TOP > 論文・レポート > 小林登文庫 > 【3月】子育て中の母親には皆で「マザーリング・ザ・マザー」しよう

このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

【3月】子育て中の母親には皆で「マザーリング・ザ・マザー」しよう

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2009年3月19日掲載

「マザーリング・ザ・マザー」という言葉は、文化人類学者Margaret Mead のお弟子さんのDana Raphaelさんが、学生結婚によって様々な困難を体験した自分自身の子育て経験と、その後、文化人類学の立場から、アフリカやフィリピンなど世界各地の伝統文化の社会で子育てのあり方を研究した結果、考え出した言葉である。ひとりの女性が母親となって妊娠・分娩・育児をする時には、周囲の人の母親へのサポート、特にエモーショナル・サポートが重要であることを発見したのである。すなわち、母親がわが子を優しくマザーリングするように、周囲が母親を優しくいたわり勇気づける「マザーリング・ザ・マザー」である。Raphaelさんは、以前にも申し上げたと思うが「ドゥーラ」の存在を発見した方でもある。この「マザーリング・ザ・マザー」も、大変含蓄のある言葉ではないかと思う。

 

わが国でも、子育ては父親と母親の共同作業と言われるようになって久しい。しかし、乳幼児は当然のことながら、学童になっても、母親の果たすべき役割が依然として大きいのが現実である。妊娠・分娩・育児という生命のバトンタッチの営みには、女性にしか果たせない部分が大きいこともあろう。しかし、父親の出番はキャッチボールが出来るようになってから、というような考えが何となく主流になっていて、父親が子育ての真のパートナーとしての役割を未だ充分に理解していないからでもあろう。

また、わが国で子育てサポートを行う唯一の社会施設は、保育所であろう。しかし、保育所にも色々な制約があり、子育てサポートとしての力は、量的並びに質的に限られている。ある意味で子育ての専門家である保育士の力が、充分に発揮出来る状況にないのである。

したがって、母親の子育ての精神的並びに身体的負担は重く、しばしばイライラして養育不安を起こすばかりでなく、母子間の相互作用が悪循環に陥り、子どもを虐待してしまうような悲劇につながることさえもある。特に、分娩直後の母親は、妊娠・分娩という出来事に関係してホルモンの変動も大きく、マタニティ・ブルーのような心理状態を起こしやすいため、事態を悪化させる場合が少なくないのである。こういった母親の心理面の特徴を、父親は勿論、子育てをサポートする人はもっと理解する必要がある。

Benesse次世代育成研究所は、2006年11月、第1子を妊娠中、または0~2歳の第1子をもつ夫婦を対象として、妻の妊娠によりそれぞれが母親、父親になる「成母期、成父期」の色々な面について自記式アンケート調査を行い、2007年10月に「第1回妊娠出産子育て基本調査報告書」として発刊した。そして、この調査時に第1子を妊娠中だった家族、ならびに追加した家族を合わせて約400組を対象に、自記式アンケート調査ばかりでなく、一部の親には面接調査も含めたフォローアップ調査を行い「第1回妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査」(1歳児期)(妊娠期~0歳児期)として本年2月に発表した。幅広い調査なので詳細は報告書に譲るが、Raphaelさんの指摘したサポートの意義が深いことを示しているデータも出ている。

例えば、「子どものことを気にかけて声をかけてくれる人が3人以上いる」と答えた母親(妻)では、「子育てに自信がある」と答えた人の数が「自信がない」と答えた人の1.6倍ということであった。「声をかけてくれる人が1人もいない」、「1人はいる」、「2人くらいはいる」という母親(妻)の場合に比べて、「子育てに自信がある」という人の割合が著しく多いのである。「子育ての悩みを相談出来る人が3人以上いる」と答えた母親(妻)の場合も、同じように1.4倍であった。

また、子育ての相談相手で一番多いのは「配偶者」、続いて「自分の親」という当然の結果が出ているが、母親(妻)の場合は「自分の友人・知人」、そして「子育てサークルの仲間」も相対的に多いことは注目に値する。産婦人科・小児科の医師に相談するよりはるかに多いのである。

更に、この調査で現在のわが国の子育てネットワークの構成をみると、配偶者、親族、友人、専門家の組合せが多いが、妊娠中の時と実際に赤ちゃんが誕生し子育てに入った時とで、その構成員が増加した場合の方が、「子どもを育てることに充実感を味わっている」、「子育てを楽しいと心から思う」母親(妻)が、ネットワークの構成員が減少したグループに比べると多いことも示されている。

「気にかけて声をかけてくれる人」とか「相談相手」として多い「友人・知人」の果たす役割を考えてみると、やはり「会話」であり、まさに優しい勇気づけのエモーショナル・サポートと考えられる。

Raphaelさんの初期の研究で、ニューヨークに住んでいる、新たに母親になった女性の母乳哺育の成功率を調べた報告がある。その新しい母親の母親がニューヨーク市内や郊外に住んでいる場合と、電話ならばすぐつながるが、直接会うには飛行機でも2~3時間はかかるテキサスやカリフォルニアに住んでいる場合とで比較してみたところ、驚いたことに、ニューヨーク市内や郊外に住んでいる場合のほうが、「会おうと思えばすぐに会える」と思うだけで、母乳の出が良く、母乳哺育の成功率が高いのである。これは、妊娠・分娩・育児という生命のバトンタッチを行う時期には、母親の心理的な感受性が著しく高まることを示すと共に、いかにエモーショナル・サポートが重要であるかを示すものと言えよう。

子育てのあり方に色々と問題が出ている現状を解決するには、家庭を取り込み、更にそれを超えて、現在の社会にマッチした「マザーリング・ザ・マザー」が出来る子育てチームの組織化がまず必要なのである。
このエントリーをはてなブックマークに追加

Twitter  Facebook

遊び

メディア

特別支援

論文・レポートカテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