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フランスのシティズンシップ教育

要旨:

多文化国家イギリスでは1990年代にシティズンシップ教育が始まった。それと同じ頃フランスでもシティズンシップ教育が導入された。移民の増加による民族・文化の多様化、そして価値観の変化がその導入の背景にある。折しもフランスでは、学校を非宗教的な場とする「ライシテ」という原則に、ムスリム系女性生徒たちが「違反」した「スカーフ問題」が起こった。このようにムスリム系の移民の子どもたちが学校へ多く通うようになった現在、自明とされてきたフランス共和国の価値がゆらいでいる。こうした変化へ対応するため、共和国の価値を身に付けた「市民」を学校で育成することが要請されており、フランスではシティズンシップ教育(市民性教育)として教育現場に導入された。
はじめに

以前このCRNで「イギリス 多様な教育と子どもたち」のレポートのなかで「シティズンシップ教育」について紹介されていたが、シティズンシップ教育(Education for Citizenship、あるいは Citizenship Education)を行なっているのはイギリスだけではない。いまやヨーロッパ、アメリカ、そして東南アジアなど世界中で、その理念や教育内容は国によって異なるが、シティズンシップ教育が議論され実践されている。筆者が研究対象としているフランスも例外ではない。しかも興味深いことに、イギリスがシティズンシップ教育を導入した1990年代後半に、フランスもシティズンシップ教育(l'education a la citoyennete、市民性教育と訳されることもある)を導入している。


そこで、本サイト上で、3回にわたってシティズンシップ教育について述べたい。第1回目の本稿では、フランスのシティズンシップ教育がどういう理念や経緯をもって導入されたのかを紹介したいと思う。


イギリスだけではない?! ~フランスのシティズンシップ教育~


CRN掲載「イギリス 多様な教育と子どもたち」の内容は大体次のようなことである。多様な人種・民族から成り立っているイギリスでは、教育において生徒一人ひとりの多様性をどのような形で尊重することができるかが課題となっている。イギリスという社会は多様性に対して寛容な社会とみられるが、実際には非白人系住民に対する差別は根深く、自分たちの民族・文化へのネガティブなイメージによって自尊心を傷つけられた子どもたちは学校でドロップアウトする割合が白人生徒よりも4~5倍高いという。そうした問題への対応から、多様性を尊重する「多文化教育」という教育活動が行われている。シティズンシップ教育は、こうした多様性を尊重する多文化教育とあわせて、より公平な社会を築き、それを担う市民を育てようという考えから生まれた。

具体的には、1997年の政権交代後、ブレア率いる労働党政権が諮問委員会を立ち上げてシティズンシップ教育について検討を行ない、1999年にはシティズンシップ教育の履修がすべての公営学校に義務付けられるという決定が教育省によって下された。そして、2002年の新学期からシティズンシップ教育はナショナルカリキュラムの一教科として導入されて、公営学校のすべての生徒に履修が義務付けられた。*1

こうしたシティズンシップ教育は実はフランスでも行われている。また興味深いことにイギリスとほぼ同じ時期にシティズンシップ教育が導入されているのである。
教育とは人を育て、国を造る。その意味で教育はその国の成り立ちや社会、文化と非常に密接に結びついている。イギリスとフランスはいずれもヨーロッパ連合(EU)の加盟国ではあるが、イギリスは立憲王制で、フランスは国王を廃した「革命」を賞賛する立憲共和制であるように、両国は異なっている。それゆえ、教育のあり方も異なっている。したがって、たとえ同じヨーロッパの国で、しかもシティズンシップ教育を同じような時期に導入しているといっても、その教育が求められた社会背景、理念や内容は異なっていると考えられる。


フランスでシティズンシップ教育が求められた社会背景

イギリスと同様、フランスでも社会の多様化が進んでいる。そもそもフランスが20世紀初頭にアメリカ合衆国以上の移民大国であったという事実はあまり知られていない。当時は主にヨーロッパ諸国からの移民が多かったフランスだが、第二次世界大戦では戦場となり、かつ国内の労働人口を大量に失ったため、戦後の復興のためにより一層、そしてより遠くから外国人労働者を募った。その結果、1968年には328万人もの移民を数え、その後オイルショックによる景気後退で政府が1974年に新規の移民を停止したものの、移民の多くはフランスに留まり、さらに家族を母国から呼び寄せたため、1980年代にはアフリカおよびアジアの出身者が移民全体の4割を超えた。こうした文化や民族の多様化は学校にも持ち込まれるようになり、その様子について詳しくは「フランス移民の学校の教育」を参照されたい。

このように多様な文化・民族からなる社会という点では共通するものの、イギリスとは異なり、フランスは多文化主義を認めていない。このことはその国や社会を考えるうえで英仏の違いを決定的なものにしている。フランスでは移民や外国人に対して公に彼らの言語や文化的慣習を持ち込むことを認めておらず、フランス人と同じようにフランス語を話し、フランスの規則や原則(たとえば自由、平等、博愛、人権、民主主義など)を守ることが求められる。

移民の子どもたちは教育を受けることが保障されており、フランス人と同様、公立学校に通うのが一般的だが、そこではこうしたフランス式統合に沿った教育が行われている。さらにフランスの学校の最大の特徴として、信仰や良心の自由の保障のためにカトリック勢力を教育現場から追放するために闘った歴史から、公教育に宗教をもちこまないとする「ライシテ」(laicite)*2という共和国原則がある。

