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【6月】自然災害の「子ども学」

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2008年6月12日掲載
地球温暖化が関係するという考えもあるが、台風・ハリケーン・洪水などの自然災害が世界各地に発生し、色々な問題を起こしている事は周知の通り。そればかりでなく、1995年1月に発生した阪神・淡路大震災、その後の新潟県中越地震は勿論の事、今年の5月、中国の四川省に起こった大地震も、身近なものとして色々な問題を提起している。

自然災害の問題を科学の立場から見ようという動きは、2005年のNature誌に始まって以来、活発になっている。私の関係する中山科学振興財団では、2006年度の助成公募テーマが「自然災害のヒューマンサイエンス」であった。ヒューマンサイエンスとは人間科学の事であり、その学際性・環学性、更には文理融合性が強調される。「子ども学」 "Child Science" は、「子どもの人間科学」と言えるであろう。

自然災害によって強く影響を受けるのは、子ども達である事は明らかである。体力の限界もあり、更には精神・心理的な影響も強く現れる。しかしながら、「子ども学」の視点で広く災害を捉えようとする立場は、皆無といっても良いのではなかろうか。子どもについての災害による障害の統計すら充分でない。勿論、災害は文字通り不意を突かれた格好で起こる為、データの取りようもないかもしれない。しかし、温暖化によるとすれば、関係する自然災害は続発する可能性が高く、子ども達の命を救う為には、「子ども学」の立場からの検討が必須と言えよう。今後の事を考えて、必要なデータを集める計画も検討すべきではなかろうか。

本文を記すにあたって、「子ども学」の立場から自然災害と子どもの関係を調べてみたが、当然の事ながらなかなかデータが集まらなかった。そこで、この立場から、自然災害と関連して、思いつくまま取り敢えず2つの点に触れる事にする。

ひとくちに「子ども」といっても、赤ちゃんから思春期の子どもまである。まず、赤ちゃんにとって災害時に重要なのは、栄養補給の問題であろう。母親の命も何とか救って母乳で育てるのが一番であるが、母親の母乳分泌も、ストレスや不安などによって止まってしまう事もあろう。育児用粉乳となると、その入手経路ばかりでなく、清潔な水や容器の事も考えなければならない。色々な意味で重要性が高い母乳が止まるのを防ぐ為には、エモーショナル・サポートが重要なのである。母親を優しく勇気づける事が全ての始まりであり、関係者はその点を留意しなければならない。最近になって、母乳育児のNPOが動き出し、災害用のパンフレットを作りだしたのは喜ばしい事である。

幼児・学童になると、災害のストレスによる心理的影響が問題になる。Posttraumatic Stress Disorder(PTSD)である。しかも、PTSDが精神疾患に移行する場合も少なくない。従って、心理的なケアによる早期対応が極めて重要になるのである。最近、PTSDと関連して、「レジリエンス」"resilience" という考え方が話題となっている。災害のストレスでPTSDなどになっても良くなる「回復力」とでも表現すべき力で、「弾力性」の様な意味もあり、「抵抗力」とは異なった概念である。「レジリエンス」の弱い子どもでは、強いストレスが作用すると、脳の構造、特にニューロンのネットワークに異常をきたし、精神疾患に移行する可能性が否定出来ない。当然、「レジリエンス」には個人差もあり、遺伝と環境の相互作用の結果と考えられる。

子ども達の「レジリエンス」を高めるには、どうしたら良いだろうか。勿論、災害などを体験する事がまず考えられるが、それは非現実的で、実行しようと思っても出来るものではない。そうなると、訓練という手が考えられる。四川の模様をテレビで見たが、記録された映像があまりにもリアルなので、それを整理して編集したものを、学校教育の場で教材として見せるのも一法ではなかろうかと思った。「レジリエンス」は、予防接種と同じ仕組みで作られる免疫の様な脳の力とする考えもある。その考えからすれば、そうした映像は、ある意味でワクチンの様な役割を果たす事が出来ると思うのである。直接体験して「レジリエンス」を高める方法がない以上、映像によって多少なりとも脳を刺激する事で、それを高めるしかないのではなかろうか。

今、われわれが自然災害の「子ども学」を体系付けるべき時にある事だけは確かである。CRNにアクセスしている皆さんからの御意見を、是非お聞きしたい。


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参考文献
「災害時における乳幼児の栄養」 IFEコアグループ
「非常時(災害時)の乳幼児の支援について」 母乳育児支援ネットワークBSNJapanセミナー資料






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