる点について生徒たちから、身体的なこと、出身、性格、生活状況、宗教といった点が挙げられた。次に、先生が「違う国からきた新入生が来たらどういう対応をするか」と議論の口火を切り、実際にキューバから来た生徒に発言させたり、その子に最初に話しかけた生徒の意見を聞いたりしながら議論を進めた。最後に司会者が議論をまとめて、「ハンディキャップのある人をからかうのではなく助けてあげよう」とコメントした。

中学校では1985年から「市民教育」は独立教科として歴史・地理教科の中に加えられた。週1時間割り当てられ、「歴史・地理」科の教員が担当する。高校(lycée)では1999年から「市民・法律・社会」という教科が週0.5時間義務化された。いずれも人権、民主主義、共和国、政治や選挙の制度などが教えられる。

フランス東部のストラスブール市にあるC中学校では、第1学年の歴史・地理科の教員が同校にムスリム家庭の子どもが多いことから、授業の一環としてモスク訪問を取り入れていた。訪問前後の授業で生徒たちはイスラムの文化や美術、歴史について学んだ。モスク訪問を通して、生徒たちはイスラムの文化が豊かなことに驚き、フランスには多様な文化があることを誇りに感じていたと教師は語っていた。


2. シティズンシップ教育の第2の柱――「市民教育」以外の教科による市民育成

第2の柱は、市民教育科以外の教科による教科横断的な「市民教育」である。学習指導要領には「人権教育と市民性教育」、「個人・集団の責任に関する教育」、「批判的精神の練習や議論の実践によって判断する教育」といったテーマが挙げられている。

ナンシー市のB小学校では第5学年の美術の授業では「テレトン」という障害児支援のためのTVイベントへの参加を通して市民教育を行っている。これは4年前に始めた活動で、美術の時間に生徒がデッサンしたものを商業学校の学生が販売して、その収益をテレトンにすべて寄付して障害児支援をしている。活動のきっかけは、障害を抱えた生徒がこの学校にいて、障害児への理解を深めることが課題となった。偶然、ある生徒のおじいさんが「ドーム」という有名なガラス細工会社の社長だったのでその協力を得て、デッサンの授業で数回、画家に指導を受けて制作して、作品の販売、そして収益を寄付するという活動を通して市民教育をしている。この活動を通して、生徒たちはハンディキャップの子どもへの理解や接し方を考える。また、ユニセフの代表に講演にきてもらって討論をしたこともあって、他人の話を聞くこと、他人を尊重することといった学校の教育活動にもつながり、学校外や社会との接点をもつ活動にもなっている。


3. シティズンシップ教育の第3の柱――市民的イニシアティヴ

第3の柱は、市民らしくない行為や暴力の予防を目的とした市民的イニシアティヴである。これは、「市民性」、「道徳」、「暴力」、「ともに生きる」といったテーマのキャンペーン週間を設けてそのテーマに基づいて討論したり、裁判所や消防署など校外の施設を訪問したり、共同生活の規則を盛り込んだプロジェクトを企画して参加したりすることで、生徒に市民道徳を自覚させることを目的としている。これを促進させるため、1998年7月1日の通達が出され、「健康と市民性のための協議会」(le comité d'éducation à la santé et à la citoyenneté:CESC)が、市内の高校や中学校を中心に設置された。その目的は、学校ごとにバラバラに行っていた暴力等の予防活動を一つにまとめ、明確な目標に向けて教職員と生徒を動員して、実効的なパートナーシップを強化し、大人と生徒の関係や雰囲気を改善することにあった。CESCはこうした理念のもと、暴力・喫煙・飲酒・薬物など問題に対する健康教育や市民性教育というアプローチから、各地域の高校や中学校の教職員を中心に自治体や青少年に関わるNPOと一緒になって、上記の問題に対処するための活動計画を練り上げる。その活動計画はCESCに参加している中高へ提案され、市民性教育の活動計画に取り入れられる仕組みである。