ところが今日の学校では、ムスリムの移民子弟が増えており、彼/彼女らがライシテとしばしば衝突するようになっている。1989年にはムスリムの女子生徒の中にはスカーフ(ヒジャブ)を学校内で外すことを拒否したために、ライシテに反するという理由で退学になるといった事件が起こり、その対応への賛否両論がおこり、大きな社会問題となった。この問題の争点は、フランス社会では自明であったライシテを犯したことと、それによって退学とした処分が生徒の信仰の自由や教育を受ける権利の保障の観点から問題ではないかという点にある。たしかに、学校で自由や平等、人権、権利・義務などフランスの価値を学んだ子どもたちが、信教の自由など自分たちの権利や自由を主張するようになるのは当然であり、それを実践して退学になるのは皮肉なことである。

こうした多様な民族や文化をもつ生徒が増えたことで、ライシテのようにフランス市民にとって自明なことが揺らぐ中で、将来の「よき市民」を育てる教育が要請されるようになった。


シティズンシップ教育導入の経緯と理念 ~「市民教育」と「市民性教育」~


先述したCRN掲載記事によると、イギリスでは"Civic Education"と"Citizenship Education"をともに「市民教育」と訳しているが、フランスでは前者に相当する"education civique" と、後者に相当する"education a la citoyennete"を、それぞれ「市民教育(公民教育)」、「市民性教育」と区別してよぶのが一般的である。その理由は、前者が一教科であるのに対して、後者はそれ自体、教科ではなく、前者をも含んだより広い教育活動の領域だからである。それゆえここでは後者をシティズンシップ教育とよぶ。*3

フランスの市民教育は1882年の法律の制定によって、小学校においてカトリックの宗教教育を公立学校から排除して「道徳・公民」(instruction morale et civique)科を導入したことに始まった。第二次世界大戦後は「公民教育」は独立の教科として行われなくなっていたが、1985年に「市民教育(公民教育)」(education civique)が小学校とコレージュ(日本の中学校に相当)に再び導入された。戦前との違いは知育を表すinstructionではなく、徳育を表すeducationを打ち出した点にある。また、再導入された背景には、先述したような多文化化する社会で移民子弟が増加して価値観が多様化していることに対応できていないことのほか、家庭の教育力の低下や、学校における暴力問題の急増などがあった。それゆえ今日的問題に対応するため、人権教育や政治制度、共和国の価値や概念といった知識のみならず、市民としての道徳や、共同生活のルールを教えるという側面がある。

こうして導入された「市民教育」をさらに活性化するために1996年に「市民性教育」の導入が教育省によって示された。この「市民性教育」は、「市民教育」科を学校目標の中心にすえて、それを重要な課題として学校の教育関係者すべてが関わることが特徴である。そのなかで重点目標として「人権と市民性(シティズンシップ)の教育」、「責任感や市民的義務を身につける教育」、「判断力を養う教育」が挙げられた。1998年に教育省は、市民性教育の3つの柱を示した。それは①「市民教育」科を中心に、②そのほかの教科でも市民育成に貢献すること、③学校という共同生活のなかで生徒に市民道徳を自覚させ、暴力の防止などを目的とした「市民的イニシアティヴ」という名前の教育活動を学校で行う、というものである。

そして1998年の教育省通達によって小学校およびコレージュの「市民教育」科に市民性教育が位置づけられた。1999年にはリセ(日本の高校に相当)において「市民(公民)・法律・社会教育」(l'education civique, juridique et sociale)科が実施されるようになった。

以上のような背景や経緯でフランスにおいてシティズンシップ教育が導入された。移民の増加・多様化、そして多様な社会や価値観の変化への対応からシティズンシップ教育が学校に要請されたという社会背景はイギリスと共通していたが、フランスでは多文化教育を認めておらず、そのせいか多様性への配慮という面はイギリスほど強調されていないことに気づく。またライシテという共和国原理のもと公教育から宗教が排除されていることはフランス独特で、ライシテに反したムスリム系女子生徒によるスカーフ問題は多文化主義のイギリスではありえないことだろう。しかしフランスでは共和国の価値が市民の間に共有されていない現状を改めるためにも、シティズンシップ教育がいま求められているともいえる。英仏のシティズンシップ教育には共通する部分と異なる部分が認められるのである。

次回は、フランスのシティズンシップ教育が実際にどのように学校で行われているのか、フランスの学校で現地調査をした結果をもとにご紹介したいと思う。

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*1 木原直美「多文化社会における市民性教育の可能性―英国5市の取り組みを中心として―」、比較教育学会編『比較教育学研究』28、2002年、pp.95-128。
*2 ライシテの原則は1905年の「教会と国家の分離に関する法」(政教分離法)に定められた。
*3 フランス教育の分野では市民育成に関連した用語が多いため、日本のフランス教育学者も適当な訳語を当てはめるのに苦労している。そうした用語や概念の変遷を整理しているので参照されたい。鈴木規子「フランスにおける市民性教育の現状と課題―政治・社会学的視点からの「市民性」概念の整理と現状分析―」『日仏教育学会年報』第12号、2005年。


【参考文献】
武藤孝典・新井浅浩(編)『ヨーロッパの学校における市民的社会性教育の発展―フランス・ドイツ・イギリスー』2007年、東信堂。
鈴木規子「フランスにおける市民性教育の現状と課題―政治・社会学的視点からの「市民性」概念の整理と現状分析―」『日仏教育学会年報』第12号、2005年。

筆者プロフィール
鈴木 規子 (上智大学/静岡文化芸術大学 講師)

慶應義塾大学大学院修了。博士(法学)。
フランス・パリ政治学院留学。ストラスブール大学政治学院修了。
現在、上智大学/静岡文化芸術大学 講師。
著書に『EU市民権と市民意識の動態』(慶応義塾大学出版会、2007年)、
共著に『ヨーロッパの学校における市民的社会性教育の発展―フランス・ドイツ・イギリスー』(東信堂、2007年)等。
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