フランス東部にあるセレスタ市のCESCでは喫煙と飲酒の問題をテーマにとりあげ、校医やソーシャルワーカーの協力のもと、生徒たちが喫煙と飲酒に関する質問票を作成し、学級代表を通じて市内すべての中高の生徒に配布した。そして4800人から得た回答を国立保健医療研究所と共同で分析したところ、喫煙も飲酒も中学第1学年から始まっていること、女子は飲酒を始めるのは遅いが消費量は多いうえに鎮痛剤等の薬の使用も多くて危険なことがわかった。薬物が生徒にとって身近なものであるという結果を受けて、CESCは薬物使用や依存の問題を生徒たちに表現させるために「物語の時間」という活動を始めた。それはプロの語り手を招いて薬物依存者の経験談を生徒に聞かせて、肉体的にも精神的にも人間関係においても破綻させることを理解させ、生徒たちに薬物使用が日常生活を破綻させる内容の物語を作らせるという内容であった。この活動は、語りのコンクールや芝居の上演という形で発表された。さらに、CESCは市の協力を得て無料の相談室を設置し、生徒が作成したパンフレットを配布して、生徒たちが教師には言えない問題を一人で抱えないために心理カウンセラーに気軽に相談できるよう工夫している。

知見の限りではほとんどすべての学校で、CESCによって提案された市民性教育の活動計画の中に「生徒代表の養成」がある。生徒代表は、学級ごとに民主的な手続きをへて2名ずつ選ばれる。その選び方は実際の議会選挙を模している点がユニークである。生徒代表への立候補者は選挙期間中に「自分が生徒代表になったらこれをやる」という選挙公約を学級で発表する。投票は本物の選挙と同じく、投票箱を準備して一人ずつ秘密が守れるように投票する。まさに市民育成の実践である。

生徒代表には重要な役割がある。まず、各学期末に各教科の教員が集まって生徒一人ひとりの成績を評価する学級評議会に出席する。そこでは、事前に「学級生活の時間」という学級会で、生徒たちから出された授業の進め方や教師に対する意見を表明する役割がある。次に、生徒代表が集まって各学期1回開かれる生徒代表協議会に出席して、学校生活に関する生徒の要望や意見を校長らの前で表明して話し合う。さらに、生徒代表協議会の中から「代表」を選び、最高会議である学校管理委員会へ送り込んで生徒の意見を学校運営に反映させている。こうした役割を生徒代表が果たせるように、校長や生徒指導主任専門員が「生徒代表の養成」を行っている。その養成の一環として、生徒代表は学外の会議にも出席している。リヨン市では「青少年市議会」が開かれ、市内の中学校の生徒代表が市議会議場に集まり、市長が議長となって、本物の議員のように要望や意見を表明している。同じように「高校生の生活に関する大学区審議会」が1991年から設置されていて、高校生自ら学校生活や教育に関して意見を表明する場がある。

以上、フランスのシティズンシップ教育について、教育省が示すその方針と、それに沿った学校の教育活動を照らし合わせて紹介してきた。そこからフランスのシティズンシップ教育の特徴を3点指摘したい。

第1に、授業や学校の中だけでなくCESCや市議会など学校外の大人の協力を得て活動していることである。

第2に、学校生活や会議に生徒の意見を反映させるための民主的な運営や、社会の制度を模した経験を活動に取り入れていることである。

そして第3に、生徒の身近な問題を発見して、その解決策を活動計画に盛り込み、生徒に体験させながら具体的な行動ないし作品を生み出していることである。

こうした活動は「積極的な市民」を育成する上で有効なアプローチだといえる。「積極的な市民」はEUが目指しているシティズンシップ教育でもあるので、次回はフランスとEUのシティズンシップ教育の比較を試みたいと思う。


 2008年6月の学習指導要領改訂で「ともに生きる」と「共同生活」はなくなり、「公民・道徳」に統一された。
筆者プロフィール
鈴木 規子 (上智大学/静岡文化芸術大学 講師)

慶應義塾大学大学院修了。博士(法学)。
フランス・パリ政治学院留学。ストラスブール大学政治学院修了。
現在、上智大学/静岡文化芸術大学 講師。
著書に『EU市民権と市民意識の動態』(慶応義塾大学出版会、2007年)、
共著に『ヨーロッパの学校における市民的社会性教育の発展―フランス・ドイツ・イギリスー』(東信堂、2007年)等。
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